学生との対話2
ペイリン魔法学園では、随分と前から魔界にあるライオンズ学園というところと提携している。最初は限定的な技術交流から始まって、今では研究や人員交流まで盛んに行われているそうだ。
その一環として、何年かに一回、こちらに留学生がやって来たり、あちらに学生が留学生として赴いたりしている。ゆくゆくは毎年交換留学生をお互いに送り込めるようにしたいらしい。
この留学制度は、人間側が一年に対して魔族側は三年となっている。理由は寿命の長さの違いだ。魔族の寿命は人間よりも長いため、これだけ長期間在籍しても問題にはならないらしい。つまり、人間側の感覚で言うと入学して卒業するくらい在籍するのだ。
アリーは、この留学生の制度を使って今年から魔法学園にやって来た。聞けばオフィーリア先生の孫娘で、見聞を広げるために留学したそうだ。武人気質のあるアリーを見ていると、まるで武者修行のためみたいに思える。
ただ、さすがにオフィーリア先生の孫娘だけあって、立ち居振る舞いが上品で優雅だ。俺からすると武士のように見えるのに、同時に女の子としても見えるのはそのせいだろう。そしてそれが嫌みになっていないところが、先生の躾の賜物なんだと思う。
そんなアリーは、良くも悪くもこの学校では目立っている。いや、浮いていると言っていい。種族からして違うのだから当然なのだが、何しろ見た目からして人間規準でも絶世の美少女といえるからな。男子学生からの反応はやたらと良い。
ということはだ、逆に女子学生からの反応は自然と悪くなる。まぁ、本人は男に興味があるそぶりを全く見せていないから、女子学生からの具体的な嫌がらせをされるまでには至っていないらしい。けど、せっかくはるばる魔界からやって来てこのような扱いを受けるというのは面白くないだろう。
あるとき、訓練場の近場にあるほとんど人が寄らないところで、ひとり剣の素振りをしているアリーを見かけた。すると、同時に俺に気づいたアリーが素振りを止めてこちらに一礼する。
「珍しいところで会いましたね、ユージ殿」
「そうだな。いつもここで素振りをしているのか?」
「はい。ここなら滅多に人が来ませんから」
特に気負った様子もなく、普段通りの様子でアリーは言葉を返してくる。
「授業がないときは、いつもひとりで素振りをしているのか?」
「素振りだけではありません。体作りも大切ですから、筋力も鍛えています」
ウェイトトレーニングのことか。そりゃ大したものなんだが、あんまり体に反映されているようには見えない。魔族は筋肉質な体つきにならないのかな。
ということじゃなくて、質問の意図に対してずれた回答をされたな。話しぶりからすると、たぶんいつもひとりなんだろう。
「あー、うん。それは立派なことなんだが、そうじゃなくてな、友達と何かするってことはないのか?」
「友達とですか? スカリーもクレアもカイルも、今は受講していますから私ひとりです」
「他にはいないのか?」
「知り合いと呼べる者でしたらいるにはいますが、友達と呼べるかと問われると……」
「もしかして、学内で孤立している?」
「恐らくそれはないかと。ただ、男子学生が必要以上に親しく接してくるのに対して、女子生徒は全体的によそよそしいですね。まぁ、お婆様からあらかじめ教わっていたことですので、想定の範囲内ではあります」
「何を教えているんですか、オフィーリア先生」
「ユージ殿はお婆様をご存じなのですか?」
「え? いや、有名だからね、あの方は」
おお、危ねぇ。お孫さんの前で普通に呟いてしまった。転移だけじゃなく、転生もしたなんて言っても信じる奴なんていないだろうけどな。
「オフィーリアお婆様は、魔族の容姿は人間に比べて優れているから、羨望と嫉妬の的になりやすいとおっしゃってました。ですから、周囲とは距離を置いて接し、そういった思いは無視することにしたのです」
今の話だと、本当に魔法について学びに来ているだけで、それ以外のことをばっさりと切り捨ててしまっている。それも学生生活を送るための方法のひとつではあるんだろうけど、あまりにも寂しすぎるよな。
「なんというか、随分と厭世的な対処法だな。もっとこう、みんなに打ち解けるように努力するっていうようなことはしないのか?」
「もちろん、できるなら友人を作った方がいいとも言い含められております。ただ、学園を卒業すると大半の学生とは疎遠になるでしょう。ですから、どうせ作るなら一生の友人を作るつもりでいます」
アリーの話を聞いて、俺は以前クレアに話したことを思い出した。ああ、何か似ているな、この二人は。
「基本的にその方針でもいいと思う。でも、可能ならそれ以外の学生と広く浅く付き合うということも実践したらどうだろうか」
「広く浅くですか。しかし」
「ここで作った友達とは卒業後縁が切れてしまうかもしれないけど、友達の作り方を学ぶつもりで付き合ったらどうだろう?」
「何だか相手を利用しているみたいですね」
「しゃべりながら俺も気づいた。でも、どんなことでも知っていることと実際にできることは違うだろう? だから、普段から慣れておいた方がいいと思うんだ」
打算的な提案だと指摘されて苦笑しながら言い訳している俺だが、別に悪いことだとは思わない。単に意識しているかしていないかというだけの違いでしかないと思っているからだ。
「それに、そうやって広く浅く付き合っている中から、一生の友達ができるかもしれないだろう? まずは相手と接触しないと始まらないし。わざわざ自分から可能性を狭めることはないと思う」
俺もあんまり偉そうなことを言えるほど社交性があるわけじゃないけど、必要もないのに損をしようとしている学生を放っておくわけにはいかない。
「確かにそうですね。手を広げてみるのもいいかもしれません」
「負担にならない程度にな」
話をしているうちにアリーの表情が次第に柔らかくなってきた。とりあえずは納得してもらえたらしい。
最初はどうなることかと思っていたが、俺も案外先生という役ができるみたいで安心した。さて、ちょうどいいからここで話を切り上げて……
「そうだ。ユージ殿、ひとつお願いがあります」
「お願い?」
「はい。その、一度真剣にお手合わせ願いたいのです」
あまりにも急な話題転換だったので、一瞬何を言われているのかわからなかった。
これはあれか、勝負をしてお互いの実力を知って親睦を深めるという少年漫画的なあれか。
「俺の実力がどの程度が知りたいってこと?」
「いえ、教師をなされているのですから、ユージ殿の実力を疑っているわけではありません! ただ、自分が人の間でどの程度通用するのか知りたいのです」
まぁ、基本的に脳筋な意見ではある。ただ、異種族の学校に来て自分の立ち位置が曖昧なままというのが落ち着かないのだろう。たぶん、これという拠り所がほしいんだろうな。
「ライオンズ学園にいたときもそんなことをしていたのか?」
「はい。魔族は何かにつけて白黒をはっきりさせたがることが多いので、決闘はよくあります」
うわ、なんという超脳筋社会。ある意味魔族らしい問題解決方法とも言えるけど、事あるごとに殴り合いなんてしていたら怪我が絶えないだろう。
ここで普通ならアリーがどの程度だったのか聞くところなんだが、そもそも魔族の平均的な強さなんて俺は知らないから意味がない。前世で一応戦ったことはあるけど、魔王の印象が強すぎて他ははっきりと覚えていないんだよなぁ。
「まぁいいや。いつってはっきりは言えないけど、後期の授業が始まるまでには対戦しようか」
「本当ですか! ありがとうございます!」
こんな美少女に満面の笑みを浮かべて感謝されるのは嬉しいけど、その内容のせいで今ひとつ喜びきれない。
そういえばアリーって、四大系統の火と風属性、二極系統の闇属性、それに無系統を扱えるんだったよな。全部で四属性だからクレアと同様に天才と呼ばれる類いだ。この武術に魔法の才能となると、結構きついんじゃないだろうか。俺、前衛職の専門じゃないもんなぁ。
なんだか複雑な思いを抱えながら、俺はそのままアリーと別れた。
俺が担当している戦闘訓練の授業を受けている四人のうち、唯一の男の子がカイル・キースリーだ。
貧乏貴族の三男坊だから家を出て、騎士団での立身を目指している好青年である。言葉のなまりはスカリー以上にきついが、顔の彫りは深く、角刈りで見た目は結構いい。それでも二枚目に見えないのは、その性格と態度のせいだろう。俺からすると、お笑い芸人に見えることもある。
そんなカイルだから、スカリーのように友達はたくさんいる。どう見ても付き合い上手だからな。クレアやアリーのような心配はない。
ただ、色々な話を聞いたり、たまに見かけたりしたときの様子を見るに、今はひたすら多くの学生と会っているようである。同級生はもちろん、上級生にもだ。交友関係を広げていると言えば確かにそうだが、友達を作っているというよりも自分の顔を売り込んでいるように思える。一体どういうつもりなんだろうか。
ある日、俺は訓練場でアハーン先生の授業を補佐していた。五月も半ばになると学生の方も授業に慣れてくる。要領の良い学生になると、先生の教える癖や性格から次に求められることを予想して、うまく立ち回る学生も出てきた。その器用さは俺も羨ましい。
「それでは、本日の授業はこれまで!」
アハーン先生の終了宣言と共に、学生が一斉に体の力を抜く。休憩を挟んでいるとはいえ、三時間も体を使っていたのだから疲れもするだろう。
訓練場の別の場所では、モーリスが担当している授業が行われている。あっちはまだみたいだな。
「アハーン先生、機材は俺が片付けておきますよ」
「おお、それは助かります。では、お願いしましょう」
そう言い残すと、アハーン先生はゆっくりとした足取りで訓練場を去った。
学生もそれに前後しながら、思い思いの場所へと向かってゆく。
俺は木製のライン引きを片手で持ち上げて、訓練場内の倉庫へと向かう。現代日本なら金属製かプラスチック製のそれが、木製としてそのまんま存在していることに初めて見たときは驚いたものだ。
「あ、ユージ先生やん!」
俺が木製ライン引きを倉庫へとしまって訓練場から出てくると、カイルが声をかけてきた。木製の剣を片手にこちらへ近づいてくる。
「あれ、今から授業か?」
「俺が取ってる戦闘訓練の授業って、今のところユージ先生のだけやで。これから自主訓練ですわ」
へぇ、そこはアリーと同じだな。魔法学園に在学しているのに武術に熱心というのも何だか違和感があるけど、打ち込めることがあるのは良いことだ。
「将来を見据えて修行するのはいいことだよな」
「せやろ! 早う卒業して冒険者になりたいですわ!」
その気の早い意見に俺は苦笑した。まだ入学して二ヵ月も経っていないというのにな。
「あ、そうや。ちょっと前から気になってたことがあったんだけど」
「なんですのん?」
「カイルって、入学してから同級生、上級生問わずに片っ端から人に会っているように見えるんだが、友達を作るっていう以外に何か意図でもあるのか?」
「ははは、よう見てはんなぁ、先生~」
今度はカイルが苦笑する。おや、あっさりと肯定したな。秘密にしているわけじゃなかったのか。
「今はとにかく、いろんな人にできるだけ会うようにしてるんですわ。相手がどんな人物かを見に行ってたんです、先生」
「何でまたそんなことをしているんだ?」
「そりゃぁ、卒業後に冒険者のパーティを組む相手を見つけるためですやん。街の道場に通ってたときに、そこの先生や門下生から仲間選びは重要なんやってようゆわれたんです。一人やと、普通は冒険者ギルドでどこかのパーティに入れてもらうところから始めるそうですけど、これで失敗することも多いそうですやん。せやから、この学校にいるうちに信頼できる仲間を見つけとこうかなって思ってるんですわ」
おう、昔の俺じゃないか。的確に過去を抉ってきやがる。
そっか、周囲に助言をしてくれる人がいたら、こうやってあらかじめ対策を講じられるわけか。まぁ俺の場合は、どうにもならない部分が大きかったんだけど。
それにしてもこのカイルは、実に先のことをよく考えて動いているな。正直なところ、俺よりも頭がいいんじゃないだろうか。
「それで、パーティを組めそうな相手は見つかったのか?」
「いや、まだです。さすがにそう簡単には見つからんでしょう。まぁ、三年もありますさかい、気長にやっていきますわ」
「それがいいだろうな。あ、あの三人はどうなんだ? スカリーとクレアとアリーは?」
「あの三人はあかんでしょう。スカリーは研究職狙いやし、クレアは卒業したらすぐ実家のノースフォートに帰らんといかんでしょう。アリーはこの学校を卒業したら、ライオンズ学園に復学するんと違うんですか?」
「あ~なるほどなぁ」
俺としては気軽に勧めてみただけなんだけど、カイルの話を聞いて確かにと納得してしまう。しっかしこいつ、脳天気に生きているように見えて全然そんなことないな。
「まぁただ、例え今の話がなくて三人が冒険者になるってことになっても、ちょっと誘うのは気が引けますわ」
「え、どうして?」
戦力的には全く申し分ない三人だ。誰かひとりとでも組めたらかなり心強いと思うんだけどな。一体何が問題なんだろうか。
「はっきりゆうと、格が違うんですわ。魔法の才能もそうなんですけど、なんてゆうか、地力がちゃうんですよねぇ。なんか一見するとトロそうに見えるクレアかて、結構頭の回転が速いでしょ?」
「確かに。あの気の弱さがどうにかなったらとは思うが」
「そうでっしゃろ? せやさかい、もし誘うなら俺がもっと強うなってからですわ」
意外なところで尻込みしてるんだな。俺はもっと無邪気に誘うと思っていたのに。
「それなら剣の修行にもっと励まないとな。学問なら尚更だが」
「ははは……きっついなぁ、先生」
頭をかいて愛想笑いでごまかしているが、学問方面の話もちらほら聞いている。あの三人に互してゆくとなると、そっちも重要になるからな。俺も人のことは言えないが。
その後、しばらく雑談をしてカイルとは別れた。大体、自分の担当授業を受けている学生の問題はわかった。可能なら、ひとつずつ解決していきたいな。