フォレスティアへの旅路
フォレスティアへ向かう準備を整えた俺達四人はウェストフォートを出発した。季節は冬なのでとても寒いわけだが、これが大森林に入ると夏に転じるのだから厄介だ。
ただし、それでも夏に大森林へ向かうという選択肢はない。理由は簡単で、暑すぎて入れたものではないからだ。夏の小森林でさえかなりきついのに、延々と森が続く大森林の中など自殺行為である。
装備の扱い方としては妖精の湖を渡りきるまでは冬の装備を身につけて、大森林に入るときには防具も全部脱ぐことになっている。ヤーグの首飾りで襲われる心配がないんだから、可能な限り涼しくしていないと体が持たない。
旅路の最初はウェストフォートから妖精の湖までの平地だ。この辺りは開拓村がちらほらと目立つ。基本的には農地を開拓しているが、小森林や妖精の湖に向かう冒険者が往来することもあるので、そういった手合いを相手にする商売もわずかにある。
俺達はこの平地を二日半かけて歩いた。街から街への移動なら荷馬車を借りることもできるが、さすがに行き先が妖精の湖だとそれは無理だ。
あと、街から湖までの距離を考えると、二日半というのはかなりゆっくりと歩いている。移動するのは日中だけなので日照時間の短い冬だとそれだけ移動距離が短くなるのと、重めの荷物を背負って歩くのにスカリーとクレアが慣れていないせいもあった。
「重い荷物を、背負って、歩くんって、そうゆうたら、かなり、きつかったなぁ」
「はぁはぁ、肩に、荷物が、食い込んで、痛い」
歩きながら弱音を吐いているので言葉が途切れ途切れになる。
「アリーは、平気、そうやな」
「うん、これならすぐにでも戦えるぞ」
一方、アリーは全くいつもと変わりない。人間よりも身体能力の高い魔族だからというのもあるんだろうけど、毎日体を鍛えているから後衛組の二人とは根本的に違う。ちなみに俺も平気だ。慣れたもんですよ。
三日目の昼頃に妖精の湖の北端へと到着する。
地面に座り込んでいる二人をよそに、俺は湖を渡るための準備を始めた。
呼び出したるは二種類の精霊、水の精霊と土の精霊だ。この精霊達でカヌーみたいな細長い船を四つ作った。これが一番魔力の消耗が少なくて済む。
俺達四人が乗る部分は土の精霊で船を形作り、水の精霊の上に乗せている。これで乗り込む四人は水に濡れなくていいし、湖上を進むのに最適な水の精霊の力も借りられるというわけだ。
「精霊とはいろんな形に変化させられるんですね」
「へぇ、思ったよりもゆったりとしているんだ」
「ほんまや。寝られるくらい広いやん、これ」
昼ご飯の準備を始めた三人は、俺が精霊で作った船を珍しそうに見る。
「これで夜通し移動する。船の上で寝ると丸一日進めるから、かなり距離を稼げるんだ」
船の進む速度を上げるとそれだけ時間を短縮できるけど、真冬の湖上を高速で突っ切るとなるとかなり寒い。だから厚着をして湖岸に沿ってゆっくりと進むことを選択する。後は二時間か三時間おきにトイレ休憩を挟めばいいわけだ。ほぼ長距離バスみたいだな。
昼ご飯を食べた後は、いよいよ精霊で作った船に乗って湖上を移動だ。俺達を乗せた船は滑るようにして湖の上を進む。
「うわぁ、景色がきれいね!」
「まるで馬車で移動しているみたいやな! でも振動がない分、こっちの方が乗り心地がええやん!」
「なんというか、土のようであって土ではない感触なんですね」
船に乗って移動を始めた直後は、三者三様の声を上げてみんな船上の旅を楽しんでいた。精霊で作った乗り物で旅をするなんて初めてだろうしな。
しかし、一時間もするとすっかりおとなしくなった。珍しくなくなったのではなく、寒くて震えているからだ。厚着をし、その上から外套と毛布で身を包んでいるが、吹きさらしに身を晒すのは予想以上に厳しかった。
「も、もうあかん。うちはやるで!」
声を震わせながら決意を露わにしたスカリーは火の魔法を使った。そして、目の前に現れた三十イトゥネックくらいの火の玉に、かじりつくようにして暖を取る。あーあ、こわばっていた顔がみるみるだらしなくなっていくな。
「荷物や服に引火させるなよ!」
「わかってますって!」
せっかくの美人が台無しになっているスカリーの様子を見たアリーは、自分も同様に火の魔法で暖を取り始めた。人間よりは寒いのに耐性があると思っていたけど、やはり寒いものは寒いらしい。
しかし、そうなるとかわいそうなのがクレアだ。火属性の魔法を使えないので暖が取れない。これはよくないな。
「我が下に集いし魔力を糧に、来たれ火の化身、火の精霊」
俺は火の玉型の火の精霊を召喚して、熱を持つように命じる。そして、クレアの船へと向かわせた。
「それを使え!」
「ありがとうございます!」
寒そうにしていたクレアは、嬉しそうに礼を言うと火の玉に近づいて暖を取った。次は俺の分だな。
こうして俺達は三日半かけて妖精の湖を縦断した。移動自体は楽だったけど寒さは本当に厳しかったな。何とか風邪はひかずにすんだけど。
妖精の湖の南岸である大森林との境界は、蒸し暑さと肌寒さが混在する場所だ。風の流れによっては、森の中からむせかえるような熱気に煽られたり、湖上から身を刺すような冷気に晒されたりする。
こんなところに長居していたら体調を崩してしまうので、俺達は防寒具を脱ぐと手早く荷物としてまとめ上げて森に入ろうとする。このときに大活躍するのが今まで乗り物として使っていた精霊だ。
船の形をしていた土の精霊を水の精霊から分離させて、今度は馬の形になるように命じる。すると、四体の土の精霊は命令通り馬の形に変化した。ちなみに、体型は競走馬型じゃなくて道産子型だ。
「ふむ、これは馬ですね」
「微妙な造形の馬やな」
「あ、あはは。乗れるんだったらいいんじゃないかしら」
三人の評価は残念だが、これでも進歩はしたんだぞ。何しろ最初は土偶型のお馬さんだったんだからな。それに比べると、粗いとはいえ馬の外観を模そうと努力していることがわかるだけいいじゃないか。
でもどうして、ジルがやると生き写しのような造形になるのに、俺は全然だめなんだろうか。
内心うなだれながらも俺は三人に騎乗を勧めた。
「ユージ先生、あの水の精霊と火の精霊はどうすんの?」
「火の精霊は還ってもらう。水の精霊は連れて行くよ。必要だしな」
火の精霊との契約を解除してから俺はスカリーに返答した。
水の精霊は飲料水を提供してもらうだけではなく、涼をとるためにも四人の側へ常に寄り添わせる。そこから涼風を各個人に送るのだ。これで森の中の熱気を幾分か和らげることができる。
準備が整うと、俺達は大森林の中へと入っていった。
大森林の中は小森林の南側と基本的に変わらない。妖精の湖を挟んでいるとはいえ、元は繋がっていたんだからある意味当たり前ともいえる。中はかなり蒸し暑い。水の精霊の涼風が頼りだ。
「師匠から話は聞いていたが、これはかなり暑いな」
「息をするのもつらいわね」
「水の精霊がおらんかったら、完全にばてとったな」
森の中に入って数時間もしないうちに全員が汗だくになる。たっぷりと汗を吸い込んだ服が体に貼り付いて気持ち悪いが、どうにもならない。そして俺の場合、三人の体の凹凸がはっきりとわかってしまって、息子さんが目覚めつつある。しまった、薄着させたのが仇になったか。特にクレアの体型がやばい。
俺が三人には秘密にしなければならない戦いを自分の息子と繰り広げている最中も、精霊達はゆっくりと前へ進んでゆく。ただ、行けども行けども同じ景色ばかりだ。森の中なんだから仕方ない。
こうやって森の中を進んでいると全くわからないが、当初は東側に南方山脈の西端が、西側にドワーフ山脈の東端がせり出すように迫ってくる。しかし、更に南下すると今度は森一色だ。俺が守護霊だったときに木よりも上に浮いて確認したことがあったけど、地平線の彼方まで緑のみで圧倒された記憶がある。
そして問題はここからだ。フォレスティアのある方角は大体わかるのだが、何しろ森の中では直進なんてできないからすぐに進行方向なんて狂ってしまう。だから手近にいる妖精に方角を訪ねたいところなんだが、全く姿が見えない。そろそろこの辺りから妖精はいるはずなんだけど。
試しに捜索の魔法をかけてみると、俺達を取り囲むようにたくさんの妖精がいる。隠れてこっそりと見ているんだろう。前世だと霊体の俺が姿を現したら寄ってきたけど、今回は俺も人間だしな。
「ユージ先生、妖精の姿が全然見えへんけど、この辺りにはおらへんの?」
「いや、さっき捜索をかけてみたら、遠巻きに俺達を眺めているみたいだ」
「わたし達、警戒されているんですか?」
「たぶんな。問題はどうやって話しかけたらいいかだけど」
いい案が思い浮かばない。今のところは食べる物にも困っていないけど、できれば早い段階で話せるようになっておきたいなぁ。
「師匠、精霊語で呼びかけてはどうですか?」
「え、ここから?」
「はい。大声で呼びかけたら、一部はこちらへ寄ってくるのではないかと思います」
どうなんだろうな。まぁ、他に手立てもないことだし、試してみるか。
「フォレスティアのジルとレティシアさんに会いたいんだけど、居場所を知らないかな!」
いい呼びかけ方が思い浮かばなかったので、俺は精霊語で質問を投げかけることにした。そしてしばらく待ったが反応はない。
「さすがに人間と魔族が四人もまとまっていると駄目か」
「う~ん、わたし達が精霊にまたがっているのがまずいのかなぁ」
「精霊をこき使っているみたいに見えるから、恐がれるってゆうことか?」
「害意がないことをどうやって納得してもらえるのだろうか」
俺達があーでもない、こーでもないと話をしていると、我慢しきれなくなったのか、妖精の何体かが俺達の視界に入る範囲まで近寄ってくる。ただ、まだ距離は遠い。
「こんにちは」
俺は目についた妖精に挨拶をしてみた。もちろん精霊語でだ。すると、俺が顔を向けた辺りにいた妖精がびくりと反応する。
「え?! やっぱり精霊語がしゃべれるんだ!」
ジルの三分の二くらいしかない男の子の妖精が驚いて寄ってくる。いきなり警戒心がなくなったな。
「ああ。フォレスティアのジルに習ったからな」
「ジル様に! 本当?! でもジル様ってすぐに飽きちゃうんだよ? なのに言葉なんて教えられるのかなぁ」
近づいてきた妖精が間近で俺のことをじろじろと見る。人間にされるとぶしつけに思えるのに、妖精に同じことをされても何とも思わないのは不思議だな。
それよりも、ジルの奴、同じ妖精にも飽き性だって思われてるのか。俺からすると妖精は好奇心旺盛で飽きっぽい性格に思えるが、その妖精にさえ言われるなんてな。よく何年も俺を鍛えられたものだ。
「わぁ、これが妖精なのね。かわいい!」
「うちも初めて見たわ。ほんまにちっこいなぁ」
クレアとスカリーは初めて見る妖精を興味深げに眺めている。おとぎ話でしか知らない存在を目の当たりにしたのだから、興奮するのも無理はない。
「おや、これは……」
アリーも穏やかな表情を浮かべて妖精を見物していたが、何かに気づいたのか周囲に視線を向ける。俺も釣られて周りを見ると、もう大丈夫だと思ったのか、妖精が一斉に俺達へと向かって来た。
「うわ、なんやこれ?!」
「こんなにたくさん妖精がいるなんて!」
「随分と隠れていたんだな」
驚いたり感動したり納得したりと三者三様の感情を表している三人だが、この様子を見て俺はかつてのことを思い出した。この後、俺達って質問攻めに遭うんだよな。しかも何時間も。
周囲はすっかり妖精だらけとなってしまった。まるで普段から集団生活しているみたいに思えるが、基本的に妖精は単独行動である。よっぽど俺達が珍しかったのか。
妖精と接触する以上は避けられない事態だとはいえ、また同じような質問に延々と答えないといけないだろう。そう思うと、俺は内心頭を抱えた。