探し出す方法と倒す方法
ベラの書き残した備忘録を一通り最後まで読むのに、結局丸一日かかった。一日三度のご飯時以外は、借りている部屋に閉じこもって読んでいた。
それにしても、備忘録という名称にすっかり騙されたな。もっと簡単に読めるものだと思っていたのに、先にちらっと読んだ魔法書並みに細かく書いてあるんだもん。かなり読み飛ばしたのにそれで丸一日かかるとはな。
ともかく、これでベラとフールが何をしていたのかわかった。そして、今もフールは生きている可能性があり、更に非常に危険な研究を続けているかもしれないこともだ。
今日の昼時にベラとフールの過去の所行については既に話していたので、今回の夕時はフールのことについて重点的に話した。
「確かに生きていても不思議ではありませんが、未だに己の魂を維持するための研究を続けているかもしれないとは。そこまでして生きたいものなのでしょうか」
「最初は研究をするための延命措置だったのかもしれませんが、もはや生きることそのものが目的なのでしょう。私が人のことを言える身ではありませんけどね」
嫌悪感をあらわにするオフィーリア先生に対して、エディスン先生は我が身を振り返りながらフールの生き方について分析している。エディスン先生とフールの違いは、長生きするために採用した手段が違うだけということなのかもしれない。
「けど、そのフールってゆう四天王とフランク・ホーガンってゆう聖騎士が同一人物やったんか。死んでも生き残れる自信があったから危ないことをしてたんやろうけど、大胆やなぁ」
「わたしは旧イーストフォートの方々が不憫で仕方ないわ。そんな身勝手な理由で滅ぼされるなんて」
スカリーとクレアも俺の話を聞いた雑感を口にしていた。スカリーは大胆に危険を冒していたことに感心しているようで、クレアは理不尽に街ひとつを滅ぼしたことについて怒っている。
「しかし、それだけ長い年月をかけて多大な労力を割いているにもかかわらず、魂を完璧に維持することは未だにできていないのですか。何やら永遠に研究目的は達成できないように思えます」
俺もアリーと同じ意見だ。何かひとつ問題を解決する度に、別の問題が浮上してくるんじゃないだろうか。
あれ、そうなるとエディスン先生はどうなんだろう。
「エディスン先生もかなり長生きしているみたいですけど、魂に問題が出てきたりはしないんですか?」
「私の場合は研究することを優先したので、人間であることは諦めました。今は完全に幽霊ですから、ある意味安定しているんですよ。そのフールという人物は、物理的な研究をするために肉体にこだわっているのかもしれませんね」
なるほど、何を研究するかによっても、採用する長命の手段が変わってくるのか。
「もし生きているとしたら、今はどこで何をしているのか気になりますわね」
オフィーリア先生がわずかに眉を寄せてつぶやいた。確かに、旧イーストフォートや魔王配下時代に色々やって来た奴だ。倫理観なんてとうの昔に捨てただろうから、とんでもないことをやっている可能性がある。
そこまで考えて、俺は重要なことをまだみんなに話していないことに気づいた。
俺は、自分がフールを見たら顔をはじめとした生身の部分の輪郭がぼやけることと、妙な圧迫感があることを話した。それと、春にノースフォートで見かけた正体不明の人物についてもである。もしかして同一人物の可能性があることも言い添えておいた。
「師匠、それは放っておくと危険ではないですか? まだ断定はできないかもしれませんが、その正体不明の人物がノースフォートの流行病をしかけた可能性がありますし、その人物がフールかもしれません」
「もしそうだとしたら許せない! あの流行病のせいで、どれだけの住民が亡くなったことか!」
珍しくクレアが感情を露わにして怒っている。あのとき必死になって治療をしていたからな。これだけ怒るのも無理はないか。
「その流行病はともかく、どうやってフールを見つけるんや? ユージ先生の視界に入ったら一発でわかるんやろうけど、そもそもどこにおるかなんて皆目見当もつかんやん」
残念ながらスカリーの言う通りだ。遠くにいても感知できるならともかく、そんなことはさすがにできないしな。
「ユージ、捜索でフールは探せませんか? あなたですとかなり広大な範囲を対象にできるはずですが」
オフィーリア先生が提案してくれたけど、そもそも捜索の魔法で本当に引っかかるかがわからない。
「死ぬ度に体を取り替えている奴相手に、捜索って引っかかるものなんでしょうか?」
「魔物の幽霊を検知できるのですから可能でしょう。試しに私を捜索で調べてみては?」
なるほど、フールを人間のような生き物としてではなくて、幽霊と同列に見立てるのか。それは考えもしなかった。
エディスン先生の言う通り、俺は先生に対して捜索をかけてみた。設定した条件は最初に幽霊、次はエディスン先生で探索する。するとどうだろう、どちらでもエディスン先生を捜索で検出できた。
「そうか、これでも検出できるんだ。すると、ノースフォートのときに試しておけばよかったな」
俺の捜索の対象範囲なら大都市でもその全域を探索できる。だからノースフォートで一回使っておけばよかったんだよな。失敗した。
「ユージが近くにいればフールを発見できるのでしたら、後は大まかにでもその居場所を特定するだけですわね」
「それが難しいんですけどね」
俺はオフィーリア先生に苦笑した。今どこを拠点にして活動しているのか全くわからない。もしかしたら根無し草みたいに放浪している可能性だってある。
「何か起きてから駆けつけるとしても、大陸の反対側でなんかやっとったら間に合わへんもんな」
「でもそれが、また流行病を発生させるようなことだとしたら、見過ごすわけにはいかないわ」
「いっそのこと、相手側からこちらへと仕掛けてくれると楽ですよね」
スカリーとクレアとアリーの三人が頭を悩ませる。所在の掴めない相手って厄介だよな。
「そうだみんな、今更なんだけど、フールを探し出すっていうことでいいんだよな? 見つけ次第殺すっていうことでも、意見は一致していると俺は考えているけど」
「そうですね。今やっている研究を止めるということは、恐らくフールにとっては死ぬことと同意義でしょうから、他の選択肢はないでしょう」
真っ先に賛意を示したのはエディスン先生だった。似たような立場なのでフールの考えがよくわかるのだろう。
「私もそれで構いませんわ。生かしておくべきではありません」
「私も討伐するのに賛成です、師匠」
「研究を取り上げたら、生きてる意味なさそうやもんなぁ」
続いて、オフィーリア先生、アリー、スカリーが賛意を示す。二人は積極的で一人は消極的な言い方だけどな。
「罪は問わなければいけないけれど、せめて最後に懺悔はしてもらいたいわよね」
渋い表情のクレアが意見を口にする。ただ、それは無理だろうなと俺は思う。懺悔するくらいの良心が残っているのなら、旧イーストフォートを犠牲にしたりはしないだろう。
「そうなると、どうやってフールを殺すかなんだよな。自然死って期待できなさそうだし」
「恐らく、餓死や傷病死については対策をしているはずです。その辺りのことは備忘録に書いてなかったですか?」
「残念ながら、それについてはベラに語っていなかったみたいです」
さすがに自分の能力を全部他人にばらすまねはしていなかった。
「つまり、こちらから積極的に殺しに行く必要があるわけですわね」
「でも、迂闊に殺してしまうと、こちらが乗っ取られてしまうんですよね」
オフィーリア先生とクレアが、俺とエディスン先生の会話に加わってくる。実に厄介な話だけにみんなの表情は渋い。
「仮に、手足を切断するなどして激しく出血し、後に死んだ場合ですと、一体どうなるのでしょうか?」
「推測ですけど、最後に手をかけた者に憑依する可能性はありますね。餓死や傷病死に対策している可能性が高い以上、それも対策されているとみるべきでしょう」
「下手に仕掛けるわけにもいかんわけかいな。やっかいやな」
アリーの疑問を一瞬名案のように思ったが、エディスン先生が否定的な意見を返す。つまり、中途半端な手傷を負わせて下手に死なれると乗っ取られるわけか。
「それにしても、どうして俺にだけフールが変な形で見えるんだろうな。俺以外に輪郭がぼやけて見えていたり、妙な圧迫感があったなんて聞いたことがないぞ」
フールの見え方自体にいつも疑問は持っていたけど、なぜ俺だけがそんなふうに見えてしまうのかまでは考えていなかった。でも一度気づいてしまうと気になって仕方ない。
しばらく色々と考えながら議論をしていたが、良い案はなかなか出てこない。
「ともかく、その辺りにフールを倒す糸口がありそうですわね」
「ならば、このベラの魔法書も何かの役に立つかもしれないですね。調べておくとしましょうか」
そろそろ夜も更けてきたので、一旦話を中断することにした。問題点は二つ、ひとつはどうやって居場所を探し出すか、もうひとつは憑依されずにどうやって倒すかだ。どちらもかなり厄介だな。
みんな揃って話をした翌朝、朝ご飯のときに再び全員が揃った。重苦しくはないけど賑やかでもない微妙な雰囲気が漂っている。
そんな中、全員が揃った時点で、珍しく最初に口を開いたのはエディスン先生だった。
「ユージ君、備忘録も私に見せてくれないかね?」
「いいですけど。何でまた?」
二冊のうち魔法書をエディスン先生に渡したのは、俺よりも有効活用できるからだ。でも備忘録はベラの活動記録である。個人的なことも書いてあるから、もらった俺だけが見ることにしていたんだ。エディスン先生はそれを求めてきている。
「昨日、フールを探す方法と倒す方法について話をしていましたが、途中で行き詰まりました。そこで、備忘録に何か手がかりがないかと思ったんですよ。もしかしたら、ベラ殿によるフールに関しての考察の一端が書いてあるかもしれないですからね」
「なるほど、俺も読み飛ばしたところがありますから、もしかしたら本当にあるかもしれませんね」
専門的な話のところはまず避けていたから、見落としている可能性はある。それに、見る人や見方を変えたら新しい発見があるかもしれない。
ということで、早速エディスン先生に備忘録も渡した。正直なところ、これだけ大量の文章を再度読み直す気にはなれなかったので、作業を丸投げできて内心嬉しい。
「確かに預かりました。では、調べておきます。それと、これは私からの提案なのですが、ユージ君達は先にフォレスティアを目指してみてはどうでしょうか?」
「それはまたどうしてですか?」
別に構わないけど、エディスン先生の真意がわからない。そんなに急がないといけないことでもあるんだろうか?
「フールについてですが、このまま私達で話し合ってもなかなか決定的な案は出てくるとは思えません。そこで、私とオフィーリア嬢の二人で、ベラ殿が遺された二冊の本を一度丹念に調べてみます。これにはかなり時間がかかりますから、その間にユージ君は自分の用事を済ませてはどうかと思ったんですよ」
「それは良いですわね。ベラ殿の本から有用な事柄を抜き出した上で、改めて話し合った方が実りある議論となります。それに、可能ならフォレスティアの方々に相談をしてはどうでしょうか。魔族や人間以外の方の知恵も拝借しましょう」
エディスン先生とオフィーリア先生の話を聞いて、俺はすぐに頷いた。確かに、ジルはともかく、レティシアさんなら何か良い案を出してくれそうな気がする。
「師匠、私は良い案だと思います。フォレスティアまでの道のりは遠いので、ちょうどよいかと」
「そうやな、ここからウェストフォートまでいくだけでも、二ヵ月近くはかかるもんな。フォレスティアまで行くのにどのくらいかかるのかわからへんけど、片道で三ヵ月はかかるやろうなぁ」
「往復だと時間は倍になるのよね。それだけあれば、エディスン先生とオフィーリアさんなら対策を全て練り上げてくれていそうですね」
俺としても異存はない。というより、俺がここにいてもあんまり役に立てるとは思えない。
「アリーもスカリーもクレアも賛成してくれているようなので、それじゃ調査はお願いします。俺はその間にフォレスティアへ行きますね」
俺の言葉に、オフィーリア先生とエディスン先生は大きく頷いた。