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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
8章 袖触れあう距離
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いろいろな話

 俺とアリーはゲートタウンで二晩を過ごした。馬と一緒に俺達も休養する意味もあったので、それほど張り詰めることなくハーティアの状況を聞いて回る。冒険者ギルドの職員や同業者、隊商の商人と使用人、酒場の店主によっぱらい、そしてハーティアからの難民などだ。


 主にハーティアから流れてきた人に的を絞って話を聞いてみて、それらを総合すると正反対の意見が浮かび上がってきた。


 ひとつは、ハーティアの都市部には患者が溢れかえり、そこかしこからうめきが聞こえてきて絶えることがない。しかも、死んだ患者はそのままで遺体がそこかしこに放置されている。また、住民のいなくなった家には空き巣が入るだけでなく、昼間でも犯罪者がうろついているらしい。


 もうひとつは、活気のあった王都は静まりかえり、昼間の大通りでも人をほとんど見かけない。みんな流行病を恐れて街から逃げてしまい、犯罪者すら見かけなくなったというものだ。


 今日の情報収集を終えた俺達は今、宿屋の一階にある食堂にいる。すっかり定位置になったカウンターの隅っこだ。夕飯に使うのもこれで三度目になる。


 「一体どっちなんでしょうね、師匠」

 「どっちにしても、あんまり行きたくないよな」


 今になって腰が引けてきているが、しゃべる奴みんなが俺達を驚かせようとしているのかと思うくらい感情を込めて話すんだもんな。


 「こういうときの話は割引いて聞くべきなんですよね」

 「そうだな。普通は自分が見聞きしたことを都合良くこねくり回して、大げさに話すもんだからな」


 しかし、どちらの証言をした人でも、全員が口を揃えて俺達にこういった。「今はハーティアに行くな」と。


 「シャロンはどうしているのでしょうね」

 「さぁな。たぶん大丈夫だろう」

 「根拠はあるのですか?」

 「大貴族のお嬢様だしな。本当に危なくなったら最初に逃がしてもらえるだろう」


 例え何か理由があってハーティアに留まるとしても、そう簡単に貴族の住む地区に病気が来ないように対策はしているはず。だから俺は、シャロンが流行病に罹っているという心配は実のところしていない。


 「まぁ、家に対してそんなに義務や責任を背負っている立場じゃないみたいだし、案外早い段階で領地に避難しているのかもしれないな」

 「なるほど、確かにその可能性はありますね」


 シャロンの身を案じるならば、さっさとハーティアから避難させるべきだろう。


 「しかし、ハーティアも大変だけど、そこに至るまでの道中も大変そうだよな」

 「話によると、このゲートタウンよりも混乱しているみたいですしね」


 ゲートタウンとハーティアの間にも街道があり、宿場町が点在しているが、避難してくる難民でどこもいっぱいだそうだ。宿の空きがなくて野宿する者もいるらしい。


 「ここからハーティアへ向かうというだけで変な目で見られるのは仕方ないにしても、宿は確保したいよな」

 「同時に厩舎もですよね。ああでも、ハーティアで厩舎はちゃんと開かれているのでしょうか」

 「宿もそうだよな。まぁ最悪、どこか空いているところに入ればいいんだろうけど」


 とは言っても民家に入るつもりはない。家主に悪いというのもあるが、病死体と出会いたくないからだ。空気感染するとしたらご対面した時点で危険である。


 「シャロンと再会できて、屋敷に泊めてもらえたら一番理想ですよね」

 「あーうん、そうなんだけど……そもそも面会できるかな」

 「え、どういうことです?」

 「いやだって、街中に病気が蔓延している中で、魔族と平民の人間がやって来て、会わせてくださいって言ってだな、素直に会わせてもらえるかどうか」


 こういった感染病の最良の対策は、原因に近づかないこと及び近づかせないことだ。そうなると、俺達みたいな怪しい組み合わせは門前払いにするのが一番ということになる。しまったな、こういうときに身分をはっきりとできる物なんて持ってきていないぞ。サラ先生に一筆したためてもらった方がよかったな。


 「私はシャロンの友人であり、師匠はシャロンの教諭ではありませんか。そう名乗っても会えないのですか?」

 「それがわからないから不安なんだ。名乗るだけで会えるならいいんだけど、駄目だったらどうしようかなって考えているんだよ」

 「そうなのですか。しかし、ここまでやって来た以上、一度訪問するしかないでしょう」


 確かにな。まさかこんなところで蹴躓きそうになるなんて思わなかった。


 「そうだ、ちょっと気が滅入ったから気分転換に別の話をしようか」

 「どんな話でしょうか?」


 少し硬い表情だったアリーの顔が柔らかくなる。


 「そんなに面白いっていう話じゃないんだけどな。ほら、以前山の中で別れた隊商の集団がいただろう?」

 「ああ、そういえばいましたね」


 すっかり忘れていたらしいアリーの表情が微妙なものに変わる。あの隊商の集団にはいい思い出がないもんな。


 「どうも俺達と別れてから巨鳥ビッグバードに襲撃されたらしい」

 「え、あの後にですか?」


 アリーの質問に俺は頷く。


 この話を聞いたのは偶然だった。ハーティアから避難してきた隊商を中心に色々と話を聞いていたが、中には間違ってヒューマニアからやって来た隊商に話しかけたことがあった。何度かそんなことがあったのだが、少しずつ聞いた話を総合するとどうやら俺達と別れて半日もしないうちにやられたようだ。


 「ということは、あのままあの隊商に残っていたら、私達も襲われたということですか」

 「うん、そうなるな」


 俺達の場合は、シャロン謹製の魔法操作マジカルコントロールがある上に、実際に巨鳥ビッグバードを撃退したという実績がある。だから追い払えた可能性は高い。


 「危なかったですね」

 「でも、不運だったのはあの商人達の方だろう。知らぬとはいえ、巨鳥ビッグバードを追い払える切り札をわざわざ自分達で捨てたんだからな」


 俺個人としては気分がいい。非常に暗い感情なので良くないのはわかっているものの、自分を蔑ろにした連中が不幸になるとやっぱり喜んでしまう。


 「師匠の口ぶりから察しますと、喜んでいませんか?」

 「さすがに鋭いな。少なくとも冥福を祈れる気にはなれん」


 あっさりと本心をさらけ出した俺を見てアリーは苦笑いをする。もしかしたら開き直ったように見えたかもしれないな。


 「それで、襲撃されてどうなったのですか?」

 「隊商関係者の三分の一が食われたらしい。何しろ巨鳥ビッグバードが集団で襲ってきたらしくてな、魔法使いがいても対処しきれなかったそうだ」


 詳しく話を聞くと、十体以上の巨鳥ビッグバードに襲われたそうだ。魔法使いが応戦するものの、運悪く小さな雪崩が発生して混乱したところをやられたと聞いている。


 「それで、あの初老の商人はどうなったのですか?」

 「本人は生きているらしいが、部下や護衛はほとんど食われたらしい。あと、雪崩に巻き込まれて荷馬車は全部谷底だそうだ」


 最も被害が大きいのはあの商人の隊商だと聞いている。ご愁傷様という感想しか湧いてこない。


 「自分の行いというものは巡り巡ってくるのかもしれないですね」

 「だとしたら、冒険者家業なんかやっている俺は、悲惨な最期にしかならないなぁ」


 とてもじゃないがきれいな仕事とはいえないので、実のところあんまり因果は信じたくなかったりする。


 「師匠、それでこの街をいつ出発するのですか?」

 「明日にしようと思う。厩舎に馬の様子を見に行ったけど、とりあえず普通に移動する分には問題なさそうだから」


 もちろん俺が馬の様子を見て判断したのではない。厩舎の世話係に聞いたのだ。こういうときは専門家に頼るのが一番である。


 「そうですか。それでは、明日に備えて今日は休みましょうか」

 「うん。俺も眠くなってきた。今日も歩きづめだったからなぁ」


 夕飯を食べ終わってお腹の具合もほどよい感じだ。気持ちよく眠れる状況は揃いつつある。


 俺達二人は顔を見合わせて頷くと席を立って部屋に戻った。




 このゲートタウンは目下のところハーティアからの避難民が押し寄せてきているので、あらゆるものが値上がりしている。もちろん宿泊費もそうだ。俺達は散々探したあげく、今のこの部屋ひとつだけしか取れなかった。


 以来、二晩ひとつの部屋で夜を過ごした。こう書くと何やら怪しく思えるが、もちろん何もなかった。いや本当に。なのに宿屋の親父は俺達のことをまるっきり信用していない。いつも俺達を見かけるとにやにやとしやがる。非常に不本意だ。


 それはともかく、ベッドはひとり用のものがひとつあるだけの狭い部屋だ。もうひとりが床で寝ることも不可能でないものの、心情的には嬉しくない。


 ということで、俺は精霊を召喚して対処した。かつて妖精の湖でやったように、土の精霊アースエレメントを呼び出してベッド型に変形させる。また、完全に板状にすると固すぎるので硬度は柔らかめにした。


 しかし、まだ冬なのでそのままだと寒い。そこで、下位の火の精霊ファイアエレメントを呼び出して足下に浮遊させる。しかし、このままだと明るくて眠れないので、無属性の魔法である暗闇ダークネス火の精霊ファイアエレメントを囲って明るさを封じた。


 これでベッドをふたつ確保したのだ。え、上布団はって? それは外套を使ったよ。アリーの外套も借りたけどな。


 こうして最大の問題は解決した。果たして解決してよかったのかという別の声が聞こえないでもないが、まぁ良しとしよう。


 部屋の扉を開けると、まずは光明ライトの魔法で室内を照らし、視界を確保する。


 「うーん、相変わらず狭いな。部屋がほとんどベッドに占領されてる」

 「寝床を確保するためにはやむを得ないでしょう」


 足の踏み場はベッドを置く場所でほぼ使い切っているため、俺とアリーは靴を脱いでベッドの上を四つん這いになって進む。


 俺達二人は、身につけていた武具を体から外して脇へと置く。そして自由の身になってからベッドにごろんと横になった。


 「あ~、一番くつろげるときだよなぁ~」

 「ふふふ、そうですね」


 初日は初めて一緒の部屋で寝るということもあって緊張したが、三回目の夜ともなるとさすがに慣れてくる。


 「そうだ。師匠、今日はお婆様か誰かに連絡はしないのですか?」


 しばらくごろごろとしていると、アリーが思い出したかのように尋ねてきた。


 「うん、もういいと思う。みんなには一通り話をしたし、今のところ追加で話をすることはないしな」


 初日にオフィーリア先生、スカリー、クレアの三人と話をした後、二日目にサラ先生、ジル、レティシアさんの三人とも話をした。このゲートタウンで収集した話は確かにあるが、別に改めて連絡をするほどのものじゃない。当分は水晶を使わなくてもいいだろう。


 「そうなると、次はハーティアに到着してからですね」

 「どうなっているのかわからないけど、確実に一回は連絡しないといけないな。いい報告をできると嬉しいんだけどね」


 俺は背伸びをしながら会話を続ける。ベッドに横になりながら背伸びするのが気持ちいいんだよな。アリーはわずかに空いている隙間を利用して、ベッドに腰掛けている。


 「しかし、本当に毎日物価の値段が上がりましたね。師匠の言う通りでした」

 「できれば外れてほしかったんだけどな。嫌な予想ばっかり当たりやがる」


 嫌な予感がしたので街に到着した翌日に買い物を済ませておいた。しかし、特に食べ物関係は朝と夕方でも値段が違うことがあったので油断できなかったぞ。物不足が酷くなってきているのがよくわかる。


 「この様子ですと、道々の宿場町は何も期待できないかもしれませんね」

 「俺としては、馬の世話だけはなんとかしたいな」


 自分ではほとんど何もできないので、厩舎だけは確保したいという意味になる。駄目なら最悪、飼い葉だけでも分けてもらう交渉をしないといけない。それも無理というなら、飼い葉を卸している問屋を教えてもらって、そこへ行くしかないだろう。できればそこまでしたくないなぁ。


 「私は、てっきり病気に感染する心配だけをしていればいいと思っていましたが、それ以前にハーティアへ向かうだけでもこんなに苦労するとは思いませんでした」

 「ある程度は予想できたけど、細かいところで予想外なことがちょろちょろと起きるなぁ。この様子だと、たぶんこの先も起きるんだろうな」


 値上がりくらいはこの際我慢するが、あの商人みたいな厄介事は勘弁してほしい。


 「さて、そろそろ寝るか。明日は早いしな」

 「そうですね。それでは、お休みなさい、師匠」


 アリーは俺に声をかけると、ベッドに横になって上布団をかぶる。俺もそれに倣って外套を自分の上に掛けた。


 俺は、火の精霊ファイアエレメントをいつもの位置に移動させ、暗闇ダークネスで囲う。そして光明ライトを消した。既に日は没しているので真っ暗だ。


 それでも、まだ起きている連中の喧噪が遠くから聞こえてくる。大した音量ではないので気にはならない。俺はその喧噪を子守歌代わりにして、目を閉じた。

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