付き合うにしても限界がある
木枯らしが吹く季節に、俺はスカリー、クレア、アリーの三人と一緒にレサシガムへと戻って来た。時は十一月初旬、この辺りもそろそろ本格的に寒くなってくる頃だ。
俺達四人は最初にペイリン本邸へと向かった。学校でもよかったのだが、落ち着いて話をするならこちらの方がいいと思ったからだ。
到着したのは夕方で、スカリーはまず使用人にサラ先生を呼んでくるように命じた。父親の学園長を呼ばなかったのは、対外的な仕事が多いので邪魔をしたくないという配慮である。
次にスカリーは俺達に部屋を用意してくれた。そこで体をきれいにして物理的に旅の垢を落とす。その作業が終わると、みんな食堂へと集まった。そうしてようやく、一日で一番の楽しみであるご飯の時間だ。
夕ご飯が終わって雑談を始めた頃、サラ先生が食堂へと入ってきた。「おかえり~、早かったな~」という第一声と共に。
そして現在に至る。
サラ先生は上座に座ると改めて俺達四人に視線を向けた。まぁ、色々言いたいことはあると思う。その言いたいことの筆頭というのが、
「なんでクレアちゃんとアレクサンドラちゃんがここにおるん?」
という疑問だ。当然だと思う。
「えっと、これにはいろいろ事情がありまして」
「せやろな。全部話して」
定型的な切り出しに間髪入れずお決まりの突っ込みを入れられた俺は、その表面上は笑っている笑顔に少し気圧されながらも口を開いた。
「転生直前の俺がどんな状態だったのかを知るために、フォレスティアへ行くことにしました。それにクレアとアリーも同行することになったんです」
二人が戻ってきた原因を端的に説明した。端折りすぎたかもしれないが、どうせ質問がたくさん飛んでくるだろうから、話のきっかけになるというくらいの感じでいいだろう。というような、半ば開き直りに似た気持ちで最初の返答をしたわけだ。
「もろうた手紙に書いてあった理由やね。でも、そんなら何のためにノースフォートやデモニアに行ってきたんやってことになるなぁ」
全くだ。俺自身もそう思っているからこの感想には反論できない。
「おかーちゃん、うちもユージ先生と一緒にフォレスティアへ行きたいんやけど」
「ええよ」
時期を見計らっていたスカリーがお願いをすると、サラ先生はあっさりと許可を出す。これには俺も驚いた。
「えらくあっさりと許可を出しますね」
「クレアちゃんもアレクサンドラちゃんも同行すんのに、スカーレットだけあかんってゆうわけにはいかへんやろ? それとも、うちの娘だけは結婚対象外っちゅうんか?」
あ、笑顔という仮面が外れた。そしてスカリーの顔が赤くなる。お前は一体手紙に何を書いたんだ。クレアはともかく、どうしてアリーまでと思ったけど、そういえばデモニアで何か話し合いをしていたな。
「なんかはっきりと言うようになりましたね」
「ディアナもオフィーリアはんもユージ君のことを狙うとるってわかったんやもん。うちだけ遠慮する理由なんてあらへんやん」
少し拗ねた感じで俺に返事をするサラ先生。この人は相変わらずはっきりと言う人だなぁ。だから話をしやすいんだけど。
「どうして俺にこだわるんですか? スカリーなら他に相手はいくらでもいるでしょう」
「教師としても事務員としてもしっかりやってくれて、身元はご先祖様の保証付き、更にノースフォートで大活躍なんておまけまでついてるんやで? これ以上信頼も信用もできる人がどこにおるんや?」
スカリー達三人がサラ先生の言葉に頷くのを尻目に俺はため息をついた。今まで魔法の使い方ばかりを気にしていたけど、そうか、行動した結果は良くも悪くも評価されるよな。
「もうひとつ付け加えると、血統という意味でも価値があるしな」
「血統? 俺、今世は農民の子供ですよ?」
「身分っていう意味やなくて、能力についてなんよ。ほら、ユージ君って無尽蔵に魔力を蓄えられるやん。せやから、ユージ君の子供もおんなじようになるんとちゃうかなって期待してるんや」
なるほどな。そういう期待のされ方もあるのか。
「でも、そういう意味での血統でしたらどうなんでしょうね。俺の能力って体に寄るものじゃなくて魂に寄るものみたいですから、血を分けても子供の魔力が無尽蔵になるかどうかはわからないですよ」
これは純粋な疑問だ。親から子へと血によって能力がある程度継承されていくことは、この世界でも経験によって知られている。それが肉体的な特徴によく現れるのは当然だろう。何しろ親からの遺伝子を引き継いでいるのだから、体つきが似たり能力が似るのは当たり前だ。
しかし、引き継がれるのはあくまでも肉体面の能力であって魂ではない。だから、俺みたいに前世が霊体で肉体がない状態の能力をそのまま持ち越して転生した場合、俺の子供にその能力が継承されるのかは疑問だ。少なくとも、無尽蔵の魔力を保有するという能力は肉体的な特徴ではないということがわかっているからな。
「少なくとも俺は、魔法関係の能力は引き継がれないと考えています」
「可能性はないん?」
「肉体的な特徴とは一切無縁だって、俺の場合は断言できますからね。前世についてはっきりとわかっていますから」
魔法使いの家系に連なる者ならば、俺の能力は垂涎の的になるくらいは想像できる。その血を分けてほしいと思うこともだ。もし俺が前世を知らないまま今の能力を持っていたら、俺も自分の子供に能力面で期待を持っていたかもしれない。
「う~ん、そっかぁ」
サラ先生の考え込む姿を見て、ホーリーランド家のディアナさんも同じことを期待していたんだと改めて思う。そして、この魔法に関する能力を受け継げないとわかったら、恐らくクレアとの結婚もあれほど勧めてこないということも。
「ということを踏まえた上で再度聞きますけど、スカリーはフォレスティアに同行してもいいんですか?」
今度はすぐに返事は返ってこなかった。そりゃ考えるわな。
そして次にもうひとつ、より重要な話をサラ先生に伝える。フールについてだ。
二百年前に魔王の四天王の一角で、今も尚生き延びている可能性がある。また、よからぬ研究を続けているかもしれない。自分を殺した相手に乗り移れるために姿形は時々によって変わるが、俺だけはどうなっても見分けられる。だからこそ、因縁もある相手なので討伐することに決めたこともだ。
他には、現在オフィーリア先生達と一緒にフールを倒す方法を探っている最中であり、フォレスティアへと向かうのはジル達に協力を求めるためでもあることも伝えた。
「クレアちゃんとアレクサンドラちゃんはどうなん?」
「私は最後まで師匠に同行し、フールを討つ手伝いをすることに決めています。これはオフィーリアお婆様も同意しておられます」
「わたしはフォレスティアへ行くところまでの許可しかもらっていません。魔界へ行ってからフールについては知ったので」
サラ先生の質問に対して、アリーは普段通りの様子で答えた。既にオフィーリア先生の許可をもらっているんだから迷いはない。一方のクレアは歯切れが悪い。さすがに危険人物の討伐まで許可してもらえる可能性は低いもんな。一人娘だし。
一人娘という意味ではスカリーも同じだ。せめてもうひとり子供がいたら決断しやすいんだろうけど、現実は一人っ子である。
「フォレスティアへ同行するってゆうんは許可できる。ヤーグの首飾りがあるから、大森林でも獣や魔物に襲われることはないやろうし。でも、フールの討伐に同行するってゆうんはさすがに許可できひんなぁ」
「でも、おかーちゃん。そいつほっといたら、何しでかすかわからへんし危ないやん」
「世の中に危ない人ってぎょうさんおるで。それ全員討伐しろってゆうんか?」
淡々としたサラ先生の言葉にスカリーが黙る。
「それに、あんたはこの家の次期当主なんやで。ご先祖様との約束を果たせたから、うちやおとーちゃんよりも荷は軽いけど、魔法学園を引き継いでいかんとあかんやろ。無制限に身を危険に晒すようなことを許せるわけないやん」
確かにその通りだ。何もかも捨ててひとりになるというのならともかく、将来は学校で研究をしたいと考えているスカリーならば、当主の座を受け継ぐことは避けられない。
サラ先生の言葉を聞いたスカリーは目を背けた。
そしてこれはクレアにも同じことが言える。恐らく両親からの言葉もサラ先生と同じものになるだろう。あそこは宗教の一派の問題も絡むだけに、クレアの存在はスカリー以上に重要視される。
「ただ、ユージ君のやることを支援するのはええよ。同行は危険すぎるけど、放っておいたらまずいのはうちもわかるから」
「それは、レサシガムでユージ先生を支援する活動は認めるってことなんか?」
「そうやで」
これがぎりぎりの妥協点といったところか。妥当なところだとは思う。
「クレアも同行の許可が得られなければ、スカリーと同じように後方で支援する形になるのか?」
「そうね。できればレサシガムにいられるようにしたいわね」
何かを悩んでいる様子だったクレアが、アリーの質問に何度か頷く。
「ユージ君、フールを討伐するってゆうけど、学校の仕事はどうすんの?」
「フールを討伐するまではできないですね。ですから、退職しようと思います」
これからどのくらい時間がかかるかわからない以上、相手に期待を持たせたままというのはよくない。だから、ここはすっぱりと未練を断ち切ることにした。
「そっかぁ。血統の件を抜きにしても、できれば戻って来てほしかったんやけどなぁ」
でもそうやって俺の申し出を認めようとしているのは、同じことを考えていたからだと思う。当てにならない人物をいつまでも待つのはよくない。
「わかった。ユージ君の退職は認めるわ。だた、終わったらいつでも戻っておいでな」
少しだけ残念そうに見えるのは気のせいかもしれないが、いつ復帰してもいい言われたのは嬉しかった。
スカリーとクレアの同行はフォレスティアまでということに決まった。強力な後衛が丸々いなくなるというのは残念だけど、二人の立場を考えると仕方ない。
この話はここまでとして、次は魔方陣の設置についてサラ先生に話をした。ペイリン家の協力を得られる場合、デモニアのオフィーリア先生の屋敷とは距離がありすぎる。その問題を解決するために話を持ちかけたんだけど、サラ先生の食いつきは非常に良かった。
「え?! うそ! そんな便利な魔方陣が実用化されてるんか?!」
「ス、スカリーが描けるようになっていますよ、一応」
あんまりにも興味がありすぎるサラ先生の勢いに押されて、俺はなぜかどもりながら返事をする。
「スカーレット、早う描いてぇな!」
「待ちぃな、おかーちゃん。そもそもどこに描いたらええのん」
魔法使いというだけでなく研究者でもあるので、サラ先生は未知の魔法には興味津々だ。スカリーの言う通り、道具と場所を用意させるとすぐに描かせようとする。
「あ、でも四時間くらいかかるみたいですよ」
「なんや、そんなんで描けるんや。ものによったら何日もかかる魔方陣もあるんやから早い方やで」
気が急いても仕方ないということを言いたかったんだけど、これは早い方なのか。
「でもサラさん、ちゃんと描けているか試験しないといけないですから、もうひとつ魔方陣を描く場所を用意する必要がありますよ」
「ん~、そんなら地下室でええか?」
やっぱりあるんだ、地下室。前世ではまるっきり気づかなかったな。
ともかく、一旦は描いた二つの魔方陣で物と人で試してみて、それで成功すればデモニアのオフィーリア先生のところに転移することにした。
「なぁ、おかーちゃん。盛り上がってるところ悪いんやけど、描くのは明日にさせてくれへんか」
「なんでやのん?」
「もう今日は夜も遅いやん。今から魔方陣を二つも描いたら徹夜してまう」
興奮のあまり、夜も更けてきたことをサラ先生はすっかり忘れていたようだ。
「そっか、そんなら、明日一日かけて描いてな。また夕方に見せてもらうし!」
楽しみで仕方ないといった様子のサラ先生が、ものすごく上機嫌な様子でスカリーにお願いをしていた。許可はもらえると予想はしていたけど、ここまで積極的に賛成してくれるとは思わなかったな。
翌日、スカリーは朝から夕方までずっと二つの魔方陣を描き続けていた。旅の疲れもあるだろうに大変だなと思っていたが、意外に楽しんでやっているらしいことがわかった。覚え立ての魔法を披露するのは嬉しいそうだ。
「うわぁ、これが転移の魔方陣かぁ。でも、この文字は何や? 魔族語?」
「そうや。うち、今勉強してるさかい、そのうち何が書いてあるんか教えたるわ」
描かれた魔方陣はデモニアのものと同じように見える。少なくとも、俺が描いたやつみたいに歪みはない。
そしていよいよ試験開始だ。最初は花瓶を転送させる。描くのはともかく、魔方陣を起動させるのはデモニアで散々やったから、俺達四人は問題なく使えた。サラ先生にも同じようにやってもらう。
「きゃー! やったー! うちにもできたー!」
と大はしゃぎだ。まるっきり子供にしか見えない。
最後に人間の転送をやってみて成功したので試験は終了だ。後は地下室の魔方陣からデモニアへ転送するだけである。
「そうだ。どうせならデモニアに行ったついでに、オフィーリア先生に挨拶をしていこうか」
「師匠、私もお供します」
「うちも行くで!」
「わたしも挨拶したいです」
「おかーちゃんも一緒に行くで!」
魔方陣に魔力を補充しつつ俺がそんな提案をすると全員が乗ってきた。みんな珍しいものが好きだもんな。
ということで、俺達は試験がてらオフィーリア先生の屋敷へと転移することにした。いきなり押しかける形になってしまうが、連絡できないんでどうにもならない。事後連絡という形にしよう。