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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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問題のある人たち

 午前中の戦闘訓練の補佐が終わると、午後からは雑用をすることになっている。しかし、今日の雑用はかなり気が重たかった。というのも、マルサス先生がらみの作業だからだ。


 マルサス先生は貴族出身の教員で、基本的に平民出身の教員と学生を嫌っている。そのため、担当している授業に集まるのは貴族の子弟ばかりで、付き合いのある教員も貴族出身ばかりだ。


 以前モーリスからも指摘されたが、俺はこの先生に特に嫌われている。初対面で会ったときからそうだ。以前理由を聞いてみたが、まともに取り合ってもらえなかった。もう俺の存在そのものが嫌なんだとしか思えない。


 だから、極力近づかないようにしていた。会ってもお互い嫌な思いしかしないからな。しかし今回ばかりはそうも言っていられない。というのも、半ばマルサス先生の専属みたいになっている先生が体調不良で動けなくなり、なおかつ貴族出身の教員で手の空いている人が誰もいなかったからだ。完全に貧乏くじである。


 救いがあるとすれば、倉庫から道具を運んでおしまいの簡単な作業だということだ。さすがに授業の補佐まではやっていられない。俺の胃がすり切れてしまう。


 俺は持ってきた道具の入った箱を一旦床に置くと、正面の重厚な扉をノックした。


 「ユージです。授業で使う道具を持ってきました」


 続けて声をかける。しかし、反応がない。仕方がないのでしばらく待つ。

 再度ノックをして声をかけるが、やはり反応がない。あれ、留守なのか?


 俺やモーリスのような下っ端教員なら大部屋にまとめて入れられるため、本人がいなくても近くにいる先生に伝言を頼める。でも、マルサス先生は大学で言うなら教授の立場にいる人なので、個室を与えられているのだ。普通なら弟子やら学生やら誰かが対応してくれるはずなんだけど、本当に誰もいないとなるとどうしたらいいんだろう。


 三度目の正直とばかりに声をかけてみたが、やはり反応がない。このままだと一旦帰ってまた来ないといけない。さすがに嫌われている先生のところへは何度も来たくないので、魔法で確認した。


 「我が下に集いし魔力マナよ、秘されし姿を白日の下に表せ、捜索サーチ


 俺は、魔法を使って部屋の中に誰かいないのか確認した。


 捜索サーチは、人や物を捜索してその位置を結果として返す魔法だ。捜索範囲や捜索条件の指定というように、絞り込み条件を設定して特定対象を捜索することができる。ただし、具体的に条件を想像できないと類似のものも一緒に探し出してしまうか、あるいは捜索そのものができない。つまり、基本的に知っているものしか調査できないのだ。


 今回の条件は、目の前の部屋で中に人がいるかどうかという、とても大雑把なものだ。


 その結果、部屋の中に二人いることがわかった。あれ、誰もいないわけじゃないのか。何か打ち合わせでもしているのかな。


 中に誰かいるのはわかったけど、こちらに対して反応する様子がない。でも、俺はこの道具を届けないといけない。さて、どうするか?


 「扉の横に道具は置いておきますから、後で中に入れておいてくださいねー」

 「中に入れ」


 俺は予想通りの反応に苦笑いした。自分でやるのが嫌だから人に任せているんだもんな。


 中に入ると、中央の奥にある落ち着いた感じの椅子に座り、重厚な机に肘をついているマルサス先生と見慣れない女の子がこちらに視線を向けていた。マルサス先生は不機嫌そうに、女の子は無表情だ。


 その女の子は初めて見る顔だ。少し白っぽい金髪で軽く波打っているそれは、肩よりも少し下まで伸びている。顔立ちは美人といえるが、つり目ということもあってきつい印象だな。この部屋にいるということは貴族出身なんだろう。


 「失礼します」

 「なぜ、お前がここに来るのだ?」

 「授業に必要な道具を届けに来たからですよ。いつもの先生は体調不良で休まれていますから。たまたま他に誰もいなかったんですよ」


 後で体調不良の先生が復帰したときに小言を言われないように、必要な説明を最小限しておいた。あの先生、本当に気が重そうに俺に頼んでいたもんな。


 「それじゃ、確かにお渡ししましたよ」

 「早く出て行け」


 いやぁ、取り付く島もないとは正にこのことだよな。俺としてもさっさとここから出て行きたいので逆らう気はないが。


 「失礼しました」


 廊下に出て扉を閉め終わると、俺は大きくため息をついた。この瞬間、腹の底に沈殿していた重しが消滅したので、心身共にやたらと軽くなる。居留守なんていう地味な嫌がらせをする奴のところから、さっさとおさらばしないと。


 お腹の辺りをさすりながら、俺は軽い足取りでマルサス先生の部屋から去った。




 嫌な作業をさっさと終えた俺は、一旦教員館に戻って事務作業を始めた。今回は、今月仕入れた品物の納品書の整理だ。自腹で買う物はともかく、学校のお金で物品を買う場合は書類が発生する。そのため、方々から集められた納品書を整頓しているのだった。


 今月は納品書を初めとした各種書類が少なくて助かる。三月や四月なんて本当にすごかったもんなぁ。一年で最も忙しい時期なのは日本と変わらないのには驚いた。


 しかし、日本と違ってやたらと残業しなくていいのは嬉しい。日本にいたときは、定時からは仕事の第二ラウンドという感じだったが、こっちは全然違う。どんなに仕事が多くても適当に切り上げてしまっていいのだ。こっちの世界に来てから初めて組織に所属したのがこの魔法学園なのだが、最初は信じられなくて周囲の様子をうかがいながら仕事を終えていたものだった。


 「よし、今日はここまで」


 いつもより早い時間だが、きりが良かったので今日は仕事を終えることにした。最近これが当たり前のようにできるようになってきたことを感じて、俺も本格的に日本人じゃなくなってきたなと思う。


 「お、今日はもう終わりなのかい?」

 「ああ。これから図書館へ行ってくる」

 「勉強かい。熱心だねぇ」


 俺はこの魔法学園に入って図書館の存在を知ってから、よく利用している。理由は、メリッサ・ペイリン魔法大全の完全版とその注釈が全て揃っているからだ。今まで断片的なものしか触れられなかったのが、完全版を好きなように読めるのだから、この機会を逃す手はない。


 それに実を言うと、前世で霊体のときに使えた、魔力で編纂された書籍が今も使えるのだ。これは霊体でも使えるようにと当時の師匠がくれた本で、念じるだけで本をめくったり書き込んだりすることができる。そして、現在はメリッサ・ペイリン魔法大全を写本している最中だった。


 モーリスに別れを告げると図書館へと向かう。図書館が閉まる時間までそんなにないだろうけど、少しでも書き写しておきたい。


 すっかり顔なじみとなった司書さんと軽く礼を交わして中へ入った。そして、半ば俺専用と化しているメリッサ・ペイリン魔法大全関連の図書が並ぶ棚へとまっすぐ向かう。続いて、前回の続きとなる本を取り出して、最早定位置と言っていい場所に陣取った。


 俺は椅子に座ると、すぐに本を開けて前に読んだところを探す。そして、脳内の書籍も同様に開くと書き写し始めた。この作業は一見すると、本を読んでいるようにしか見えないので助かる。挙動不審に思われないのでどこでも作業ができるからだ。


 図書館から本を借りられたらいいんだけど、本はまだまだ貴重なものなのでそんな制度はない。活版印刷ができるのはいつのことやら。


 それはともかく、だんだん調子が上がってくると、俺は一心不乱に本を読み続けた。三月に無系統、四月に四大系統の火属性、そして現在は風属性の部分を書き写している。この調子なら年内に本編は写本できるだろう。


 「へぇ、平民上がりの割に、随分と勉強熱心ですのね」

 「……え?」


 あまりに集中しすぎていたせいか、しばらく自分に向けて発せられた言葉だと気づかなかった。その冷ややかな声のした方に顔を向けると、そこにはあのマルサス先生の部屋にいた女の子が立っている。視界にその顔を収めたが、人を見る目じゃないな。


 「あれ、君は確か、さっきマルサス先生のところにいた……」


 あ、そういえば名前が出てこない。まだ聞いてなかった。


 「シャロン・フェアチャイルドですわ。ハーティア王国フェアチャイルド公爵家の次女ですの」

 「ああ、君が」


 モーリスの言ってた問題児か。さすがにその言葉は飲み込んだが。


 「自己紹介がまだだったな。俺はユージ。今年からこの魔法学園で戦闘訓練を教えているんだ」

 「ええ、知っていますわ。何でも教員採用試験で土人形ゴーレムを倒したとか」

 「よく知ってるな」

 「教師で知らない者はおりませんわよ」


 他の先生から聞いたのか。この様子だと平民出身の先生とは縁が薄そうだから、モーリスやアハーン先生じゃないんだろうな。


 「それで、何か用なのかな?」

 「用は図書館にありますの。あなたに声をかけたのは、マルサス先生のお部屋で見かけたばかりだったのと、その本を熱心に読んでいたからですわ」


 俺はフェアチャイルドさんの視線が向けられた、手元の本に目を向けた。あれから五ページほど進んでいる。


 「ああ、これね。魔法を体系的に学ぶんだったら、これ以上のものはないからな。この図書館には全巻揃ってるから、一冊ずつ読んでいるんだ」

 「へぇ、今日日、貴族の子弟でも自分の扱える属性しか読まないことが多いですのに、全て読むつもりなんですの?」


 ああ、うん。俺、一応全部使えるからね。そういう意味では、今日日の貴族の子弟と何も変わらなかったりする。前世で人じゃない三人の先生に徹底的に仕込まれたもんな。


 「読むよ。学校に来るまでは断片的にしか読めなかったからな。良い環境だよな、ここ」

 「そうですわね」


 おや、何やら上機嫌になったぞ。表情がやわらかくなって、俺を人として見るようになったっぽい。


 「そういえば、フェアチャイルドさんはハーティア王国からわざわざこっちに来たそうだけど、やっぱり魔法の研究をするために来たのかな?」

 「そうですわ。私が魔法の習得で思い悩んでいたときに出会った、あの『メリッサ・ペイリン魔法大全』を拝読したときの感動が忘れられなくて! こちらの魔法学園で学べば更に大きな感動に出会えると期待して参りましたのよ!」


 ああ、勢いで来た感じがする。しかも、思い込みが激しそう。


 それからしばらくは、メリッサ・ペイリンの偉大さに始まり、その業績のすばらしさや学校の意義などを延々と演説される。この学校の広報担当にぴったりじゃないだろうか。


 「そして、そのメリッサ様の子孫であらせられるスカーレット様の素晴らしいこと! そのご尊顔を拝したときから、わたくしは、わたくしはっ!」

 「ごめん、盛り上がっているところ悪いけど、ここ図書館だから静かにして」

 「はっ!? わたくしとしたことが!」


 だからもっと静かにしてって。ほら、司書さんが半目でこっちを見ているだろう。


 「まぁよろしいですわ。ということで、わたくしの魔法に対する純粋なこの気持ちを受け止められる唯一の環境だからこそ、わたくしはこのペイリン魔法学園を選んだのです」

 「そうか。うん、わかった」


 言いたいことを言えてすっきりとしたのか、まるで憑き物が落ちたかのように接しやすくなっている。普通はこんなことを面と向かって話されると、聞いた方は引くわな。


 「ということは、もうスカリーとは知り合っているのか?」

 「スカリー?」

 「ああ、そっちは知らないのか。スカーレット・ペイリンとだよ」

 「っ!?……い、いいえ、まだお近づきには……」


 あれ、なんだこの反応は? まるで好きな男の子のそばに寄れなくて苦悶している女の子みたいだぞ。さっきの勢いのまま、とっくに本人へと突撃してたと思ったんだけどな。


 「あれ、まだなのか。とっくに友達になっているかと思ってたんだけど」

 「ご、ご友人だなんて、そんな」

 「一言言ったら簡単になってくれるぞ」


 あいつの周りはそんな気軽に寄ってくる学生が多かったはず。


 「どうしましょう。遠くから眺めているだけでも構いませんのに」

 「俺の授業も受けてるから、今度来るか?」

 「ええっ!?」


 だから、声が大きいって! 司書さんの眉がつり上がったじゃないか!


 「そのときだったら確実にいるから、紹介できるぞ」

 「で、でも、会う名目が」

 「友達になりたいからでいいんじゃないのか?」

 「そんなはしたない!」


 どうしてはしたないんだ。考えすぎだって。さっきのどん引き演説をしていた勢いはどこに行ったんだ。


 「そんなことないって。スカリーも喜ぶよ、きっと」

 「そ、そうでしょうか?」

 「スカリーも先祖のメリッサ・ペイリンのことを尊敬しているから、さっきの話をしたら喜ぶんじゃないかなぁ」

 「まぁ!」


 不安そうだった顔が一気に明るくなる。表情がくるくる変わって面白いな。


 自分のご先祖様を持ち上げられて、嫌われることはないだろう。あの演説を聞くと引いてしまう可能性はあるが。


 俺はフェアチャイルドさんから空いている時間を聞き出して、自分の授業と照らし合わせる。すると、四日後の授業に顔を出せることがわかった。


 「それじゃ、当日は教員館の玄関で待っているから、一緒に訓練場へと行こうか」

 「ええ。助かりますわ」


 これで話はまとまった。結局、今日はほとんど本を読み進められなかったけど、これは仕方ないか。


 そういえば、フェアチャイルドさんも図書館に用があるって言ってたよな。そうなると、そろそろ話を切り上げた方がいいか。


 「それじゃ、四日後に会おう」

 「ええ、ご機嫌よう」


 別れの挨拶を交わす頃には、フェアチャイルドさんはすっかり貴族然とした様子に戻っていた。そして、背を向けようとして、再びこちらに意識を向ける。


 「ふふ、あなた、平民出身の割には見所がありそうね。覚えておきましょう」


 あれだけ愉快な姿を見せられた後では間抜けにしか見えない。けど、それを言うと機嫌が悪くなるので、俺は黙って一礼して本を返しに本棚へと向かった。

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