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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
6章 過去からの伝言
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旅立つ前の相談

 長距離移動の問題が解決したところで、いよいよライオンズ邸を出発することになった。今回の旅の目的地はフォレスティアだが、その前にレサシガムへと寄る必要がある。冬に大北方山脈を越えるのは厳しいと聞いているので、街道沿いに人間界へ戻るのならばそろそろ期限が近い。


 「魔方陣があったら一瞬で済むんやけどな」

 「設置するまでは今まで通りなのよね」


 スカリーとクレアの言う通りだ。今までは街道沿いに進むことも苦にならなかったというのに、楽ができる手段が手に入ると途端に面倒に感じてしまう。人間って本当にものぐさな性格をしていると思う。え、俺? その代表格ですよ?


 旅先で魔方陣を描くのはスカリーの役ということになった。俺の芸術的な魔方陣は役に立たないことが証明されてしまったし、クレアもアリーも上手に描ける自信がないからだ。さすがに本職の魔法使いである。


 ただし、根本的な問題があった。それは、どこに魔方陣を設置するのかということである。確かに一瞬で別の場所に移動できるのは便利なんだけど、これはあまりにも便利すぎるので誰にでも使わせるわけにはいかない。それは個人だけではなく、組織についてもだ。


 今回、この魔方陣を設置するのは俺達が移動期間を短縮するためだ。フール対策で今後も街から街へと移動する可能性が高いので、頻繁に往来しそうなところへは設置しておきたい。でも、設置できる場所は同時に、この魔方陣をしっかりと管理できるところでなければ困る。


 俺はこの問題をみんなと話し合うことにした。


 とある日の昼下がり、俺達四人とオフィーリア先生が昼ご飯の後に食堂で雑談をしていた。エディスン先生は家庭教師の仕事があるのでここにはいない。技術的な話ではないので、オフィーリア先生さえいれば問題ないだろう。


 「みんな、この魔方陣はどこにでも設置するわけにはいかない。だから、どこに設置するのかということをあらかじめ決めておく必要がある」


 俺は魔方陣の設置問題を切り出した。


 「そうですわね。この屋敷の他に、魔方陣を設置しなければならない場所はどこでしょうか?」

 「俺の考えでは、レサシガムのペイリン本邸ですね。俺がペイリン魔法学園の教師っていうこともありますけど、今後はこことペイリン本邸を中心に色々と動くことになると思うんです」


 最初に声を返してくれたオフィーリア先生に俺は自分の考えを披露した。


 「師匠、ペイリン魔法学園には設置しないのですか?」

 「学校は不特定多数の人が出たり入ったりするから無理だな」


 その点、ペイリン本邸ならばスカリーの家族と使用人だけだ。それに、持ち出されると困る品々の保管にも慣れているだろうから、管理に関しても安心して任せられる。


 「我が学園に魔方陣を設置しなかったのは、そうした理由からなのよ、アレクサンドラ」

 「そうだったんですか。私は前から不思議に思っていましたが、やっと謎が解けました」


 親子二人が話をしている間に、今度はクレアから声が上がる。


 「ユージ先生、ホーリーランド家には設置しないんですか?」

 「う~ん、それなぁ」


 クレアの質問に俺は歯切れの悪い返事しか返せない。


 実のところ、俺も魔方陣を設置する場所として、ホーリーランド家はペイリン家と同時に思いついた。でも、最終的にはやめておいた方がいいという結論に至った。もちろん理由はいくつかある。


 最初に、ホーリーランド家に設置する理由が、今のところクレアの実家だからということしかない。ペイリン本邸だと、学者肌のペイリン一家やペイリン魔法学園の知恵や力を借りるという名目があるけど、ホーリーランド家の場合はフール対策のために役立つ何かというものがないんだ。


 次に、ホーリーランド家は光の教団に近すぎる。この魔方陣のことを光の教団が知ったら、間違いなく提供するように要求されるだろう。俺はともかく、クレア達がそれを拒めるとは思えない。何しろ、俺が見た感じだと完全に一家は光の教団に組み込まれているように見えたからな。


 最後に、この魔方陣は魔族語が使われている。光の教団といえば、二百年前に王国と一緒に魔王軍と戦っていた。つまり、光の教団にとって魔族の使う魔法は危険視される可能性がある。特にこの魔方陣は四天王ベラの編み出したものだから、禁忌に近い存在と言える。二つ目の理由とは矛盾するが、利便性が勝れば理由を付けて提供するように要求されるだろうし、魔族の存在の扱い方によっては禁忌の魔法扱いにもなる。どちらに転んでも、俺達には都合が悪い。


 以上の理由から、ホーリーランド家への魔方陣設置は今のところ考えていない。宗教的政治的な争いの火種になるのがわかっているから、危なっかしくて近づけないんだよな。


 厳しい理由ではあるものの、はっきりと伝えておいた方がいいので、俺はこの三つの理由をクレアに伝えた。


 「そうですね。確かにユージ先生の言う通りです。わたしの家は、光の教団と切り離して考えることはできません」


 納得はしてくれたようだが、クレアはしょんぼりとしている。自分の実家は信用できないと言われてしまったんだからな。俺としても罪悪感がある。


 「ユージ先生、それならうちんところ以外は設置する予定ってないんか?」

 「予定というか、希望ならもうひとつ設置したい場所がある」

 「ノースフォート以外となると、東の都市くらいしか思いつかんけど」

 「フォレスティアに設置したいと思っているんだ」


 俺の言葉に全員が驚く。これを思いついた俺だって実現はしにくいと考えているんだから、そういった反応が返ってくるのも無理はない。


 どうしてフォレスティアなのかというと、単純に往来が恐ろしく大変だからだ。文字通り道なき密林の中を行くことになるわけだが、ヤーグの首飾りのおかげで動物や魔物に襲われなくなってもあそこはきつい。これからフール対策で何度か訪問する可能性があるから、それまでの間だけでもいいから設置させてほしいと考えている。


 「ユージ、さすがにそれは難しいのではありませんか?」

 「駄目なら、連絡用の水晶を渡して、いつでも話ができるようにするつもりです」


 魔方陣は悪用されると害意のある者に侵入される可能性がある。だから俺も許可してもらえるとはあんまり思っていない。ただ、代替手段である水晶を受け取ってもらうための呼び水にするつもりだ。


 「ということは、確実に魔方陣が設置されるんは、うちの家とオフィーリアはんの家だけなんやな。こうなると、足として使うんやったら、大陸の東側にもひとつほしいなぁ」

 「そうよね。フールがイーストフォートやラレニムに行く可能性だってあるものね」

 「しかし、信頼のおける者や場所の伝手がないからな。期待はできないか」


 スカリー達三人が、フォレスティアへの設置希望の件を聞いて感想を漏らす。理想なのは各都市に設置することなんだけど、こればっかりはどうにもならない。


 「もしすぐに設置する必要があるのなら、旧イーストフォートが有力候補になるな」

 「あの滅びた街ですか? 確かに人が寄りつかないという意味では安全でしょう。ですが、街には死霊系の魔物、周囲の砂漠にも多数の魔物が徘徊していて危険なのではありませんか?」


 オフィーリア先生の言う通りなんだけど、今すぐに設置して使えそうな場所となるとあそこしか思いつかない。


 「魔方陣を使って移動するという意味では確かに便利ですけど、旧イーストフォートへ出入りすること自体が難しいですよ?」

 「クレアの言う通りやな。奇抜な思いつきやけど、利用価値が低すぎると思うで、ユージ先生」


 クレアとスカリーも俺の思いつきには否定的だ。まぁ、隠蔽という観点からしか考えていなかったもんな。


 「とりあえずはスカリーの屋敷に魔方陣を設置するということでいいのではないですか? フォレスティアの設置の件は現地での交渉次第ですし、大陸の東側に関しては用があって赴くときに考えればいいと思います、師匠」

 「そうだな。まずは手近な問題から片付けることにしようか」


 いささか先走りすぎていた俺達に対して、アリーが注意をしてくれた。教職の進退問題も俺は抱えることになったし、少なくとも来年までは考える必要はないだろう。でも、問題は確実に積もってくるよなぁ。




 魔方陣の実験が終わって四日が過ぎた。既に九月の半ばであり、来月中には大北方山脈の街道上にも雪が降る。山越えをするためにも、出発はこれ以上延ばせなかった。


 デモニアからロッサまでは、オフィーリア先生から馬車を借りることになった。そしてロッサで以前レスターに紹介してもらった倉庫の主を頼って、山越えをする隊商を紹介してもらう。最短でノースタウン、できればクロスタウンまでだ。人間界に戻れたら後はどうにかなるだろう。


 出発の日、ライオンズ邸の前には馬車が一台止まっていた。その横には俺達四人の他に、オフィーリア先生、エディスン先生、ウィルモットさんが見送りに来てくれている。


 「この夏は、本当に楽しかったわ。特にユージ、あなたが人間へと転生して生きていることを知って本当に安心しましたよ」

 「まぁ、色々と大変ですけど、何とかやっていきますよ」


 オフィーリア先生がまだ生きているということを聞いたときには驚いたけど、こうしてまた会えてほんとうに嬉しかった。そのうち会えるのはわかっているけど、やっぱり別れるとなるとしんみりとしてしまうな。


 「お嬢様、人間界の冬は魔界ほど厳しくはないそうですが、お体にお気を付けください」

 「うん、この三年間は人間界で生活していたからよく知っている。大丈夫だぞ」


 ウィルモットさんはやっぱりアリーが心配らしく、色々と声をかけている。逆にオフィーリア先生は気にならないのか、その様子を楽しそうに眺めるばかりだ。


 「魔族語の学習をこれからも続けていれば、来年には何とか話せるくらいにはなっているでしょう。幸いユージ君が問題なく使えますので、積極的に活用してください」

 「わかったで! 魔方陣に描いてある意味も知りたいしな!」

 「ご指導ありがとうございました。次に会うときは、魔族語を使って会話ができるようになっておきたいものです」


 スカリーとクレアはエディスン先生と話をしている。ライオンズ邸にいる間は、ことあるごとに魔族語の指導を受けていたので、二人もすっかりエディスン先生の弟子みたいになっていた。俺からすると妹弟子になるな。


 「それでは、そろそろ行きますね」


 俺の言葉を合図に、全員が馬車に乗り込む。


 馬車の脇の窓からスカリー、クレア、アリーの三人が手を振っている。俺はその後ろから外へと視線を向けると、オフィーリア先生が手を振り返しているのが見えた。


 やがて馬車がゆっくりと動き出す。俺はその時点で設えられた椅子に座る。他の三人はまだ手を振っていた。たぶんオフィーリア先生達の姿が見えなくなるまで続ける気だろう。


 俺はこれからのことを考えながら、三人の様子をずっと見ていた。

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