中身を取り出す方法は?
ランドンさんに白紙の本を二冊譲ってもらってから、俺達はデモニアのライオンズ邸へ戻ることにした。情報そのものは全く手に入らなかったものの、全てが記されている可能性が高い本が手元にある。次にするべきことはこの中身を読めるようにすることだ。
ロッサで待ってもらっていた馬車に乗り込んで揺られること三週間以上、デモニアに着いたのは暦の上で九月に入ってからだった。既に真夏という季節は過ぎている。
突然だが、今まであんまり考えないようにしていたんだけど、最近ちょっと思うところがある。みんなの卒業に合わせてペイリン魔法学園を出発してから、半年くらいが経過した。そしてちょっと計算してみたところ、実に三分の二以上を移動に費やしていることに気がついたのだ。これ、ノースフォートで疫病対策に奔走していた時期を含めても、街の滞在期間が二ヵ月に届かないんだよな。
移動するには街道を進むしかないから仕方ないんだけれども、学校なんてもう前期が終わって後期が始まっている頃だ。随分と時間を無駄にしているように思えてならない。これ、どうにかならないかなぁ。
なんてことをいくら考えても、俺のおつむではどうにもならない。だから当面はこの手元にある二冊の本を早く読めるようにするべきだろう。
「お帰りなさい。成果はありましたか?」
戻って来た俺達をオフィーリア先生は応接室で快く迎えてくれた。そして成果については、あったことはあったんだけど、というもどかしいものだ。
そんな俺達の微妙な態度を見て不思議に思ったオフィーリア先生は、俺の対面にあるソファに座って言葉を続けてくる。
「あら、もしかしてランドン殿は、何もご存じではありませんでしたか?」
「はい、ランドンさんは母親のベラから何も知らされていませんでした」
俺の話を聞いてオフィーリア先生は口に手を当てて驚いた。しかし、俺は目の前のテーブルに置いている二冊の本を指さして続きを話す。
「でも、ランドンさんから二冊の本を譲り受けました。ベラが報酬として俺に譲るよう遺言していたそうです」
「働いた報酬ですか」
かつてオフィーリア先生もベラに協力していたので、ベラの性格については知っているんだろう。俺の説明に納得して頷いた。
「ではそこに必要なことが記されているのですね」
「読めればですけどね」
俺達が目的を達したことを喜んでくれたと思って笑顔になったオフィーリア先生の表情が、怪訝な表情へと変わる。
「お婆様、実はこの本の中は全て白紙なのです」
そう言いながらアリーが一冊の本を開く。すると、白紙のページが一面に広げられた。
「これはどういうことですか?」
「さぁ、ランドンさんも頼まれたときに聞いたそうですけど、『渡せばわかる』って言われたらしいです」
しかし、実際にはさっぱりわからない。一体どうなっているんだ、これ。
オフィーリア先生も不思議に思ったのだろう、手元に一冊を引き寄せてぱらぱらとめくった。もちろんどこまでも白紙のページが続くのみだ。
「うちらは魔力による炙り出しで文字が見えるようになるって思ってるんですわ」
「炙り出しならば、発動するときの言葉か呪文があるはずですけど、それは聞いているのですか?」
そこで俺達は全員が黙る。ランドンさんは何も聞いていなかったからだ。だから俺達も知るはずがない。
「困りましたわね。目の前に手がかりがあるというのに、それが読めないなんて」
全くだ。どうして死んでからもこんな意地悪をするんだ、ばーさん。性格が悪すぎるぞ。
「ということで、今からこの本を読む方法を探さないといけないんですよ。それで、オフィーリア先生とエディスン先生の力を借りたいと思っているんです」
「わかりました。このままでは、おいしい食べ物を目の前にして眺めているだけみたいですものね。力になれるのでしたら、私も手伝いますわ」
協力してもらえるとわかっていても、実際にその言葉を聞くと嬉しい、というか安心するものだな。もう解決したかのように錯覚してしまいそうで内心苦笑してしまうけど。
「では、トーマス先生も呼んで一緒に考えてもらいましょう。明日、こちらに来ていただけるように遣いを出しておきますわ」
そうして、とりあえずこの日は本について考えるのは一旦やめて、旅の疲れを落とすことになった。
久しぶりにふかふかのベッドで眠れた翌日、朝ご飯を食べた後、俺達はオフィーリア先生の書斎に集まっていた。目的は持ち帰ってきた二冊の本を読むためだ。相変わらず本を開いてもページは真っ白である。
「エディスン先生は、いつこちらにいらっしゃるんですか?」
部屋に入って全員が応接セットに座ると、クレアが開口一番に疑問を口にする。
確かにオフィーリア先生をはじめ、俺、スカリー、クレア、アリーは既に集まっているが、協力してくれるはずのエディスン先生の姿だけがまだ見えない。
「トーマス先生は、家庭教師の仕事が終わってからいらっしゃるそうよ。昼からになりますわね」
「今は伯父上の屋敷で指導なさっているんですよね。そうなると、昼食が終わる頃になりますか」
オフィーリア先生とアリーの説明によると、ライオンズ本家の屋敷は学園長の座と共に長男へ譲ったらしい。エディスン先生はその息子さんと娘さんの家庭教師として毎日指導しているそうだ。
「おらん人のことはまぁええやろ。それより、この本の中身をどうやって読めるようにするかやな」
スカリーが二冊の本に注目する。一冊手にとってぱらぱらとめくっていくが、その目は本全体を俯瞰して見ているようで、めくれていくページにはあまり意識を向けていない。
「ではまず、この本に魔法による仕掛けがあるのかどうか確認しましょうか」
「どうするんですか?」
「魔力感知をかけるのですよ」
俺の問いかけにオフィーリア先生は当然のように答えた。
魔法感知とは捜索を特化させた無系統の魔法だ。対象となる人や物に、魔法による効果がかかっているのかどうか、更にその魔法はどの系統や属性なのかを検知するためのものである。基本的に肉体労働の冒険者にはあまり馴染みがない魔法だ。
しかし、魔法研究者や古物商のような一部の人々には需要が高い。取り扱う品物の範囲に魔法の道具も含まれるので、まずは品物が魔法の道具かどうかを判別するためだ。全く同じ物であっても、魔法がかかっていると値段に百倍以上の差が付くなんてことはざらにある。
実を言うと捜索でもほとんど同じことができるのだが、魔法がかかっているかどうかくらいしかわからない。その魔法の系統や属性を知りたければ、例えば四大系統火属性というような設定を毎回して捜索しないといけないのだ。そしてこれが致命的なのだが、かけられた魔法の効果がどんなものなのかは捜索ではわからない。その点、魔法感知なら系統や属性、更に内容までわかる。
長々と説明したが、オフィーリア先生はそんな魔法を使ってまずは調べてみようと提案したのだ。
ならば、どうして俺達がそんなことすらしていないのかというと、本にどんな仕掛けがあるか皆目見当がつかなかったからである。下手にいじくり回して取り返しのつかないことになるよりも、魔族が作った物は魔族に見てもらった方がいいと思ったわけだ。
オフィーリア先生は、スカリーとは別の一冊を手元に寄せると、その本に右手を当てながら呪文を唱える。
「我が下に集いし魔力よ、秘されし魔を白日の下に表せ、魔法感知」
俺達四人はその様子をじっと見守っている。この魔法をかけても見た目の変化は何もないから、術者の言葉を待つしかない。
「あら?」
そして、オフィーリア先生は第一声と共に首をかしげた。いきなり不安になる発言だ。一体何が問題なんだろう。
「お婆さま、何かわかりましたか?」
「ええ、確かにわかりましたけれども、こんなことをしたら、誰も見えなくなってしまいますわ」
アリーの言葉もあまり耳に入っていないのか、オフィーリア先生は少し戸惑いながら本を見続けている。しばらくはそのまま目を閉じて何かを考えている様子だったが、再び目を開いたときには俺達へと視線を向けた。
「オフィーリア先生、それで、この本はどうなっているんですか?」
「隠蔽の魔法を元にした魔法がかけられています。かなり巧妙な仕掛けで、一見すると炙り出しのようにも見えますわね。けれど、この魔法には内容物を浮かび上がらせる仕組みがありません。これでは誰もこの本を読めませんわ」
わかったことを俺達に説明してくれたオフィーリア先生は、どうしたものかとソファの背もたれに寄りかかる。俺達も同時に頭を抱えた。
アレブのばーさんという人形を作ったベラの手による物だ。一筋縄でいくわけがないとは思っていたが、これはかなり手強い。しかし、同時に俺への報酬でもある。更に渡せばわかるという遺言付きだ。つまり、本当なら俺が見たら一発でわかる代物なんだよな。
「オフィーリアさん、このかかっている魔法を解除すれば読めるようになりませんか?」
「こういう仕掛けってね、そういう強引な方法をとると、内容物も消去されるものですのよ。ですから、そのやり方はお勧めできないですわ」
クレアの質問にオフィーリア先生はきっぱりと答える。そうだよな、そんな力任せなやり方が通じるならこんな細工に意味はない。
「ユージ先生への報酬やってゆうのに、まるで中身を見せる気がないような本やなぁ」
スカリーが呆れたように声を上げるけど、たぶんそれは違う。俺以外には見せる気がないんだ。この二冊にどんなことが書かれているのかはまだわからないけど、そんなことをしてまで一体何をくれたんだろうか。
しばらくみんなで色々考えていたが、一向に謎が解ける気配はない。
「これは、トーマス殿を待った方がいいのではないでしょうか、お婆さま?」
「そうね。あまりにも手がかりが少なすぎるわ」
一時間ほど色々と探ってみたけど、とうとうオフィーリア先生も根を上げてしまった。
「それじゃ、昼過ぎまで一旦休憩ということにしますか」
俺の言葉に全員が頷く。ベラの遺した報酬の前に、俺達は手も足も出なかった。
昼ご飯を食べ終わってからも食堂であの本について話をしていると、エディスン先生がようやく来訪してくれた。壁ではなく律儀に扉をすり抜けてくるのは、先生なりの礼儀作法なんだろうか。俺なんて前世で気にしたことなかったけど。
「やぁ、こんにちは」
気軽に挨拶をしてくるエディスン先生に対して、俺達も挨拶を返す。
今更な話なんだけど、真っ昼間から堂々と幽霊が往来しているのはどうなのかとも思うな。本人があまりにも当たり前のように活動しているから、スカリーやクレアでさえも既に違和感はないようだけど。ああ、そういえば前世の俺もそうだったんだよなぁ。
俺とオフィーリア先生の二人がかりで、今現在本の中身が見えなくて困っていることをエディスン先生に説明する。
「はい、話はわかりました。それでは、実物を見せてもらえますか」
いつも通りの調子で俺達に返事をするエディスン先生が、何となく頼もしく見える。
俺達は全員でオフィーリア先生の書斎へと向かった。そして、応接セットのテーブルの上に置かれている本のところまで案内した。
「エディスン先生、これです」
「ほう、これですか。おや、何か書いてありますね」
本の表紙を見たエディスン先生が興味深げに呟く。しかし、散々本を見ていた俺達にはそんな文字は見えない。
「トーマス先生、私には何も見えませんが」
「うちも文字なんて見えへんで」
「わたしも何も見えません」
もちろん俺もだ。なのにエディスン先生だけ見えるのか。どうなっているんだ?
「エディスン先生、なんて書いてあるんです?」
「それが、私には読めない文字ですからわかりません。」
俺の質問に眉をひそめて言葉を返したエディスン先生は、そのまま首をかしげた。そして少しして何かを思いついたらしく、俺へと問いかけてくる。
「ユージ君、君が霊体だった頃に魔力で編纂した書籍を差し上げましたが、あれは今でも使えるのですか?」
「ええ、使えますよ」
魔法学園にいた頃は図書館で大活躍させていた。念じるだけで本をめくったり書き込んだりすることができるから、今でもメモ帳代わりに使っている。
「では、それを使いながらこの本を眺めてください」
そこまで言われて、俺はエディスン先生が何をさせたいのかわかってきた。まさか、そういうことなのか?
俺は魔力で編纂した書籍を取り出す。本が目の前に現れた。そしてそのまま二冊の本に視線を向ける。すると、確かに本の表紙に書いてある文字が見えた。
「あ、俺にも見えた! でもどうして?」
「恐らく、ベラ殿はユージ君が霊体であるという前提でこの本を作ったのでしょう。ですから、霊体のみが見えるようになっているんです。それで、今のユージ君が私と同様に表紙に書いてある文字が見えるのは、前世の霊体だった頃の影響でしょう。転生後も私が差し上げた書籍を使えるようなので、それを使っているときのみ見えるのだと思います」
そうか、俺自身でさえ目覚めた後に転生するなんて思いもしていなかったんだから、ベラだってそんなことを予測できるはずがない。だから、こんな仕掛けにしていたのか。
「それで、何と書いてあるのでしょうか?」
「それぞれに『出生地は?』と『管理者は?』ってありますね」
本から視線をそらさないまま、オフィーリア先生の問いに俺は答える。これ、精霊語で書かれているぞ。そうか、精霊語を操れるような霊体なんて普通いないもんな。この時点でエディスン先生も読めなかったわけだから、確かに俺専用だ。そして次は質問か。
簡潔すぎて最初は何のことかさっぱりわからなかった。けれど、これって俺への報酬なんだから俺に質問しているんだよな。そうなると、ここは難しく考えず、当時の俺の立場を考えて答えればいいのか。なるほど、確かにこれは俺でないと答えられない。
「ユージ先生、何のことかわかりますのん?」
「うん、これ、俺に関する質問だからいけると思う」
俺はそれぞれの本に「日本」と「アレブ」と答える。すると、それぞれから半透明な書籍が浮かび上がってきた。
「え、なに、こんな形で出てくるの?」
「霊体のユージ君が読めるようにとの配慮なのでしょうね。私のような霊体では紙の本に触れませんから」
この時点になっても、俺とエディスン先生以外は誰も何も見えていないらしい。俺達の話に他の四人は戸惑うばかりだ。
俺がその浮かび上がってきた書籍に触れると、二冊とも俺の持っている書籍へと重なるようにして吸い込まれて消えた。たぶん、これで中を見ることができるんだろう。
「えっと、今、この二冊の本から半透明の本がひとつずつ出てきて、俺の持っている魔力で編纂された書籍に吸収されました」
「私も確認しました。これでユージ君は本を読むことができるでしょう」
他の四人はあっけにとられている。何しろ、何もわからないまま終わってしまったもんな。
「まぁ、ユージが読めるようになったのでしたら、それでかまいませんけれど」
「それはそうなんやろうけど、なんか徹底した秘密主義やな」
オフィーリア先生とスカリーは何とも言えない表情で、俺とテーブルに置かれた本二冊を見比べる。
「今、魔法感知をかけてみましたが、こちらの本には魔法の反応がありませんでした。どうも同じことはできないようです」
エディスン先生が念のため確認したところ、取り込めるのは一回だけのようだ。
「ベラという方は徹底しているんですね」
「本当に師匠にしか渡さないつもりだったのか」
クレアとアリーは何やら感心した様子だ。
「これで一応、本の中身を読めるようになりましたから、これから読んで見ますね」
「そうですね。まずは書いてあることを確認してからですわね」
俺の言葉に、オフィーリア先生が頷く。
ここまで徹底して俺だけに手渡そうとした本の内容とは、一体どういったものなんだろうか。俺としてはとても気になる。
早速部屋に戻って、一冊ずつ読むことにした。きっとろくな事が書いてないんだろうな。ああ気が重い。




