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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
8章 袖触れあう距離
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相手の姿

 「え?」


 俺はこの結果に呆然とした。


 そもそも、今回ハーティアへやって来る動機は、フールを捜索サーチの魔法で探索できるのか確認するためだ。理論上はできるだろうというのがエディスン先生の見解だったので、本当かどうか試しに来たのである。


 途中でシャロンに会うことが目的みたいになっていたのは、ハーティアにフールがいない可能性は高いと予想していたからだ。何しろノースフォートでちらりとその姿らしきものを見ることができたのは、偶然だということくらいわかっていたしな。だから、実際に試せると思っていなかった。


 ところが、思い出したようにフールを捜索サーチで探してみると本当に反応があった。フールの魂そのものは前世で見たことがあるのでそれを条件にしたところ、引っかかったのだ。これ、いつもの通りの人物設定だったら絶対無理だった。何しろフールに憑依された者に俺は会ったことなんてないからな。


 「師匠、どうしました?」


 目を見開いたまま固まっている俺に対して、アリーが声をかけてくる。捜索サーチの結果は俺にしかわからないから、アリーは俺の返事を待つしかない。


 「フールが見つかった」

 「え? 本当ですか?」


 俺の言葉を聞いたアリーが半信半疑という様子で聞き返してくる。俺だって一瞬信じられなかったんだからこの反応は仕方ない。


 「場所は街の北西にある平民の居住地域だ。行くぞ!」

 「はい!」


 俺はアリーに声をかけると、ほぼ同時に小走りに進む。本当は全力で走りたいが、活気がなくなっているとはいえ、ハーティアの大通りには多数の人が往来しているので走れない。これが実にもどかしい。


 捜索サーチの魔法は使った時点での相手の位置を表示するだけだ。なので、移動している相手を補足し続けたいときは、何度も捜索サーチをかけて再確認しないといけない。


 今の俺もそうやってフールの位置をこまめに確認している。それによると、ゆっくりと南側へと移動しているようだ。


 「師匠、北西の居住地域にはどうやって行くのですか?!」

 「このまままっすぐこの大通りを進むと光の教団の施設が見えてくるが、その奥に北門から続く南北の大通りがある。それをそのまま突っ切って、倉庫街を真西に向かう」


 細かい道は変わっている可能性はあるが、基本的には二百年前のまま通路は残っていると考えている。大通り近辺の建物に大きな違いがないのなら、裏通りだって大して変わっていないはずだ。再開発していない限りは。


 光の教団の施設を抜けると南北に走る大通りに着く。そこでも捜索サーチをかけ直すと、フールはまだ南へ向かって進んでいるようだ。歓楽街へ向かっているのだろうか?


 フールの進路を予想した俺は南北に走る大通りをそのまま突っ切って、倉庫街の中へと入った。流行病のせいで商売はつらくなっているはずだが、俺が見る限りでは荷馬車が割と往来しているように見える。


 「師匠、道はわかるのですか?」

 「二百年前と同じところはな。だから、昔と変わらないところだけをできるだけ進む」


 小走りで走る俺達を不思議そうに見る者もたまにいたが、今は構っていられない。


 倉庫街の小道は思ったよりも昔のままだった。ライナス達と一緒に使っていた道もあったが、ひとまず感傷は後回しだ。


 俺とアリーが歓楽街の東側にたどり着いた頃には、フールも歓楽街の北側にさしかかったところだった。倉庫街の道が二百年前とほぼ同じなら、歓楽街も同じだと期待したい。


 さすがに朝の歓楽街は静かだ。営業が早くても昼頃、遅いと夕方から始まる店にとって、朝は休憩時間であり準備期間でもある。通りの人影はずっと少ない。


 更に捜索サーチをかけると、だいぶ近づいてきた。


 「もうかなり近いぞ」

 「でしたら一旦止まりましょう。駆けていては目立ってしまいます」


 アリーに注意されてようやく気づいた。しまったな。思った以上に俺は焦っているようだ。対面してもまだ対処法がないというのに。


 俺はアリーの言葉に従って一旦立ち止まった。息はいくらか乱れていて、心臓の動悸は速くなっている。うん、こんな状態じゃ怪しまれるな。


 しばらく深呼吸を繰り返して俺達二人は息を整える。その間にも捜索サーチをかけてフールの位置を確認しているが、ここに来て東側へと進路を変えてきた。使っている道に少しずれがあるため、かち合うことはない。


 「アリー、相手は進路を東に向けた。このままだとぎりぎり倉庫街に行きそうだ」

 「どうします? 追いますか?」


 もちろん追う。例え手出しできなくても、何をしているのか確認することくらいはできる。俺は捜索サーチを使える利点を生かして、少し離れたところからついて行くことにした。


 「そうだ、隠蔽ハイディングを使えばもっと近づけるじゃないか」

 「あ、そうですね」


 これからどうやって気づかれずにできるだけ近づこうか悩んでいたが、こういうときにうってつけの魔法があることを思い出した。


 俺達は隠蔽ハイディングの魔法で姿を消すと、より一層フールに近づいていく。


 やがて一区画先というところまで追いついて建物の陰から覗く。すると、そこには外套マント頭巾フードで全身を隠した三人の人物が、寂れた倉庫街の一角を歩いていた。


 「あいつだ。人相は全くわからないが、真ん中の奴から、ノースフォートで見かけたときと同じ圧迫感を受ける。間違いない」


 肌を晒している部分が見当たらないので輪郭がぼやけているかは不明だが、圧迫感があるだけでも充分だ。こういうとき、人相を確認しなくてもいいのは楽だな。


 「師匠、これからどうするのですか?」

 「このまま後をつけて、どこに行くのかを確認しよう」


 直接手を出せなくても、できるだけ情報は得ておくべきだ。俺はアリーと一緒に尚も後をつける。


 すると、既に誰も使われていないような傷みの激しい倉庫の前で、三人は立ち止まる。その傷んだ倉庫前には、人相の悪い男二人が立っていた。見張り役なんだろう。


 三人はその二人に声をかけると、二人のうちの一人が倉庫の脇にある扉を開けた。そして三人はその中へと入って行き、また扉が閉じられる。


 「あんな傷んだ倉庫で何をする気なんでしょうか?」

 「さぁな。見張り役の柄の悪さから見るに、裏社会で生きているように見えるが」


 人通りのない一角の傷んだ倉庫となると、もしかしたら根城にしているのかもしれない。


 ここで捜索サーチをかけてみる。すると、倉庫の中に反応があった。しばらく留まるのか、それともすぐに出てくるのか、どちらだろう。


 「しばらく待ちますか?」

 「う~ん、どうしよう。このままずっと貼り付くわけにもいかないしなぁ」


 今はたまたま見つけたので追いかけている状態だ。倒すのはもちろん、捕まえることさえ無理だろう。後々に追跡しやすくなるような仕掛けができたらいいんだけどな。


 「あれ、さっきの二人が外に出てきました」

 「え、二人?」


 目を向けると、アリーの言う通り、正体不明の二人が傷んだ倉庫の中から出てきた。そしてこちらへと向かってくる。まだ隠蔽ハイディングで姿を隠しているので、じっとしていれば見つかることはない。


 俺達の脇を通り過ぎて去って行く二人は、どうも男のようだ。話し声でわかった。


 「あの二人は違うな。圧迫感がない」

 「ということは、フールはあの倉庫の中にいるのですね」


 どうしてひとりだけ留まっているのだろう。単に休んでいるだけなんだろうか。


 気になった俺は捜索サーチをかけてみる。ところが、今度は反応がない。あれ?! 再び捜索サーチをかけてみたが結果は同じだ。


 焦った俺はハーティア全体に範囲を広げて探索してみるが見つからない。どうしてだ?!


 「おかしい、フールの反応が消えた。あいつ、どこにいったんだ?」

 「倉庫の中にいないのですか? どこかに転移したのでしょうか?」


 転移、フールも使えるのか? そうなると、あの倉庫内に魔方陣が描かれているのかもしれない。


 「中に入ってどうなっているのか確認しますか?」

 「まだそこまではできない。今こっちの存在を知られるのはまずいからな」


 アリーの意見に従って倉庫を襲撃したい気持ちは俺にもある。しかし、まだそんな力押しするのは時期尚早だろう。


 「仕方がない。一旦引き上げよう。」


 悔しいが、今はどうにもならない。俺は内心不満を抱えながらもその場を離れることにした。




 俺達は、倉庫街から冒険者ギルドへと場所を移した。まだ昼前なので酒場は開いていないし、食堂に行くほどお腹はすいていなかったからだ。


 冒険者ギルド内の待合場所にあるテーブルの席に俺達は座る。歩いている間は一言もしゃべらなかった。俺は考え事をしていたからだが、アリーが話しかけてこなかった理由はよくわからない。


 「どうしたものかな」


 さっきまでの行動を思い返しながら俺は一言漏らす。


 捜索サーチでフールを探し出すという実験はうまくいった。しかも、この目で確認して圧迫感があったので、あれがフールであると断じてもいいだろう。今回フールが乗っ取っている人物の人相すら見ていないが、フールを追いかけるのにそこは重要じゃないので気にはしていない。


 ただ、実際にその姿を確かめられたら、次は何をしているのかが気になる。もちろん、自分の研究のために動いているんだろうけど、そのためにどんな人物を乗っ取って、どう動いているのかが気がかりなのだ。


 例えば、さっき見た様子だと今回のフールには仲間がいる。あるいは部下かもしれないが、少なくとも集団に所属している。しかも、その集団はどう見ても裏社会だし。更に言うと下っ端じゃなくて幹部っぽい。これって組織の力を使えるということだよな。かつての魔王軍ほどじゃないにしても、他人を正式に使える立場にあるというのは厄介だ。


 他にも、フールが今回のハーティアと以前のノースフォートで発生した流行病に関係しているのか、ということもまだわからない。そう、フールは見つけられても、まだ直接手を下したところを確認できていないんだよな、俺。


 「師匠、私達はこれからどう動くのですか? フールを追いかけるのか、それともシャロンに会いに行くのか、どちらなのでしょう」

 「心情的にはフールを追いかけたいけど、今の俺達じゃ無理そうだからなぁ」


 何をしたのかわからないが、いきなり消えられてしまっては追いかけることもできない。フールが個人で動いていたら、俺達二人だけでも強引に進むという手段もとれるけど。


 「それならば、シャロンと会って、あのフールの所属している組織を監視してもらうというのはどうでしょうか」

 「それが一番現実的なんだろうけど、それにしたって『どうしてあの組織を特別に監視しないといけないのか』ってことを説明できないとシャロンも動けないだろう」


 シャロン自身は俺の前世について知っているから問題ない。でも、そこから先にどうやって説明したらいいのかということがね。シャロンがフェアチャイルド家の当主なら、強引に命令という形で押し通すこともできるんだろうけど。


 「フールの所属している組織をどうするにせよ、私は一度シャロンを訪ねてみるべきだと思います」

 「うん、俺もそれには賛成だ。シャロンの安否も気になるしな」


 所期の目的を果たしたことで新たな問題が発生したが、それにどう対処するかはこれから考えるしかない。そうなると、次の目的であるシャロンとの会見を果たすべきだろう。


 「ところで、シャロンは今どこにいるのでしょうか?」

 「わからん」


 アリーの質問に俺は即答する。いやだって、本当にわからないんだもん。


 このハーティアにいないことは確実なんだけど、それならどこに行ったのか? たぶん流行病を避けるためにこの街から移動したと推測しているが、そうなると今度はどこへ避難したかだよな。普通は自分の家の領地になるんだけど。


 「シャロンの実家って大貴族なんだよな。そうなると領地もあっちこっちに持っているだろうし。避難場所なんていくらでもあるだろう」

 「余程離れているのでなければ、本領に避難していると思います」


 一番大きな領地、あるいは最も重要な所領か。そうなんだろうな。でも、やっぱりわからないことがある。


 「フェアチャイルド家の本領ってどこなんだ?」


 俺はそれを知らない。まさかこんな形で関わるとは思わなかったから、聞いていなかったんだよな。


 「私にもわかりません。ですから、スカリーかクレアに聞いてみましょう」


 そうか、あの二人なら知っているだろう。特にクレアは同じハーティア王国出身だから、大貴族のことなら概略だけでも知っているはず。


 今回のことを話さないといけないので、そのときにフェアチャイルド家について聞くとしようか。


 そうなると、また宿を取り直さないといけないな。ああ、馬は場外町の厩舎に預けっぱなしだった。それなら、同じ場外町の方がいいか。アリーと相談して決めるとしよう。

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