星幽剣を出せるようになった
全身に残る倦怠感に引きずられるような形で魔力を放出するという想像をしてみると、守護霊だったときと同様に魔力を大量放出することができた。しかし、このままだと単に魔力を放出しているだけだ。
次に考えたことは、放出する魔力に指向性を持たせることだ。水鉄砲と同じで、魔力の放出口を限定することで魔力の放出を制御しようとした。しかしこれが意外と難しかった。魔力の大量放出自体に慣れていなかったこともあって、意識して制御しようとすると放出自体が止まってしまうことがあったからだ。
そのため、一旦制御は諦めて、いつでも魔力の大量放出ができる訓練に取り組んだ。最初は体を目一杯疲れさせて、慣れてくると徐々に疲労度を小さくしていく。そして最終的には疲れていなくてもできるようにだ。
「ふふふ、師匠と毎日剣術の稽古ができて幸せです」
初日以来、アリーには俺の訓練を手伝ってもらっている。俺が疲れる手段として剣術の稽古をしているので大満足状態だ。しかも希望通り真剣でやっているのだから、毎日危険がいっぱいである。アリーは長剣なのに俺は鎚矛っていうのはずるい気がする。
ジルも毎日俺の訓練に付き合ってくれている。今のところはいくつか助言をくれる程度だ。しかし、アリーと違って俺の魔力の放出を感じ取ることができるようなので、俺の魔力放出の状態を確認してもらっている。
「ふふん、やっぱり師匠のあたしがいないとダメなのよね!」
すぐに飽きるのではと思っていたが、自分にもやれることがあるとわかると意外に辛抱強く付き合ってくれる。ただ、たまに上から目線で指導しようとするのは腹立たしいが。
丸一日修行を終えると、レティシアさんの屋敷で一日の疲れを取る。夕飯はレティシアさんも含めて四人で食べるのが日課だ。
そして、この時間帯に水晶を使ってスカリーとクレアと話をする。二人はレサシガムからノースフォートへと街道を使って向かっているので、日々の宿で困ることはない。だから毎日こうやってのんびりと水晶を通じて会話ができるのだ。
「ユージ先生! 今クレアのおっぱい揉んでんねんけど、前よりも大きくなってるみたいやで!」
「ちょっ?! あんたほんとに止めなさい!」
水晶が映し出す映像の向こうで馬鹿なことをやっている二人を、俺は温かく見守る。他の三人は、嬉しそうにしていたり、呆れていたり、顔を赤くしていたりと様々だ。残念ながらここから手出しはできないので見ているだけだが。
そうしてスカリーとクレアがクロスタウンへと到着した頃、どうにか魔力の放出は自在にできるようになった。頭ではわかっていてもなかなか思うようにできないというのは実にもどかしかったが、それも終わりだ。
次は魔力の放出に指向性を持たせる訓練だ。ぱっと思いつくところだと、やり方は二種類あるように思えた。ひとつは放出する部分を限定してそこから魔力を出すやり方、もうひとつは全身から放出している魔力を一箇所にまとめるやり方だ。
どちらもやろうとしていることは全く同じだが、実行するときの感覚が違う。機械の制御とは違うので、こうした感覚の違いというのが重要になる。そのため、自分に合ったやり方を探さないといけない。
ということで訓練をしてみたのだが、意外なことに俺は違和感がありつつもどちらでもできた。やりやすさに大きな差があったら迷うことなく決められるのに、大体似たような感じなのだからたちが悪い。
「それで、結局どうするのよ?」
ジルに決断を迫られるが決められない。参ったな、こんなところで迷うなんて。
「そこまで迷うのでしたら、実際に戦って試してみてはどうでしょうか」
アリーの意見は、実際に振り回してみて使いやすい方を選べというものだ。一理ある。例え剣術の稽古をしたいという下心があったとしても。
ということで、俺はアリーと素手での組み手をすることにした。武器を使わなかったのは、ライナスとやった実験で、生半可な武器を持って星幽剣を使うと刀身が砕けてしまうことを知っているからだ。もちろん、単に魔力を放出しているだけで武器が砕けてしまうのかどうかはわからない。でも、自分の主力武器を使って試したいとは思わなかった。
理由を説明すると納得してくれたが、やっぱりアリーは残念がった。幼い頃ほどではないとはいえ、充分に狂戦士の素質があるよな。
魔力の放出の具合がどうなっているのかをジルに見てもらいながら、俺はアリーとの組み手で限定した魔力の放出を行う。
最初は組み手をすることに意識が向いてしまい、魔力の放出どころではなかった。当たり前の話だが、目の前の相手との戦いと魔力の放出の制御を同時にしないといけない。頭で考えて二つのことを並行するというのはやっぱりつらいな。呪文の詠唱はそのとき一瞬だけ切り替えるということができるけど、あれは詠唱時間が短いからできることだ。常時制御する必要のあるこれはまた別種の能力だな。
新たな課題が見つかったが、魔力を放出する方法をどちらにするかという問題はすぐに解決した。俺には、放出する部分を限定してそこから魔力を出すやり方が合っている。全身から放出している魔力を一箇所にまとめるやり方は、常に全身に気を配り続けないといけないので、どうしても戦いに集中できなかったのだ。おかげでアリーに組み敷かれて酷い目に遭った。
しかし、やり方さえ決めてしまえば、後は練習あるのみだ。魔力の放出をうまく制御しつつ戦えるように、俺はひたすらアリーと組み手を続けた。
他のことをしながら魔力の放出を制御するのはなかなか大変だったが、スカリーとクレアがノースフォートへと着いた頃にはどうにか制御できる目処はついた。それはそれでいいが、今のところ魔力を放出できるだけで星幽剣を使える気配が全くない。
「ねぇ、ユージ。ほんとにこのやり方で正しいの?」
「どうなんだろうな」
ジルに問われても明確な返事はできない。俺だってわからないからだ。
今の状況は、ちょうどガスバーナーからガスが吹き出しているものの、火はついていないという状態だ。俺の理屈が正しければ、後は点火するだけで星幽剣を使えるようになるはず。しかし、その点火の仕方がわからない。
俺としては、いよいよ今後は星幽剣を使えるきっかけを探さなければいけなくなった。俺自身はもうどうしていいのかわからないから、スカリーとクレアの調査待ちである。
そして、珍しく水晶での連絡がなかった翌日の夜、夕飯時に二人から残念な報告を受けた。
「ユージ先生、あれから急いでご先祖様の書き残した本を読んでみたんですけど、残念ながら光の剣の具体的な出し方については書いてありませんでした」
クレアが申し訳なさそうに俺へと結果を伝えてきた。自分が読んだときもそんな記述は見当たらなかったのであまり期待していなかったけど、こうして改めて伝えられると体から力が抜けるな。
「師匠、だんだんと手詰まりになってきましたね」
「そうだなぁ」
アリーに言われるまでもなく、俺もそう感じている。今の訓練を続けても魔力の制御はうまくできるが、星幽剣を使えるようになるとは思えない。
「そういえば、クレアは両親と既に会っているのですよね? 今後のことについてはもう話し合ったのですか?」
「ええ、そちらのお話はまとまりました。今後もスカリーと一緒に行動できます」
「うちの出る幕はなかったで。やっぱり『勇者の剣』の存在は大きかったわ」
クレアがジェフリーさんとディアナさんにフール討伐に協力したいという話をしたとき、その意義は理解してくれたが一人娘ということもあって最初はかなり渋ったらしい。
ところが、持ち帰った『勇者の剣』を渡すと状況が一変する。何しろホーリーランド家と光の教団の聖女派からすれば伝説の宝剣だからだ。すぐにノースフォート教会のヘイズさんに連絡すると、そこからは上を下への大騒ぎとなったらしい。
「よくそんな状態で調べ物なんてできたな」
「大変だったのは教会であってわたし達じゃありませんでしたから。一度おじ様、ヘイズ卿と話をした以外はずっと手が空いていたんです」
「昨日の夜にみんなと話さへんかったんは、ずっと調べもんをしてたからやねん」
なるほどな、受け入れ準備で騒いでいるのは教会だけってことか。そうなると、二人は次に何をするんだろう。
「あ、でも、しばらくはこっちに止まらないといけないです。『勇者の剣』を奉納する式典に出ないといけないんですよ」
「間違いなくクレアさんが主役やで」
スカリーがぼそりとつぶやくと、クレアの顔が引きつる。そうか、ホーリーランド家の次期当主が取り戻したんだから、その功績も大々的に宣伝しておかないとな。
「し、式典は今月中ですから、四月までにはレサシガムへ戻れるはずです」
「クレア、声震えてんで?」
「うるさいわね! スカリーが余計なことを言うからでしょう!」
お、何やら向こうでは漫才が始まったようだ。でも、こっちは知りたいことを聞けたので放っておいてもいいだろう。
水晶を使った会話を終えると、俺はさっき気づいたことをレティシアさんに尋ねてみた。
「レティシアさん、確かかつてアーガスという人と旅をしていたことがあるんですよね。そのアーガスという人は、どうやって星幽剣を使っていたんですか? できれば星幽剣を出現させるこつを教えてほしいんです」
俺の質問を受けてなるほどと頷いたレティシアさんは、しばらく考え込む。
二百年前に俺がライナス達と旅に出るより遥か昔に、レティシアさんは人間界を旅したことがあるらしい。そのときに一緒に旅をしていたのが当時王子だったアーガスという人物だそうだ。そして、その人は星幽剣を使えたという。
たぶん、今の俺はそのアーガスという人と似たような状態だろう。だから、何かしら使えるようになるきっかけが手に入るかもしれないと思ったのだ。
「そうですね。確か、まるで目の前に剣があるかのように想像して、そこに魔力を流し込む感じ、と言っていた気がします。ジルは覚えていませんか?」
「あー、確かにそんなこと言っていたような気がする。それと、明確に想像できる対象なら、形のないものでも切れるって言ってたわよね」
レティシアさんとジルが記憶を引っ張り出しつつ俺に教えてくれる。今の俺にとってはかなり有益な情報だ。
「師匠、魔力の放出は既にできるのですから、これで星幽剣を出現させられるのではないですか?」
「うん、俺もそんな気がする」
二人からもたらされた情報は、星幽剣を出現させる方法と使う方法だ。これを聞いて、ライナスがどうして真銀製長剣を持たないとうまく使えなかったのかよくわかった。ライナスはそこまで想像しきれていなかったから剣がないと駄目だったんだ。逆に魔王はしっかりと把握していたからこそ、媒体なしでも自在に扱えた。
そう考えると、星幽剣を体得して自在に使えたアーガスと魔王って凄いんだな。
「ユージ、参考になりましたか?」
「はい、かなり。できそうなことがわかって安心しました」
訓練の光明が見えたところで、俺は明日に備えて気持ちよく眠ることができた。
翌日、俺はアリーとジルを伴って別荘へと赴く。そして、早速助言してもらったことを活用してみた。
まるで目の前に剣があるかのように想像して、そこに魔力を流し込む。
剣の型はあの真銀製長剣でいいだろう。かつてライナスが使っていた剣であり、俺が中に入ったことがあり、そして最近見て触った剣だ。これなら素手でも明確に想像できる。
次にそこへ魔力を流し込む。かつて中に入ったことがある経験を活かして、その中身を満たすような感じでいいだろう。その作業をひたすら続ける。
「ユージの右手の辺りに大量の魔力が流れ込んできているわね。それが、長細い棒みたいになって集まってる」
棒いうな。ジルにがっくりとなりそうなことを言われたが、一応剣に近い形にはなりつつあるのか。後は何が足りないんだろう。
俺は目を閉じて、ライナスと一緒に星幽剣を使ったときのことをひとつずつ思い出そうとした。
特に使いこなせるようになった後、一番印象が深いのはやっぱり魔王と対峙していたときだな。同じ星幽剣の使い手で、どんなに頑張っても魔王は常に俺達を上回っていた。そのとき、ライナスの体に限界が近いことを知って、俺が一気に勝負を決めるべく、剣の中に入って魔力を一気に解放した。あのときの感覚。
俺の中のものを全部外にはき出す感じ。中身を空っぽにする感じだ。それを想像しつつ、右手へ一気に力を入れた。
「はっ!!」
その瞬間、ごっそりと魔力を抜き取られるような感覚が俺を襲う。
「ちょっ! ユージ?!」
「師匠、やりました! 出ましたよ!」
ジルとアリーの騒ぐ声が聞こえる。
そういえば、瞼を閉じたはずなのにやたらと明るい。俺はゆっくりと目を開く。すると、俺の右手から三アーテム以上の光り輝く棒が現れていた。
俺は剣を想像していたので出現した形は違う。でも、とりあえずは星幽剣は出てくれた。
「ほら、やっぱり棒じゃないのよ!」
「うるさい! 棒っていうな!」
悔しかったので俺はジルに顔を向けて怒鳴る。すると、せっかく現れた星幽剣は消えてしまった。あの明るさが嘘のようにだ。
「どうもまだかなり意識しないと保てないらしいな」
「それでも出現させることはできたではないですか! これなら後は修練を積めば体得できますよ!」
「そーよ! まずはできたんだからいーじゃない!」
ジルはともかく、珍しくアリーも興奮して俺に詰め寄ってきた。滅多に見られる光景じゃないからな。
「よし、それじゃ次は使いこなせるように練習しないとな!」
「そうですね。私もお手伝いします!」
アリーが嬉しそうに頷いてくれる。一方、ジルは俺の頭の上でぐるぐると回っていた。二人の様子を見ていると、だんだんと俺も気分が盛り上がってきたな。
俺は嬉しくなって、再び星幽剣を再現するべく右手に意識を集中する。すると、今度はいきなりだったせいか、先ほどよりも小さくて不格好な星幽剣が現れる。
「うわ、何それ!」
「ええい、うるさい! 出せるようになったんだからいいだろう!」
どうもきちんと手順を踏まないと、まだ思うようには出せないようだ。しかし、ようやく星幽剣を出現させることができた。
その後、俺達は日が暮れるまで、星幽剣を出しては何ができるのかを延々と試した。