進まぬ修行と不穏な知らせ
フォレスティアでアリーとジルの協力を得て、星幽剣をようやく出現させられるようになった。後はこれを使いこなせるようになれたらいいだけなのだが、それはそれで難しい。スポーツやゲームで一度技を出せたとしても、その後練習しないとその技を自在に扱えないのと同じである。
それでも、星幽剣の出し方はわかった。なので今後は練習を繰り返すのみなのだが、そこでひとつ問題が浮かび上がってくる。素手の状態で星幽剣を制御するのはものすごく難しいのだ。剣でも槍でも何でもいいから、形ある物を持って出現させた方が断然扱いやすい。
もちろん、その辺りはライナスと散々苦労したので俺もよくわかっていた。だから、レティシアさん、オフィーリア先生、そしてサラ先生に頼んで練習用の武器をいくつか用意してもらう。木剣や刃を潰した剣などだ。
俺はそれを使って修行を再開したところ、また別の問題に直面した。用意した武器が星幽剣に全然耐えられないのだ。確かにライナスの時もすぐに武器は壊れたけど短時間は使えた。なので今回もそうだろうと思っていたら全然違ったのだ。星幽剣を発動すると十秒もしないうちに武器が崩壊するのである。
「ねぇ、ユージ。もっと魔力の量を減らしたらどうなの?」
「いやそれが、なかなかうまくいかなくて」
見かねたジルが指摘してくれるが、わかっていてもできないから途方に暮れるばかりだ。
俺がこんな状態だから、集めてもらった武器は一時間もしないうちに全て壊れて使えなくなってしまった。せめて何度か試し切りくらいはできると思っていたのに、完全に予想外の事態だ。
これでは効率良く星幽剣を使いこなす練習ができない。その問題点をオフィーリア先生に相談してみた。すると、一度サラ先生も含めて話し合った方がいいということで、俺とアリーはオフィーリア先生の屋敷へと転移した。
打ち合わせは夕飯時に合わせてやるので、俺、アリー、オフィーリア先生、サラ先生の四人は食堂に集まった。今回は人間と魔族だけなので料理は肉中心だ。
堅苦しい会合ではないので食べながら話を進めていく。まずは俺が現状の問題をオフィーリア先生とサラ先生に説明した。
「う~ん、やっぱり魔力伝導率と魔力抵抗率の問題なんかなぁ。魔力付与の魔法と同類って思ってたから、木剣や鉄剣でもいけると思ってたんやけど」
最初に口を開いたのはサラ先生だった。魔法理論について詳しいから、事前にしていた予想と異なる結果に最初から首をかしげっぱなしだ。
魔力伝導率とは、魔力をどれだけ通しやすいかを表す数値だ。魔法理論に属する話なので俺にはさっぱりな分野だが、伝導率が高いほど魔力を通しやすいとされている。もちろん、これは電気伝導率や熱伝導率とは全く異なる法則なので、同じ物質を伝導率の高い順に並べても一致しない。
魔力抵抗率とは、魔力伝導率の反対でどれだけ魔力を通しにくいかを表す数値だ。この数値が大きいほど消費魔力は多くなり、かけた魔法の効果は薄くなる。
そしてサラ先生は、星幽剣を魔力付与の延長線上にあるものと想像していたらしい。だから今回、簡単に練習用の武器が壊れたことに納得がいかないようだ。
「なぁ、ユージ君。その星幽剣を発動したときと魔力付与の魔法を使ったときの魔力消費量って、どの程度やったん?」
今回、水晶を使ってサラ先生に連絡したとき、確認しておいてほしいと言われてたのでジルの立ち会いの下に計測してみた。どうしてジルなのかというと、こいつ、感覚的にとはいえ、どの程度の魔力が放出されているのかを感じ取ることができるからだ。その感じた魔力の量を召喚した精霊の強さで具体的に示してもらった。
「ジルによると、魔力付与の魔法を使うときの魔力を下位精霊一体分だとすると、上位精霊百体分くらいって言っていました。ちなみに、上位精霊一体で下位精霊十体分らしいです」
「そらあかんわ」
俺の話を聞いたサラ先生は呆れてため息をつく。
ちなみに、魔力付与で使う魔力量はあらかじめサラ先生と相談して決めていたので、具体的な魔力量はサラ先生にも伝わっている。その上での発言だ。
「こんなでたらめな魔力をいっぺんに突っ込んだら、そら武器も壊れるわ。魔力付与の魔法でも保たへんやろな」
アリーは既に知っているので、魔力付与で使った魔力量がどの程度なのかをオフィーリア先生にも伝える。すると、こちらもため息をついた。
「しかしそうなりますと、真銀で武器を作ったとしても耐えられるか不安ですわね」
かつてライナスが使っていた真銀製長剣は問題なく使えたけど、サラ先生から理論上の話を聞くと不安になるよなぁ。
「お婆様、かつて師匠がライナスという人物と真銀製の武器を使っていたのですから問題ないのでは?」
「サラ先生、理論的なお話として、真銀製の武器はユージの濃密な魔力に耐えられるのでしょうか?」
アリーの言葉を受けて、オフィーリア先生がサラ先生に質問を投げかける。すると、サラ先生は首を横に振った。
「実をゆうと、真銀がどのくらいの魔力量に耐えられるかってゆうんは、まだわからんねん。誰も実験したことがないから」
サラ先生によると、それだけの高濃度な魔力を用意できないのと、真銀という物質があまりに高価でおいそれと使えないからだ。
「そうなりますと、過去に師匠が真銀製長剣で試したので問題ないと判断するしかないですね」
「レティシアはんから『精霊の水』をもらえたらな。正直なところ、真銀のみやとほんまに耐えられるんかは、うちにもわからへんねん」
微妙な顔をしたサラ先生がアリーに返事をする。
「やっぱりライナスの剣を再現するしかないんですね」
「真銀、精霊の水、それに腕の良い武器職人、この三つを揃えんとな。職人に当てはあるさかい、材料が揃い次第、こっちに戻って来たスカーレットとクレアちゃんにお使いさせるわ」
俺の意見に返事をするサラ先生の声を聞きながら、かつて武具を作ってくれたドワーフの職人を思い出した。ペイリン家はあの工房とまだつながりがあるのだろうか。
「そうなると、俺の修行はしばらく素手ですることになるのか」
「スカーレットとクレアちゃんは、ノースフォートでやる勇者の剣の返還式典に出てから帰ってくるさかい……あー、ロックホールに行くだけで最短でも四月中かぁ」
前世の記憶を掘り起こすと、作るのにも時間がかかっていたはずだから、できあがった剣を受け取れるのは早くても夏まで待たないといけないな。先に素手で扱えるようになっていそうだ。
「ユージが真銀製長剣を受け取るのは当分先の話ですわね」
「師匠、せっかくなので素手でも扱えるようになっておくべきです」
アリーは簡単に言ってくれるな。それが難しいから武器を欲しがっているのに。
しかし、実際には素手で修行するしかないのが実情だ。そのため、この打ち合わせでは、可能な限り早く真銀製の武器を用意すること、その間の俺は素手で星幽剣を扱えるように訓練することになった。
あれから数日が経過した。毎日素手でどうにか制御できないか試行錯誤しているが、今のところ上手くいく気配はない。
こんなものと言ってしまえばそれまでだが、さすがに俺の状態を見かねたアリーが助言をしてくれる。
「素手の状態で自分の腕に星幽剣をまとうのはどうでしょうか?」
「それは考えたこともなかったな」
このままでは何もできないということもあって、俺はアリーの提案を実行してみる。自分の腕を武器に見立てて星幽剣を出現させるのだ。
自分の腕なので星幽剣を発動させること自体は簡単だった。しかし、どこまでを星幽剣で覆うのかという制御がやたらと難しい。放っておくと体全体が星幽剣の光に包まれてしまい、どこぞの超戦士のスーパーな状態みたいになってしまう。あと、魔力の消費が跳ね上がる。例えとしては、燃料タンクに直接火を点けるという表現が一番近い。これはあまりにも燃費が悪すぎた。
ただし、悪いことばかりじゃない。この状態だと魔法による攻撃がほぼ無効になることがわかった。ジルが悪ふざけでけしかけてきた精霊が、俺に触れた途端に消滅したのが発見のきっかけだ。
「ねぇねぇ、今度はもっとたくさんで試すね! アリーも手伝ってよ!」
「わかりました。私も全力で協力します」
「おい、待て! いきなりきついのは──」
まだどの程度耐えられるのかわからないというのに、二人はいきなり全力で襲いかかってきた。いいように嬲られながらわかってきたことは、消費する魔力を増やせばかなり強力な魔法でも防げるということだ。そういえば、魔王って黒い障壁を張って俺達の攻撃を防いでいたな。もしかしてこれの応用なのか? なんだか魔王の後追いをしているみたいで複雑な気分だな。
ジルのおもちゃになりながらもどうにかその日一日を終えた俺は、夕方になるとレティシアさんの屋敷へと戻って一汗流す。暦上は真冬なのに、フォレスティアの気候のおかげで冷水が気持ちいい。
さっぱりしてから部屋を出ると向かうのは食堂だ。俺達に時間を合わせてくれているのだろう、レティシアさんも一緒に夕飯を食べるのがすっかり日課となっている。
そしてこのとき、連絡用の水晶を使って、スカリーとクレアの二人と話をするのも習慣となっている。もうノースフォートに着いているので、あちらは毎日ホーリーランド家の食堂で俺達と話をしていた。
「いやぁ、刻一刻と式典が近づいてますなぁ!」
昨日からスカリーの機嫌がやたらといい。もちろん理由はある。
勇者ライナスと聖女ローラの武具を保管しているノースフォート教会に今度勇者の剣が納められるのだが、剣を捧げる大役に功労者であるクレアが選ばれた。そして、儀式の主役を務める上に、勇者の剣を取り戻したときの様子を来場者に語ることになったらしいのだ。あの大きな教会大聖堂で。
さっさと倉庫に放り込めばいいのにと俺なんかは思うが、光の教団内の派閥争いと一般人に自分達の威容を知らしめるために必要なのだそうだ。
「そもそも、妖精の湖と大森林を踏破できたのも、勇者の剣をレティシアさんから返してもらえたのもユージ先生のおかげなのに、なんて説明したらいいんだろう……」
「心配せんでもうちがちゃんと立派なお話を考えたるやん!」
「だから心配なんじゃないの! スカリーって絶対余計なことを入れるでしょう!」
ということで、昨日からずっと水晶の向こう側で二人は漫才をしている。フォレスティア側の俺達はそれを楽しそうに見ているだけだ。
「ユージ先生もクレアに何かゆうたってぇなぁ」
「ゆっくり考えられるだけ、ローラよりもましだと思うぞ。あいつ、戦場で素人役者みたいなことやってたし」
「ええっ、そうなんですか?!」
頭を抱えていたクレアが目を剥いて俺の方へと視線を向ける。正確には俺達がやらせたんだけどな。
ちなみに、この件についてはローラの書いた『探求の書』にはほぼ載っていない。わずかに一行「私が兵士を鼓舞した」とだけ記されている。それに対してライナスの書いた『冒険の書』には経過と共に割と詳しく書いてあった。
「ああ、今なら聖女ローラのお気持ちがよくわかります!」
「どうにもできないという点もそっくりだよな」
ご先祖様の気持ちを推し量っていたクレアが、俺の言葉で硬直した。
「そうや、この水晶を使ってクレアの勇姿をみんなにも──」
「本当にやめて!」
ああ、悲痛な叫びとはこのことか。というか、スカリーは本当に容赦がないな。あいつそのうちクレアから報復されるんじゃないだろうか。
「ねぇねぇ、それより、今日はそっちで何か変わったことはなかったの?」
剥かれた梨を囓りつつ、ジルが二人に対してノースフォートの様子を聞きたがる。最近はあんまりフォレスティアから出ていないということもあって、ジルは変化の激しい人間界の様子を知りたがっているのだ。
「そうゆうたら最近、東の方から商人や冒険者が流れてくるようになったなぁ。去年の春の騒動で人が減ってたし、ノースフォートにとったらええことなんやろうけど」
「へぇ、東ねぇ。でもどうして?」
「さぁ? 気になるんやったら調べたろか?」
ノースフォートの西側はレサシガム共和国なので、意図的に人の流れを止めている側面がある。だから、往来が盛んになると都市の東側の地方と盛んになることはおかしくない。ということは、ようやく完全に去年の騒動から立ち直ったということなのだろう。
「それ、もしかして王都で流行病が発生しているせいかもしれないわね」
「ハーティアで流行病?」
「はい。今日帰り際に教会の司祭様から聞いたんです」
俺が暢気にノースフォートの復興を内心で祝福していたら、驚いたことにクレアが不穏な話を始めた。聞けば、去年の末から流行病が広がり始めたらしい。終息したという話はまだ聞かないそうなので、現在も拡大している可能性があるということだった。
「ユージ、ハーティアという都市で流行病が起きるのは珍しいのですか?」
「珍しいですよ。そんなに何度も流行病が発生していたら、誰も住まなくなりますし」
もう長い間フォレスティアから出ていないレティシアさんが、俺にハーティアの様子を尋ねてきた。即座にそんなことはないと言い返したものの、俺の知識は実のところ二百年前のものだから、今はどうなのかわからない。
「以前、シャロンから聞いた話ですと、そこまで不衛生とは思えないですけれど」
クレアが小首をかしげながらハーティアという都市を擁護する。
「修行も行き詰まっているし、どうせなら一回見に行こうか。シャロンがどうしているかも気になるし」
久しぶりに大貴族のお嬢様の名前を聞いて思い出したが、シャロンはハーティアから来たんだったよな。もし流行病が本当に流行しているのなら、今どうしているのか気になる。
「懐かしい名前ですね。シャロンのことは私も気になりますので、お供します」
「それじゃあたしもー!」
「ジル、あなたは政務があるでしょう!」
何やら周囲が騒がしくなってきたが、王都ハーティアへ向かうこと自体には誰も反対しなかった。やはり、友達の安否が気になるからだろう。俺としても無事であることを確認したい。
道中でもこっそり修行はできるだろうし、早速ハーティアへ向かうとしよう。