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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
6章 過去からの伝言
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譲られた本

 オフィーリア先生とエディスン先生の名前を持ち出すと突然友好的になったランドンさんに、俺達は屋敷の応接室に案内された。屋敷自体はなかなか大きいものの、一目で平民が住んでいることがわかる作りだ。応接室も、貴族の屋敷のように高価な内装や調度品は見当たらない。


 応接室に入ると、俺は持っていても重たいだけの手土産をランドンさんに手渡した。ロッサで買った酒だ。漏れ出る酒の香りをかいでランドンさんは驚く。


 「これは、ロッサでもかなり値が張るものでしょう。バレッサの四十年ものかな? わざわざ買っていただくとは」

 「わかるんですか?」

 「酒好きでしてね。ロッサで売っているものは一通り試しましたよ」


 なるほど、どうりで簡単に当てられてしまうわけだ。俺なんてバレッサの四十年ものなんて聞いてもさっぱりわからない。


 持ってきた酒の話を聞いていると、若い女の使用人が白湯を持ってきた。何かえらく整った顔立ちだが少し動きがぎこちない。


 「あれは、来月に納品する人形です。デモニアの貴族に納品するために、今は最終調整をしているところなんですよ。動きが少しぎこちなかったでしょう?」


 俺達が怪訝そうな顔をしていたので、ランドンさんは気を利かせて説明してくれたらしい。


 「そういえば、ランドンさんの家族以外は全員人形って聞いていましたけど、本当の事みたいですね」

 「ええ。家のことを任せているのと、仕事を手伝わせているのと、それに今みたいに納品用で調整しているのですね」

 「え、人形が人形作りの手伝いをしているんですか?」

 「はい。ライオンズ学園で私の人形を使ってもらってから、デモニアで評判になったらしくて、最近は忙しいんですよ。さすがに人手が足りなくなって、簡単なことは人形にさせているんです」


 ライオンズ学園にも裕福な家庭の子弟が集まっているだろうから、そこで評判になったらお客になりそうなところとのつながりも増えるだろう。


 ちなみに、アリーは俺とランドンさんの会話を人間語に翻訳してスカリーとクレアに伝えている。そのため、アリーは会話に口を挟む余裕がないし、スカリーとクレアはそもそも口を挟めない。


 「その人形作りの技術は全て両親から受け継いだのですか」

 「ええ。親父もお袋も腕が良くてね、俺も徹底的に仕込まれたんですけど、まだまだ追いつけないんですよねぇ」


 苦笑いしながら頭を掻いてランドンさんは照れている。


 「でも、今度はランドンさんが教える番でしょ?」

 「はは、確かに! 俺にも息子が二人いるんですが、どっちも俺なんかよりもずっと腕が良くてですね、つい熱を入れて教えてしまうんですよ」


 ここから先はしばらく、ランドンさんの息子自慢が始まる。自分の後を継いでくれる上に才能もあるとなると、それは嬉しいだろう。でも、幸せな家庭を築いているのは結構なことだが、残念ながら俺はランドンさんの身辺について聞きたいわけじゃない。


 「ただね、必要以上に力を入れて教えたり、逆に甘やかしたりすると駄目なんで、今は二人とも知り合いの人形師に弟子入りさせています。親の俺じゃ、どうしてもその辺りの加減が難しくて」

 「そうなると、ランドンさんも知り合いの息子さんを弟子にしているんですか?」


 早く本題に入りたいのに、再び話を盛り上げてしまう俺。今度は弟子自慢が始まった。相手に勢いがあると話題を上手に変えるのが難しい。もはや、オフィーリア先生が言っていたあまりしゃべらないランドンさんというのが想像できないな。


 「あ、俺、自分の話ばっかりしてますよね。申し訳ない。お袋の話でしたよね」


 しかし、やがて自慢話ばかりしていることに気づいたランドンさんは、照れながら本題へと話を向けてくれた。


 「実を言うと、俺自身はほとんど何も聞かされていないんですよ」

 「え、そうなんですか?」


 意外な返答に俺は小さく驚いた。ベラから俺の相手をするように言われているって聞いたから、てっきり必要なことは伝えられているのかと思っていたのに。


 「お袋って自分のことを全然語らなかったんですよ。親父は仕事絡みくらいなら話してくれましたけど、お袋はそれもなくて」


 本当に困った様子でランドンさんは語る。俺からすると、魔王配下の四天王なんてやっていた過去を語りたがらない気持ちはなんとなくわかる。滅亡した国の高い地位にいたことなんて語っても良いことないしな。


 「でもそれなら、どうして俺のことは伝えたんでしょうね」

 「俺もお袋が死ぬ一月前くらいに聞かされたんですよ。『人間の勇者の守護霊と名乗る奴が来たら相手をしてやれ』って。理由を聞いたら働いた報酬を渡すためだそうです」


 そういえば、アレブのばーさんの評判は当時の王国でも悪かったけど、働きに見合うだけの報酬は支払うっていうものだったっけ。あれって操っていたベラの方針だったのか。


 「でも、ランドンさんは何も知らないんですよね? それで俺の相手をしろって言われても」

 「たぶん、俺から話をするっていう意味じゃなくて、追い返さずに対応をしろってことだと思いますよ。報酬として渡すものはちゃんと用意していたみたいですし」

 「え、何かあるんですか?」


 俺は思わず身を乗り出した。一体どんな形の報酬なのかわからないが、自分に都合の良い想像をして期待してしまう。


 「ええ、まぁ、あるにはあるんですが……ただ、あれが報酬になるのかなぁって、個人的には思うんですよ」


 ランドンさんの微妙な態度に今度は不安が鎌首をもたげてきた。


 「え、一体どんな報酬なんですか?」

 「まぁ、ここであーだこーだと言っていていも仕方ないですよね。今から持って来させます」


 そう言うと、ランドンさんは使用人である人形を呼んで、俺への報酬を持ってくるように指示をした。


 「それで、その報酬ってどんなものなんですか?」

 「一応本なんですけど、何も書いてないんですよ」

 「何も書いてない?」

 「ええ。中は全てのページが真っ白なんです。そんな本を二冊、ユージさんに渡せって言われているんですよ」


 俺はアリーと顔を見合わせた。ベラがどうしてそんなものを用意したのかわからない。


 とりあえず、アリーがスカリーとクレアにも翻訳する。すると、スカリーから返事があった。


 「それって、もしかしたら炙り出すことで文字が浮かんでくるんと違うかな?」

 「火で炙るのか?」


 遥か昔、確か小学校でだったと思うが、理科の実験でレモンの果汁か何かを使って炙り出しの文字を浮かび上がらせた記憶がある。


 「そんなんしたら本が燃えてしまいますやん。そうやのうて、一定の方式で魔力を込めることで文字を浮かび上がらせるんですわ」


 スカリーによると、記録に残さないといけないが一部の者にしか見せたくない場合に、魔力を使った炙り出し方式が使われるそうである。詳しい説明は省略されて詳細はわからないが、要は気軽に見られないようになっているわけだ。


 「ということは、キーワードか何かで発動させて魔力を込めるのかしら?」

 「たぶんな。ユージ先生、ランドンはんにそのことも聞いたらどうです?」


 中身が見えないことにはどうにもならないので、俺はランドンさんに向き直って質問してみる。


 「あの、魔力による炙り出しという仕掛けが使われている可能性があるんですけど、キーワードみたいなものを聞いていませんか?」

 「炙り出し方式ですか。確かにその可能性はありますよね。でも、俺は二冊の本を渡せって言われているだけなんです。渡せばわかるって言われましたよ?」


 なんじゃそりゃ。俺だけに見える魔法の本だっていうのか?


 そのときになって、本を取りにいっていた使用人の人形が戻って来た。手にはなかなか大きい本が二冊抱えられている。


 「あれですか」

 「そうです。その本をこちらの方へお渡ししなさい」


 使用人は一礼するとテーブルの上に二冊の本をまとめて置いた。


 改めてよく見ると、思ったほど古くさくない。年季は入っているみたいだけど、ぼろぼろじゃないからそう感じるんだろう。どれも電話帳より一回り大きいくらいだ。厚さは電話帳と変わらない。そして、二冊とも全く同じ作りである。


 一番上の本を適当に開けてみたら、確かに真っ白なページがあるだけだった。ぱらぱらとめくってみても全て真っ白。


 「本当に真っ白ですね、師匠」


 困惑した様子のアリーが俺に顔を向けてきた。困った顔をしているのは、俺もスカリーもクレアも同じだ。


 「ばーさん、一体どうしろってんだよ、これ」

 「いや、なんだか申し訳ない。お袋も何だってこんなのをユージさんに渡そうとしたんだか」


 俺への報酬を託されたランドンさんは恐縮している。思わず漏れた俺の独り言に反応したらしい。


 「他には何か、俺宛の手紙があったりなんてしませんか?」

 「そういうのはないですね。本当にこの二冊だけなんですよ。これ、実は本当に白紙ってことはないですよね?」

 「そんなことを俺に聞かないでください。不安になるじゃないですか」


 まさかこの本の材質がかなり特殊だから売れば一財産になる、なんてのが報酬じゃないよな?


 「師匠、これは一旦持ち帰って、お婆様の協力を得た方がいいのではないですか?」


 アリーからの提案を受ける。ランドンさんは本当に何も知らないようだし、ここで俺達が考え続けても問題は解決しそうにないからな。その方がいいか。俺はアリーに顔を向けて頷く。


 「ランドンさん、ありがとうございます。これは持ち帰ってオフィーリア先生と相談することにします」

 「そうですか。それがいいですね。あっちには学園長とエディスンさんもいますから、何か良い知恵が出てくるでしょう」


 ランドンさんはようやく肩の荷が降りたと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべている。ああこれって、ペイリン家のときと似ているな。


 「あ、そうだ。ランドンさん、オフィーリア先生のことを学園長と呼んでいますけど、今年の春に引退したそうですよ。だから元学園長になるのかな」

 「ええ?! 学園長さん、やめちゃったんですか! ああ、そういえば、もう結構な年だって聞いていたからなぁ」


 人間よりも寿命がずっと長い魔族だが、それでもやっぱり年は取る。俺がオフィーリア先生の引退について話をすると、しばらく黙って目を閉じていた。


 ともかく、ランドンさんからは何も聞けなかったが、知りたいことが記されているらしい本を二冊譲り受けることができた。真っ白で何も書かれていないというのがものすごく不安だけど、読めるようになる方法があることを信じたい。




 ランドンさんの屋敷からロッサまでは半日かかるため、昼下がりの今からだと日没後までに街へはたどりつけない。そこで、俺達はランドンさんの勧めもあって屋敷で一泊することにした。


 やることも特になかったので、特別に人形を作っている工房を見学させてもらった。どうせ俺達の中で人形作成の技術を盗める奴なんていないので、見せてもらえたのだ。


 工房では、弟子や助手の人形が作業をしていた。作りかけから完成寸前まで様々だ。もちろん全部素っ裸なんだけど、体の各部位があっちこっちにあるため血のないスプラッタ劇場みたいになっている。


 人形とは言っているが、屋敷で見かけた使用人を見ている限り、まるで生きているみたいだ。マネキンよりもはるかに生々しい。


 「いまでこそあまり言われなくなりましたけど、昔の人形師はまがい物の生き物を作っているって、他の魔族からは嫌われたそうですね」


 人形についての簡単な説明をしている合間に、ランドンさんが人形師の立場を説明してくれる。


 「そもそも、最初は部屋に飾る置物としての人形を作り始めたのが人形師の起源なんです。そして、占いに使うためや死んだ子供の代わりとして求められたことから、様々な魔法を取り入れるようになって今に至ります」


 最初っから生きた人形を目指していたわけじゃなかったのか。意外だな。


 「その過程で、色々人に言えないようなことも繰り返し行っていた時期があったから、敬遠されるようになったと聞いています。だからこそ、もうそんなことをする必要のない俺達は、まっとうな事だけをして生計を立てるようにと、お袋によく諭されました」


 ベラが何をやって生きてきたのかはわからない。もしかしたら、さっきもらった本には書いてあるかもしれないが、ランドンさんは見ていない。これ、簡単に読めないようになっているのは、もしかしたら秘密を守りたかったんじゃなくて、自分の息子に見せたくなかったからなんじゃないだろうか。


 でもそれだったら、最低限のことだけ俺に教えてしまえばいい。あんな大きな本二冊に渡って記す必要はないと思うんだけどな。ベラはどうしてこんな託し方をしたんだろう。


 幾分空気が重くなった気がしたので、俺は話題転換をしたくて周囲を見る。


 周りにある人形は、作りかけも含めてどれもが魔族ばっかりだ。魔族が魔族向けに作っているんだから当然である。しかし、その中に一体だけ人間っぽい人形があった。


 「ランドンさん、あの作りかけの人形だけ他のとは違うように見えるんですけど」

 「ああ、あれですか。あれだけ人間を模した人形なんですよ。商人経由で人間の貴族から注文があったんで引き受けたんです」


 俺の話に乗ったランドンさんが大まかな話をしてくれる。それ以後は、お互いに工房にある人形の質問と説明に終始していた。


 三十分ほど工房の中を見て回った後、屋敷でランドンさんに人形についての話を夕方までしてもらった。スカリーとクレアに通訳するのは大変だったけど、通常では知り得ない話だったので面白かった。


 俺達は翌日、ランドンさんの屋敷を出発して、ロッサへと向かった。

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