ベラの記録
ベラから報酬として譲り受けた二冊の本は、備忘録と魔法書だった。表紙に魔族語でそう書いてある。俺の持っている魔力で編纂された書籍に吸い込まれたけど、ハードカバーの表紙も含めて取り込まれるとは思わなかった。まるで本の中に本があるみたいだ。
どちらも魔族語で書かれている。ベラは魔族なんだから当然だ。本を取り出すときの質問に精霊語を使ったのは、あれが読めるかどうかも一種の解除条件だったんだろうな。ちなみに、『出生地は?』と書いてあったのが備忘録で、『管理者は?』と書いてあったのが技術書だ。
さて、いつまでもじっと本を眺めているわけにもいかない。早速読んでみることにしよう。まずは魔法書からだ。
魔法書は、文字通り魔法についてのことが記されている。メリッサ・ペイリン魔法大全が一般的な魔法に関して書かれているのに対して、こちらは大規模な魔法や特殊な魔法に関するものだ。これが詳細に記述されている。恐らく、ベラが集めたり作ったりしたものなんだろう。
書き方は非常に丁寧だ。魔法の名称、概略、効果、使用方法、利点、欠点などが理路整然として書かれている。驚いたのは、道具に付与する場合の方法や道具の材料と作り方なんてものも書いてあった。これ、他の魔法使いからしたら垂涎ものなんだろう。
ただし、ぱらぱらっとページをめくって全体を見たときに、記されている魔法の分野に偏りがあるのに気がついた。何と半分ほどが生命に関する魔法なのだ。つまり、ベラはこれに関して研究していたことになる。
「あれ? おかしいな?」
魔法書をざっとみて違和感があった。確かランドンさんは母親であるベラを腕の良い人形師と言っていたよな。どうして人形師なのに生命に関する魔法ばかり研究していたんだ。それと、よく見たら人形に関する魔法はきれいさっぱりない。どういうことだ?
何度か魔法書を見直してみたが、前書きや後書きなんてないから疑問を解消してくれるような説明はない。目次があるのでかろうじて分野と魔法名がわかるくらいだ。
本の構成に関して気になることはあったけど、本題とは関係ないので次に移る。
俺の元々の疑問はフールについてのものだったが、それが書いてあるとすれば備忘録の方だろう。それは最初からわかっていた。なのに魔法書から手に付けたのは、使えそうな魔法を先に探すためだ。具体的には移動手段と通信手段に関してである。
今回の学生送迎の旅で辟易するほど移動してきたけど、これは前世でも似たようなものだった。しかし、よくよく思い出してみると、魔界へと赴いたときって魔方陣を使っていたんだよな。あれで目的地までひとっ飛びしたからこそ、俺はロックホーン城へと乗り込んだ経験があるにもかかわらず、デモニアという街のことを何も知らなかった。
あともうひとつ、これも前世のことなんだけど、ライナスって管理者であるアレブのばーさんと緊急で連絡するための水晶を持っていたはず。あれで遠隔地からでも話をしていた記憶がある。これってもろに通信機器だよな。しかも中継地が必要ない無線型。実は地味に凄いのではなかろうか。
そんな記憶があるものだから、もしかしたらこの魔法書にその魔法が乗っていないかなと思って探したところ、あったあった、ありましたよ。目次にも『移動』と『通話』って分野があって、その中に目的の魔法がありました。丁寧に色々と書いてある。
ということで、それを見つけた時点で、俺はエディスン先生に再度会いに行った。魔法書を読み始めて三十分後だ。
最後に別れたのが書斎だったのでそちらへと向かうと、まだみんないた。今や抜け殻となって単なる白紙の塊となった本を囲んで話をしている。
「あれ、ユージ先生どうしたん?」
「エディスン先生に頼み事があって戻って来たんだ」
「はて、私ですか。なんでしょう?」
「ベラからもらった二冊のうちひとつは魔法書だったんですけど、これを読んでほしいんです」
俺の申し出にみんなが驚く。
ベラのものに限った話ではなく、魔法使いの書いた魔法書というのは、その本の著者にとっての全てだ。苦労して情報と材料を集め、試行錯誤し、そして完成させた理論や魔法が記されている。文字通り自分の命と同等かそれ以上のものといえよう。
だから魔法書に関しては色々と血なまぐさい話がまつわることが多い。有用な本なら所有者を殺してでも手に入れたいという魔法使いは少なくないのだ。
そんな魔法書をあっさりと読んでほしいなんて俺が言ったものだから、この場にいる全員が驚いているのだった。しかもベラと言えば、魔王の四天王として迎え入れられたほどの実力者である。そんな魔族が遺した魔法書となると、喉から手が出るくらいに欲しがる魔法使いは山のようにいるに違いない。
「ユージ君、一応君も魔法書の価値は知っていますよね?」
「そうですわ。ベラ殿の魔法書となると、その価値は計り知れないものです。それは承知の上なのでしょうか」
エディスン先生とオフィーリア先生が、俺を気遣って念を押してくれる。
「この魔法書の価値なら、大変なものだっていうことくらいはわかっています。生命に関する魔法がやたらと書かれていて、禁忌に触れていそうな項目もありました」
『生命-復活-』って項目なんて見るからに危なそうだよな。これだけで何がしたかったのか大体わかってしまう。
「ただ、俺って魔法の理論には疎いから、持っていても大して活用できないんですよ。だから、必要な魔法をエディスン先生に解読してもらおうと考えているんです」
「何か使いたい魔法でもあったのですか?」
「移動と通話です。遠隔地へと一瞬で移動できる魔方陣と、離れた場所にいても会話ができる魔法がほしいんです」
少なくとも一度赴いたところへは一瞬で行けるようになりたい。今後の旅のことを考えて使いたいことを説明すると、エディスン先生は納得してくれた。
「わかりました。そういうことでしたら協力しましょう。ベラ殿の魔法書を受け取れるのでしたら、何だってしますよ」
珍しくエディスン先生が浮かれている。やっぱりこういうのって魔法を研究している魔法使いには価値があるんだな。
「この魔法書を今からエディスン先生にお渡ししますが、オフィーリア先生やスカリー達も読めるようにできますか? できればみんなにも協力してほしいんです」
「そうなると、魔力で編纂された書籍を読めるようにするのが一番手っ取り早いですね。少し時間はかかりますが、やってみましょう」
考え込みながらしゃべっていたエディスン先生は、目算がついたのかひとつ頷いて招致してくれた。
「それにしても、ユージ先生って太っ腹やなぁ。そんな貴重なもん見せてくれるなんて!」
「でも、禁忌の魔法も書いてあるのよね。そんなのを読むなんていいのかな」
「そこだけ読み飛ばしてしまえばいいのではないのか? 無理に読む必要はないだろう」
俺がエディスン先生にベラの魔法書を渡している間、スカリー達三人がこの本を読むことについて話をしている。俺としては頭数を増やして自分の足りない部分を補いたいだけだけどな。
魔法書をエディスン先生に託したところで、俺は再度部屋に戻って今度は備忘録を読むことにした。この間にみんなが必要な魔法を使えるようにしておいてくれるだろう。俺は並行してフールについて調べることにする。
読む前の想像では、備忘録と書いてあるくらいだから日記というよりも、思いついたことをその都度箇条書きにしたり、走り書きしたりしたものを集めた本というものだった。その中でフールについての話があればひとつずつ取り出そうと考えていたのである。
そして最初の一ページ目を見たとき、前書きが書いてあった。それによると、この備忘録は全てが終わった後にまとめたものであり、ベラが死んだ夫を蘇らせるために始めた研究の経緯を記したものらしい。そしてこれは、最も役に立った俺に対する褒美として、なぜ俺が守護霊なんかをやる羽目になったのかといういきさつを教えるためでもあるそうだ。
本当なら、魔王討伐後にアレブのばーさんを通して話す予定だったらしい。けど、俺が剣の中で眠りについたものだから、話ができなくなってしまったということだ。俺があんなことになったのはベラにも予想外だったというわけか。
それで、備忘録を読み始めたけど、これ、元々本の厚さが電話帳以上にあることを見てもわかる通り、いろんなことが書かれている。目次なんてものはなく、ただ時系列にベラの行動や考えが書き並べられていた。更に、取り巻く環境やそこに至った経緯なども詳しくだ。
「これ、絶対老後の暇潰しに書いているよなぁ」
別に俺が知らなくてもいいことまでも書いてある。そりゃ、備忘録と言えなくなるまで本が厚くなるはずだな。
とりあえず、必要なところだけを読みながら大半を飛ばしてゆく。それでもかなりかかりそうだぞ。
ベラへの愚痴はとりあえず置いておこう。この書きっぷりだと恐らく書き忘れはない。
この本によると、ベラは元々夫と人形作りをして生計を立てていたらしい。ところが、あるとき病気で旦那さんが亡くなってしまう。この死を受け入れたくなかったベラは、夫を蘇らせるために研究を始めたそうだ。
しかし、元々人形師であるベラがいきなり思い立ったからといって、そう簡単に蘇生の魔法を作れるはずもない。さすがにそんなことは最初からわかっていたベラは、まずは得意の人形を使って何世代も重ねて研究できる環境を整えようとした。死霊使いに弟子入りするなど色々苦労した結果、ベラは魂を別の器へと移す『移魂の魔法』を身につけて、自分の作った人形へと魂を移すことに成功する。ここからようやく、本格的に蘇生の魔法の研究を始めたようだ。
夫と本来の自分の体を保存して本格的に組成の研究を始めたベラだったが、こちらは難航を極めたようだ。備忘録にその辺りの苦労が延々と書いてあったけど、専門性が強すぎて俺には内容が理解できなかった。とりあえず、研究が思うように進まなかったことだけは理解できたけど。
そんなとき、死霊魔術師のフールに出会ったらしい。魔王の四天王だったときは道化師と呼ばれていたみたいだけど、本業はこっちのようだ。フールは身を守るために、自分を殺した人物に憑依するということを繰り返しており、ベラが初めて出会ったときには既に何度も憑依した後だったそうである。ちなみに、このフール、元は人間だったらしい。魔族じゃなかったんだ。
これ以後、ベラはフールと一緒に研究をすることになる。それじゃフールは一体何を研究していたのかというと、魂の劣化を防ぎ、再び活力を取り戻す方法だそうだ。何度も憑依しているうちに劣化してきたらしい。尚、その内容についてはやっぱり俺には難しすぎたので省略する。
それで、このフールっていう奴なんだけど、研究中にフランク・ホーガンという聖騎士に討たれてしまったらしい。ところが、憑依して相手を乗っ取れるものだから、そのまま聖騎士フランク・ホーガンとして、聖騎士団に入ったり抜けたりしていたそうだ。そして、王国の裏の仕事を引き受けるのに乗じて、自分の実験のために旧イーストフォートを滅ぼしたらしい。これにはベラも間接的に荷担していたみたいだけど、なんていう奴らだ。
魔王が魔界を統一しそうになると、二人とも今度はそこに取り入って自分の研究に必要なことをしていく。しかし一番の狙いは魔王の命で、二人は最終的にその目的を達してしまった。それを知った俺は、討った相手とはいえ魔王に同情してしまう。最初っから寝首を掻くために潜り込まれていたんだもんな。
さて、これまでのことで、死霊魔術師フールと聖騎士フランク・ホーガンが同一人物であることが判明した。
次に、どうして俺やライナスが必要だったのかということが少し書かれていたので読んでみた。
まずライナスが必要とされた理由について説明しよう。魔王は頑強な体に明晰な頭脳、そして強力な魔法を使えたそうだが、それに加えて更に『闇の剣』というものも使えた。これは後にライナスが使えるようになった星幽剣と同じものだと書いてある。これを使えるのは強い霊魂を持つ者だけなのだが、ライナスはそれに該当したから目を付けられたようである。星幽剣という強力な切り札を持つ魔王を討てるのは、同じ切り札を持つ者だけということらしい。
次に俺だが、なんと手違いだったらしい。最初は精霊界から強力な精霊を呼ぶつもりだったが、呪文の詠唱が終わる前に地震が起き、魔方陣に亀裂が走ってしまったそうだ。そのせいで、召喚対象がずれたと書かれている。
「なんてこった。俺の召喚って失敗したせいだったのかよ」
そういえば、初めてアレブのばーさんと会ったとき、何となく不機嫌だったような気がする。あれは予想外の俺が召喚されたからか。
その後のことも色々と書いてあったけど、俺達の裏側でよくもまぁ色々と暗躍してくれたものだ。お膳立てしすぎだろう。
思うところがありすぎて脱力してしまったが、まだ終わりじゃない。続きを読む。
俺達が魔王と対峙していたのと並行して、フールは四天王のギルバート・シモンズという騎士と戦って殺されたそうだ。そして、例によってまたその体を乗っ取り、ライナス達が魔界を去った後、再び四五分裂して混乱する中で再び他の魔族に殺されたらしい。何度もよく殺される奴だ。
問題はここからで、その後一度だけ、ベラはフールと会ったらしい。そこで、ベラ同様にフールも目的を達することができたこと、それと共同研究を解消することを告げに来たそうだ。何とも律儀な話だが、つまりそれって、未だにフールが生きているってことなんだよな。
最後にベラは、今後どんな研究をするのかと尋ねた。すると、魂の劣化を防ぐ方法やもっと小規模な形で劣化した魂を活性化させる方法を研究するという言葉が返ってきたそうだ。
「ということは、まだ生きている可能性があるってことか」
ベラもそうだが、この備忘録に書かれている様子だとフールは死んでいない。そして厄介なのは、まだ研究を続けているということだ。つまり、旧イーストフォートみたいなことが再び起きる可能性がある。
この本を読んだ感想は色々あるけど、ベラもフールも俺からしたらどっちもどっちだ。予定外だったとはいえ、俺をこの世界に引っぱってきた分だけベラには思うところがある。
でも、そのベラはもういない。そしてランドンさんを見ていると、旦那さんを蘇らせた後は蘇生の研究をきれいさっぱり止めている。更には、その成果は俺が受け取った本二冊以外は処分したのだろう。つまり、もう危険はない。
一方、フールは生き残って更に研究を続けている。純粋に研究者という観点から見ても、今更研究を止める理由なんてフールにはないだろうな。
ここまで考えたとき、俺はふと春にノースフォートの街で出会った正体不明の妙に圧迫感があった奴のことを思い出した。そういえばあれ、前世でフランク・ホーガンに会ったときと同じ感覚じゃなかったか?
俺はフランク・ホーガンのことを思い出そうとする。あの聖騎士は確かフールに乗っ取られていたんだよな。それで、俺はあいつを見たとき、なぜか顔をはじめとした生身の部分の輪郭がぼやけて見えていた記憶がある。それで妙な圧迫感もあった。
そうなると、ノースフォートでインフルエンザもどきが流行したのって、フールのせいなのか?
もしそうだとしたら、あいつは再び旧イーストフォートと似たようなことを繰り返すつもりでいるのか!
確証はまだないが、俺は直感的にそれが正しいと思った。そして、絶対にフールと会ってそれを止める必要がある。でないと、犠牲に選ばれる街によっては、知り合いがたくさん死んでしまう。それは避けないといけない。
次に全員が揃って会うのは夕飯のときだ。俺はそのときに、このことをみんなに話すとしよう。