お友達の紹介
入学の喧噪も完全に落ち着き、気候からも春の色が徐々に抜け始めつつある。六月に入ると、俺の魔法学園での生活も大体慣れた。
先日、図書館で偶然フェアチャイルドさんに会って色々と話をした。貴族然とした一面だけでなく、思い込みの激しさからくる抜けた面もあることがわかって面白かった。それを知るきっかけを作ってくれた『メリッサ・ペイリン魔法大全』には感謝だな。
そしてそのとき、俺はフェアチャイルドさんをスカリーに引き合わせることを約束したわけだが、今日がその日だ。俺は約束の場所である教員館の玄関先でその到着を待つ。きっと気合いを入れて来るんだろうな。
どうやって紹介しようかなと考えていると、宿舎のある方からフェアチャイルドさんがやって来た。遠目で見るとその悠然とした様子が実に様になっている。
「ああ、来た来た。おはよう、フェアチャイルドさん」
「ご機嫌よう、ユージ教諭」
近づいてきたおすまし顔のフェアチャイルドさんに挨拶をすると、ちゃんと挨拶が返ってきた。ああよかった、一応ちゃんと相手をしてくれるんだ。
「たぶんみんなもう待っているだろうから、訓練場へ行こうか」
「はい。スカーレット様をあまりお待たせしてはいけませんわ」
俺に返事をしたフェアチャイルドさんはえらく上機嫌だ。最初はその堂の入った態度にさすが貴族と妙な感心をしていたが、よく見ると微妙に落ち着きがない。そうか、憧れの人物とこれから会うからか。
顔がにやけそうになるのを我慢しながら、俺はフェアチャイルドさんを訓練場まで案内する。
この頃になると、訓練場内のどこで授業をするのかということは自然と決まっている。いつもの場所に目を向けると、いつもの面子が既に集まっていた。
「あれ、ユージ先生、その子誰でっしゃろ?」
早速カイルが食いついてきた。とはいっても、いかにも貴族然としたフェアチャイルドさんの態度に近寄りがたいものを感じているようだ。
「みんなおはよう。さて、授業に入る前に、今日はひとり紹介したい。この子は、シャロン・フェアチャイルドさんだ。みんなと同じく今年にこの学校へ入学している」
「ご紹介にあずかりました、シャロン・フェアチャイルドですわ」
それに対して四人もよくわからない様子で挨拶を返す。まだ何も事情を話していないから無理もない。
「このフェアチャイルドさんは、この学校の創立者メリッサ・ペイリンに憧れて入学したそうだが、特にその子孫であるスカリーと仲良くしたかったそうだ。しかし、入学以来その機会がなくて困っていたので、今日紹介したんだ」
「ちょっと、全部お話するんですの?!」
首筋まで真っ赤にしたフェアチャイルドさんが俺に抗議をしてくる。けど、どうせ態度ですぐわかるんだからいいじゃないか。
「あれ、他の授業でスカリーとは会わないんですか?」
「それが全くお会いできないんですの。わたくし、共に学べることを期待しておりましたのに」
「あー、うち、座学の授業は全然取ってへんからなぁ」
「なぜですの?!」
「入学する前にもう全部取ってしもてるんや。だから、うちは実技の授業しか今は取ってへんねん」
「まぁ、さすがスカーレット様! わたくしとは頭の出来が違いますわね!」
「いやぁ、そこまで褒められるとうちも嬉しいわぁ! あ、そうや。さっき、うちのご先祖様に憧れてるってゆうてたな? それは嬉しいことゆうてくれるやん。で、ご先祖様のどういうところが良かったんや?」
「それはですね、スカーレット様!……」
あ、まずい、と思う暇もなく、かつて図書館で行われた告白とも受け取れる演説が始まる。しかも、スカリーを目の前にして舞い上がっているせいか、以前よりも話が長くなりそうだ。
「ハーティア王国から来たご令嬢と聞いていたが、想像していたのと違うな」
「わたしもです。なんて言うのか、思い込んだら一直線の方みたいですね」
「ようしゃべんなぁ」
アリー、クレア、カイルの三人は、スカリー相手にまくし立てるようにその思いをぶつけているフェアチャイルドさんを見て、それぞれ頭の中の印象を大幅に軌道修正しているようだ。
最初は気分良く聞いていたスカリーも、あまりに話が長いのとその思いが深いので、徐々に顔を引きつらせてきている。気づけばだんだんと信仰の告白みたいになってきているもんな。
「はい、フェアチャイルドさん。そろそろ授業を始めたいんで、そこまでにしてもらえるかな。続きは授業が終わってからにして」
「はっ?! いけない、わたくしったら!」
「えっ、後でまだ聞くのん?!」
尊敬するご先祖様への憧れが君にそのまま向けられているわけだから、その思いは君個人でどうにかしてほしい。俺には無理。
とりあえず、フェアチャイルドさんの告白じみたお話は終えてもらった。この時点で俺の役目は終わったわけだが、だからといってフェアチャイルドさんを放っておくわけにもいかない。
「それで、私達はこれから授業だが、シャロン殿はどうされるのだ?」
アリーの疑問はもっともだ。授業の乗り換えは既にできないしな。ただ、もぐりで授業を受けてもらうのは問題ない。嫌なら見学でもいいけど。
「スカーレット様と一緒に学びたいですわ」
「ええんか? ユージ先生の授業って他と変わってて、今んところ魔法を使わん訓練してるんやけど」
「え?」
カイルの話を聞いたフェアチャイルドさんはこっちに視線を向けてくる。他の授業を受けていたら、そりゃ疑問に思うだろうな。
「冒険者にならなくても、戦うことになった時に、いつも魔法が使えるとは限らないから、魔法なしでも動けるように教えているんだ」
「護衛がいれば問題ないのでは?」
「そりゃ護衛を雇える身分ならな。卒業後、冒険者になったり少人数で旅をしたりする学生もいるから」
「スカーレット様、そうですの?」
「そうや。うちは必要になると思うたから、先生の授業を受けてんねん。まぁ、シャロンには必要ないってゆうたらないけどなぁ」
スカリーの言うとおりだ。大貴族の令嬢であるフェアチャイルドさんはそもそも必要ない身分だが、例え冒険者になったとしても、俺の魔法なし訓練はあんまり意味があるようには思えない。性格もそうだが、単純に運動神経がなさそうに思えるからだ。こう、どっしりと構えて、固定砲台みたいに魔法をぶっ放しているのが一番合っているように思える。
六人の間に微妙な空気が流れた。一番の解決策としては、魔法を使った授業をすればいいわけだが。
「よし、それじゃ今日は、いつもと違うことをしようか。フェアチャイルドさん、今まで受けていた授業の内容を教えて」
「ユージ教諭、シャロンと呼んでもらって構いませんわ。ひとりだけファミリーネームで呼ばれても違和感があるだけですし」
「わかった、シャロン」
今までシャロンが戦闘訓練の授業で受けた内容を簡単にまとめて教えてもらった。予想通り、あまり動かずに魔法を使って対処する内容だ。冒険者になる学生が受けるのは問題あるが、常に護衛を伴う立場の貴族なら正しい。そうなると、貴族出身と平民出身で自然と集団が形成されるのはおかしなことじゃないのか。
ともかく、今までシャロンが受けてきた授業の内容はわかった。
「今までは魔法を使わないで対処する方法を教えていたけど、実はそろそろ魔法を使った授業をしようかと考えていたんだ。今回は良い機会だから、みんなの魔法の実力を見たい」
以前、アハーン先生も言っていたけど、スカリー達四人は他の学生よりも優秀だ。それぞれ秀でているところがばらばらだが、それはそれで面白い。そして、そんな四人に魔法の授業で他の学生と同じように教えるのは、まどろっこしいのではないかと俺は思う。だから個々の力を見せてもらって、その力に見合った授業をしようかと考えている。
もちろん、これはかなりの労力が必要となる。全員に同じことを教える方が遙かに楽だ。でも、この二ヵ月の様子を見ていると、みんなすぐに教えたことを身につけるんだよな。魔法の才能だけだと思ったらそうじゃない。だったら次の段階は、個別に教えていく方がいいだろう。幸い、学生の数も四人と少ないしな。まだ何とかなる、と思う。
「今日は、魔法のみを使って一対一の模擬対戦をしてもらう」
「うげっ」
カイルが渋い顔をして呻いた。まぁ、魔法が苦手だって言ってたもんな。ただ、この学校にいる以上、避けて通れない。
「俺が二人を指定するから、その二人で対戦してもらう。一回だけじゃなくて相手を替えて何度か対戦してもらうぞ」
いろんな人と対戦することで長所や短所を見つけるつもりだ。こっちとしては大けがをしないように気を配る必要があるけど、それさえ防げるのなら色々とみんなのことがわかるだろう。
「それじゃ最初に、スカリーとクレアでやってみようか」
「よぉし、やるで!」
「は、はい!」
二人には約二十アーテム離れて対峙してもらう。魔法のみ使用可能としているので、これだけの距離があったら迎撃するなり避けるなり対応できるはず。
「魔法で直接攻撃するときは、火属性は使用禁止とする。また、土属性を使うときは石を混ぜないようにな。今回は勝敗をつけるのが目的じゃないから、当てるだけだぞ」
二人とも頷く。
「それでは、始め!」
俺の合図と共にスカリーとクレアは一斉に呪文を唱える。
「我が下に集いし魔力よ、大地より吹き出し敵を穿て、土石散弾」
「我が下に集いし魔力よ、大地をもって我が盾となれ、土壁」
呪文を唱え終わった瞬間、クレアはその場から垂直に飛び跳ねる。その直後に、スカリーが呪文を唱え終わった。すると、クレアの足下の地面がしばらく波打ち、ぐずぐずに崩れる。飛び跳ねたクレアは、その上に着地した。
「今のは何がどうなったんですの?」
「スカリーがクレアの足下から土石散弾を撃ち出そうとしたのを、クレアが土壁で防いだんだよ」
土石散弾は設定した範囲の地面から土や石を射出する魔法だ。人の足下で発動させると本来は地雷が爆発したかのように土石が打ち上げられる。
「ちっ、奇襲は失敗かいな。よう防げたな、クレア!」
「火属性が使用禁止だから、奇襲するなら足下だと思ったの」
「それでもうちの土石散弾を防ぐなんて大したもんやんか」
「だって、ユージ先生が、当てる程度の威力しか使ってはいけないっておっしゃってたんですもの。どの程度の威力か予想できるなら、わたしでも防げるわよ、スカリー」
あ、クレアは相当賢い。しっかり俺の条件を利用して戦っている。今の話を聞いて、アリー、カイル、シャロンの顔つきが変わった。
「それじゃ、次は私の番ね」
「よっしゃ、かかっといで!」
「我が下に集いし魔力よ、明く輝け、光明」
「我が下に集いし魔力よ、彼に在りし呪いを解きほぐせ、呪文解除」
スカリーの呪文は長い上に、さっきよりもゆっくりと唱えている。これではクレアの魔法が先に完成してしまう。
俺の懸念通り、次の先制はクレアだった。スカリーの顔の目の前に光明の球体を出現させようとする。たぶん、目眩ましの次に本命の攻撃をするつもりだったんだろう。けど、スカリーが呪文解除で光明を消滅させた。
「あいつ、わざとゆっくり呪文を唱えたのか」
スカリーの初撃を防いだクレアのように相手の攻撃を予測できるならともかく、そうでない場合は呪文を途中まで聞くか、それとも実際に発動してからでないといつどこから攻撃されるかわからない。だからスカリーは、わざとゆっくり呪文を唱えることでクレアの魔法を見極めてから迎撃したんだ。
「そこまで! 試合中止!」
次の呪文を唱え始めていたスカリーとクレアは、驚いて俺の方に目を向けた。
「先生、まだ始まったばっかりやん!」
「どうしたんですか、ユージ先生?」
「もういい。お前らが素人じゃないっていうことはよくわかった。二人とも、学校に入る前に冒険者家業でもやってたのか?」
俺の質問に二人とも一瞬不思議そうな顔をする。
「うちは、こっそり年上の学生と対戦してたからやけど」
「わたしの家系は、伝統として小さい頃から戦い方も教えられるんです」
「それに、うちらたまに会ったときは模擬試合してたしな」
ちっちゃい女の子が集まって何をしているんだ。殺伐としすぎだろう。
しかも、使う魔法だって他の学生がまだ覚えていないものばかりだ。いくら慣れているからといっても長期戦は危ない。
「さすがスカーレット様! これほどお強いとは思いませんでしたわ!」
例によってシャロンが両手を合わせてスカリーを褒め称える。クレアはスカリーの横で苦笑いだ。
「次はアリーとカイルだ」
「はい!」
「よっしゃ、やったるで!」
こっちの二人も気合い充分だ。先ほどと同じく約二十アーテム離れて対峙する。そして、俺の合図と共に試合が始まった。
ところが、開始早々一方的な試合運びとなった。アリーが風属性の魔法中心で攻撃を繰り返し、カイルが避けたり、たまに土属性で防ぎ続けたりしている。見ている限り、カイルの魔法の能力は本人が言っているほど悪いわけではなさそうだ。しかし、如何せんアリーの才能がありすぎた。制限なしならもっと善戦するのかもしれないが、魔法だけとなるとカイルは厳しいようである。
五分、十分と時間が経過しても状況は変わらない。見学しているスカリーとシャロンは退屈し始めている。
「先生、これもう止めたらどうですのん?」
「そうですわ。一方的な試合が続いているだけですわよ」
「確かにそうだけど、違うわ」
「クレア、何がやの?」
「これだけ圧倒的な攻撃に晒されているのに、カイルに全然当たる気配がないの。つまり、アリーの攻撃は通用していない……」
いやほんと、人は見かけによらないな。クレアだけはしっかり目の前の状況がよくわかっている。そのクレアの説明を聞いたスカリーとシャロンは、驚いて試合を見直した。
「かぁ、きっついなぁ!」
口ではそう言っているものの、顔は笑ってる。カイルにはまだ余裕があった。
カイルの基本戦術は攻撃をできるだけ避け、無理なときは魔法で防ぎ、隙あれば反撃するというものだ。それを徹底している。
反対にアリーは最初に陽動などを使って攻め崩そうとしていたが、それが無理だと判断すると手数で勝負する方針に切り替えていた。今は同時に二つ三つの魔法をカイルに撃ち込んでいる。ただ、こっちの表情に余裕はない。
前にカイルは武術や体術を中心に戦い方を組み立てたいと以前言っていたが、それを実践しているわけか。それにしたってよく避けるな。
ただ、これで充分だな。シャロンの言うとおり、このまま続けても状況は変化しないだろう。
「そこまで! 試合中止!」
俺の声を聞いた二人は直ちに攻防を中断した。
「正直なところ、お前がここまでやるとは思わなかった。驚いたぞ」
「へへ、俺、逃げ回ってただけやん。ろくに反撃もできんかったわ」
どちらも肩で息をしているが表情は対照的だ。延々と攻撃できるだけの魔力があるアリーに粘り強い戦いができるカイルか。もっとあっさりと決着がつくと思っていたのに意外だったな。
結局この二人も学生の戦いじゃなかった。アリーはオフィーリア先生に仕込まれたんだろうし、カイルは街の道場でしっかり修行していたんだろうな。
いやもう、実は俺より強いんじゃないのか? 四人とも。
「次はスカリーとシャロンな」
「お? うちとかいな」
「まぁ、スカーレット様とだなんて!」
再び出番が回ってきたスカリー以上に、シャロンが嬉しそうに前へ出る。スカリーに相手をしてもらえるのが嬉しいんだろうな。
俺の合図と共に試合が始まる。
今回の対戦は派手な魔法攻撃の応酬だった。火属性は禁じているのでどちらも使っていないが、それ以外の水、風、土属性の攻撃魔法が飛び交う。ただし、シャロンは土属性が使えないので、その魔法だけはスカリーから一方的に飛んでいた。
やっぱりシャロンは固定砲台みたいな戦い方をするんだな。同じ攻撃でもスカリーなら避けるのに対してシャロンはあくまで魔法で対処している。しかも、一発の威力が大きい。あいつ、当てるだけでいいって俺が言ったのを忘れてるな。まぁ、魔力の量にも自信があるということはわかったが。
それに対して、スカリーは多彩な魔法攻撃と手数の多さが目立つ。クレアとの戦いではクレアの賢さが目立ったが、たぶん本来の戦い方はこっちなんだろう。
「そこまで! 試合中止!」
俺の合図で試合が中断された。二人ともすっきりした顔をしているな。
「さすが、スカーレット様! とても多彩な魔法に驚きましたわ!」
「シャロンの魔法の威力にうちは驚いたで。けどあんた、うちを殺す気やったやろう。先生も注意してぇな……」
俺は苦笑いを返すばかりだ。まぁ、当たる様子はなかったしな。
こうしてその後、とっかえひっかえして試合を繰り返した。これでみんなの長所と短所が大体わかる。さっきはいい試合を繰り広げていたのに、次の相手だと一方的にやられたということもあった。そして、五人とも既に学生や素人のレベルじゃないことだけは疑いない。こんなのが他の学生と混じって授業をすると、お互いのためにならないだろう。
それと、シャロンは今後非公式に授業へ参加することとなった。もちろん動機はスカリーと一緒にいたいからだが、今回の授業が思いの外楽しかったらしい。スカリー以外の三人も友達として認めたようなので、俺としては一安心だ。
けど、これ何をどうやって指導したらいいんだろう。もうあんまり教えるべきことがないように思える。