二百年ぶりの再会と二十年ぶりの考察
俺達を出迎えてくれたウィルモットさんは、オフィーリア先生のいる執務室へと案内してくれた。連絡用の水晶では夕ご飯の話をしていたから食堂だと思っていたのに、どうも違うらしい。
「ようこそ、皆さん」
執務室に入るとオフィーリア先生が出迎えてくれた。隣にはエディスン先生もいる。
「お久しぶりです、オフィーリア先生。お元気そうで──」
「オフィーリアにトーマスじゃないの! 久しぶり!」
声をかけてくれたオフィーリア先生に対して俺が返答しようとすると、真っ先に二人の元へ飛んでいったジルが元気よく挨拶をする。いきなり出鼻を挫かれた形だが、そういえばジルがこの二人と再会するのは久しぶりなんだっけ。
「トーマスは相変わらずよね。あ、幽霊だから当然か。オフィーリアは、随分と老けたわねぇ」
次の瞬間、その場の空気が凍った。オフィーリア先生の表情が固まっているぞ。ジルは気づいていないのか?
「ふふふ、相変わらずですわね、あなたは」
「そりゃそうよ! あたしは妖精なんだもん!」
ダメだ、オフィーリア先生を怒らせたって全然気づいていない。あいつ、そのうちはたき落とされるぞ。
何と声をかけていいのかわからなくて俺が戸惑っていると、レティシアさんがオフィーリア先生の前に進み出た。
「初めまして。フォレスティアの長を務めています、レティシアと申します。ジルの友人です。本日は突然の来訪を受け入れていただきありがとうございます」
「こちらこそ初めまして。オフィーリア・ベック・ライオンズと申します。ライオンズ家の前当主で、ライオンズ学園という学校の元学園長です。今はほとんど隠居しておりますの」
まるでジルの問題発言が何もないかのように挨拶が交わされた。俺を始め、スカリー、クレア、アリーはそれを緊張しつつ見守っている。
「先ほどはジルが失礼しました。お詫びに好きに使っていただいてよろしいですよ」
「それは助かりますわ。聞けばフール討伐に協力していただけるとか。ならば、その実験に付き合っていただきましょう」
「ちょっと、二人して何を話しているのよ!?」
もちろんジルの処遇についてだ。喧嘩を売っちゃいけない人を敵に回すと、酷い目に遭うのは当然ですよ?
「そうですね。ジルはフール討伐に積極的ですから、どのような実験にでも応じてくれるでしょう。私としましては、この性格が矯正されることを期待しています」
「ふふふ、そうですね。少しはおとなしくなるような実験も用意しましょう」
「待って! そんな話勝手に進めないで! あたしやらないわよ!」
ジルが盛んに抗議の声を上げているが、どちらにも全然伝わらない。意図的に無視しているんだから当然だ。
「なんか、ほんまに被験者にされそうやな」
「お婆様なら、その気になればいくらでも実験を用意できるだろうな」
「あ、ジルがこっちに来るわ」
俺の後ろで三人が小さい声で話をしていると、慌てたジルが俺の後頭部へと回り込んでしがみつく。すっかり避難場所となってしまったようだ。迷惑な話である。
「ユージ、助けて!」
「無理」
そんなことをしたら俺まで被験者にされてしまう。そんなのは嫌だ。ひとりで粛々と実験されてほしい。
「お婆様、もうその辺りでよろしいのではありませんか?」
「ふふふ、そうですわね。それじゃ、本日の夕食抜きで許して差し上げましょう」
「ごめん! ほんっとうに悪かったから、許して!」
アリーのおかげでどうにか手打ちができそうだけれど、その条件はジルにとってまだ厳しいらしい。みんながおいしそうに食べている中で、指をくわえて見ているだけというのは確かにつらいよな。
「ごめんなさい! 会えてあんまりにも嬉しかったから、つい舞い上がっちゃったの!」
「舞い上がると相手を煽るんか。厄介な性格やな」
必死に謝っているジルにスカリーのつぶやきは聞こえない。目前の夕飯を食べることしか頭の中にないのだろう。
「ジル、いくら懐かしい友人だからといって、失礼なことを言ってはいけませんよ」
「はぁい」
「今日はこのくらいにしておきますわ。次に酷いことを言ったら、本当に被験者になってもらいますからね」
レティシアさんがしょんぼりとしたジルに注意したあと、オフィーリア先生はしっかりと釘を刺す。よっぽど怒っているのか、目が笑っていない。
「では、気を取り直して、レティシア殿とジル殿に改めて確認しますが、ユージのフール討伐にお二人は協力してくださるのでしょうか?」
「そうだよ! あたしとレティがユージ達に協力するの!」
「ただ、残念ながらフォレスティア全体というわけではありません。私とジルの二人がユージ達の相談に乗るという形です」
レティシアさんの言葉を聞いても、オフィーリア先生の表情は変わらない。
「そうなりますと、例えば、有効な手段であるかどうかを実際に試す実験には協力しない、ということでしょうか?」
「私の考えでは、直接的な捜索や戦闘には参加しないという意味です。しかし、今おっしゃったような実験については可能な限り協力します」
オフィーリア先生はしばらく考え込む。結局は承知するしかないはずなんだけど、何を考えているんだろう。
「わかりました。ご協力ありがとうございます。森の住人の知恵をお借りできて嬉しい限りですわ」
これで、魔族、人間、そして妖精とエルフの支援が揃った。俺としては理想的な展開だ。
「それでは、お話の続きは食堂でいたしましょう。本当はもう少しここでお話しするつもりでしたけど、最初に気勢を削がれてしまいましたからね」
「うう、こっち見ないでよぉ」
俺の後頭部にしがみついているジルが、更に身を小さくする。
オフィーリア先生は、そんなジルの様子を見て楽しそうにしながら、俺達の先頭に立って部屋の外へと出た。
食堂に案内されてさぁ夕飯、というわけにはいかなかった。というのも、どうせならサラ先生も呼ぶことになったのだ。エディスン先生とオフィーリア先生がベラの本二冊を一通り読破して、その分析結果を教えてくれることになったからである。
サラ先生を呼びに行くのはスカリーだ。ペイリン本邸にいなければすぐに戻ってくるということになっている。さすがに学校まで往復していると時間がかかりすぎるからな。これなら三十分もあれば戻ってくることができるだろう。
ということで現在、食堂には俺、クレア、アリー、オフィーリア先生、エディスン先生、ジル、レティシアさんがいる。待っている間は雑談をしているというのもいいけど、せっかくだからひとつ話題を提供してみよう。
「スカリーとサラ先生が来るまでに、ひとつみんなで考えてほしいことがある。今、クレアが真銀製長剣を持っているけど、俺がこれの中で眠っていた原因と、剣の外に出てすぐに転生した理由だ。別にわからなくてもいいけど、せっかく実物の剣があるし、もしかしたら何かわかるかもしれないからな」
俺がそう言うと、みんながクレアに注目した。その脇には通称『勇者の剣』が立てかけてある。
「そういえば、実物があれば考察したいと私も言っていましたね」
エディスン先生が、フォレスティアに向かう前の議論で言っていたことを思い出してくれた。
「あ、これです。ご覧になりますか?」
「鞘から抜いていただけるかな。私は触れられないのでね」
言われた通り、クレアは剣を鞘から抜く。その動作がぎこちないのは慣れていないからかな。それとも緊張からかな。
そんなクレアの持っている剣を熱心に観察していたエディスン先生は、何やらつぶやいて剣に触れる仕草を何度かにわけてする。その度にエディスン先生の触れた部分が淡く輝いた。
「ふむ、なるほど」
「エディスン先生、何かわかりましたか?」
俺の問いにエディスン先生が首を縦に振った。
「私は剣の専門家ではないのではっきりとしたことはわかりませんが、この剣自体は非常に精巧に作られた剣なのだと思います。特に魔力伝導率は非常にいい。かつて、ライナスという人間とユージ君が、この剣を使って光の剣というものを出したのもうなずけます」
そうだよな。その真銀製長剣のおかげで、ライナスは光の剣を制御できたんだ。
「しかし、言い方を変えるとただの優れた剣でしかない。少なくとも、魔法による特殊な加工はしてありません」
「つまり、どういうことですか?」
剣を手にしているクレアが、真正面にいるエディスン先生に質問した。
「この剣が原因でユージ君は長い眠りについたわけではないし、剣の外へ出た後に消滅したわけでもないということですよ」
「原因は師匠にあるということですか」
アリーがちらりとこちらを見つつ口を開く。エディスン先生はそれに対して頷いた。
「ねぇ、ユージ。あんた、魔王との決戦のときに、魔力を一気に解放したって言ってたわよね。解放した後のあんたって、どうなったの?」
「そんなのわからないよ。魔力がなくなったことなんて今までなかったし、あのときは意識を失ったから、その後はどうなったのかなんて確認しようがない」
ジルの質問に俺は困惑しながら返答する。前世の時から魔力ゼロの状態っていうのを試したいと思ったことはあった。でも、その後、自分がどうなるのかわからないので実際に試したことはない。
「確かベラ殿は、守護霊だったユージを『限りなく精霊に近い霊体』と評していましたわね」
「魔力が尽きると精霊は精霊界に戻ります。そうなると、ユージも魔力が尽きればこの世界に止まれないのですか?」
「『限りなく精霊に近い霊体』ということは、基本的に私と同じということですよね。ですから、魔力が尽きてもこの世界に止まれることはできるかもしれません」
オフィーリア先生、レティシアさん、それにエディスン先生の話を聞いて、俺はぞくりと寒気を感じた。確かにその可能性は考えたことがある。
「ということは、魔力を出し切った霊体のユージが、力尽きて剣の中で気絶したってこと? それで二百年も寝ちゃうものなの?」
かつての俺の状態を簡単にまとめたらジルの言う通りになる。ただ、どうしてもそうなった原因がわからないから推測の域を出ない。
「先ほど、トーマス先生は真銀製長剣には魔法による特殊な加工は施されていないとおっしゃいましたわよね。そうなりますと、魔王との戦いの後もユージが剣に止まったのは、その剣のおかげではないのかもしれませんね。『限りなく精霊に近い霊体』とはいえ、やはり霊体なので魔力なしでもこの世界に止まれる可能性は高いですわ」
「お婆様、それでは師匠がその後二百年も眠り続けたのはどうしてですか?」
アリーの質問にオフィーリア先生は困り顔で小首をかしげる。確かにこれも謎だよな。
「案外単純なことで、たまたま気絶していただけなのかもしれないわね」
「それで二百年も眠り続けるのか。霊体というのは厄介だな」
クレアの思いつきを聞いたアリーは天を仰いで呆れた。俺もクレアの意見を聞いて苦笑したけど、次の瞬間、あることに気づいた。
「エディスン先生。そういえば、霊体って睡眠は必要ないですよね? というより、眠ることができないじゃないですか。そうなると霊体の意識をなくしている状態って、どんな状態なんですか?」
今まで前世の俺が意識をなくしていたときの状態を『眠っている』と便宜上言っていたけど、厳密にはそもそも霊体は意識をなくすことができない。なのに俺は二百年も意識がなかった。これは一体どういうことなのだろうか。
「それは確かにおかしいですね。私もすっかり見落としていました」
エディスン先生が真剣な表情で考え込む。この辺りに何か手がかりがありそうな気がするな。
「霊体だったユージにとっての魔力というのは、この世界に存在をとどめておくためのものではなく、意識を失わないようにするためのものということですか?」
「それじゃユージが二百年も寝てたのは、起きるための魔力が必要だったってこと?」
レティシアさんとジルが顔を見合わせてお互いに疑問をぶつけ合っている。なんだかわかったようなわからないような話だな。
「他に不思議なことと言えば、どうして目覚めた後に剣から抜けたら転生したかね。魔力が充分にあるのに、霊体のまま存在できなかったのはおかしな話よね」
「まるで転生するために魔力をため込んでいたみたいだな」
そうだな、クレアとアリーの言ったことも気になる。結局俺は、どんな状態だったんだろうな。
この後も色々とみんなで話し続けたが、納得できる原因や理由は出てこなかった。
「これは、再びベラ殿の魔法書を読んだ方がいいですね」
「生命を操る研究をされていましたから、何か手がかりがあるかもしれませんわ」
最終的には、ベラの魔法書を読んでいるエディスン先生とオフィーリア先生に調査してもらうことになった。急いで知る必要のないことなので、のんびりと結果を待つとしよう。