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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
8章 袖触れあう距離
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冬の山越え~隊商との同行~

 疫病が流行っているらしい王都ハーティアの様子を見に行くと決めたのはいいが、フォレスティアからは直接行けない。いや、正確には行けるけど、恐ろしく苦労することになるので他の都市に転移してから出発した方がいい。


 候補はデモニアとレサシガムの二箇所だ。俺としては急いで行きたいので近い方を選びたい。ということで、レサシガムより二週間も早くハーティアへと行けるデモニアから出発することにした。大北方山脈を越えるにもかかわらず二週間も短縮できるとは驚きだ。


 そして、支援してくれる人に一言断っておく必要があった。オフィーリア先生とサラ先生だ。どちらもあっさりと行くことを許可してくれたが、オフィーリア先生がフールの存在を気にしていたのに対して、サラ先生はシャロンをはじめ知り合いの卒業生を気にしていたという違いがあった。ハーティアに住む人々に対する距離感の差なのかもしれない。


 もともと持ち物が少ない上にほとんどの準備は既に終わっている俺達は、オフィーリア先生に馬を借りてすぐに出発する。


 魔界の馬は人間界の馬よりも耐久力があり、多少雑に扱っても大丈夫だ。しかし、その分気性が荒いので扱いが大変だと聞いていたが、幸い俺は馬に好かれたので扱いが不慣れでも何とかなった。ちなみに、俺の乗った馬は雄である。


 「師匠、最初はヒューマニアへ向かいます。そこから大北方山脈を越えてゲートタウンを通過する予定です」


 大北方山脈を越えられる経路は三つしかないのだから他に選択肢はない。アリーが俺に伝えてくれたのはあくまでも確認のためだ。


 デモニアを出発した俺とアリーは真東に向かって街道を進む。真冬の荒野を進むので寒風に晒されるわ雪に降られるわで、予想以上に寒くて困った。アリーの指示に従って厚着をしているもののまだ足りない。南国のフォレスティアに慣れきった体にはこの寒さは厳しかった。


 乗っている俺は情けないが俺を乗せてくれている馬は立派だ。寒いだろうに愚痴も言わずに速歩はやあしで進み続けてくれる。これだと人間の倍の早さで進めるので思っていた以上に距離を稼げた。そのため、わずか十日で魔界の玄関口であるヒューマニアへと着いた。


 ヒューマニアという街は、人間界へ向かうための魔界側の拠点として栄えている。そういう意味ではロッサと同じだが、あちらが純粋な中継地点なのに対して、こちらは地域の経済拠点も兼ねている。俺が見るに、性質はノースタウンと同じだ。


 また、魔界で最も人間がたくさんいる街でもある。何しろ人間界最大の都市ハーティアと魔界最大の都市デモニアを結ぶ中継地点だ。行き来する物量は非常に多い。そして、それを運ぶ人間も大北方山脈を越えて多数やって来るのである。


 そんな魔界の交易の街で宿を取り、その食堂で肉中心の夕飯を食べていると、ふと気になることを思いついたのでアリーに質問してみた。


 「そうだ、今になって気づいたんだけど、この馬ってハーティアまで連れて行ってもいいのか?」

 「どういうことです?」


 俺の質問の意味がわからなかったアリーが不思議そうな表情を浮かべる。他の雑談のときでも止めなかった食べるのを止めてだ。


 「単純に魔界の馬をハーティアへ持ち込んでいいのかなということが気になったんだ。それと、ハーティアは流行病が蔓延しているだろうから、ライオンズ家の馬を病気で失うのは気が引けてな」

 「そういうことですか。最近ではハーティアにも魔族は見かけるようになっているそうですから、すでに魔界産の馬も持ち込まれていると思います。それと、使い捨てというと語弊がありますが、馬は移動手段ですから万が一失ったとしても、お婆様はお怒りにならないでしょう」


 特に気にした様子もなくアリーは返答してくれる。その顔には、わずかになんだそんなことかという表情が浮かんでいた。


 「大体、馬を失いたくないならば、馬車でここまで送って引き返しているでしょう。馬で山越えをさせる時点で察せられるのでは?」


 確かにその通りだ。ロッサのときと経路は違うが、大北方山脈を越えることに変わりはない。そしてここを通過するという者は相応の覚悟が必要となる。無難に往来していたので忘れていた。


 「そうだったな。ならそれはいいだろう。あと気になることがあるとすれば、山越えのときに馬の世話をしなくてもいいのかということだな」


 当たり前の話だが、馬だって生き物なんだから食べて出す。出す方は放っておいてもいいが、食べる方は食べ物を確保しないといけない。しかし、馬の食べる量をきちんと確保するとなると大変だ。


 「今までは街道上の宿場町で面倒をみてもらえましたが、山中にはさすがにないですからね。やはりどこかの隊商に同行するのがいいでしょう」


 やっぱりそうなるよな。隊商なら荷馬車を何台も引っぱっているから、馬の食べ物も当然載せている。護衛をしながらならば、いくらか分けてくれるだろう。


 「そうなると、明日は同行させてくれる隊商を探さないといけないな。ここであんまり時間をかけたくないんだけど」


 ヒューマニアは魔界にあるため、冒険者ギルドがない。たくさん人間がいるんだから小さくても店を開いてほしいと思うんだけど、商売にならないんだろうな。そんな事情があるものだから、同行する隊商は自分達で直接見つけるしかなかった。


 翌朝、突き刺すような寒さの中を南の駐車場へ向けて俺とアリーは歩いた。馬を引き連れての徒歩だったが、魔族の傭兵らしき者達も何人か馬を引いていたので、俺達の姿を見ても不思議がる者は誰もいない。


 ヒューマニアの南側にある駐車場は、大北方山脈を越える隊商の馬車が止まっている。今は真冬で山の往来が厳しいため、夏に比べて馬車の数は半分以下らしい。それでもロッサ以上に荷馬車があるのだから大したものである。さすが、魔界と人間界の中心地を結ぶ中継地点だ。


 さて、ここで地味に問題となるのが、人間と魔族、どちらの隊商に声をかけるかだ。俺達二人がどちらも人間か魔族であれば、あまり迷うことはなかったんだけどな。結局は俺のが譲歩して魔族の隊商に声をかけることにした。レスターやマイルズのことが頭に浮かんだというのもある。


 「う~ん、ことごとく駄目だったな」

 「はい、馬が足を引っぱるとは予想外でしたね」


 八人目の魔族の商人との交渉が失敗したあと、俺達は底冷えする駐車場で言葉を交わす。


 かつては三人ものお嬢様を引率していたせいで避けられたことがあったが、今回はアリーだけなので大丈夫だろうと思っていた。その予想は正しかったのだが、次に問題となったのは馬だった。やっぱり馬の食べ物を運ぶのは大変らしく、特に今の時期は飼い葉の値段が高いので余裕がないらしい。


 再びアリーと相談した結果、俺達は交渉相手を人間の商人にも広げることにした。焦りは禁物だけど、のんびりとヒューマニアで同行相手を待ち続けるわけにもいかない。


 それでも交渉は難航した。人間の隊商だって事情は同じだからだ。


 ようやく同行を認めてくれる隊商が現れたのは、更に六人の商人に断られた後だった。




 安くない同行料と共に俺達の同行を認めてくれたのは、人の良さそうな初老の商人だった。荷馬車を四台所有しており、もう何十年もゲートタウンとヒューマニアを往来しているそうだ。


 レスターの場合だと護衛のマイルズ達が専用の馬車を持っていたが、ここは各荷馬車に護衛の冒険者が二人ずつ乗っている。運んでいる荷物の内容ははっきりと教えてもらっていないが、利益のあるものでなければ八人も護衛を雇えないだろう。


 そしてもちろん、大北方山脈を越えるときの鉄則通りに、複数の隊商に混じって移動する。今回は合計二十台の荷馬車が連なって山道を進んだ。


 「くそ、やっぱり寒いな!」

 「風がきついですからね」


 俺とアリーは隊商の最後尾を進んでいる。前方には何台もの荷馬車が見え、後方には一台もいない。


 既に山へと入って数時間が過ぎている。ヒューマニアを出発してもしばらくは平地だったので白一色だったが、山道の周囲は微妙に違う。基本的には白色なのだが、急斜面などはむき出しの岩や土が所々見えている。何とも無機質極まりない風景であるせいか、より一層寒さを強く感じてしまう。


 隊商の旅は順調だ。慣れている商人ばかりなので、雪のせいで見えにくくなっている山道でも危なげなく進んでゆく。俺達はその踏みしめられた後をついて行くだけなので、その点では非常に楽だった。


 「冬って魔物の活動が鈍くなるのかな?」

 「そういえば聞いていませんでしたね。動きたくなくなる寒さですが、飢えを満たさないと生きてはいけませんし、どうなのでしょうか」


 熊のように冬眠をしてくれていると嬉しいんだけどな。そんな話は聞いたことないけど。


 ともかく、一日目は何事もなく終わった。俺達は昼時になると、通常の三倍もの金銭と引き替えに、通常の半分程度の飼い葉を分けてもらった。


 「分けてもらえるだけましなのでしょうけど、この待遇はもう少しどうにかならないのですか?」


 分けてもらった飼い葉を馬に与えながら、アリーが不満そうにつぶやいた。


 隊商関係者は、護衛も含めて荷馬車の中、持参のテントや寝具を使って一夜を明かす。夕飯は焚き火で暖めたものがみんなに配られる。しかし、俺達はその関係者には含まれていなかった。そして、何をするにしても通常の何倍もの金銭を要求される。


 もちろん俺はそんな状況も想定していたので、自分達の食料や寝具についてはヒューマニアでちゃんと買ってある。でも、ここまで露骨にのけ者扱いをされると一言言いたくなるのが人情だろう。


 俺は人の良さそうな初老の商人に待遇のことを質問すると、こんな返事が返ってきた。


 「何もないところで持たざる者が苦労するのは当然のことです。あなた達は、護衛として同行を許しただけでも私に感謝するべきですよ」


 納得いかないが、前半はまぁ良しとしよう。しかし、後半の護衛というのは何なのか? そんな話は聞いていない。


 「同行することは許可してもらった覚えはある。けど、護衛としてというのはどういうことなんだ?」

 「あなた達は困っているところを私に助けられたのだから、その恩を返すのは当然でしょう」

 「同行するための料金はちゃんと払ったぞ」

 「私は護衛をするからこそあの値段で同行を認めたのです。ただ単に同行したいというのならば、更に倍の同行料を支払いなさい」


 人の良い笑顔のまま、初老の商人は俺に向かって言い切る。


 このときになって、俺は初めて山越えをする前に聞いた話を思い出した。山越えをする隊商に同行するときは支払う値段次第で待遇が変わる。そして、悪質な隊商だと、山の中で法外な追加料金を取ることもあると。


 わずか一日観察しただけだが、隊商内での初老の商人の評判はいい。他の隊商関係者ともうまくやっているように見えた。だから、自分の仲間にはいい人なんだろう。逆に外側の人間にはその分だけ冷たいのかもしれない。


 「師匠、これは……」


 隣のアリーが不安そうにこちらを見るが、俺は何も言わずに踵を返した。


 自分達の馬がいるところまで戻ってくると夕飯の準備を始める。火と水に関しては魔法で出せるので問題はない。


 「あのとき、レスター達に会えたのは運が良かったんだな」


 こんな事態に陥ると、うまくいったときのことを思い出してしまう。あのときはスカリーとクレアも一緒にいたから、今回みたいなことになるとより一層困っていたんだろうな。


 「師匠、これからどうするのですか?」

 「しばらくは同行する。たぶんこれから嫌がらせが増えるだろうけど、我慢だ」

 「しばらくは、とはどういうことです? 最後まで同行しないのですか?」


 こんな山奥で別れるということをアリーは想像できないのだろう。


 「あの様子だと、今後は飼い葉の値段をはじめとして、何かにつけて要求する金銭の値段を更に上げてくるに違いない。そして山の真ん中で、法外な同行料を突きつけて来る可能性が高い。そのときまでは同行する」

 「しかし、馬の食料はどうするのですか?」


 俺もその点だけが気になる。だからアリーに確認しておきたいことがあった。


 「それなんだけどな。この馬って水だけを飲ませて飼い葉を食べさせなかった場合、どの程度動けるんだ? 具体的には、山道を二日間歩き通せるか?」

 「ええ、無茶をさせなければ……あ、明日か明後日まで我慢すればどうにかなると、師匠は考えているのですか」


 アリーも俺の予想に気づいたようだ。恐らく、進むも引くも同じくらい大変なところであの初老の商人は仕掛けてくるはず。しかし、俺達の乗っている馬がある程度空腹に耐えられるのであれば、どうにか越えられると考えているのだ。


 「まぁ、いざとなったらゲートタウンからやって来た隊商に飼い葉を分けてもらえばいいだろう」

 「なるほど、確かにそうですね」


 もちろん断られる可能性もあるし、法外な値段を要求される可能性もあるだろう。しかし、馬が飲むだけで食べずに山を越せるのならば、自力で乗り越えられる。


 俺は沸いた湯に夕飯の材料を突っ込んでかき回す。傍らではアリーが固いパンと塩辛い肉を火で炙っていた。


 「何もなければ一番いいんだけどな。しばらくは様子見だ」

 「はい、わかりました。師匠、これをどうぞ」


 アリーは俺の言葉に納得すると、暖かくなったパンをこちらに渡してくれた。

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