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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
7章 妖精の住む森と星幽剣
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懐かしい案内人

 ウェストフォートを出発する時点でも解決しなかった『どうやったらジルやレティシアさんに会えるのか』という問題をそのままにして、結局俺達はフォレスティア手前までやって来た。以前なら『融和の証』を返すという口実があったけど、今回はそういったきっかけがない。


 あんな軽い性格だからそうは思えないけど、ジルは大森林の妖精の間では有名人らしい。そしてフォレスティアでも重要な妖精だったから、本来は会いに来ましたと言ってすぐ会えるような立場ではないのだ。レティシアさんは更にである。


 ということで俺は今、耳の長い端正な顔立ちの金髪碧眼の典型的なエルフ達に囲まれているこの状況を、どうやって打開しようかと考えている。弓につがえられた矢がことごとくこちらへと向けられているのは、さすがに緊張するな。


 「止まれ、お前達は誰だ?」


 精霊語とはまた違う言葉、エルフ語で告げられた。


 俺達を囲んでいるエルフ達を見るが見知った顔はいない。いや、どれも同じ顔に見えて区別がつかないといった方が正確だな。だから知り合いがいてもわからないだろう。


 矢を番えているエルフはいつでも射かけられる状態だ。しかし、どのエルフの顔にも困惑した表情が浮かんでいる。これは以前と同じだ。ヤーグの首飾りの効果なんだろう。


 「私はユージといいます。全員人間で、私以外は人間の言葉しか使えません」


 エルフの使っている言葉は聞き取りにくかったが、何とかわかったので俺は精霊語で返した。これはレティシアさんに聞いたことだが、エルフ語は精霊語から派生したものだそうだ。


 「お前は精霊語を使えるのか?」

 「フォレスティアのジルに習ったからです。気まぐれな性格だから、習っている最中は話がよく脇道にそれましたけどね」


 俺が精霊語で返答すると、警告してきたエルフの男は驚いた表情を露わにした。人間が精霊語を使えるのが意外だったらしい。普通は人間が精霊語を習う機会なんてないもんな。


 そしてここから、俺達が何者なのかということを説明することになった。


 最初は俺からで、人間の守護霊をしていた前世から転生して人間になったと説明したら、思い切りうさんくさそうに見られた。うん、この態度は仕方ない。俺もエルフ達の立場だったら本気で頭を疑うね。


 でも、ヤーグの首飾りを見せると反応が変わる。やっぱりこれの効果は絶大だ。


 「怪しい奴等が近づいてきていると警戒していたが、どうしても敵だとは思えなかった。原因はそれか」


 代表して俺達を尋問しているエルフの男が納得顔で頷いた。


 「見たところ多数の精霊を操っているようだが、これはお前達が召喚したのか?」

 「はい、全部俺が召喚しました」

 「お前ひとりでか?!」


 俺を尋問しているエルフの男が目を剥いて驚く。造形はともかく、八体もの強い力を持った精霊を召喚するというのは相当なことらしい。精霊召喚の魔法はジルに教えてもらったと伝えたら、今度は微妙な顔をされる。どうしてなんだ。


 続いてスカリー達三人の説明をするが、こちらは大して興味を持ってもらえなかった。エルフからすると全員素性の怪しい人間の一言で片付いてしまうらしい。


 「お前達の話はわかった。本来なら追い返すところだが、その首飾りがあるからな。我々が警備責任者に相談する間はここで待ってもらう」


 さすがに中には入れてくれないか。それでも、とりあえず上長には相談してくれるようなので俺はその提案を受け入れた。


 「ユージ先生、どうなったんですか?」

 「とりあえずここで待ってくれだってさ。素性は怪しいが追い返すのも躊躇われるから、偉い人と相談するらしい」

 「微妙やな」


 精霊語もエルフ語もわからないクレアが話の結末を尋ねてきたので簡潔に説明した。その横でスカリーが眉をひそめてつぶやく。フォレスティアに入ることができるかどうかの瀬戸際だからな。


 俺達を包囲していたエルフ達は、見張り役を数人残して他はこの場から去って行く。抵抗するそぶりも見せなかったから、多人数で囲み続ける必要はないと判断したんだろう。それでも、残ったエルフ達は俺達から距離をとって警戒しているけど。


 俺達としては、できるだけ早く判断してほしいな。


 しかし、その願いは通じなかった。俺達は周囲の居残り組のエルフ共々一晩そこで待たされたのだ。遅くても今日中に結論は出ると思っていただけに意外だった。こっちが信用できなければすぐに追い返すよう命じればいいのに、一体何を相談しているんだろうか。


 翌日、昼近くになって変化があった。数人のエルフが森の奥からやって来たのだ。ようやく状況が動いてくれたことに俺達四人は安心する。


 「ユージと名乗っているのはお前か。なるほど、そういえばこんな顔をしていたような気がする」


 周囲のエルフとのやり取りで一番偉そうに見えたエルフの男が、俺に近づいて顔を中心に観察していた。


 「ヤーグの首飾りを見せてもらいたい」


 言われるままに首飾りを見せる。すると、そのエルフの男は食い入るように見つめた。そして顔をしかめたまま俺に質問をしてくる。


 「転生する前は、どんな目的でフォレスティアにやって来たか覚えているか?」

 「旧イーストフォートの領主から預かった『融和の証』を返すためと、魔王討伐に協力してもらうためでした」

 「では、お前は転生する直前まで何に封印されていたか覚えているか?」

 「え、あれって封印されていたの? 単に中に入っていただけだったと思っていたけど」


 言葉遣いが思わず素に戻ってしまう。俺の様子に相手も驚いたようだけど、気を取り直して言葉を続けた。


 「正確には封印されていたかどうかはわからないらしい。ともかく、何の中に入っていたかは覚えているのか?」

 「ライナスの剣の中のはず。真銀製長剣ミスリルロングソードだ。そこから出た途端に転生したんだけどな」


 その後も、ジルと出会った場所や教えてもらったこと、レティシアさんに手伝ってもらったことなどを問われるままに答える。中には四種類の精霊を召喚するようにという注文もあった。ここまでされると、さすがに試されているんだなということが俺だけじゃなくて他の三人にも伝わる。


 そうして時間をかけてたくさんの質問を繰り返したエルフの男は、疲れたような表情を浮かべつつため息をついた。


 「どうやら本物らしいな。お前は本当に転生していたのか、ユージ」

 「え?」

 「顔を見ただけでは思い出していないようだが、俺はタリスだ」


 その言葉を聞いて俺は思わず声を上げた。タリスって、二百年前にフォレスティアを警備していたあのタリスか!


 「ごめん、エルフの顔って見分けがつかないんだ」

 「だろうな。俺も人間の顔の区別はつかない」


 お互い苦笑し合う。以前の様子はほとんど覚えていないけど、風貌が全く変わった様子はない。


 「それにしても、何か偉そうになったみたいだな。前は街の周囲を守っていなかったっけ?」

 「今も守っているぞ、フォレスティアの警備責任者だからな」

 「いきなり出向いてきてもよかったのか? 俺達は都合が良かったけど」

 「『自分は転生者だと主張している人間が、レティシア様とジル様に会いに来ている』なんて報告だけなら即座に追い返していた。しかし、そう言っているのが、ヤーグの首飾りを持ったユージという人間と聞いたから、俺が直接出向くことになったんだ」


 タリスによると、どうもジルとレティシアさんからあらかじめ言い含められていたらしい。


 「しかし、ここで一晩待たされるとは思わなかったよ」

 「あー、それはだな。レティシア様とジル様にご報告しようとしたんだが、ジル様になかなかお目通りが叶わなかったんだ」


 説明しながらタリスは微妙に俺から視線をそらせる。うん、今の説明で納得できた。それは仕方ないね。


 「まぁそれはいいや。それで、俺達はフォレスティアへ入ることができるのか?」

 「ああ、案内しよう」


 俺の言葉に頷いたタリスは、先頭を切って森の奥へと歩き出した。




 タリスに案内されて俺達は森の中を進む。しばらくは今までと同じ景色だったが、徐々に木々の密度が低くなってゆく。


 人間の街ならば、最終的に森の木々は取り払われて、ぽっかりと森に穴が開いたかのような一体が現れるだろう。けれど、フォレスティアは違う。森との境がはっきりとしないので、いつの間にかフォレスティアの中へ入っていた。


 「これはまた、私達の街とは全く趣が違うな」


 かろうじてアリーが声を出しただけで、スカリーとクレアは声もなく周囲を眺めている。葉と幹と苔の色を基調としたその全容に圧倒されていた。


 直径が二十アーテム以上もある樹木が当たり前のように林立しており、当然その幹からは木の幹といっていいくらいの枝が八方に伸びている。人が乗っても折れそうには思えない。その枝からは別の枝へと木製の吊り橋があつらえてある。そして、当たり前のようにエルフ達が往来していた。


 また、周囲にはたまに精霊が漂っており、その間を縫うように小さな妖精が往来している。


 「幻想的な光景ね」


 クレアがぽつりと言葉を漏らした。しかし、スカリーもアリーも周囲を見るのに忙しくその声には反応しない。


 「これが我らの都、フォレスティアだ」


 多少得意げにタリスが自分達の街を紹介する。これってかつて見た光景だよな。


 俺達はタリスの案内でフォレスティアの奥へと進む。人間が珍しいということもあって視界に収まる範囲のエルフからは注目の的だ。表情を見ている限りでは、戸惑っている者や珍獣を見かけたような表情を浮かべる者もいた。


 「わたし達、随分と注目されているわね」

 「いや、これは絶対ユージ先生を見てるんやで。なんせこんなに精霊をまとわりつかせるんやもん」


 クレア達が話をしているけど、その声はもちろん俺にも聞こえている。


 原因は俺の周囲にべっとりと貼り付いている大小の精霊のせいだ。騒がしい妖精達も周囲にいるが、こちらは人間が珍しいらしく俺達四人の周囲を行ったり来たりしている。しかし、丸形の精霊は俺だけにしか近づいてこない。


 この状態に俺の周囲にいる警備のエルフは目を剥いて驚いているが、ひとりタリスだけは平然としている。かつてこの光景を見たもんな。


 そんなちょっとした珍獣扱いの視線に晒されながら、俺達は連れてきた乗り物扱いの精霊達と共にタリスの後に続く。すると、とある大きな木の半ばに作られた部屋に案内された。


 非常に簡素な部屋だが清潔感溢れている。人間の都市部の宿屋と比べても悪くない。


 その他、用を足すときや水浴びをするときなど生活に必要なことを説明してもらう。そしてそれをそのまま三人に通訳した。


 「それでは、夕刻になったら再び迎えに来る。それまでここで待っていてもらいたい」

 「わかった。昼間は仕事をしているってわけか」

 「お二人ともお忙しいご身分だからな」

 「ジルも?」

 「……ああ、もちろんだとも」


 歯切れの悪い返答と共に視線をそらしたな。うん、まぁ、何に忙しいかは聞かないでおくとしよう。


 タリス達が去った後、俺達は宿泊施設の中で一旦腰を落ち着ける。


 「何とかフォレスティアには入れたな」

 「そうですね。意外と簡単に通してもらえたので驚きましたが」

 「アリーはあのやり取りを見て簡単に入れたと思うのか」

 「そもそも言葉がわからなかったので、何を話しているのかはさっぱりわかりませんでした。ですから、私達は師匠を信じて待つしかありませんでしたよ」


 話の内容を通訳する暇がなかったもんな。それに、俺の過去の話ばっかりだったから、みんなに頼れなかったっていうのもあるけど。


 「それにしても、さっきからぎょうさんと丸こい精霊が集まってくんなぁ」

 「本当にね。この精霊なんかさっきから点滅しているわ」


 俺とアリーの会話の横で、スカリーとクレアが俺の周囲に群がる精霊を呆れるように見ていた。最初は珍しそうに見ていたけど、だんだんと飽きてきたようだ。


 「ユージ先生、それ、いつまでそんな状態が続くのん?」

 「たぶんずっとだろうな」

 「夜寝るときもですか? 前世の守護霊だったときはどうやって寝ていたんです?」


 スカリーとクレアの質問を聞いて初めてその問題に気がついた。前は寝る必要のなかった霊体だったから気にしなかったけど、人間である今はそうもいかない。果たしてこんなに明るい状態で俺は眠れるのだろうか。


 「さすがにこれだけ集まると、いささか眩しいです。精霊に光らないよう命じることはできないのですか?」

 「アリーの言う通りです。わたしとしてもこれだけ明るいと寝られるかどうか」

 「うちらの安眠のためにも、ユージ先生だけ外で寝てもらうというのはどうや?」


 何やら前世と同じ扱いになりそうでちょっと泣きそうになった。どうして提供された部屋を前にして野宿をしないといけないんだ。


 俺は今晩の安眠を確保するために、周りの精霊へ延々とお願いをする羽目になってしまった。どうしてこんなことをしているんだろうな、俺は。

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