シャロンとの再会
シャロンの屋敷というのはこの街の一角にある。てっきり城の中に屋敷があると思っていただけに予想外だった。これは完全な後知恵になるが、この屋敷の存在を知っていれば、わざわざ城に行く必要もなかったんだよな。
愚痴を言っても始まらないので、俺とアリーは宿を探して一泊した。そして、スカリーとクレアにも連絡を入れる。いきなり謁見の間で家族と面会したこと、魔族のアリーに質問が集中したこと、シャロンの屋敷が城の外にあったことなどをだ。
「あはは! ユージ先生、無視されたんや!」
「ちょっと、スカリーったら酷いじゃない」
俺達の話を聞いたスカリーは、俺が謁見の間で最後まで無視されたことに大笑いしている。隣のクレアは形式的にスカリーを諫めているが、顔は完全に笑っていた。どっちもどっちだ。
「こっちは平民だからな。隣りに珍しい魔族がいたらこうなるだろう」
「師匠、珍獣扱いされているようで面白くありません」
俺の言い方に不満があったようで、アリーが少し口を尖らせて抗議をしてくる。でも相手はそんな感覚だったはずだから俺は謝らないぞ。
「でも、シャロンが屋敷を構えとるんかぁ。そうなると、もうこっちには来うへんねんなぁ」
「どうして?」
「いやだって、自分の屋敷を実家のすぐ近くに構えてんのに、魔法学園で研究なんてできひんやん」
そうか、移住する気がないからこそ自分の屋敷を構えたんだもんな。正確には、移住を許可してもらえなかったということだろうけど。
「でも、それだったらむしろ都合がいいんじゃないですか」
「どういうことだ?」
「だって、シャロンの屋敷に魔方陣を設置させてもらえると、これからの活動が楽になるでしょう」
クレアの話を聞いて俺は驚いた。なるほど、家族の住んでいる城内だと政治的な問題が絡んでくるが、城外の屋敷ならばそうでもない。まだシャロンから何も聞いていないけど、うまくいけば魔方陣を描かせてくれるかもしれない。
「そうなると、ペイリン家にも魔方陣はあるのだから、シャロンとしては願ったりなのだろうな」
「ライオンズ家やレティシアさんのところの別荘にもあるから、魔界と大森林にも行きたい放題だな」
アリーの言葉に俺も言葉を加える。散歩みたいに行くことはできないにしても、許可さえもらえれば一瞬で赴けるのは大きすぎる利点だ。
「うちのところに来れるだけやのうて、魔界にも大森林にも行けるってゆうんは魅力やな。シャロンやったら断れへんのと違うやろか」
「わたしもそう思うわ。それに、連絡用の水晶も渡せるのでしたら、是非そうしてもらいたいです。シャロンといつでも相談できるとこちらも助かるので」
それは俺も考えていてが、今回クレアはなぜか積極的に提案してくるな。学生時代に魔法以外のことも色々と相談していたのかもしれない。
「明日の昼頃にシャロンと会う予定なんだけど、そのときに水晶でそっちを呼び出してもいいか?」
「ええですよ。どうせ馬車の中で揺られてるだけですさかいに」
そういえば、スカリーとクレアはまだレサシガムに着いていなかったか。なるほど、それならこっちの相手をする余裕もあるな。
「よし、それじゃまた明日の昼にこちらから連絡を入れるよ」
「はい、お休みなさい」
クレアの挨拶を最後に水晶を使った通信を切る。
これで明日シャロンに会う準備ができた。向こうから時間と場所を指定してきたんだから、今度こそはきちんと会えるはずだ。
翌日、約束の昼頃にシャロンの屋敷へと向かった。そんなに遠くもないので馬を引きながらのんびりと歩く。
さすがに大貴族の娘の屋敷だけあって、下手な貴族の屋敷よりも大きい。住むだけならこんなに大きくなくてもいいと思うんだけどな。貴族の事情なんて俺にはわからないから推測もできないけど。
シャロンの屋敷へ着くと、すぐに門番に取り次ぎを願う。今度はあらかじめ通達されていたのか、あっさりと屋敷内へと通してくれた。
屋敷の玄関には使用人が数人立っており、まずは俺達の馬を引き取ってゆく。そして、馬の行き先を確認するまもなく屋敷の中の応接室へと案内された。
「いよいよですね、師匠」
「そうだな。約一年ぶりか」
最後に別れた場所はノースフォートだったから四月だったはずだ。ちょうど流行病が発生する直前だったよな。もう何年も会っていないように思える。
そうやって感傷に浸っていると応接室の扉が開いた。そして同時に明るい声が室内に響く。
「ユージ教諭、アリー、お久しぶりですわ!」
一年ぶりに再会したシャロンは、外見上は何も変わっていなかった。いや、正確には昨日見かけてはいたけど、あれは会ったとは言わないだろう。
「ノースフォートで別れて以来だったよな」
「元気そうで何よりだ。再び会えて嬉しいぞ」
俺達三人は互いに再会を喜び合う。この様子だと以前と何も変わっていないようだな。
「聞けば、わたくしの身を案じて訪ねてくださったんですってね。それを聞いたとき、とても嬉しかったですわ!」
シャロンがあんまりにも喜ぶ様子を見て、俺は少し罪悪感にとらわれた。まずい、今ここでついでに様子を見に来たなんて言えない。
「それにしても、昨日は謁見の間でシャロンの家族と対面することになって驚いたぞ。しかも、家族全員とはな」
俺が内心で焦っている間にアリーが話を勝手に進めてゆく。助かった。
「あれは申し訳ありませんわ。わたくしも、まさかあんなことになるとは思いませんでしたので」
何でも、初めて魔族と接する良い機会ということで急遽家族全員で会うことにしたらしい。その話を聞いて、やっぱりこっち側は完全に珍獣扱いだったんだなとも思う。
「けれど、いきなりお城へ向かわれるとは思いもしませんでしたわ。昨日はたまたまわたくしもお城にいましたけれど、普段はこちらの屋敷におりますのよ」
「そうはいうけど、そもそも俺達はシャロンが独立して屋敷を構えているとは思いもしていなかったからな」
俺にそう指摘されると、シャロンははっとした表情となる。どうもこちらに伝えていなかったことを失念していたらしい。
「それで、実家に戻ってから、シャロンはどうしていたのだ? 私としては気になるな」
「そうですわね。今までのいきさつからお話ししましょう」
シャロンの話によると、俺達と別れてハーティアに戻ったシャロンは、早速ペイリン魔法学園で研究を続けたいということを申し出たらしい。しかし、ただでさえ三年間レサシガムへと送り出すことだけでも断腸の思いだったのに、今後も魔法学園に居続けたいという話は親として受け入れられなかったようだ。
しかしその代わり、領地に屋敷を構えてそこで研究を続けることは許してもらえた。さすが大貴族だけあって、一等地に金に糸目をつけない立派なものをだ。一般的な研究者からしたら、羨ましすぎて悶絶してしまいそうなくらいである。
「父上と母上のお気持ちはよくわかりましたから、わたくしもそれ以上は強く主張することができずに、その提案を受け入れることにしたのです」
それでもやっぱり魔法学園で研究を続けたかったのだろう、シャロンはわずかに寂しそうな表情でそう話を締めくくった。
シャロンの話を聞いて、俺はアリーと視線を交わす。うん、これなら話を受け入れてもらえそうだ。
「シャロンの事情はよくわかった。話を聞いている限りだと、まだペイリン魔法学園と関わりは持ちたいということでいいんだな?」
「ええ、それはもちろんですわ」
「それじゃ、毎日スカリーと話ができるなら、そうしたいと」
「どうしてそこでスカーレット様が出てくる……ユージ教諭、何か方法があるのですわね?!」
恥ずかしさで顔を赤くしたシャロンが、途中で俺に良い案があることに気づいて迫ってくる。落ち着け、淑女にしては恥ずかしくないのか、その態度は。
「落ち着くのだ、シャロン」
「はっ?! 申し訳ございません、ユージ教諭」
アリーに止められてシャロンが我に返る。
「でだ、今回シャロンにその提案をする前に、俺達のこれまでのいきさつを話したい」
俺としてもシャロンにみんなと気軽に会えるようにしてやりたいが、残念ながらこちらの事情を理解し、協力してくれてからだ。何しろそのために俺もみんなに協力してもらっているからな。
ということで、ノースフォートでの流行病対応から始まって、魔界で過去のことを知り、大森林でフール対策の協力を取り付けたことを語る。更に、ハーティアでフールらしき人物を捜索の魔法で発見したことも。このときのシャロンの表情は、先ほどまでと違って真剣だった。
「ということで、連絡用の水晶と転移の魔方陣はそのために使っている。もしシャロンにこの二つを譲るとしたら、フールを討伐することに協力してもらわないといけない」
「何をすればいいですの?」
俺が言い終わると同時に、シャロンは即座に言葉を返してくる。
「え、そんな反射的に答えていいの?」
「スカーレット様やクレアも協力しているのでしょう? しかもクレアは渋る実家を説き伏せてまでスカーレット様についているではありませんか。ならば、わたくしも協力しないわけにはいきませんわ」
何とも頼もしい発言ではある。しかし、そんな簡単に引き受けていいものなのか。
「シャロン、ご両親に内密に話を進めることになるが、それでもいいのか?」
「それは心苦しいですが、直接討伐に出向かなければよいでしょう。少なくともスカーレット様とクレアは、後方でユージ教諭とアリーを支えているではありませんか。わたくしも同じようにすればよろしいのではなくて?」
アリーの質問にシャロンはそう答える。確かにその通りなんだけど、それは事情を知っているからこそ下せた判断なんだけどな。シャロンの両親には話せないことである以上、こちらとしてはちょっと気が引ける。
「なら、こうしよう。転移の魔方陣をこの屋敷に設置させてくれ。それと、研究開発した魔法の提供、これでどうだ」
魔方陣の設置により、移動時間を短縮できるのはそれだけでかなりの利点だ。それと、魔法の提供というのは、具体的にいうと魔法操作の発展改良版をほしいと言っている。これなら、シャロンはこの屋敷から出る必要はない。
「はい、それでよいのでしたら喜んで!」
シャロンは嬉しそうに返事をしてくれた。よし、なら決まりだ。
「それなら早速、スカリーとクレアの二人と話をしてみようか」
「え、今すぐですの?!」
慌てているシャロンをよそに、俺は連絡用の水晶を取り出してスカリー達を呼び出す。
「あ、ユージ先生! そっちはもうシャロンと──」
「スカーレット様?!」
スカリーがしゃべるのを遮るようにシャロンが叫ぶ。悲鳴にも似たその声を聞いたあちらの二人は一瞬黙った。
「シャロン、こっちに来て座ったらいい。こっちからだと姿も見えるから」
「まぁ、本当に?!」
俺は立ち上がると席を譲った。シャロンは来客用のソファに座ると、しばらくその映像を凝視したまま動かない。
「お、シャロンやん。久しぶりやな! 元気にしてるようで何よりや」
「本当に久しぶりね。さっきの叫び声はよく聞こえたわよ」
「ああ、本当にスカーレット様とクレアだなんて。もう直接お話しできないと思っていましたのに」
感極まったシャロンが涙を浮かべる。それを見たスカリー、クレア、アリーの三人は驚いた。
しかし、俺はシャロンの気持ちがわからないでもない。移動手段も通信手段も限られているこの世界では、離れて暮らすと二度と会えなくなることが多い。この連絡用の水晶があるからこそアリー達三人は忘れかかっているようだが、つい四ヵ月くらい前まではそれが当たり前だったんだよな。
俺の目の前ではシャロン達四人がこの一年間のことを話し続けている。こんな形で二度と会えない友人と会えたんだから、それは嬉しいだろうな。
「シャロン。そうゆうたら、ユージ先生は今どうしてはるんや?」
「え、あっ?!」
「あー、うん。まぁ、いいよ?」
スカリーの指摘で驚いた顔のまま俺に振り向いたシャロンに、俺は苦笑いを返す。
「そうだ、せっかくだからみんなが話をしている間に、俺が魔方陣を描いておこうか。どうせその間は待たないといけないんだし」
「それはそうなんですけど、なんだか気が引けますね」
今更そんなことを言っても、仲良くおしゃべりしていた時点で同類ですよ、クレアさん。
「それでは、ユージ教諭。今から地下室にご案内いたしますので、そこに転移の魔方陣を描いてくださいな」
笑顔のシャロンが俺に向かってお願いしてくる。
自分で提案したことだからそれはいいんだけどね。やっぱり地下室なのか。