偉い人と会う前に
ジルとレティシアさんに会えるときまで俺達はやることがない。夕方までまだ時間はあったので、俺達は妖精や精霊と遊んでいた。
妖精は基本的におしゃべりな奴なので、こっちが人間や魔族の話をしてやるとそれに食い付いたり、大森林やフォレスティアについて説明してくれたりする。特に魔族の話となると反応が大きかった。通訳をしている俺は大変だったが、疲れた分だけ楽しめたのでいいだろう。
それと、俺の周辺をふわふわと漂っている精霊だが、離れてほしいとお願いをしてもほとんど言うことを聞いてくれなかった。一時的に離れてくれる精霊もいたけど、基本的には自分が満足するまで俺の周りを離れてくれない。日が傾くにつれて、本当に寝るときはどうしたらいいのかと不安になってくる。
そうやって楽しくも不安なひとときを過ごしていると夕方になった。時刻を指定されたわけではないので、夕刻のどの時期にタリスが迎えに来るのかはわからない。こっちとしては動きようがないのでこのまま遊んでおくしかないだろう。
「相変わらず妖精と精霊に懐かれているな、お前は」
タリスの存在をほとんど忘れた頃になって、俺達の案内人はやってきた。
「タリス、妖精はともかく、精霊に離れてくれるように頼んでくれないか? 俺の言うことを全然聞いてくれないんだ」
「本来はその辺りを漂っているだけのはずなんだがな」
首を横に振りながらタリスは俺に返事をする。
「それで、ジルとレティシアさんにこれから会えるのか?」
「ああそうだ。しかも、お前達を夕食に招待なさるということだ。わかっているとは思うが、これは大変名誉なことなんだぞ」
まるで部下に訓示を垂れる上官のように、タリスは俺達に向かって説明をしてくる。もっとも、その言葉の意味を理解できたのは俺だけだったので、他の三人はぼんやりとその姿を眺めているだけだったが。
「滅多にないことっていうことなら四人ともわかっているぞ」
「その口ぶりからではとてもそうは思えんな。特にお前は」
「俺はジルと毎日一緒に生活していたことがあるんだぞ? レティシアさんがいなけりゃ友達に会いに行く感覚しかないところだよ」
あの付き合いやすさは表裏一体だよな。簡単に接することができる代わりに、威厳なんてものは全く感じられなくなる。
「はぁ、そのことはまぁいいだろう。それよりも今からお二人のところに案内するが、荷物は全て持ってきてくれ」
「え? 全部置いていくんじゃないのか?」
「いや、今晩泊まる部屋を用意してくださるそうだ。全く、幸運な人間だな、お前達は」
多少負の感情が多めの複雑な表情を見せながら、タリスが俺達に言葉を投げかけてくる。
「ただし、武器も含めて荷物は屋敷の用意された部屋に全て置いてから、お二人のところへ案内することになっている。安全上の理由からだ」
偉い人に会うときは丸腰にされるのが常識だ。特に滅多に関わらない異種族ならばこのくらいの警戒は当然だろう。
ともかく、予定外の話を聞いたので、俺は荷物を全て持っていくよう他の三人にも伝えた。すると、夕食と部屋の話題で三人は盛り上がる。
「へぇ、そりゃ楽しみやなぁ」
「本当ね。でも、意外と簡素なのかもしれないわよ」
「クレアはこの部屋の様子から想像しているな。案外もっと豪奢かもしれんぞ」
三人とも人間語で好き勝手に予想をしている。まぁ、行ってみればわかるだろう。
「それでは案内する。ついて来てもらおう」
タリスはそう言って背を向ける。俺達はその後にぞろぞろとついていった。
俺達はタリスの案内でフォレスティアの奥へ更に進んでゆく。
人間の都市だと、商業区、工業区、一般人居住区、裕福層居住区というように色々と区画整備されているものだ。しかし、フォレスティアにはそのようなものが見当たらない。他の都市と交易している様子はないし、貧富の差もなさそうなんでそんな区別が必要ないと前に聞いたことがある。
スカリー、クレア、アリーの三人はもちろん興味津々だ。色々と俺に尋ねてくる。しかし、前世で来たことのある街だとはいえ、全て知っているわけではないし、聞いたことを全部覚えているわけでもない。だから俺は、わからないことをタリスに通訳した。
「見たところ、物を売り買いしている様子がないんですけど、みんな食料や日用品はどうやって手に入れているんですか?」
最初はクレアの質問だ。ここまで商売をしているエルフをひとりも見たことがない。そして、田畑を耕している様子もない。自然と共に生きるのはいいが、どうやって生きているのかが想像できないということだった。
「食料については木の実や果物を採っている。さすがに野生のものだけでは足りないから栽培はしているがな。日用品に関しては基本的に自分達で作っている。それでも得手不得手はあるから、自分で作れないものは他の者が作った物と物々交換をしているな」
それを聞いたアリーが横から質問をしてくる。
「家やこの吊り橋なんかはみんなで作ってるんですか?」
「そうだ。ひとりで作れない物や皆で共有する物については、手の空いている者がてわけして作るんだ」
心なしか誇らしげにタリスが説明してくれる。原始共産体制か古き良き村落共同体といったところか。意味もなく郷愁を感じてしまうな。
「エルフは肉を食べへんって本で読んだことがあるんやけど、ほんまなんやろか?」
「確かに食べない。動物を食べるということに忌避感があるからだ。余程追い詰められていない限り、手を出すことはないな」
やっぱり菜食主義か。しかし、仕方なく手を出す場合はあるかもしれないと聞いてスカリーは驚いた。宗教の教義みたいに頑なに守っていると思い込んでいたからだそうだ。
そうやってタリスに色々と質問しながら進んでゆくと、前方にひときわ大きな樹木が見えてきた。言われなくてもあれとその周囲が特別なんだとわかる。
「あの屋敷がレティシア様の住まわれているところだ」
前を見ながらタリスが説明をしてくれるが、一見すると巨大な樹木にしか見えない。一度来たことのある俺でも見間違えそうなくらいだ。
巨大な樹木から伸びている枝に架かっている吊り橋を渡ると、その枝の根元に樹木の中へ通じる穴が空いているのが見えた。その両脇には警固のエルフが二人いる。
「タリスだ。人間四人を連れてきた」
「それは聞いているが、なんだ、それは?」
門番のエルフのひとりが俺を指差してタリスに尋ねる。ああ、精霊まみれだもんな、今の俺って。ちなみに、妖精はほとんど寄ってきていない。特に好奇心の強い奴は昨日に粗方来たのか、さすがに偉い人の屋敷近くは遠慮しているのか。
「このユージという人間はどうしようもないと言っているし、害はないから放っておいている」
「この精霊を離す方法を知っていたら教えてください。昨日からずっとこんな調子なんですよ」
俺が精霊語で話しかけると再び驚いた門番のエルフだったが、お互いに顔を向けてしばらく考えた後、どちらも諦めて首を横に振った。あ、考えるのをやめたな。
「それと、人間の後ろから土の精霊と水の精霊がついて来ているが、これはフォレスティアの精霊ではないな? こんなにたくさんどこから連れてきた?」
四体ずつ計八体の上位精霊がぞろぞろとついて来たら、俺とは違う意味で目立つよな。俺が妖精の湖と大森林を踏破するために召喚したと告げると、門番のエルフはどちらも驚いた。
「人間が精霊を召喚するだけでも驚きなのに、こんなに強力な精霊を呼び出すなんて」
「しかも、魔力に混じりっけがないな。一体どうやったんだ」
二人してぼんやりと立っている八体の精霊を眺めながら、精霊についての話を始める。俺達は完全に置いてけぼりだ。
「あー、話は後にしてくれないか。ジル様とレティシア様を待たせるわけにはいかないんでな」
さすがにまずいと思ったタリスが門番のエルフ二人に声をかける。すると少しばつが悪そうに片方が一言「通れ」と告げた。
許可を得た俺達は再びタリスに従って中に入る。
さすがに樹木の中だけあって純木製な造りだ。まぁ、気をくりぬいているだけみたいだから当たり前なんだけどな。
しばらく歩いた後、とある部屋の中に入る。フォレスティアに来てから扉というものを見たことがないのだが、ここにも当然ない。
「俺はここまでだ。まずは今晩宛がわれる部屋に案内される。その後、再びここに戻って、呼び出されるまで待つことになるだろう」
忘れていたがタリスはフォレスティアの警備責任者だ。俺達ばかりに構っているわけにはいかないことは想像できる。
「くれぐれも失礼のないようにな」
最後に念を押すと、タリスは俺達の反応を見ずにそのまま部屋から出て行った。そして、俺達四人と俺の召喚した精霊八体が残される。
「ユージ先生、この精霊ってどこに置いとくんやろか? まさか一緒に連れて行くん?」
「各部屋に二体ずつ待たせておこうと思う。荷物番代わりかな」
大した荷物もないのにご大層な荷物番だよな。連れて行ってもジルやレティシアさんは喜ぶだけだと思うけど、周囲のエルフが嫌がるだろう。警備のことを考えたら、ある意味武器を持っていくより危険だもんな。
「交渉はユージ先生に任せっきりになるんですよね。フォレスティアの長と面会ができる機会なんてそうそうないから、直接お話してみたかったんですけど」
「いや、ジルもレティシアさんも人間語がわかるから、みんなも直接会話できるよ」
この話には三人とも驚いた。今まで出会った妖精もエルフも人間語を使えなかったからだ。ついでに、かつて大森林の外を旅したことがあることも教えた。
「そうですか。私も留学のために人間語を覚えましたが、似たようなものですね」
「うちは今、魔族語を覚えるのに苦労しとるけどな。まだ片言でしか話せへん」
「羨ましいわよね。わたしも早くちゃんと使えるようになりたいわ」
そういえば、スカリーとクレアは魔族語を勉強している最中だったな。俺もかつて言葉を覚えるのに苦労したから気持ちはよくわかる。
「ともかくだ。最低限言葉は通じるから、意思の疎通については気にしなくてもいい。後は何を話すかだな」
話す内容は決まっているから、実際のところはどう話すかといった方が正確か。全員でやりとりできるのは助かる。
「それで、そのジルっていう妖精とレティシアはんっていうエルフは、どんな人なん?」
「ジルは落ち着きのない妖精だ。妖精の中では偉いみたいなんだけど、全然そんな感じはしない。恐らく本人にも偉いという自覚はないと思う」
楽しいことが一番っていう奴だからな。ただでさえふらふらする妖精の中でも特に酷い。
「レティシアさんは才色兼備なエルフだな。落ち着いて責任感もある。ただ、根っこはジルと似ているかもしれない。かつて旅に出たことがあるそうだけど、また各地を回ってみたいって言っていたから」
かつて話をしたときに、本来フォレスティアをジルと共同統治するはずだったと聞いたことがある。でも、ジルが投げ出して政務にかかりきりになっているんだよな。なんかそんな愚痴を前世で聞いた気がする。
「少なくとも堅苦しくはないから、変に気負う必要はないよ」
それだけははっきりと言える。俺達のやることに協力してくれるかどうかはまた別だけど。
「あら、誰か来たわね」
クレアの視線を追っていくと、エルフの女がひとり入ってきた。俺が精霊まみれになっているのを見て驚いたみたいだけど、すぐに表情を取り繕う。
「お部屋に案内いたします」
人間相手にどんな距離感で臨めばいいのか少し戸惑っているようだが、俺達が気にする必要はないだろう。
こちらに背を向けて歩き始めたエルフの女に俺達も続いて部屋を出た。