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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
8章 袖触れあう距離
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途中経過の報告

 ゲートタウンに到着した当日は、冬山の踏破や宿の確保などで非常に疲れていたので何もしなかった。乗ってきた馬だけでなく、俺とアリーも休まないと体がもたない。


 俺達が泊まった宿は一階が食堂になっている。まだ夕方になったばかりだというのに席はもう満席に近い。ひっきりなしに出入り口を人が往来しているのを見ると、相当繁盛しているようだ。


 「テーブルは空いていなさそうですね」

 「カウンターの端が空いている。あそこにしよう」


 まだまばらにしか席が埋まっていないカウンターの端の席に俺達は座った。近くを通り過ぎようとしていた給仕に声をかけて、腹を満たせるものを注文する。通常の倍の料金がかかると忠告されたが、金銭そのものでは飢えを満たせないのでそのまま注文した。


 「やっと落ち着けましたね」

 「全くだ。どうして部屋だとあんなに落ち着かないんだろうな」


 今日からしばらく相部屋となるわけだが、お互いに変に意識してしまった。今から思うと、あれはきっとベッドがひとつしかないからだろう。夜寝るときのことを想像してしまったからだ。でなきゃ狭いカウンター席で寄り添って座っている今の方が、落ち着いている理由の説明がつかない。


 「思い出させないでください! せっかく外に出て忘れようとしていますのに」

 「そうは言ってもな、遅くとも夜には戻って寝ないといけないし」


 俺の一言で顔を赤くしたアリーがそっぽを向く。最近こういう表情を見る機会が多くなってきたような気がする。


 注文していた品がぽつぽつとやって来る。その都度料金を支払っているが、確かに倍の値段だった。食材が品薄になってきて仕入れが大変らしい。


 俺達は、固めのパン、肉の少ないスープ、そして豚肉と鶏肉の薄切りを順次食べていく。馬ほどではないが俺達も空腹なのでおいしく感じる。


 その間に、ゲートタウンについて知っていることを説明しよう。


 ゲートタウンは、ハーティア王国の王都ハーティアの北にある街だ。魔界との交易の拠点であり、大北方山脈越えの拠点でもある。このゲートタウンとヒューマニアの山道も二百年前の魔王軍侵攻路を利用したもので、ゲートタウンは当時の魔王軍の補給基地だった。


 かつてと今はもちろん違い、現在は魔界へ向かうための人間側の拠点として栄えている。そして、ここには魔族が多い。たぶん人間界で最も多いだろう。統治は貴族ではなく代官が担っている。さすがに王族も馬鹿ではなく、こんな重要な拠点は直轄支配しているというわけだ。


 人口は三千人くらいだ。街の大きさとしては都市に比べるとずっと小さいが、本来ならばそんなことを感じさせないくらいに活気がある。


 しかし今年に入ってからは状況が一変した。ハーティアで流行病が発生したせいで避難民が大挙押し寄せてきて、現在は混乱が広がりつつある状態らしい。俺達は宿と夕飯の料金でそれを早々に思い知らされた。


 とりあえずある程度はお腹に入ったので落ち着いた。食べる手を休めると俺達はため息をつく。


 「はぁ、久しぶりにきちんと調理された料理を食べることができましたね」

 「そうだな。いつも通りの値段だったら酒も頼んでたんだけどな」


 さっき給仕に注文したときに聞いたところ、エールはいつもの三倍の値段だった。


 「ふふふ、残念でしたね。それよりも、明日からどうしますか? しばらくこの街に滞在するのですよね」


 俺の酒への未練をあっさりと脇へ追いやって、アリーは今後のことを尋ねてきた。もちろんやることは決まっている。


 「ハーティアの様子を探るぞ。どうせ最低数日は馬を休ませないといけないんだからな。あと必要なものもすぐに買わないと」

 「なぜです? しばらく滞在するのでは?」

 「この街の様子だと、当面は物価の値段は上がる一方だろう。物によっては毎日値段が上がる可能性がある」


 ただでさえヒューマニアを出てから出費が大変なことになっているのだ。常に安く買える努力はしておくべきだろう。


 「ここからハーティアまでの街道にも宿場町はあるはずですが」

 「ハーティアへ近づくにつれて厄介なことになっているだろうな。そのためにも、保存食や消耗品の準備はしっかりやっておかないといけない」


 ただ、馬に与える飼い葉だけはどうにもならないんだよな。ちゃんとあるといいんだけど。もう飼い葉を求めて交渉するのはやりたくない。


 「さて、一旦部屋に戻るか。みんなに連絡しないとな」

 「そういえばしばらくしていませんでしたね。本当はこれが当たり前なんですが」


 今じゃ離れているみんなと当たり前のように話をしているが、少し前までは一旦別れると月単位や年単位で話せないことは当たり前だった。携帯電話のように使えるあの水晶は本当に凄い一品だと思う。


 俺達二人は立ち上がると自分達の部屋に戻った。




 約二週間ぶりに水晶を取り出すと俺は起動させた。最初の呼び出し相手はオフィーリア先生だ。


 「こんにちは。久しぶりですわね。とはいっても、まだ二週間しか経っていませんが」


 確かにそんなに長い間じゃないけど、久しぶりという感覚はぬぐえない。俺とアリーもオフィーリア先生に挨拶を返す。


 「こんにちは。こっちは今日ゲートタウンに着きました。ここで数日間滞在してからハーティアへ向かいます」

 「お婆様、お久しぶりです。私達は無事山越えできました。しかし、その途中で問題が発生して馬が弱ってしまったので、しばらく休ませます」

 「山中で何があったのでしょうか?」


 興味を示したオフィーリア先生に対してアリーが説明する。俺達の同行を許した商人が強欲な人間で、山中で法外な同行料を求められたことに始まり、途中で別れて二人だけで山を越えたことなどを丁寧に話していた。


 「まぁ、酷い商人もいたものですわね。よく切り抜けられましたこと」

 「はい、それも丈夫な馬を貸してくださったおかげです」


 祖母と孫が楽しそうに話しているのを俺は黙って見ていた。話は更にゲートタウンの様子へと移ってゆく。誰が話をしてもいいんだから、このままアリーがしゃべり続けてもいいだろう。


 しかし、話題がハーティアについてになると、アリーが俺へと話を振ってきた。とは言っても、これから情報を収集するところなので詳しく話せない。とりあえず、知っていることだけを話した。


 「今話せるのはこんなところです。明日からハーティアの状態を調べて、準備ができたらこの街を出ます」

 「わかりました。くれぐれも病気には気をつけなさいね。いくら魔法で治療できるからとはいえ、罹ってよいものではありませんから。アリーもね」

 「はい、お婆様。気をつけます」


 ハーティアの状態を朧気ながらも知ったオフィーリア先生は、流行病に感染しないよう注意を促す。そして、しばらく雑談をした後に会話を終了した。




 次はスカリーとクレアだ。そういえばもうすぐ三月になるが、ノースフォート教会の勇者の剣の返還式典は終わったんだろうか。


 再び水晶を起動させて二人の持っている水晶とつなげる。しばらくは反応がなかったけれど、やがてクレアが応じてきた。


 「はい。あ、ユージ先生、アリー!」


 クレアはすぐにこちらの姿が見えるように水晶の設定を変更したようで、向こうの風景がこちらにも表示された。あれ、クレアの実家じゃない?


 「お、アリーにユージ先生やん。久しぶりやな! そっち側はどこまで行ったんや?」

 「こちらはゲートタウンに今日着いたところだ」


 以前は毎日のように話をしていたときのように三人が雑談を始めた。女という漢字を三つ合わせてかしましいと書くが、正にその状態を目の当たりにしている。おお、これは俺の入る余地がない。


 三人の話している内容を雑談とは表現したが、どうでもいい話ばかりではない。理路整然としていないが、お互いの近況や状況、それに知り得た情報を交換している。


 こちらのことはオフィーリア先生に話したことと同じだからいいだろう。俺としてはスカリーとクレアの近況報告が気になった。


 スカリーの話によると、勇者の剣の返還式典は無事終わったらしい。本当はもっと時間をかけてたくさんの人を呼んで盛大に式典を催す予定だったが、ハーティアが大変なことになっているので早めに規模を縮小したそうだ。


 「まぁ、派閥が違うとはいえ、大変なことになってるハーティアを助けんわけにはいかんやろうし、のんびり時間をかけて式典なんてやっとれんかったんやろう」

 「教会も延期するかどうか迷ったらしいです。けど、ハーティアの状況がいつ落ち着くのかわからないので、せめて式典をして勇者の剣が戻って来たことだけでも知らしめたかった、というのが本音だそうです」


 前に聞いた話だと、勇者の剣が返ってきて喜んでいるような感じだったけど、実際にはそう単純な話じゃなかったということか。


 「そういえば、クレアが式典の主役になる話があったが、あれはどうなったんだろう?」

 「あー! どうして思い出すのよ、アリー!」

 「あはは! そうそう、そうやん! その話があったわ! もちろん覚えてんで!」


 アリーの一言が向こう側の騒乱を引き起こす。クレアからすると相当恥ずかしかったらしい。しゃべろうとするスカリーと止めようとするクレアの攻防がしばらく続く。


 スカリーの話によると、勇者の剣を教会に引き渡す儀式自体は厳かに行われたらしい。それは非常に厳粛なもので、端から見ていてクレアはとても凜々しかったそうだ。


 しかしその後、皆の前で勇者の剣を取り戻したいきさつを披露したときの話が、クレアとしては耐えられないものだったという。その内容をスカリーが全部教えてくれたが、なるほど、クレアが困った理由がよくわかった。


 「凄いな。一から十まで全部クレアの手柄になっているじゃないか」

 「一応私は魔法学園の級友ということになっていますが、扱いとしては従者ですよね」


 映像の向こうでは、クレアが真っ赤になって視線を必死に逸らしている。俺とアリーは乾いた笑顔を浮かべてその様子を見ていた。


 「それで、これはスカリーが考えた話なのか? 以前、自分が考えるって言っていたと記憶しているけど」

 「粗筋はクレアが考えて、協会がそれをこねくり回して、うちがいくらかましにしたってゆう感じやな。さすがに部外者のうちができるのはその程度や」

 「でもあの話、わたしの考えた話の筋しか残ってなかったじゃない! 他は原型すら留めていなかったわよ!」


 そうなんだろうな。教会としては宣伝のためのものなんだし、自分の都合のいいように作り替えるだろう。


 「しかし、しゃべってる最中に顔が真っ赤になっとったけど、あれ、信者は感極まって興奮してたって受け止められていたそうやで」

 「実際は恥ずかしかったのだろう。さすがに私にもそれはわかるぞ」


 スカリーとアリーの話を聞いて、俺はローラのことを思い出した。確かローラもこんな目に遭ったよなぁ。


 「あんなことをしたせいで、教会の中じゃすっかり聖女様扱いよ……」

 「もともと似たようなもんやったやん」


 燃え尽きそうな親友に最後の一撃を突き刺そうとするスカリーは、さすがにちょっと酷いなと思った。止めずににやにやしながら眺めていた俺も同類だけど。


 「ところで、式典が終わったということは、もうレサシガムへ戻ろうとしているのか? 背景の様子だとホーリーランド家とは違うようだが」

 「そうや。実は今朝ノースフォートを出発したんや」


 事後処理を手伝ってから、スカリーとクレアの二人はレサシガムに向かって出発したそうだ。


 「わたしの実家も説得できたから、これからはユージ先生とアリーを支援するために動けるわよ」

 「レサシガムに到着するんは三月の下旬頃になるやろうから、ぎりぎり新学期には間に合いそうやな。おかーちゃんはうちに何させるんやろう」


 スカリーの言葉に一瞬納得しかけたが、そういえばサラ先生は真銀ミスリル製の武器を作るために、二人をロックホールへ向かわせると言っていたな。まだ知らないのか。


 「二人とも、たぶんレサシガムへと戻ったら、ロックホールへと向かうように頼まれると思う。俺が使う真銀ミスリル製の武器を作ってもらうために」


 星幽剣アストラルソードの制御がなかなかうまくいかないことは二人も知っているが、真銀ミスリル製の武器でないと修行すらできないことを話したかよく覚えていない。そこで、再度それについて二人に教える。すると、断片的には知っていたようであまり驚きはなかった。


 「ああ、そんなことゆうてたなぁ。忘れてたわ」

 「そうね。何もなければ治療院で奉仕する予定だったんだけど」

 「けど、そんな状態でフールとかち合ったら、先生はどうすんの?」

 「基本的に逃げるしかないだろうな」


 理論上は確かに殺せるが、実際に殺せるのかと尋ねられると即答できない。ということで、今は逃げると答えるしかなかった。


 「随分もどかしいですね。せめて捕まえられたらいいんですけど」

 「捕まえるのも難しいが、問題はそのあとどうするかだな。そもそもフールについて知っているのが俺達だけなんだし、衛兵に引き渡しても釈放される可能性が高いだろう」


 万が一、流行病との関連性を示せたとしても、処刑は俺以外の誰かの手で行われることになる。そうなったら元の木阿弥だ。


 「厄介な相手だな」


 俺達の話を聞いていたアリーがため息をついた。俺もそう思う。


 それからしばらく四人で雑談をして、水晶を使ったこの日の話し合いは終えた。

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