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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
6章 過去からの伝言
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腕の良い人形師

 年頃の娘さんを預かるということがどういうことかを思い知らされて一夜が明けた。


 一通りデモニア観光もできたので、そろそろベラの息子に会いに行こうと思う。


 その人形師の名はランドンという男の魔族だ。オフィーリア先生によると、ライオンズ学園に精巧な人形を納品しているらしい。現在は結婚して子供もいるそうだ。そして、なんとロッサの近郊に住んでいる。


 このランドンという魔族が、過去について何かを知っている可能性があるらしい。何も知らない可能性ももちろんあるけど、そのときはすっぱり諦めるとしよう。


 「はい、これが紹介状ね。これを見たら、少なくとも話くらいは聞いてくれるはずですわ」


 オフィーリア先生直筆の紹介状を俺は受け取る。


 「職人気質で気難しい上に口下手っていうような方じゃないですよね?」

 「あまりしゃべらないのは確かね。性格は穏やかだから心配しなくていいですわよ」


 よかった。いきなり帰れと叫びながら殴りかかられることはないらしい。


 「あ、お土産なんか持っていった方がいいですか? ほら、お酒とか」

 「ここからかさばるのは持っていかない方がいいでしょう。買うならロッサのお酒を買って持っていけば充分ですわ」


 そりゃ助かる。なら、立ち寄ったときに買うとしよう。


 「それと、アリーなんですが、本当に同行させてもいいんですか?」


 アリーからオフィーリア先生に許可はもらったという話は聞いていたが、不安だったので直接確認することにした。先生の大切な孫なんだから、やっぱり本人から話を聞いておきたい。


 「ええ。わたくしには四人の子がいて、ライオンズ学園は長男が今年の春に継ぎました。娘二人はもう嫁いだし、アレクサンドラは末息子の一人娘ですから、問題ありませんわ」


 なるほど、スカリーやクレアと違って家を継ぐ必要はないのか。


 「えっと、前々から気になっていたんですが、アリーの両親を一度も見かけたことがないんですけど、もしかして──」

 「二十年ほど前、流行病でね。わたくしの夫と一緒に」


 ああ、やっぱりやっちまった。俺が謝罪すると、「いいのよ」と笑って許してくれた。


 「それじゃ、俺達は明日出発します」

 「わかりました。馬車を用意しますから、それを使うといいでしょう。わたくし達が人形を受け取るときに使っている馬車ですわ」

 「助かります。隊商を探すのは大変なんで」


 どうしてもこの三人を連れていると訳ありと見られてしまうらしく、避けられる傾向にあるのだ。隠せない品の良さに足を引っぱられている感じである。


 「ロッサまでかぁ。また一ヵ月近く旅をするのね」

 「そうやなぁ。こう一瞬で行けたらもっと楽やのに」

 「確かに。デモニアからレサシガムまで行くのに二ヵ月近くかかるからな。ゆっくり移動するのが旅の醍醐味と言われたらそれまでなのだが」


 その醍醐味の中には盗賊に襲われることも入っているのか聞きたくなったが、やめておいた。


 ともかく、移動手段を提供してもらえるのはありがたい。俺は喜んでオフィーリア先生の提案を受け入れた。




 約一ヵ月後、俺達はオフィーリア先生から借りた馬車を使ってロッサまでやって来た。暦は八月なので夏真っ盛りだが、魔界の夏は人間界に比べてずっと涼しい。


 借りた馬車はしばらくロッサで待機してもらうことになった。もし何か有用な情報があって、オフィーリア先生に相談したいことが出てきたときに備えてである。人形師ランドンのところで何も収穫がなければ、そのままレサシガムへと戻るつもりだ。


 ちなみに、馬車は貴族御用達の宿で預かってもらえた。もちろん有料で。御者にその分の路銀も渡しておいてくれたオフィーリア先生には、本当に頭が上がらない。


 「師匠、お酒はどこで売っているのですか?」

 「そりゃ酒屋だろう」


 随分と間抜けなやり取りをアリーと交わす。


 以前、デモニア行きの隊商を待っている間に倉庫屋で働いていたが、あのときは倉庫と荷馬車を往来するばかりで、ロッサの街をほとんど見ることはなかった。だから、その酒屋をまず探さないといけない。


 急ぐ必要もないので、俺達は観光がてらにロッサの街を巡る。南北を貫く街道に沿って歩くと、今度は奥まったところへも足を運んでみた。


 そうして歩き回っていたら三件の酒屋を見つけた。とはいっても、現代日本のような小売店というよりは、問屋に近い。一般人は酒が飲みたければ食堂や酒場で飲むのが普通で、この世界の酒場はそういった食堂や酒場を相手に取り引きしている。俺のように贈答用を求めるわけでもなければ、一般人が酒屋にやって来ることはない。


 「へぃ、らっしゃい、って、ん?」


 店に入ってきた俺達へ条件反射で声をかけた店員の顔が、怪訝そうなものに変わった。魔族一人に人間三人、しかも俺以外は三人とも未成年のように見える。人間の外観で年齢を推測できなければ、更に怪しく見えるだろうな。


 それでも、同じ魔族同士なら話しやすいだろうと思って、今回はアリーに話を進めてもらうことにした。


 「私は、アレクサンドラ・ベック・ライオンズだ。知り合いに贈答する酒を求めてやって来た」

 「あ、ああ。そういうことですかい」


 どことなく安心した店員の緊張がほぐれていく様子がよくわかる。この世界では、未成年に酒を売ってはいけないなんて法律はないが、飲ませてはいけない習慣はある。三人とも成人しているけど見た目は若いからなぁ。


 「どんな酒がいいんですかい?」

 「どれって……たくさん種類がありそうだな」


 半分倉庫みたいな部屋には、所狭しと多数の酒が鎮座している。酒飲みじゃない俺にはさっぱりだ。


 「うわぁ、何が書いてあるか全然わからんなぁ」

 「まだ勉強して間もないものね」


 酒樽に記された文字はもちろん魔族語だ。ついでに言うと店員とのやり取りもである。そのため、スカリーとクレアは何を言っているのかさっぱりわからない。


 「師匠、私にはどれがいいのかわかりません。どうしましょう?」

 「一番いい酒をあれに入れてもらおう」


 いくら迷ってもわからないものはわからない。それなら、すっぱりと決めてしまうべきだろう。重要な相手にする贈り物でけちってはいけない。


 「ははっ、俺達の言葉をしゃべれる人間ですかい。こりゃ珍しい従者ですな」

 「珍しいのは確かだが、従者ではない。私の師匠だ」


 酒瓶に酒を入れようとしていた店員は、アリーの言葉を聞いて危うく酒瓶を落としてしまうところだった。




 酒を買った翌日、俺達はロッサの近郊に住むランドンに会うため、森の中へと入った。鬱蒼と生い茂る森の中ではあるが、幸い獣道に近い小道があるので迷うことはない。ここを半日かけて歩くと、件の人形師の屋敷に着くと聞いている。


 「こんなところじゃ、いつ魔物に襲われてもおかしくないのに、ランドンさんは一体どうしているのかしら?」

 「たぶん、護衛の人形を一緒に連れてきているんとちゃうかな。ほら、どうせ荷物持ちにも人手はいるし」

 「私もそう聞いている。屋敷の使用人もみんな人形だそうだ」


 時折、捜索サーチで周囲を確認しながら、俺は三人の雑談を聞いている。


 アレブのばーさんみたいな人形が作れるんだったら、生きた人間や魔族の使用人なんていらないよな。忠誠心は絶対だし、無報酬かつ無休で働いてくれるし、良いことずくめだ。俺も屋敷を構えることができたら欲しいな。もちろん女の子タイプで。


 そんなアホなことを考えていると、やがて急に開けた場所に出る。どうもランドンさんの屋敷に着いたようだ。


 すると、ひとりの中年男性が近づいてきた。アリーが言うには、特にこれといった特徴のない姿の魔族だそうだ。


 「あんたらは、誰だい?」

 「私は、アレクサンドラ・ベック・ライオンズだ。人形師ランドン殿に会いに来た。これは、オフィーリアお婆様からの紹介状だ」


 その中年魔族はアリーから紹介状を受け取るとしげしげと見る。そして、ご主人様に渡してくると言い残して屋敷の中へと入っていった。


 「何やら、話し方が微妙にたどたどしかったですね」

 「う~ん、この地方の方言ってことはないのか?」


 屋敷の使用人は全員人形だと聞いているが、もし今の中年魔族もそうだとしたらぱっと見で区別はできない。もしかしたら人形作りの助手や弟子という可能性もある。


 「ねぇ、スカリー。今のやり取り聞き取れた?」

 「あっちの男の方は何とかな。でも、アリーの言葉は全然やったな」


 困った顔のクレアと渋い表情のスカリーが、会話の言葉を聞き取れたかどうか話し合っている。実はこの二人、ライオンズ邸で寝泊まりしていた頃から魔族語の勉強を始めたのだ。オフィーリア先生から子供用の手習い本をもらって今も勉強している。ただし、自在に使えるようになるにはまだ時間がかかるようだ。


 そんなことを話しながら待っていると、さっき俺達に話しかけてきた中年魔族を従えた、背の高い細身の魔族がやって来た。右手にはさっき渡した紹介状がある。


 「これは、アレクサンドラお嬢様じゃないですか。わざわざどうも」

 「ランドン殿でよろしいか?」

 「ああ、そうか。以前、俺が一方的に見ていただけでしたっけ。申し訳ない」


 どうもランドンさんはアリーのことを知っているらしい。後で教えてもらったところ、仕事でデモニアのライオンズ邸へ立ち寄ったときに、ちらりとその姿を見たそうだ。


 「それで、今日はどのようなご用件で? 新しい人形が必要なんですか?」

 「いや、今回は別の用件で来たのだ。ランドン殿の母上に関することで、こちらの方が聞きたいことがあってな」


 そう言うと、アリーは俺へと視線を向ける。釣られてこちらへと顔を向けたランドンさんは不思議そうに俺を見た。


 「人間、ですか? ロッサの街で見かけますが」

 「そうだ。私は今年の春まで人間界のペイリン魔法学園へ留学していたんだが、そこでとても世話になった教師のユージ殿だ。私は師匠と呼んでいる」

 「ええ?! 師匠ですか!」


 人間の師匠なんて魔族からしたら珍しいだろう。更に自分の得意先の娘さんの師匠となると驚くのも無理はない。


 「それと、この二人は右がスカーレット・ペイリン、左がクレア・ホーリーランド、どちらも人間で私の良き友人だ」

 「はぁ、そうですか」


 ランドンさんは明らかにどう対応していいのかわからない様子だ。このまま話を進めてもいいのか一瞬迷ったけど、どのみち話をしないといけないので自分の正体をそのまま告げることにした。


 「二百年前、アレブという人形を通じてあなたの母に使われていたユージです。当時は霊体で人間にとっての勇者ライナスの守護霊でした。二十年ほど前に人間へ転生して今に至ります。今日はベラさんに関することで話を伺いに来ました」


 俺の紹介を聞いたランドンさんは驚愕で目を見開いた。最初は変な奴と笑い飛ばされるかと思っていたけど、予想と反応が違う。もしかしたら、ベラに何かを聞かされているのかもしれない。


 「あんた、アレブという人形を知っているのか?」

 「当時は人間の王国でお抱え呪術師をしていました。俺はこの世界に召喚されてから魔王を討つまでその指示に従っていましたよ」


 ランドンさんの顔に緊張が走る。そんなに俺の存在が信じられないのか。いや、普通は信じられんわな。


 「あ、別にあなたに復讐しに来たわけじゃないですよ。人間界で魔王を討ち取った俺の仲間の記録を見たり、オフィーリア先生の話を聞いてわからないことがあったんで、手がかりになることはないかなって思って来たんです」

 「オ、オフィーリア先生?」

 「ええ。こちらに召還されたばかりだった当時、エディスン先生、オフィーリア先生、そして妖精のジルに色々と指導してもらったんですよ」

 「ああ、そういうことかぁ!」


 何に納得したのかはよくわからないが、ランドンさんの緊張が解けてゆくのがわかる。


 「ランドン殿?」

 「いやいや申し訳ない。人間ということで緊張していたんですよ。学園長さんとエディスンさんのお弟子さんなら問題ありません。死んだお袋からは、『人間の勇者の守護霊と名乗る奴が来たら相手をしてやれ』としか聞いていなかったんで驚いたんですよ」


 いきなり友好的な態度になったランドンさんに俺達は戸惑う。あまりしゃべらない魔族だって聞いていたけど、会ってみるとちょっと違うな。


 「このユージっていう人のことは、学園長さんもエディスンさんもご存じなんですよね?」

 「ああ、一月ほど前に三人とも私の屋敷に逗留していた。そのときに師匠の前世が守護霊であるということは確認済みだ。ちなみに、この二人は二百年前の師匠の仲間の子孫だ」

 「なるほど、全部納得できました。なんだ、お袋もちゃんと説明してくれてたらよかったのに」


 なんか思い切り脱力しているなぁ。それと、隠し事はできない性格みたい。


 「っとそうだ。立ち話もなんですから、中へどうぞ」


 ここに来てやっと中に入れてもらえるようだ。話した感じ拒否感もないようだから、これなら知っていることは教えてもらえそうだ。

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