大切な相談と大活躍な妖精
最初に出されたミックスフルーツジュースがなくなったのでお代わりを頼む。それがやって来る頃には、最初の話題の盛り上がりも落ち着いていた。
「それで、次のお話とはどのようなものでしょう」
「フールという人物を倒すことに協力してほしいんです」
「それはどういった理由からでしょうか」
ジルとレティシアさんとは知り合いだけど、無条件に協力を取り付けられるほど親しいわけじゃない。だから何かを頼むときにはその理由をしっかりと話すのは当然だ。
俺は自分について最初から、そしてフールについても知っている限りのことを話した。話は長くなってしまったけど、必要なことは全て伝え終える。
「事情についてはわかりました。興味深いお話を聞かせてもらえましたね。ジルに関して言えば、魔王の四天王のひとりに頼まれてユージを教育したことになるのですか」
非常に自然な態度で、レティシアさんはジルに笑っていない目を向ける。
「待って。あたしはアレブっていう人間の魔法使いに頼まれたのよ。ベラなんて知らない!」
「ユージの話ですと、アレブという人物はベラという魔法使いの人形だそうではないですか。結果的には、いいように使われただけでしょう」
そうか、魔族にいいように使われたということになるのか。ベラの目的がごく個人的なことだったからたまたま影響はなかったけど、そうじゃなかったら大変なことになっていたかもしれないもんな。レティシアさんも怒って当然か。
「でも、ベラはもう死んじゃったんだし、いいじゃないのよう」
ジルはレティシアさんの視線から逃れるために俺を盾にした。迷惑なことに、冷たい視線が俺に突き刺さる。
「全く、あなたはいつもそうなんだから。毎回注意しているのに、全く聞き入れてくれないわね」
「ちなみに、どのくらい注意しているんですか?」
「記憶している範囲では、千年くらい前かしら」
もう直らないと思うなぁ。
「ユージ先生の言う通り、フールは自分の研究のためには多くの人々を平気で犠牲にします。わたし達はそれが許せません」
「たちの悪いことに、自分を殺した相手に乗り移るらしいんですけど、うちらはそれの対策を今考えてるところですねん。これを何とかしてうちらはフールの悪行を止めたいんですわ」
クレアとスカリーが横合いからレティシアさんに訴えかける。街ひとつを平気に滅ぼせる奴を野放しにしていては、安心して生きていられない。
「先ほどのお話ですと、あなたのお婆様もユージに協力しているのですね。魔族にとっても危険なのですか?」
「魔界と人間界はつながっていますし、往来も自由にできます。危険という意味では、魔族も同じだと我が祖母は判断されました」
レティシアさんの質問にアリーが即答する。
「そんなに危ない奴ならさ、一緒にやっつけちゃったらいいんじゃない?」
「あなたはまたそんな簡単に言って」
おう、きつめの視線が俺に突き刺さる。正確には俺の頭を盾にしているジルに向けているんだろうけど、睨まれる俺としてはたまったものじゃない。
「でも、フォレスティアにそんなのが来たら大変じゃない」
「数百年の研鑽を積んだ魔法使いとはいえ、大森林を越えてここまでたどり着けるとは思えませんよ?」
「そうかな? そのフールって奴は、殺された相手に乗り移れるんでしょ? だったら、森に入って自分を殺した相手を乗っ取り続けていれば、いつかはフォレスティアにたどり着けるんじゃないかな?」
「そこまでしてここに来る理由があるのですか?」
「相手の理由なんてどうでもいいのよ。どうせそんなのわかりっこないんだから。それよりも、ここに来る可能性があるってことと、やって来たらどうにもならないってことが重要でしょ」
こいつ、普段は馬鹿みたいなことしか言わないのに、今は妙に冴えていやがる。スカリー達も驚いてこちらを見ているな。
そういえば、二百年前に俺やライナス達に協力したのもフォレスティアのことを考えてだからだったな。もしかして、大局的な視点についてだけ、きちんと考えているのか?
そして、俺に突き刺さる視線が痛い。ジル、お前早く俺を盾にするのをやめろよ。
「確かにそのフールという人物がやって来たとしたら、非常に厄介です。しかし、現時点ではユージにしか見えないということですよね。それでは探しようがないでしょう」
「違うよ。ユージにだけは見ることができるのよ。もしユージがいなくなったら、目の前にフールがいても誰も気づけないの。それに、捜索の魔法を使えば遠くにいても見つけられるんだから、後はそこまで近づけることを考えればいいだけじゃない」
レティシアさんとジルの性格が少しわかってきた。レティシアさんは慎重なのに対して、ジルは積極的なんだ。どちらの言い分が正しいのかはともかく、俺達としたらジルに頑張ってもらいたい。
「しかし、そんな可能性があるというだけで妖精やエルフを人間界に送り込むというのでは、皆は納得しないでしょう」
「あ、そこまでしてもらわなくていいです。あくまで、フールを見つける方法と倒す方法を一緒に考えてくれれば、後は俺達がやります」
レティシアさんの冷たくなる一方の視線を真正面から受け止めながら、今度は俺が返答する。結局のところは、矢面に立って人間のために戦いたくないということが根っこにあるのはわかっていた。だから、そんなことはしなくてもいいとはっきり伝えておいた方がいいだろう。
「あなた達がですか?」
「正確には俺がですけどね。ジルも言っていましたけど、誰がフールなのかは俺でないと見分けられないでしょう? ですから、最終的には俺が直接倒すしかないんです」
実際には、いいように使われた私怨を晴らすというのも少しはあるけどな。そうした感情を抜きにしても、現実的に考えて俺が直接倒すのが妥当だろう。
「ほら、ユージもこう言っているんだし協力しようよ。知恵を貸すだけで倒せるんだったら安いものじゃない」
冷たかったレティシアさんの視線が和らぐ。それと同時に大きなため息をついた。
「困ったものですね。結局外に出て遊びたいだけだっていうのがわかっているのに、あなたの言っていることは正しいのだから」
「やった! ユージ、これで一緒にフールを倒せるよ!」
自分の意見が受け入れられたことに喜んだジルが、俺の頭の上をぐるぐると回る。
「それじゃ、協力してもらえるということで、よろしいんですね?」
「そうですね。あくまでもフールを探す方法と倒す方法を探す相談を受ける、という形になりますが」
その言葉を聞いて俺達四人は胸をなで下ろす。とりあえず、協力してもらえることになった。断られることも考えていただけにこれは大きな成果だ。
「ありがとうございます。ジルもな」
「ふふん、頼りになる師匠でしょう! たくさん褒めてよ!」
やたらと嬉しそうにジルが飛び回る。今回は交渉の最大の功労者なので、俺も盛大に褒め称えることにしよう。
最も重要な問題だったジルとレティシアさんの協力を取り付けたこともあって、スカリー達三人は全身の緊張を解いていた。
「何やらジルに説き伏せられてみたいでわだかまりがありますが、まぁいいでしょう。それでユージ、あなたからのお話というのはこれで終わりましたね」
「あーいや、実はもうひとつあるんですよ。今の話に付属するものなんですけど」
これで話は終わり、というつもりでレティシアさんは俺に声をかけてきたけど、残念ながらまだお願いしたいことは残っている。それを伝えるとジルとレティシアさんは顔を見合わせた。
「へぇ、なによ? 全部言っちゃいなさいよ」
「今後協力することになったんで、別の場所に瞬間移動できる魔方陣をここに設置したいんだ。大森林を踏破するだけで一ヵ月もかかるから、できればもっと楽にフォレスティアと往来できるようにしたいんだよ」
俺の話を聞いたジルは大いに興味を示す。一瞬で別の場所に行けるというのが琴線に触れたらしい。
「え、ほんとに? うわ、あたしもそれ使ってみたい!」
「レティシアさん、魔方陣の移動先はアリーのライオンズ家とスカリーのペイリン家の地下室にのみつながっています。これって便利すぎますから設置する場所は厳選していますよ」
俺の頭の上を飛び回るジルをとりあえず無視して、俺はレティシアさんに補足説明をした。むやみに設置するわけではないことを伝えておかなければ、不安だろうと思ったからだ。
「魔界と人間界へ一瞬で行けるのですか? そんな魔方陣を実現しているなんて、初めて知りました」
「元はベラという魔法使いが編み出したものです。俺も二百年前に何度か使いましたし、今もライオンズ家とペイリン家を往来するときに使っています」
俺の話を聞いてレティシアさんは多少困惑した表情を浮かべて黙る。悩んで当然だろう。何しろ、こちらから一瞬で別の場所に行けるということは、逆に別の場所から一瞬でこちらにも来ることができるということだ。それこそさっきの話にあった、フールが簡単にフォレスティアへ来ることができないという前提条件が崩れてしまうことになる。
「レティシア殿、その魔方陣での移動というのはとても便利です。今回のフール討伐で時間との勝負になることも考えられますから、設置した方がいいではないですか?」
「そうそう、別にフール討伐の間だけ設置するってゆうことでええんとちゃいますの? 誰かがある日突然やって来るかもしれんってゆう不安ばっかり考えてたら、なんもできませんで?」
既に魔方陣を実家に設置しているアリーとスカリーが口を挟んでくる。その話を聞いてますますレティシアさんは困惑したようだ。
「確かに、あなた達の意見にも一理あるかと思いますが」
随分と葛藤しているようだ。一応協力すると約束した手前、連絡を取るための手段が必要だということくらいは理解しているだろう。でも、直接往来できるというのはやはり抵抗があるのだと思う。
「もうひとつ、ベラが作り出したもので、連絡用の水晶というものがあります。これはどれだけ距離が離れていても、同じ水晶を持っている相手と連絡できるという代物です。これも二百年前にライナス達が実際に使っていましたが、オフィーリア先生が新たに作ったものを後でお渡ししますね」
せっかく協力してくれると約束してくれたレティシアさんを、あんまり追い込むのもよくない。だから俺は助け船を出すことにした。
「え、そんなものもあるのですか?!」
するとレティシアさんの表情が変わる。とりあえず最低限お互いに連絡が取れる手段があることがわかると、安心したような、それでいて怒ったような表情を俺に向ける。
「もう、だったら最初から言ってくれたらいいのに」
「ふふふ、これはこれでとても便利ですよ。相手の姿も見ることができますから」
横合いからクレアがレティシアさんを宥めようとしてくれる。正面から一身に圧力を受けるとさすがにしんどいから助かった。
「では、その連絡用の水晶というのをいただいて、魔方陣は──」
「ねぇ、レティ」
いつの間にかレティシアさんに近寄っていたジルが、耳元に顔を寄せて小さめの声で語りかけようとする。クレアに視線を向けていたレティシアさんは、それによって最後までしゃべりきらないうちに口を止める。
「レティも旅をしたいでしょ? その希望がちょこっと叶うんだよ?」
「な、なにをいきなり」
体をびくんとさせたレティシアさんが、視線をジルの方に向ける。
「大森林を抜けて人間界に行くだけでも大変だったから、今までじっとフォレスティアに止まらなきゃいけなかったんでしょ。でも、魔方陣を設置したらいつでも人間界や魔界に行けるんだよ?」
さすがにいつでもというのは語弊があるぞ。魔力の自然回復を待つなら五日間は必要だ。でも、俺達に都合が良さそうなので黙っている。
「仕事をしてて疲れたなぁって思ったときに、息抜きでお出かけするでしょ? あれと同じ感覚で外へ出られるんだよ? 確かレティって魔界にはまだ行ったことはないんだよね。魔方陣を設置したら、アリーの家からすぐに行けるよ?」
いつもの騒がしい口調とは違って、今のジルの語り口は随分と穏やかだ。こいつ、こんな話し方もできるのか。
そして、レティシアさんは体を硬直させて何かと必死に戦っているようだ。
「それにさっき誰かが言ってたよね。フールが討伐される間だけでもいいんじゃないかって。別にずっと設置していなくてもいいんだったら、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかな?」
妖精のくせに悪魔のささやきを親友に吹き込むとは悪い奴だな。見ているだけで助け船を出さない俺達も同類だけど。
「協力するんだから話ができるだけじゃダメなときだってあると思うのよね。ほら、実際に顔を突き合わせないといけないときってあるじゃない?」
「そ、そうね」
あ、あと少しっぽい。そしてここで、クレア、アリー、スカリーの三人が追撃に入る。
「相談に乗ってもらって探す方法や倒す方法が見つかったときに、本当に有効か試す必要があると思うんです。そのとき、魔方陣で一瞬移動できると楽ですよ」
「オフィーリアお婆様は高齢ですので、相談するときはこちらに来ていただけると助かります」
「うちのおかーちゃんも学校の運営で忙しいけど、簡単に魔界へ行けて喜んでたなぁ」
特にクレアとスカリーの二人は、こういった相手の背中を押すときって本当に生き生きとしているよな。
「そうね。フール討伐に協力すると言った以上、ある程度直接面会する必要はあるわよね。でしたら、フール討伐の間だけでも、魔方陣を設置しましょうか」
「やったぁ!」
ジルがレティシアさんの頭の上を飛び回る。当のレティシアさんは、自分を納得させるためにまだ何かつぶやいているようだ。
俺達としては、満点の内容で話を終えられたので満足している。とはいっても、俺達が何かをしたというよりも、ジルが外に遊びに行きたい一心でレティシアさんを説得したからだが。
ともかく、これで上手くいくかどうかわからなかった交渉が終わった。安心して次に勧める。俺はスカリー、クレア、アリーの三人と顔を見合わせて笑った。