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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
7章 妖精の住む森と星幽剣
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夕食会と食後の話

 今晩泊まる部屋に防具も含めた荷物を全て置いてから、俺達は食堂へ案内された。一体どんなところで夕飯を食べるのだろうと思っていたけど、着いてみると全てが木製でなおかつ殺風景なところだ。住民が必要な物を作り合うという話を聞いていたから、逆に言うと不要な物は原則として作らないんだろう。


 「いやぁ、さっぱりしたわぁ。やっぱり体は洗わんといかんよなぁ」


 まだ十代の乙女なはずなのに、すっかりおっさんが板についてきたスカリーが上機嫌で椅子に座った。肌も服も一新している。


 実は部屋が宛がわれたときに、俺達は身支度を調えるということで体を洗い、持ってきていた新しい服に着替えたのだ。ちょうど水の精霊ウォーターエレメントが一体ずついたので、土の精霊アースエレメントを床代わりの板状にして水浴びをしたのだった。水浴びの後は、自分の体と周囲の水滴を水吸収ウォーターアブソービングの魔法でぬぐい取って終了だ。


 「季節は真冬なのに水浴びしても平気だなんて不思議よね」

 「大森林の中がやたらと暑いからだな。魔界の夏とは全然違う」


 クレアとアリーの表情も大変穏やかだ。すっかり感覚が麻痺していたとはいえ、ものすごい臭いを発していたことは想像に難くない。さすがにこのままで偉い人に会うわけにはいかなかった。


 「そういえば、フォレスティアに入ってから住民に注目されていたけど、あれってもしかしたら臭いのせいかもしれないな」


 俺がぼそっとつぶやくと三人が和やかな様子のまま硬直した。どうも今まで思い至らなかったらしい。


 「ということは、もしかしてタリスさんや警備のエルフ達も、わたし達の臭いには気づいて……」

 「いやー!!」


 しばらく人と接する機会がなかったせいで麻痺していた社会性が復活してきたおかげで、知らない方が幸せだった事実に直面して三人は赤面した。男の俺とは違って、この辺に無頓着というわけにはいかないもんな。


 「随分と楽しそうですね」

 「うわぁ、精霊まみれじゃない!」


 俺達が体臭の話で盛り上がっていると、新たに食堂へと入ってきた人物に声をかけられた。一斉に振り向くと、こちらに向かって歩いているレティシアさんとジルの姿が目に入る。


 「ユージ! あんたそのまんま生まれ変わったの?! 見てすぐにわかったわよ!」


 ロングスリーブかつロングスカートの白いワンピース姿で、身長約三十イトゥネック程度の羽根付き妖精。陽気で好奇心旺盛でおしゃべりな奴が、俺の頭上でぐるぐると回る。黙ってじっとしていれば愛らしいのに全てが台無しだ。


 「お前はなんにも変わってないな」

 「ふふん、当然よ! これがあたしなんだから!」


 何がそんなに誇らしいのか、偉そうに目の前でふんぞり返る。でも、もちろん威厳なんてかけらもなく、その姿には笑いしか浮かばない。


 少し遅れて、明らかに今までのエルフとは雰囲気が違う女性のエルフが近づいてくる。金髪碧眼なのはフォレスティア内で見かけたエルフと同じだ。でも、気品や立ち居振る舞いが全く違う。


 「あれからどうなっていたのか気がかりでしたが、転生していたのですね。真っ当な生を受けられてなによりです」


 俺とジルが戯れていると、レティシアさんが古めかしい人間語で話しかけてきた。


 「お久しぶりです、レティシアさん」


 このときになって、俺は三人が置いてけぼりなのに気がついた。俺にとっては懐かしい再会だけど、他の仲間にとっては初対面だ。


 俺は手早くスカリー、クレア、アリーの三人をジルとレティシアさんに紹介する。そして逆もだ。


 「皆さん、遠いところからよくいらっしゃいました。さぁ、改めてお席へどうぞ」

 「あたしはテーブルの上よね!」


 レティシアさんが俺達に着席を促す中、ジルはテーブルの一角に陣取る。それはレティシアさんから離れた場所だ。


 そうして俺達が席に着くと、レティシアさんの視線による合図と共に料理が運ばれて来た。


 タリスから肉は原則として食べないと聞いていたから、野菜ばかりの料理になると思っていた。しかし、実際は違う。食べないのは肉だけであって植物由来の物は口にするわけだから、俺達が思っていた以上に種類は豊かだ。


 田畑を見かけなかったので麦関連はなかったものの、代わりの穀物として芋類を主食としているようだ。単純に蒸した物から練って平たいパン状にして焼いた物まである。野菜についても生で食べるのではなく、炒めたり煮込んだりしてあった。ただ、さすがに果物はそのままのようだ。


 「さぁ、召し上がれ」

 「「「「はい!」」」」


 レティシアさんの言葉に返事をすると俺達はテーブル上の料理に手を付ける。ジルは既に果物へと齧り付いていた。


 俺はまず野菜を煮込んだスープを口に入れる。動物系の下味を付けられないから水っぽいと予想していたが、そんなに酷くない。というより、思った以上に塩気があって少し驚いた。


 「もっと薄味だと思っていたんですけど、意外に塩味が強いですね」

 「フォレスティアは暑いでしょう? ですから塩を口にする必要があるのですよ」


 なるほど。その辺りの体のつくりは人間と似ているんだ。どのエルフも汗をかいているようには見えなかったけど、やっぱり塩は必要なんだな。


 「ふむ、塩加減は魔界よりも少し薄いくらいですね。それよりも、野菜が多くて羨ましいです」

 「あら、魔界は野菜が少ないのですか?」

 「はい。元々土地が痩せていて作物がそれほど取れるわけではないので、野菜は貴重なのです。普段は肉類が多いですね」


 そういえば、オフィーリア先生の屋敷では肉ばかりが出てきたな。お肉がたくさんだと喜んでいたけど、そんな事情があったのか。


 「あれ、これはどうやって食べるのかしら?」

 「それはね、この上にこれとどばーって乗せて食べるのよ!」

 「え、こんなに?!」


 クレアは食べ方のわからないものをジルに教わって食べようとしている。円状の平たい芋パンを八等分してその上に野菜を山盛りにした上に、ジルが何か香辛料みたいなのを思い切り振りかけていた。何やら赤黒い粉みたいなやつなんだけど、そんなにかけていいのか?


 八分の一の大きさの芋で作られたパンにはふんだんに炒めた野菜が乗っているが、更にその上には赤黒い粉が覆い被さっている。断面から見える瑞々しい緑色が痛々しく見えるほどにだ。


 「ささ、思いっきりかぶりついちゃって!」

 「う、うん」


 和やかな夕飯のはずなのに、クレアだけがやたらと緊張した面持ちで、手にしたジルお勧めの一品を口にする。俺、スカリー、アリーは、他人事なので面白そうにその様子を眺めていた。


 「あれ? おいしい」

 「でしょう! あたしもこれ大好きなのよね~。あ、ひとつこっちに持ってきてよ」


 どうおいしいのかはわからないが、ともかくクレアには好評のようだ。俺はてっきりあまりの辛さにのたうち回ると思っていたんだけどな。


 「あ、このパンは家のよりもっちりとしてんな。む、こっちの豆料理はさっぱりしてるんか」


 一方、スカリーは実家の料理と比べながら食べているらしい。さっきから独り言が多い。


 「レティシアはん。この料理って、あと肉を加えたらうちら人間のところでも大評判になりますわ」

 「ふふふ、ありがとう」

 「ただ、王国にも共和国にもこんなにたくさんの芋や野菜なんてないんだよな」


 もちろん人間にだって野菜は必要だから栽培しているんだけど、フォレスティアほどには豊富に取れない。だから、このフォレスティア料理を持ち込んだところで、貴族や大商人の口にしか入らないんだろうなとも思う。もっとも、エルフが人間と交流するつもりなんてないんだし、夢のまた夢だな。


 ともかく、肉こそないものの、野菜と穀物でここまでしっかりとお腹が膨れるとは思わなかった。こんな晩餐に招待してもらえたのは、タリスの言う通り本当に幸運だったな。




 フォレスティアの料理を楽しんだ後、俺達は複数の果汁をまぜた飲み物を出される。さっぱりした甘さがおいしい。


 さて、再会を喜び、お腹も満たした。ジルとレティシアさんに目的があるとすれば、あとは俺との雑談くらいだろう。反対に、俺達は達成したい目的がある。


 「レティシアさん、今日はいくつかお話があってやって来ました」

 「そうでしょうね。外界と隔絶したこのフォレスティアまでわざわざやって来たんですもの。旧交を温めに来ただけではないでしょう」


 そう言いながらレティシアさんはスカリー、クレア、アリーに視線を向ける。いずれもかつての俺に関係していた人物の子孫だ。紹介した時点で気づくだろう。


 「それで最初に、俺の転生直前のことを聞きたいんです。俺ってあのとき、目覚めたばかりで周りの状況がよくわからなかった上に、剣から出てすぐに消えたから」

 「うん、そうよね。あんた、止めるまもなく逝っちゃったもんね」


 ジルがテーブルの上でうんうんと頷いている。でも、俺だって好きで消滅したわけじゃないぞ。


 「あのときのお話ですか。それは構いませんが、語れることは多くありませんよ。わたくし達もほとんど何もわからないですから」

 「わかっている範囲でいいです。自分以外から見たときの様子が知りたいだけなんで」


 これを聞いたからといって、何の足しにもならないことくらいはわかっている。ただ、前世の最後の瞬間が一体どういうものだったのか、よりはっきりと知りたいだけなんだ。


 「ライナスという人間からあなたの眠る真銀製長剣ミスリルロングソードを預かった後、わたくし達は宝物庫に剣を安置しました。警備の者が毎日巡回していますので、何か変化があれば知らせがあると考えたからです」

 「でもね、毎日見に来ても剣はうんともすんとも言わなかったのよ。最初は何年かすると意識を取り戻すんじゃないかって思っていたんだけど、五十年、百年経っても変化なし。これはもうのんびり待つしかないなって思ったわ」


 そうだろうな。起こす方法がわからない以上は待つしかない。


 「ユージには悪いですけれど、わたくし達にとってはいつ目覚めてもよかったので、こちらからは何もしませんでした。あのままあなたが眠り続けていれば、半永久的に安置していたでしょうね」


 レティシアさんの話を聞いて俺はぞっとした。そうか、目覚めさせる方法がわからないいんだから、永遠に目覚めない可能性もあったんだ。


 「でもあんたは目覚めた。驚いたわよ。何気なしに宝物庫へ入ったら、剣が輝き始めたんだもん」

 「何か輝く前兆なんかはなかったのか?」

 「なーんにもなかったわね。前触れもなくゆっくりとだったわ」


 そうなると、俺か剣のどっちかが原因なのか。俺自身は寝っぱなしだったから、この辺はわからなさそうだなぁ。


 「それで、わたくしがジルから報告を受けて宝物庫へと向かいますと、まるで太陽のように剣は輝いていました。あのように荒々しく輝く光というのは初めてでしたよ」

 「ほんっと、もうすっごく輝いていたんだから! なによあれ!?」


 ジルが迫ってくるけど俺としてもさっぱりわからない。何しろ、当事者の俺はそんな光り輝くところを見た記憶がないんだからな。


 「目覚めるところまでは大体わかった。それで、起きてからは俺の記憶にある通りか」

 「そうそう! あたしがユージにずっと呼びかけていたら、突然目を覚ましたんだもん。驚いたわよ!」


 ジルが俺の頭の上でぐるぐると回る。


 「そうだ、俺が剣から抜けるときはどうだったんですか?」

 「ユージが剣から抜けると……そういえばあのまばゆい輝きはほとんどなくなりましたね。剣は完全に元の状態に戻っていました」

 「でもあんただけぼんやりと光っていたんだよ! うっすらとだけどね!」


 霊体だった前世の頃、物理的に存在するものは人であろうと物であろうとすり抜けられたし、教えてもらった魔法も使うことができた。でも、自分自身を発光させるような能力は知らない。エディスン先生にもオフィーリア先生にも教えてもらったことはないぞ。


 「それは俺の能力じゃないな。ということは、そのときの俺には何かが起きていたということか」

 「何かってなに?」

 「それがわかっていたら悩んでいないって」


 俺の上をぐるぐると回りながら尋ねてくるジルに返答する。どんな現象かわからないけど、謎が多すぎるよな。


 「そして、剣から抜けてしばらくすると、あなたは消滅してしまいました」

 「そうそう、なんかね、うっすらと空気に溶け込んでいくようになのよ!」


 う~ん、改めて目撃者の話を聞いてみたけど、現象がわかっただけで原因は何もわからないな。これが何かの作業に必要な話だったら、頭を抱え込んでいたに違いない。


 「ねぇ、スカリー。今の話で何か気づいたことってある?」

 「何かってゆわれてもなぁ。今の話だけではなんとも」

 「そうだな。前世の師匠が消滅したということくらいしかわからん」


 俺達の話を聞いていたスカリー、クレア、アリーの三人も、話に区切りがつくと口を開く。ただ、さすがにこれだけでは話の感想くらいしか出てこない。


 「まぁ、この話はこんなものかな。消えた原因までわかることは期待していなかったし」

 「そうなの?」

 「わかるなら知りたかったけど、わからないままでも困らないからな。それに、転生できてよかったし」


 ライナス達と会えなかったのは残念だけど、こうして再び人間として生きることができたのは素直に嬉しい。何しろ、日本にいたときも生きている途中でいきなりこちらの世界に引っぱってこられたんだしな。しかも間違いで。泣けてくる。


 「へぇ、そうなんだ。それで、生まれ変わって何が一番良かったの?」

 「なんと言ってもそりゃ物が食べられることだろう。霊体だったときは、みんなが旨そうに食べていたのを見ているだけだったからな!」


 食欲という欲望自体は確かになかったけれど、物を食べるというその感触もよく覚えていただけに、なんか悔しかったんだよ。しかも何となく仲間はずれにされた気分にもなってさ。


 これを話すと全員に笑われた。特にジルは爆笑だ。


 「あはは! ユージったらかわいー!」

 「ええい、うるさいぞ! お前だって目の前で自分だけ食べられなかったら嫌だろう?!」

 「あたしそんな経験ないからわかんないな~」


 くっそこいつ! 腹立つな! 次の飯時にお預け食らわせてやろうか!


 「ふふふ、でも、ユージの言う通りですね。ひとりだけ同じことができないというのは寂しいです」

 「笑いながら言ってても説得力ないよ、レティ」

 「お黙りなさい」

 「うっきゃぁ!」


 笑顔のままレティシアさんが手をかざすと、ジルが俺の頭の上から吹き飛んだ。どうも風の魔法を使ったらしい。それが更に笑いを誘う。俺も笑ってやった。


 「レティ、ひど~い!」


 立ち直ったジルがレティシアさんの頭上を怒りながらぐるぐると回る。


 「そういえば、ユージ先生って面倒見がよかったけど、もしかしたらそのときの影響かもしれないわね」

 「あーなるほどなぁ。食欲だけやのうて、見てるだけでどこか寂しかったんかもしれんなぁ」

 「寂しさの裏返しということか?」


 何やら俺の分析を勝手に始めたクレアさんとスカリーさんが、にやにやしながらこちらに視線を向けてくる。それにアリーまで乗ってきた。いかん、だんだん都合が悪くなってきた。


 「まぁ、俺の話はこのくらいでいいだろう。次の話題に移ろう。今度のはもっと重要な話だぞ」

 「あ、逃げる気だ!」


 ジルが嬉しそうに追求してくるが、ここは無視をする。


 こういった雑談は好きだけど、やることはやっておかないとな。ということで、いよいよ本題に入る。

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