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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
6章 過去からの伝言
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師匠たちから聞いた過去

 かつての師匠二人と再会した俺は、いつになく上機嫌で床につき、翌朝を迎えた。転生直前に妖精のジルと会っているのも含めると、これで一応昔の知り合いとは全員顔を合わせたことになる。


 そして、転生後の世の中で前世の俺を知っている人に対しても、全員会うことができた。俺の能力や過去を秘密にしておいた方がいいことには変わりないけど、知っておくべき人にはほぼ全員伝えることができたと言っていい。残るはフォレスティアにいるジルとレティシアさんくらいかな、無事に転生できたことを伝えないといけないのは。


 伝えたせいで望んでいないしがらみができたことも否めないが、世代を超えて俺のことを気にかけてくれた人々でもある。話をして後悔はない。


 ようやく自分の中の重しをひとつ取り除けたという思いが強いのだろう。今朝は転生後でも数えるくらいしかないほどの素晴らしい目覚めだった。


 おお、心が軽いという表現は本当だな。空っぽとはまた違う。あれは真空みたいなもので、その場所には本当に何も存在しない。でも今は、その場所に空気みたいな清浄なものが満たされた感じだ。見ることも触ることもできないけど何かある感じはする。しかもあって心地が良いもの。ちょうど今、朝日をふんだんに受けたこの部屋のよう!


 といったところで、俺は我に返った。寝ぼけていた頭が起きたといってもいい。危うく出来損ないの詩人みたいになるところだった。


 俺はふかふかなベッドからもぞもぞと出ると、服を着替えて顔を洗う。安宿や野宿では考えられないような贅沢だ。


 外に出る支度を済ませると、これからのことを考える。とりあえず、クレアとアリーを実家に送り届けるという仕事は果たせた。後は一旦レサシガムに帰ってからサラ先生と話をつけて、フォレスティアへ行くことになる。休職のままか退職するかはこのときの話次第だな。


 そんなに先の話ではなく直近に目を向けると、数日間はこのライオンズ家の厄介となる。旅の疲れを落とす意味でも、しばらくはごろごろしてもいいだろう。その間にデモニアの観光、特にロックホーン城の中を見てみたいな。今も中はそのままなんだろうか。


 「やっぱり暇だな。食堂にでも行ってみるか」


 ライオンズ家の朝ご飯の時間がいつなのかはわからないけど、大きな悩み事もない今、ひとりでじっとしていても手持ちぶさたになってしまう。なので、誰もいなければまた部屋に戻ればいいやという軽い気持ちで、俺は食堂へと向かった。


 しかし予想外なことに、食堂には少なからぬ先客が既にいた。オフィーリア先生とアリーが席へと着いている。更に、オフィーリア先生の奥にはエディスン先生とウィルモットさんが控えていた。スカリーとクレアの姿はまだだ。


 「おはようございます、オフィーリア先生、エディスン先生、アリー、ウィルモットさん」

 「はい、おはようございます。昨日はよく眠れましたか」

 「おはよう。霊体だった頃の君を知る身としては、多少違和感があるね」

 「師匠、おはようございます」


 四人と挨拶を交わしてから、昨日と同じ位置の椅子に座る。アリーが早いのは早朝に剣術の修行をしているからだろう。オフィーリア先生は早起きの習慣があるのかな。以前夜型の生活に慣れているって聞いた記憶があるけど。エディスン先生は眠らないから考えるまでもない。幽霊に睡眠は必要ないのだ。ウィルモットさんは仕事だからな。


 「どうも早すぎたようですね」

 「わたくしもアリーも朝が早いですからね」


 柔らかい笑顔でオフィーリア先生が言葉を返してくれた。その間に使用人のひとりが、暖めた白湯を差し出してくれる。


 「師匠、今日は何をされるんですか?」

 「デモニアの観光と、できればロックホーン城の中を見てみたい。今はどうなっているのか気になるんだ」

 「中の造りは昔のままですよ。今はこの地を治める領主の居城になっていますが」


 エディスン先生から突然ネタばらしをされて少し驚いた。いやまぁ、大体は想像していましたけどね。そんないきなりばらさなくてもいいじゃないですか。


 「デモニアの観光は、まずアリーの知っているところを回ればよいでしょう。それだけでも一日はかかるでしょうね。ロックホーン城の見学については、さすがに難しいかしら」

 「はい、御屋形様。ユージ様には失礼ですが、さすがに一介の人間を観光という理由で入れてもらえるとは思えません」


 ウィルモットさんの話を聞いて、オフィーリア先生はさすがに困った顔をしている。


 「別にいいですよ。エディスン先生から中は昔のままって聞けたので、それでいいです」


 気にはなるけど無理をしてまで見たいわけじゃないしな。俺はあっさりと引き下がることにした。そうなると、今日はアリーの案内でデモニアを観光することになるのか。


 「そう、ごめんなさいね。では、今日はアリーの案内でデモニアを楽しんでくださいね」

 「わかりました。アリー、楽しみにしているよ」

 「う、いきなりの大役ですね。どこを回ればよいのやら」


 困った顔をしつつも、アリーはどこを巡ればいいのかを思案してくれる。こっちとしてはどこでも楽しめそう。


 「それでは、アレクサンドラ嬢が今日の観光案内について考えている間に、オフィーリア嬢と私からユージ君に知らせておくべきことをお伝えします」


 いつもの淡々とした言い方で、エディスン先生が新たな話題を持ち出してきた。オフィーリア先生の表情が真剣というか少し悲しそうな表情に変化したことで、何となく過去の話なんだろうなということは想像できた。


 「ユージ、わたくしは最初にあなたへ謝罪しなければなりません。なぜなら、わたくしは自分の復讐のためにあなたを利用したからです」

 「は?」


 何が来るか身構えていたつもりだったが、いきなりオフィーリア先生から謝罪されて虚を突かれてしまう。しかも、復讐?


 「わたくしの一族は、デズモンド・レイズの魔界統一のときに滅ぼされてしまったのです。そして、一族の生き残りであるわたくしは、魔王と名乗った彼の者に復讐する機会を窺っておりました。そんなときに、当時魔王の四天王だったベラ殿の誘いを受けて、あなたを教育することになったのです」

 「え、なにそれ? 魔王の四天王が俺を育てた?!」


 オフィーリア先生が何を言っているのかよくわからない。先生が親のかたきとして魔王を討ちたいと思うところまでは理解できるけど、どうしてそれを四天王のひとりが手伝うんだ?


 「ごめんなさい。順を追って話をするわね。元々、魔王デズモンド・レイズを倒す計画は、当時魔王の四天王だったベラという魔法使いと同じく四天王だったフールという道化師が主導していたの」


 俺の様子を見て理解できていないことを悟ったオフィーリア先生は、苦笑しつつ説明しなおしてくれる。それはいいんだけど、最初っから衝撃な事実が明らかになったな。


 「ベラとフールがどうしてそんな計画を立てたのかは知りません。ただ、魔王の打倒を望んでいたわたくしとしましては、その計画に乗ることにためらいはありませんでした。何しろ、当時のわたくしには失うものなどありませんでしたから」


 魔界統一の過程で魔王に滅ぼされたり屈したりした奴からしたら、そりゃ反抗したくなるよな。オフィーリア先生もそのうちのひとりだったということか。


 「ただ、当時のわたくしは率いる勢力もない小娘にすぎませんでした。しばらくはベラ殿の使い走りをしていましたが、あるとき、人間の守護霊の教育を頼まれたのです」

 「そして俺のところにやって来たわけですか」

 「はい。ユージの教育が終わってからは、反魔王勢力同士の連絡係として働いていましたのよ」


 その話を聞いて、オフィーリア先生の謝罪の意味はわかった。一番悪いのはベラとフールっていう奴らなんだろうけど、それに荷担したからなんだろう。どうしてその二人が四天王でありながら雇い主の魔王を殺そうと思ったのかはわからないけど、四天王の半分に裏切られていたら、そりゃ人間界への侵攻なんて上手くいかないよな。


 「疑問がいっぱいあるんですけどいいですか?」

 「ええ、答えられることならば」

 「俺がライナス達と魔王を倒すまで、ずっと王国のお抱え呪術師だったアレブっていうばーさんの指示を受けていたんですけど、このばーさんもベラの仲間だったんですか?」

 「仲間ではなく、配下、正確には操り人形でした」


 その返答を聞いて俺の頭は真っ白になる。


 「え、人形ですか?」

 「はい。ベラ殿は優秀な人形師でしたので、自身に似せた人形をいくつか作り、各地に送り込んでいました」


 つまり、俺やライナス達はその人形を通じて四天王のひとりに使われていたわけだ。二百年ぶりに知る事実に俺は愕然とした。


 しばらく呆然としていたけど、気を取り直して質問を続ける。


 「オフィーリア先生がベラの要請で俺の教育係になったということは、エディスン先生とジルもなんですか?」

 「そうです。私はベラ殿から直接頼まれました。ライオンズ家滅亡後、オフィーリア嬢と行動を共にしていたのですが、先に私がユージ君の教育係になるように頼まれたんですよ。ジルは確か、人形に頼まれたと聞いています」


 自分のことも含まれていたからなのか、エディスン先生が横から答えてくれた。


 「ライナス達が魔王を討伐するというのは、最初から決まっていたことなんですか?」

 「わたくしが聞いた範囲では、いくつかある手段のひとつみたいでした。ですから、もし思うように育たなければ、一介の冒険者のままで終わっていたかもしれませんね」

 「ただ、数ある手段の中では、魔王を倒す有力候補のひとつという認識が、ベラ殿にはあったようです」


 オフィーリア先生とエディスン先生がそれぞれ答えてくれる。切り札が俺達だけっていうのはいかにも不安だよな。


 でもそうなると、前々から思っていた疑問が再び浮かび上がってきた。初めてアレブのばーさんと出会ったときのことはもうほとんど忘れてしまったが、俺は予定外だと指摘された記憶だけは残っている。でも、守護霊は変えられないから俺を十年以上かけて育てたんだよな。そこが引っかかる。


 「俺やライナスが数ある手段のひとつということですけど、その割に手間暇かけて育ててませんか? 特に俺なんて予定外だったんですから、おざなりにしたくなるものだと思うんですけど」


 一人前の冒険者になるまで十五年、そして魔王を倒すまでの数年間もしっかりと支えてくれた。結果的にはその手間は報われたことになるけど、他の手段にも同じような労力をかけていたら大変すぎるんじゃないだろうか。


 「何十年もかけて事を運ぼうとするのなら、これくらいの手間はかけて当然ですよ。その手間をかけられないというのであれば、長期的な謀は無理ですね、ユージ君」


 エディスン先生に当然のように指摘されてしまった。うん、俺には絶対に無理だな。途中で飽きる自信がある。


 「自分のことは大体わかりました。それで、計画の中心であるベラとフールはその後どうなったんですか? 俺が知っている範囲では、ベラは魔王の隣で倒したはずだし、フールは……どうなったんだろう」


 そういえば、その手の話は全然聞いていなかったな。


 「そのユージが倒したというのはベラ殿の人形でしょう。魔王が倒れた後に一度だけお会いしましたが、そのときは老婆の姿から妙齢の女性の姿へと若返っていましたよ」


 何その超展開。身代わりの人形を倒したというだけならともかく、妙齢の女性になっていたってどういうことなの。


 「どうして若返っていたんですか?」

 「さぁ、そこまでは教えてくれませんでした」


 気にはなるけど、重要なことじゃないので後回しにしよう。オフィーリア先生は話を続けてくれる。


 「それとフール殿については、同じ四天王のギルバート・シモンズと諍いを起こして討たれたと聞きました」


 それを聞いた俺は首をかしげた。ペイリン家とホーリーランド家に残っている記録によると、確かにフールはギルバート・シモンズに殺されたとある。でも、フールはギルバート・シモンズの体を乗っ取って生き延びたとあったぞ。


 「オフィーリア先生、確かにフールは殺されたそうですが、そのギルバート・シモンズの体を乗っ取って生き延びたそうですよ。ライナス達の書き残した書物にそう書いてありました」

 「まぁ、そうなのですか。けれど、その後、ギルバート・シモンズは反魔王勢力によって殺されていますから、結局同じことではありませんか?」

 「俺もそう思いたいんですけどね。その殺した相手の体を乗っ取って生き延びた可能性もありますよ」


 ギルバート・シモンズの体を乗っ取ったのに、他の体を乗っ取らないなんてわけはないだろう。


 「ということは、フール殿も目的を果たしたのかもしれませんね」


 オフィーリア先生は何でもないように俺の言葉を聞き流したようだ。俺も会ったことない魔族なので、もやもやとしたものを抱えつつも黙るしかない。


 「ユージ、フール殿について何か気になることでもあるのですか?」

 「ええ、どうしてもまだ生きているんじゃないかって思えてしまって」


 ホーリーランド家でライナスとローラの書き残した書物を読んだときと同じだ。今更どうしようもないとは思いつつも、何かしないとまずいのではという思いも湧き上がってくる。


 「わかりました。それではベラ殿のご子息を紹介しましょう」

 「え、子供?!」


 それを聞いて俺は我が耳を疑った。さっきのオフィーリア先生の様子だと、もう縁が切れているように聞こえましたよ?


 「わたくしはライオンズ学園という学校を創設しましたが、授業や研究で様々な道具を使います。普段から良い道具はないものかと探している折に、偶然ベラ殿のご子息と出会ったのですよ」

 「そりゃまた奇跡的な出会いですね」

 「ええ、全くその通りだと思います。とても腕の良い人形師で、学園としても重宝していますわ」


 紹介してもらって本当に何か新事実がわかるのかは不明だが、可能性があるのならその魔族に会う価値はあるだろう。


 「オフィーリア先生、それではその方を紹介してもらえますか?」

 「ええ。あなたへの贖罪にもなりませんが、わだかまりを解きほぐせる力になれるのなら、喜んで紹介状を書きましょう」


 にっこりと笑いながらオフィーリア先生は、紹介してくれることを快諾してくれた。


 何やら自分から面倒なことに首を突っ込んでいくような気がする。けど、心の奥底に溜まりつつある不安を取り除くためにも、ここは調べておいた方がいいと思った。

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