フール討伐会議
「うわぁ! 本物の妖精とエルフやぁ!」
スカリーに案内されて食堂に入ってきたサラ先生は、ジルとレティシアさんを見るなり声を上げて驚いた。その驚き方は子供そのものだが。
もちろんジルとレティシアさんも驚いた。何しろスカリーの母親の精神年齢が予想よりもずっと低く見えたからだ。俺も初対面でこんな反応をされたら驚く。
「えっと、サラなのよね? スカリーのお母さんの」
「そうやで~。うちがスカーレットの母親サラ・ペイリンやねん。よろしゅうな!」
あのジルが戸惑っている。珍しいものを見たぞ。
「私は、フォレスティアの長を務めているレティシアと申します」
「これはご丁寧に。うちはペイリン魔法学園の教師をしているサラ・ペイリンですねん。サラでええですよ」
一方、レティシアさんとの挨拶は、多少砕けた感じだがちゃんとしたものだ。
そしてサラ先生は方向転換をすると、オフィーリア先生に向き直った。
「こんばんは。挨拶が遅れてごめんな。今日は夕食に誘ってもろてありがとう!」
「こちらこそ、来ていただいてありがとう。大切なお話をしながらですけど、楽しんでいってくださいね」
どちらもにこにこと笑顔で挨拶を交わす。この頃にはだいぶ落ち着いたようだ。
席にはオフィーリア先生とアリーを上座に、俺とレティシアさんがオフィーリア先生側、スカリー、サラ先生、クレアがアリー側に座る。ジルはレティシアさんの横、エディスン先生はオフィーリア先生の隣りに立っている。
俺達が全員座ると、ウィルモットさんの指示で料理がテーブルに並べられてゆく。以前ならほぼ肉一色という料理だったが、今回は全く違う。肉の色以外にも緑や黄色などが目につく。
「じっくりと用意する時間がありませんでしたので、フォレスティアの方々の口にどれだけ合うのかわかりませんが、どうぞ召し上がれ」
それを合図に夕飯が始まった。
さすがに普段が肉中心なので、豚、牛、鶏の他に、魔物の肉も出てきている。何て言うのかは忘れたけど随分と柔らかかったな、あの肉は。これはオフィーリア先生やサラ先生のような魔族と人間が中心になって食べている。
それに対して、レティシアさんとジルは肉以外の料理を食べている。目につくのは、固めのパンを千切って緑色のスープに浸して食べる料理、カボチャみたいなやつを甘辛く煮込んだもの、あとは野菜を油で炒めたものもある。ちなみに、油は植物性のものらしい。魔界じゃ動物性が一般的だから、料理人は結構苦労したんじゃないだろうか。
俺の見た範囲ではどれも肉を使ってはいない。ただ、フォレスティアのものに比べると味付けは濃いだろうな。料理の香りからして違う。
「へぇ、これおいしいね! フォレスティアの梨とはまた違うけど」
ジルが齧り付いているのは洋梨みたいな果物だ。あれってロッサのある地方で取れるんだっけ。
「私はこの甘辛く煮込まれた野菜がいいわ。見た目ほど強い味付けでもないのが意外ね」
レティシアさんはカボチャもどきをお気に召したようだ。ちなみに俺は、野菜を油で炒めたものがよかった。油の感触を野菜がさっぱりと落としてくれるのがいいんだよな。いくらでも食べられる。
サラ先生はスカリーとクレアの二人と一緒に、肉入りスープにパンを浸して食べている。いや、あれはもうビーフシチューと言っていいか。俺も後であれを食べよう。
一方、アリーが食べているのは、肉を柔らかめのパンに挟んだものだ。あらかじめ用意されているパンに、自分の好きな肉を挟んで食べることになっている。アリーの持っているパンに挟まれているのは肉のみだ。しかし、魔界では野菜を挟む方がむしろ珍しいらしい。
こうやって出された料理を雑談も少なめに俺達は楽しんだ。まずはある程度お腹を満たしておかないとな。
食べることがいつ一段落するのかというのはなかなか難しい問題だが、結局のところはもてなす側がある程度見計らって進行することになる。
「さて、それではそろそろ本題に入りましょうか」
オフィーリア先生は頃合いを見計らって俺達に話しかける。そして、反論がないのを確認するとエディスン先生に目配せをした。合図を受けたエディスン先生が口を開く。
「今回の本題とは、ユージ君がフールを見つけ出し、倒すためにはどうすればいいのかを考察するというものです。ご存じのように、フールは多数の人間を実験のために犠牲にしており、その被害は魔族とエルフや妖精にも及ぶ可能性があります。しかし厄介なことに、フールは自分を殺した相手を乗っ取ることができるため、迂闊に手を出すことができません」
そうなんだよな。理想は研究をやめてひっそりと余生を送ってもらうことなんだけど、今更そんな話に応じるとは思えない。ただ倒すにしても、こっちが乗っ取られないようにしないといけないのが厄介だ。
「現在問題となっているのは二つです。ひとつはフールを見つける方法、もうひとつは殺す方法です。殺される度に乗り移るため、通常の方法では誰がフールなのかわかりません。また、安易に殺してしまうと乗り移られてしまうため、殺害の方法も慎重に検討する必要があります」
例えば、一度フールを発見したとしても、別の場所で誰かに殺されてしまうと、もう俺以外には絶対に見つけられない。そのため、手分けして探すということができないんだよな。
「そこで、魔王の元四天王であるベラ殿がユージ君に遺した備忘録と魔法書を見せてもらい、フールを発見して倒すことはできないか調査検討しました」
「備忘録の調査は主に私が担当しましたので、まずは私がお話しますわね」
さて、いよいよここからが知りたいことだ。全員が無言で聞いている中、今度はオフィーリア先生が口を開く。
「備忘録によると、フールは殺した相手を乗っ取るときに、自分の魂を相手の魂に憑依させているようです。完全に取り込んだり同化したりしているわけではないそうなので、一つの体に二つの魂がある状態なのでしょう」
「そうか、だから俺がフールを見たときは輪郭がぼやけるのか」
俺の独り言にオフィーリア先生が頷く。
「ユージがフールを見たときに輪郭がぼやける理由は、恐らくこれでしょう。ユージにだけ見える理由は不明ですが、たぶん、この世界に正しく召喚されなかったことが原因だと思いますわ」
「そういえば、師匠は間違って召喚されたんでしたよね」
アリーの言葉に俺が頷く。幸か不幸か、手違いで呼び出されたことが役立つなんてな。
「また、自分を殺した相手が誰であろうと乗り移る可能性があるそうですわ。そのため、獣や魔物に殺されたとしても、その相手に乗り移るでしょう」
「見境なしやな。つまり、ありんこに殺されたら、蟻になるってゆうことかいな」
スカリーが独りごちる。ジルの言っていた、殺した相手に次々と乗り移ってフォレスティアを目指すこともできるわけだ。
「そのため、もしフールを倒すのならば、相手に乗り移れない状態にするか、それとも乗り移ってもすぐに死ぬ状態にしておく必要があります。例として、差し違えるといったものですわ」
「つまり、フールを倒せる方法はあるということなんですね」
クレアの意見にオフィーリア先生が頷いた。さすがに完璧ではないということか。しかし差し違えるって、自分も死なないと駄目ってことになるな。
「ちなみにベラ殿は、やるとしたら人形を用意して差し違えさせるつもりだったようです」
「優れた人形師ならではの方法ですね。私も備忘録を読みましたが、ベラ殿はフールをあまり脅威とは思っていなかったようです」
そりゃ使い捨ての手駒があるんだったら、エディスン先生の言う通り怖くないだろう。
「しかし、私達はそういうわけにはいきません。そうなると、別の方法を考える必要がありますわ」
「相手の魂に憑依するってゆうことは、魂のない相手に殺されるか、憑依した魂がなくなると倒せるんやね~。そうなると、人形やったら魂はないから使えるんとちゃうやろか~」
「だったら、召還した精霊で倒して、すぐにその精霊を精霊界に還すという手段も使えるわよね!」
オフィーリア先生の言葉を受けて、サラ先生とジルが殺害方法を提案する。なかなかいいように思えるんだけど、不安な点がひとつある。
「人形や精霊を使うとして、フールを倒したときに召喚者を憑依対象にする可能性はありませんか?」
レティシアさんが不安そうに疑問を投げかけてきた。そうこれだ。直接的だけじゃなく、間接的な殺害の場合はどうなるんだろう。
「ベラ殿の人形の場合、術者とは独立して動くのでその点は気にならなかったようです。しかし、私達の場合ですとそこまで精巧な人形は作れませんから、どうなるかわかりませんわね」
「ランドンさんに人形を作ってもらったらどうなんですか?」
ランドンさんも人形師だし、ライオンズ学園にも人形を作って納品しているんだったら、できるのではないかと思ったのだ。
「非常に言いにくいことですが、ご子息のランドン殿の腕ではベラ殿ほどの人形は無理でしょう」
顔をゆがめたオフィーリア先生を見て、俺も本人がそんなことを言っていたことを思い出した。う~ん、微妙にうまくいかないなぁ。
「フールを倒す方法に関する話が出てきたので、次は魔法書の調査を担当した私が話をします」
全員がエディスン先生に注目する。
「今の話がありました通り、フールは対象の魂を乗っ取る形で生き延びようとします。よって、自分を殺害した相手に魂がない場合ですと乗り移れずに消滅しますし、相手が死亡寸前か既に死んでいる場合も同様です」
だからそれに沿った方法で倒さないといけないわけだ。
「サラ殿とジルが提案した方法でも理論上は可能です。ただ、レティシア殿が懸念を示す通り、フールが召喚者も憑依対象とできる場合は危険です。そのため、今のところ考えられる手段は二つあります。ひとつは死霊系の魔物を使役してフールを倒させる方法、もうひとつはフールの魂そのものを消滅させる方法です」
エディスン先生の今の話を聞いた俺達は、全員顔を見合わせた。死霊系の魔物を使役して倒すというのはまだわかる。できるかどうかはともかくとして。でも、フールの魂そのものを消滅させるっていうのは、どうやってやるんだ?
「まず、死霊系の魔物についてですが、幽霊、腐乱死体、白骨死体になりますね。既に死亡していますから、乗り移ったらすぐに消滅するでしょう」
その話を聞いて、オフィーリア先生以外がちょっと引く。
ちなみに、幽霊が最も望ましく、次に白骨死体、最後に腐乱死体という順番になるらしい。憑依するには、現世に止まるために相手の魂にもある程度の強さが必要らしい。そして、肉体が存在するかどうかは重要なのだそうだ。
「次にフールの魂そのものを消滅させるというのは、星幽剣、つまり光の剣でフールの魂を切るのです」
エディスン先生が一旦言葉を切ると俺に視線を向けてくる。いや、言いたいことはわかりますけどね?
「前世はライナスと一体になってようやく使えたんです。でも今は俺ひとりですよ?」
「光の剣を使える条件って、確か霊魂が強いってことやったよね? あれの定義がわかればもっとはっきりとするんやけどな~」
「でも、ユージって無理矢理この世界に召喚されて、剣の中で二百年寝て、転生したんでしょ? これって強くないの?」
俺の発言を皮切りに、サラ先生やジルが次々と議論を始める。しかし、条件である霊魂の強さというものがはっきりとしないので、出てくる結論はひとつしかない。
「結局のところ、ユージが星幽剣を使えるかどうか試すしかありませんわね」
「そうなると、ご先祖様の記録をもう一度読み直さないと」
「せやな。うちのところにもあるし、もう一回読もか」
オフィーリア先生のため息交じりの言葉に合わせて、クレアとスカリーが実家の家伝書のことを思い出していた。うーん、そういえば、あれってどうやって出していたんだっけ?
「今までの話を整理しますと、最も有効な手段はユージが星幽剣を使えるようになることですね。次に死霊系の魔物を使って倒す方法で、最後は人形や精霊を使った方法ですか」
レティシアさんが指折りしながら発言をする。
「しかしそうなると、そのクレアの持つ『勇者の剣』というのは必要にならないか? 勇者ライナスはそれがなければ星幽剣を制御できなかったのだろう?」
アリーの発言に全員の動きが一瞬止まる。そうだった。ライナスは素手だとまともに制御できなかったんだよな。魔王はできていたのに。
「それは練習次第じゃない? 無理ならもうひとつ作ればいいんだし」
「ジル、お前そんな簡単に言うけどな──」
「勇者の剣がただの真銀製長剣なのでしたら、それでもいいですわね」
「そうやね~。真銀は何とかなるかな~。後は精霊の水がいるけど~」
「わかりました。私達が用意します」
ジルをたしなめようとした俺の言葉を遮るように、オフィーリア先生、サラ先生、そしてレティシアさんが話をまとめてゆく。随分と簡単に話が進んでいきますね。
「それではまず、ユージ君が星幽剣を使えるかどうかを確認するところからですね。それに並行して星幽剣に関する調査と真銀製長剣の製作準備ということになりますか」
「うちはご先祖様の記録をもう一回見直して、真銀の用意をしとくな~。スカーレットとクレアちゃんは、ノースフォートでご先祖様の記録を調べてな」
「ならば私達は、精霊の水を用意しておきましょう。それと、ユージの修行場所も提供しましょう。森の中でしたら、誤って誰かに危害を加えることもないですし」
「ということは、私とトーマス先生は引き続き調査ですわね。あと、アリーはユージの修行を手伝いなさい」
「あたしも手伝う! あたし、ユージの師匠だもんね!」
不完全ながらも今後の方針が決まると、物事が一気に決まってゆく。エディスン先生の示したやるべきことに対して、サラ先生、レティシアさん、オフィーリア先生が次々に自分達の役割を引き受けてゆく。そして、スカリー、クレア、アリー、ジルもそれぞれの役割を担うことになった。
これでようやくフール討伐に向けて具体的に動くことになった。今後は俺次第でとるべき選択肢が大きく変わってくる。そうなるとやっぱり、星幽剣を使えるようになっておきたい。果たしてできるのだろうか。