懐かしい王都
周辺で騒がれているほど流行病は深刻ではないとわかって一安心した俺とアリーだったが、やっぱりいくらか不安は残っていた。
ということで検問所を抜けた俺達は、急速に暗くなってゆく状況を言い訳に場外町で一晩明かすことにした。
ゲートタウン以来、宿の確保はとにかく大変だったが、逆にハーティアの宿は閑古鳥が鳴いていた。街の住民からして出て行くのだから当然だろう。だから今までが嘘のように宿泊料が安かった。もちろん、部屋は二つ借りたぞ。
これはこれでよかったが、食べ物関係は相変わらず高い。これはハーティアへの食料輸入が滞りがちだからだ。理由はいくつかり、感染を恐れて業者が来なかったり、労働者がハーティアから避難して人手が足りなかったり、中には難民のかたまりに通行を邪魔されて遅れたりしたからである。
それでも、とりあえずは無事ハーティアへたどり着けたのはよかった。
場外町で一泊した後、俺達はいよいよハーティア入った。俺にとっては約二百年ぶりの来訪だ。
「場外町もひとつの街みたいでしたが、さすがにこちらは更に大きいですね」
アリーが周囲の様子を見て感嘆の声を上げる。
北門からハーティアの中に入ると、まず最初に目に付くのは幅三十アーテムの大通りだ。これが幹線道路としてはるか先までまっすぐ南へと延びている。もちろん全て石畳だ。
北門近辺の周囲はずっと平民の居住地域みたいだ。これも造りは全て石である。平屋などはなく、どこも三階から五階建ての建物だ。北側は魔族との交易が盛んなのだから、本来ならばこの辺りに商人街ができてもおかしくはない。しかし、それは場外町が担っているそうなので、昔ながらの風景が残っているらしい。ちなみに、この居住地域から場外町へ出勤する人は多いそうだ。
「昔と同じなのは懐かしいけど、人通りは少ないな」
ここまで来ると早朝から動く必要はないので遅めに宿を出たが、思ったほど往来は多くない。荷物を運ぶ荷馬車は行き交っているんだけどな。
「師匠、これからどうするのですか? シャロンを訪ねるのでしょうか?」
「う~ん、そうだなぁ。シャロンのところは後にしよう。まずは冒険者ギルドへ行く」
「何をするのですか?」
「今のハーティアの状況がどうなっているのか調べるんだ。金を払えば流行病のこともある程度わかるだろうしな」
アリーにはこう説明したが、実際のところは動機の半分でしかない。もう半分は懐かしい王都の冒険者ギルドを見たいからだ。
俺はアリーと一緒に北門から延びる大通りを南に向かって歩く。ハーティアは一辺約三オリクの都市なので、他の街の感覚でいると結構歩かないといけない。
大通りの両側はしばらく平民の居住地域が続くが、やがて東側に光の教団の施設群が現れる。ハーティア王国の国教であり、大陸最大の宗教だけあってその施設もばかでかい。しかもこの街のほぼ真ん中にあるときたもんだ。その隆盛っぷりがうかがわれる。
「宗教施設をこんなに大きくする必要があるのですか?」
「どうなんだろうな。まぁ、お祈りを捧げに来る人も多いだろうし。信徒のための学校や病人のための治療院もあるからじゃないかな」
実際のところは俺にもわからない。元々あんまり興味なかったしな。
話をしながら約一オリク歩くと、東側に向けて大通りが分岐している。こちらはそのまま奥まで進むと豊穣の湖に接する港へと出る。
俺はその分岐のところで立ち止まると、東へと延びる大通りに視線を向けた。通りの北側は光の教団の本部施設があり、南側は商人街だ。
「師匠、何を見ているのですか?」
「光の教団の治療院前に病人が列を成しているのか見ていたんだ。ほら、あそこ」
俺が指さした先には、朝から治療院前で中に入ろうと待っている人だかりがあった。どれだけ流行病の患者が混じっているのかはわからないが、治療院を必要とする人は多いようだ。
「流行病の患者でしょうか?」
「さぁな。あれがいつもの光景なのか、それとも流行病のせいなのかもわからないから、今は何とも言えないな」
しばらくその様子を見てから、更に南へと進む。東への分岐路以後は通りの様子ががらっと変わる。東側が商人街で西側が倉庫街となるので、完全に商業地区となるのだ。
「昨日の男の話ですと活気はないということでしたが、そうでもなさそうですね」
「他の街と比べたらな。でも、いつものハーティアと比べたら活気はないんだろう」
俺の昔の記憶と比べても、やっぱり元気がないように見える。アリーが勘違いしたのは、集まっている人の数が桁違いに多いからだろう。
北門から約一オリク半南へと進むと、大通りは西側へと直角に曲がっている。そして、そのまま一オリク西へと進むとハーティアの西門へとたどり着く。
ここまでやって来ると一層懐かしさがこみ上げてきた。そうそう、この辺りはよくライナス達と行き来したなぁ。いままで街の様子を見てきたけど、二百年前とほとんど何も変わっていない。
大通りを直角に曲がって西へ向かって歩くと、北側に倉庫街、南側に商人街が並ぶ。曲がり角から二百アーテムほど進むと、南門へと続く大通りが分岐していた。
「おお、ここもそのまんまか! なぁ、アリー、あっちの南側へと続く大通りの両側は商人街なんだけどな、俺が初めて王都にやって来たときに潜ったのが、その奥にある南門なんだ」
ライナスとバリーが初めて見た大都市に圧倒されていたっけ。俺も別の意味で驚いていたけど。
「ふふふ、師匠は楽しそうですね」
俺が知っていることを披露していると、アリーがほほえましそうに俺を見ながらつぶやいた。確かに楽しんではいるが、どうして子供を見る母親のような目をしているんだ。え、俺ってそんなにはしゃいでいるように見えるのか?
その分岐路から更に西へと二百アーテムくらい進むと、ついに目的の建物へとたどり着いた。
冒険者ギルドは五階建ての総石造りの立派な建物だ。壁の変色具合などが歴史を感じさせる。薄汚いと思わせないところは手入れが行き届いているせいかもしれない。
「ここだ。前と何も変わっていないな」
アリーが俺とは別の感想をつぶやいているが、あまり耳に入ってこない。俺は俺で懐かしさのあまり建物を見るのに夢中だからだ。
「師匠、中に入らないのですか?」
「え? ああそうだな。中に入ろう」
呆然としていたところを、アリーに促されて建物の中へと入る。
建物の外見とは違って中は意外と広い。横幅は建物の外見から想像できるが、予想よりも奥行きがあるからだ。そしてもちろん、中には冒険者がいる。
冒険者達は、室内に規則正しく並べられた掲示板に貼り付けられた紙を熱心に見たり、壁際に置かれた書類を真剣に見ていた。自分にふさわしい仕事を探しているのだ。初めてこの光景を見たときは、ライナスとバリーが冒険者になるのが羨ましく感じたものだなぁ。
「建物は広いようですけど、その割に人はあまりいませんね」
「早朝や夕方じゃないからみんな出払っているんじゃないか? そうじゃなけりゃ、流行病の騒ぎにあてられてハーティアから逃げたかだな」
そんなふうに思ってしまったからか、室内の雰囲気はどことなく暗いような気がしてきた。せっかく思い出に浸っていたのに残念だ。
ともかく、現在のハーティアの状況を知るべく俺達は建物の奥へ向かう。
待合場所と広間の奥にはカウンターがあり、受付が何人も座っている。俺はそのうちのひとりに話しかけた。
一番知りたかったハーティアにおける流行病の状態を真っ先に質問した。今後の自分達の健康状態にも関わることだけに出し惜しみなしだ。その結果、色々なことがわかった。
この流行病が認識されたのは実は一月頃で、その時点で北西に位置する平民の居住地域である程度広まってしまっていたそうだ。逆算すると去年の年末頃に広がり始めたのではと推測されている。
どうして発見が遅れたのかというと、風邪と症状が似ており、その風邪をひきやすい冬なのでいつものことだとみんなが勘違いしたらしい。しかし、いつもの風邪に対する措置が全く効かず、子供や老人などが次々とその病気で死んでいくとさすがにおかしいと気づき始め、騒ぎが広まったそうだ。
そして二月に入ると東側の居住地域にも広がり始める。この頃になると、危険を感じた住民達が逃げ始め、現在に至っている。
次に被害状況だが、子供と老人ばかりが一日に何十人と死んでいる。感染自体は誰にでもするようだが、成人の男女は体力があるせいか何とか完治するらしい。
「現在は王家と光の教団が対策を講じており、病気の拡大はとりあえず止まりました。しかし、沈静化したわけではないのでまだ油断はできません。お二人も、北の居住地域には近づかないようにしてください」
という言葉を最後に説明は終わった。俺は一旦待合場所のテーブルの席にアリーと座る。
「大体昨日聞いた話と同じだな。ということは、ハーティアがどうにかなるほどじゃないということか」
「とりあえず近づかなければいいみたいですけれど、空気感染するのでしたら完全に安全とは言えないですよね」
危険な状態ではあるのだろうが、致命的な状態ではないということか。早く用事を済ませてさっさと出て行くのが正しいのだろう。
「う~ん、久しぶりにあっちこっち巡って見たかったんだけどなぁ」
最初から期待はしていなかったけれど、ハーティアの中に入ってその様子を目にすると、やっぱりかつてよく利用したところがどうなっているのか気になってくる。
「私もハーティアを観光したかったですね。流行病が治まってから、再度訪れることにしましょう」
「うん、そうするしかないよな」
残念ではあるが、王都観光は次の機会である。
「ではこれから、シャロンに会いに行きますか?」
「そうだな。この様子だと大丈夫な気がするけど、せっかくだから会いに行こう」
会わずに去ると逆にスカリーとクレアに非難されそうだ。延々と説教されそうなので、それを避けるためにもシャロンと会っておくべきだろう
俺とアリーは話し終えると、すぐに席を立って冒険者ギルドの建物を出た。
王都ハーティアは王国の中心地なので、王家の居城であるハーティア城がある。位置は都市の南東の隅っこだ。このハーティア城、東側は豊穣の湖に直接面している。それに対して、南側から攻められると直接乗り込まれてしまうので、城を守るように出城が築かれている。一方、ハーティア城の北面は、豊穣の湖沿いに水軍施設があり、北面の西側と西面の全てが貴族の居住地域となっている。こうして王城の周囲を固めているわけだ。
シャロンが住んでいるのは、その貴族の居住地域だ。魔法学園にいるときはほとんど意識していなかったが、こうやって居住地域の入り口までやって来ると大貴族の出身なんだなということがよくわかる。
「師匠、ここは陸軍施設の入り口なのではありませんか?」
「その奥に貴族の居住地域があるんだ」
光の教団の施設を通り過ぎ、豊穣の湖に続く大通りを東進すると、平民の往来する地域と貴族の住む地域を隔てる防壁が現れる。その防壁にある内門という出入り口の前に俺達は立っていた。
この門の奥は、ハーティア王国陸軍の施設となっている。貴族の居住地域はその更に奥だ。
そのため、往来する人の多くは軍人なのだが、さっきから不思議な表情で見られたり、不審者を見るような視線を投げかけられたりしている。普通、冒険者がこんなところに来ないもんな。
「おい、貴様ら。そこで何をしている?」
そろそろ門番に話しかけようとしていたら、向こうから声をかけてきた。問いかける声には棘がある。
「私はユージです。今は冒険者に戻りましたが、以前レサシガムのペイリン魔法学園で教師をしていました。こちらは、アレクサンドラ・ベック・ライオンズで魔界のライオンズ学園の関係者です。去年の春までペイリン魔法学園に留学していました」
自己紹介をしたところで一旦言葉を切る。門番はそれを聞いて眉をひそめた。
「で、一体何の用だ?」
「今日は私の教え子であり、このアレクサンドラの友人である、シャロン・フェアチャイルド様を訪ねに来ました」
門番は俺の用件を聞くと顔をしかめて、即座に言い放った。
「帰れ。お前達のような怪しい奴を入れるわけにはいかん。ただでさえ流行病で規制がかかっているというのに、氏素性の知れん者を入れるわけにはいかんのだ」
「あー、平民の居住地域で発生しているやつですか」
「そうだ。あれのせいで使用人の出入りも制限されているんだ。しかも言うに事欠いてフェアチャイルド様のご息女の教師と友人など、信じられるわけがないだろう。それとも、何かその話を証明できる物でもあるのか?」
俺とアリーは顔を見合わせる。
「アリー、卒業証書を持ってきているか?」
「いえ、さすがに家に置いてきました」
そうだよな。普通は持って来ないよな。俺も証明できる物は何も持っていない。
このとき、俺は捜索の魔法でシャロンがいるかどうかを確認することにした。俺の設定できる範囲ならば、ハーティア全体を探索対象にできる。流行病が蔓延している今の時期に外を歩き回っていることはないだろうから、これで見つからなければハーティアにいないことになる。
結果は反応なしだった。つまり、この門の奥にある貴族の居住地域にシャロンはいないということだ。そうとわかれば、ここに用はない。
「証明できるものもないし、今回は諦めますよ」
「ああそうだな。こっちも余計な仕事をしなくていいし、嬉しいぞ」
俺はアリーに耳打ちすると、そのまま引き上げるように促した。やっぱりどこかの領地に避難しているのか。
そのとき、フールを捜索にかけるという目的を思い出した。そうだ、シャロンだけを探している場合じゃない。
文字通りシャロンのついでといった感じで、俺は捜索でフールを探してみる。
すると、ハーティア内部に反応があった。