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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
8章 袖触れあう距離
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忘れていた約束

 シャロンに会えてからの話はあっさりと進んだ。元々俺の前世について話をしていたので、二百年前の遺恨についてもすぐに納得してくれた。在学時代に全てを話していたおかげだな。


 連絡用の水晶をアリーに任せて、シャロンにはスカリーとクレアとのおしゃべりを楽しんでもらうことにした。そしてその間に、俺は案内された屋敷の地下室で魔方陣を描く。頭上に光明ライトの魔法を照らしながらひとりで黙々と作業をしたわけだが、みんなが楽しく歓談していることを想像するとなかなか寂しいものがある。


 しかし一番堪えたのは、作業を始めてから二時間が経過したくらいに、シャロンとアリーがやって来たときだった。


 「あら、ユージ教諭、まだ終わっていませんの? スカリーからはもうそろそろだと聞いていたのですが」

 「……そりゃスカリーならもう描き終わっていてもおかしくないけど」

 「それと、いささか歪なところがありませんこと?」


 具体的なダメ出しもいくつかありました。どうして魔族語ができないはずのシャロンにおかしいところを指摘されているんだろう。いや、別に教師としての威厳なんて求めてないですけどね? やっぱりこう、元学生に指導されるというのは精神的につらいですよね。


 一通りの指摘を受けてから再びひとりで一時間ほど魔方陣を描いた。今度はもっと短時間で上手に描こうと誓いながら。


 ようやく描き終わってシャロンとアリーを呼びに行くと、水晶での会話は既に終わっていて、二人だけで話をしていた。


 「師匠、これからどうされるのですか? 一旦どこかに戻りますか?」

 「まぁ、転移するのですか? それでしたら是非ご一緒したいですわ」


 フットワークが軽いですね、シャロンさん。おうちの人が怪しまないですか?


 「う~ん、今戻る理由はあんまりないんだけどな。あ、そういえば、スカリーとクレアがレサシガムに戻るのはあと十日とちょっとか。それなら、休暇も兼ねて戻るか」

 「師匠、戻ることはわかりましたが、理由が判然としません」


 うん、俺も考えをまとめる最中の思考を口にしただけだから、理解してもらえるとは思っていない。なので、再度まとめて考えを披露した。


 「あと十日ちょっとでスカリーとクレアがレサシガムに戻るから、それに合わせてシャロンもレサシガムへと転移してあの二人と会ったらどうかと思ったんだ。それで俺達も一緒に行けば、約一年ぶりの再会となるだろう。それまでは一旦フールを追いかける旅は中断だ」


 具体的にフールをどうにかする手段がない以上、今のところは追いかけてもどうにもならない。なので、一旦オフィーリア先生とエディスン先生、それにサラ先生とレティシアさんに相談した方がいいだろう。ついでにジルにも。


 しゃべっている間にそう思えてきた。あ、路銀の問題もあったな。何かねだっているようでいやだなぁ。


 「まぁ、スカーレット様に会えますの!」

 「向こうがレサシガムに着いたという連絡をしてからあっちに行けばな。まだしばらくかかるけど」

 「はい、いくらでも待ちますわ!」


 スカリーに会えるとわかった時点で、シャロンの心は既にここにはないようだった。浮かれっぷりがすごい。相手をしているスカリーが視線で助けを求めてくるほどだ。ごめん、しばらく単独で相手をしていてほしい。


 「それで、それまで俺はちょっと、オフィーリア先生やエディスン先生にこれからどうしたらいいのか相談しておく」

 「屋敷に戻るのでしたら私も同行します。シャロンも来るのか?」

 「はい、もちろんですわ! あ、でも、ユージ教諭の描いた魔方陣はちゃんと動くのかしら?」


 そこはもっと信用してほしい。いや、自分でもちょっと不安に思うけどさ。




 その日の夜、魔方陣でライオンズ家へと転移した。夕飯前にあらかじめ連絡を入れていたので、転移先の魔方陣でウィルモットさんの出迎えを受ける。そして案内されたのは応接室だった。


 「こんばんは、アレクサンドラ、ユージ。そして、初めまして、シャロンさん。アレクサンドラの祖母オフィーリアです」

 「はい。お初にお目にかかります。アリーとは仲良くさせてもらっております」


 とりあえず、初対面同士の二人が挨拶を交わす。


 さて、実のところ急ぎの用件というのはないので、これ以上はすることがない。俺の相談も明日以後にしてもらう予定なので今日は雑談だけだ。それだけに、今晩の面通しはとても砕けたものだった。


 「こうしてオフィーリア殿をお見受けしますと、アリーはよく似ておりますわね」

 「ふふふ、よく言われるのよ。とても嬉しいわ。できればもう少し落ち着いてほしいのだけれども」

 「このような穏やかなお人柄のお方でしたら、今後ご協力するときもご相談しやすくて安心ですわ」

 「そう、ありがとう。あなたもアリー達の相談に乗ってやってくださいね」


 などという会話がにこやかに行われる。しかし、アリーは微妙に居心地が悪そうだ。たまにオフィーリア先生が話のネタにするからだろう。言い返せればまだいいのだが、アリーはそういうのが苦手だからな。


 「それにしても、これほど簡単に魔界へと赴けるとは思いもしませんでしたわ。話に聞く大北方山脈越えが随分と大変だと聞いておりましたので」

 「確かに。アレクサンドラやユージが山越えで苦労したと聞いておりますわ。しかし、その甲斐あってわたくし達は、フォレスティア、レサシガム、そしてあなたのお屋敷があるフェアチャイルド領へと瞬時に赴くことができるようになりました。この二人の他に、スカーレットさんとクレアさんにも感謝しないといけないですわね」


 冬の山越えはもうしたくないな。商人とのやり取りが大変なのもあるけど、そもそも寒いのがつらい。手足の先の感覚がなくなると凍傷が怖いんだよな。その真逆である大森林の踏破では、蒸し暑すぎて何もできないし。本当に大自然というのは厄介だ。


 「そうだ。シャロン、今日はここで泊まるのか? それとも自分の屋敷に戻るのか?」

 「まぁ、オフィーリア殿とお話をしていて、すっかりそのことを忘れていましたわ!」


 俺とアリーはどちらで泊まっても構わないが、シャロンはどうするのかまだ確認していなかった。この様子だと本当に何も考えていなかったのだろう。


 「あら、シャロンさんがよろしければ、泊まっていかれてもよろしいですわよ」

 「残念ですけど、今回はご遠慮させてもらいますわ。屋敷の者に外泊することを伝えていませんから」


 本当に残念そうにシャロンはオフィーリア先生の申し出を断った。初めての魔界での一泊というのは魅力的だったのだろうが、さすがに屋敷から忽然と姿を消したままというのはまずいということだ。


 「アリーとユージ教諭にもわたくしの屋敷に泊まっていただきますわよ。あなた達も、今はわたくしの屋敷にいることになっているのですから」


 シャロンに指摘されて思い出した。そうだ、こんな夜中に外へ出ることなんてないもんな。


 「お婆さま、今晩はシャロンの屋敷へ泊めてもらいます」

 「仕方ありませんわね。今度はお食事でも一緒にしましょう」


 新たな知り合いができて機嫌の良いオフィーリア先生が、孫の外泊に快く許可を出した。今更ではあるが。




 シャロンをオフィーリア先生に引き合わせることにより、一層フール討伐の陣容が厚くなった。それは大変結構なことなのだが、肝心のフールを倒す方法については足踏みしたままだ。逸る気持ちはあるものの、これに関しては自分でどうにもできない状態なので、みんなの吉報を待つしかない。


 しかし、ただ待っているだけというのもなかなかつらいものがある。だから、こんな状態でも何かできることをしたい。それを相談するために、シャロンがオフィーリア先生と初めて出会った翌日の夜、今度は俺単独でライオンズ家へと赴いた。


 場所はオフィーリア先生の執務室だ。まるで先生に呼び出された学生の気分だ。


 執務室に入ると、オフィーリア先生以外にもエディスン先生がいた。俺としては相談相手が増えて嬉しい。


 「こんばんは、ユージ君。私とオフィーリア嬢に今後のことを相談したいそうだね」

 「はい。星幽剣アストラルソードの練習もうまくいっていませんので、最近は手詰まりになってきた感じがするんです」


 エディスン先生はなるほどと頷く。


 「確かに、わたくしも実りの薄い修行をするよりも、他にすべきことがあればそちらをしてもらった方がいいと思いますわね」

 「わかりました。それなら、星幽剣アストラルソードについては一旦置いておくことにします。代わりに死霊系の魔物を使ってフールを倒す方法について探ってみましょう」


 そういえば、そんな話もあったな。最有力候補の星幽剣アストラルソードが出せるようになったから忘れていた。


 「フールは、自分を殺害した相手に魂がない場合だと乗り移れずに消滅する。そして、相手が死亡寸前か既に死んでいる場合も同じように消滅するんでしたよね」


 あと、死霊系の魔物は、幽霊ゴースト腐乱死体ゾンビ白骨死体スケルトンの順に望ましかったんだよな。憑依するには、現世に止まるために相手の魂にもある程度の強さが必要で、肉体が存在するかどうかは重要だった。


 「その通りです。幸いベラ殿の魔法書には、死霊系の魔物をある程度操れる魔法具の作り方が記載されていました。どうもフールの研究成果の一部みたいですね」


 さすが死霊魔術師ネクロマンサーなだけあって、そういったこともやっていたのか。


 「しかしトーマス先生、ある程度操れるというのはどういうことでしょうか?」

 「完全には支配下に置けないということです。敵として襲われない、ある程度の進路を強制できる、という程度ものです。大して制御できない上に魔力の消費が大きいので、使い道を見いだせなかったのでしょう。ベラ殿は知っているから書き残しただけなのかもしれません」


 それでも俺達にとっては朗報だ。敵として襲われない上に望む方向へと移動させることもできる。これならば、数を集めたらフールを包囲することも可能だろう。魔力の消費量は俺なら無視してもいい。


 「それじゃ、これからその魔法具を試すんですか。どんなやつなんです?」

 「残念ながらまだこれから作るところです。そしてユージ君には、それを作るために必要な材料を手に入れてほしいんです」


 うーん、さすがにそう都合良く道具を与えてはもらえないか。


 「それって何ですか?」

 「念の籠もった頭蓋骨です」


 エディスン先生に即答された俺は黙ってしまった。死霊系の魔物を操るのだから、そりゃまともな材料じゃないとは思っていたよ? でも念の籠もった頭蓋骨って、どう考えてもそれは呪われているだろう。


 「無念の死を遂げた人などでしたら特にいいですね」

 「幽霊の先生が言うと洒落になっていないですよ。それに、どう考えても身につけたら呪われるじゃないですか」


 何となく仕組みの概略がわかった。その材料となる頭蓋骨の持ち主の残留思念みたいなものを利用して、同じ死霊系の魔物だと思わせたり、別の死霊系の魔物と共鳴させて進路を強制させるんだろうな。


 もちろん、その魔法具の力が強いほど使用者も呪われるだろう。具体的にどんな制約がかかるのかはわからないが、身につけるのは間違いなく俺なんだから正直言って怖い。


 「その辺りは受け入れるべきでしょう。都合の良い道具ばかり手に入るとは限りません」

 「確かにそうなんでしょうけどね」


 やだなぁ。できれば使いたくないなぁ。


 そうやって渋っていたとき、俺は急にとある人物のことを思い出した。


 それは、旧イーストフォートの元領主のことだ。フールに騙されて自分の街を滅ぼしてしまうことになった、ジルの古い友人の子孫。確か、ローラに浄化されてこの世を去ったが、あの人は浄化される直前に何と言っていたか。


 (まぁしかし、もし君達の会った聖騎士が私の言っているフランク・ホーガンだったならば、何かのついででいいから仇を討ってくれないか。私ではなく、このイーストフォートの領民のために)


 本人も大して気にしていなかったような口ぶりだった。でも、可能なら領民のためにという言葉を俺は今になって思い出す。


 あのときの俺達にとってフールは重要な奴じゃなかった。そもそもその正体を突き止めることができなかったこともあって、あの後はすっかり忘れてしまっていた。そして結局、俺はライナス達と一緒にフールを討つことはできなかった。


 しかし今はどうだ? 自分の過去にけりをつけるためというごく個人的な理由とはいえ、フールを主敵に据えている。それに、旧イーストフォートを滅ぼした危険な奴だと自分でも認識している。だったら、今こそあの元領主の願いも一緒に叶えるべきだろう。


 「ユージ? どうしました?」


 不思議そうにオフィーリア先生が俺に問いかける。しかし、俺は黙ったままだ。


 フールを倒すと決めたとき、恐らく無意識のうちにこのことを覚えていたんだろうな。だから俺は色んな理由をつけてフールを探していたんだ。むしろ今となっては、どうして忘れていたのか不思議なくらいだ。


 だったら、探す頭蓋骨はひとつしかない。


 「エディスン先生、オフィーリア先生、もし旧イーストフォートの元領主ディック・ラスボーンの頭蓋骨を見つけられたら、それを材料に使えますか?」

 「そうか、君は会ったことがあったのだったな」


 かつての顛末を知っているエディスン先生が大きく頷く。


 「フールに対する切り札を作るための材料としては、これ以上ないですね。そのディック・ラスボーン殿の骨でしたら、頭蓋骨以外の部位で作っても高い効果を発揮するでしょう。しかし、見つけられるのかね?」

 「やってみないとわかりません。でも、どうせフールを討つなら、一緒に討ちたいんです」


 せっかく約束を果たすのならば、一緒の方がいいよな。本人はもうこの世にいないけど、できれば体の一部にフールを倒したということを体験させてあげたい。


 「わかりました。それではユージ、準備ができ次第、旧イーストフォートへと向かってくださいね」


 オフィーリア先生の言葉を受けて俺は頷いた。

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