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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
6章 過去からの伝言
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魔界の商人

 ノースタウンからロッサまでの旅は予定通り九日間で終わった。途中、魔物に二度襲われたが誰一人として欠けなかったのは幸いだ。レスターに言わせるとこんなものだそうだが、別の隊員に聞くと巨鳥ビッグバードに襲われて無傷だったのは珍しいらしい。終わりよければすべてよしなんだろう。


 大北方山脈を抜けると半日ほど森の中を進むことになったが、街道上から見る限りでは最北の森と同じみたいだった。植生ががらりと変わると思っていただけに、内心少しがっかりしていたりする。


 そんな森の中にロッサはあった。街の規模はノースタウンの半分だ。これはこの街が純粋な中継地点だからだという。つまり、ノースタウンは周辺数百オリクにある村や町の経済の要という役割を兼ねているのに対して、ロッサにはそれがないということだ。それはこの森の外にある街が担っているらしい。


 それと、どうせならもっと広々と場所を使える山の麓に街を作ればいいのにとも思ったが、飲料水の問題からここに街が作られたそうだ。この辺りはわき水が豊富に汲み取れるともレスターが説明してくれた。


 森の中にあるという点を除けば、ロッサの町としての造りはノースタウンと対して変わりない。ただ、住人の大半が魔族だというのは大きな違いだ。


 俺達がロッサに到着したのは夕刻前だ。街の南側にある駐車場に入ると空いているところに荷馬車を止める。そして、すぐにレスターは「ちょっと行ってくる」と言い残して去って行った。


 あれから一時間くらいが過ぎた。すでに日は大きく傾いている。ただ、森の中だと西日も枝葉に遮られてあまりこちらへは届いてくれない。


 「うちら、完全に少数派やな」

 「そうね。レサシガムで光の教団の信者は少数派だったけど、それとはまた違った感覚ね」


 そりゃそうだろう。何しろ種族からして違うんだから、人間としての心細さは一層強くなって当然だ。たまに人間の商人を見かけると安心する。


 「今までアリーが感じていた疎外感というのがよくわかるな」

 「ふふふ、そこまで強く感じていたわけではありませんが、みんなに会うまでは多少心細かったですよ」


 自分の領域に戻ってきたという自覚があるのだろう、アリーはどことなく上機嫌だ。


 「よう、ユージ! 待たせたな! こっちの話は終わったぜ!」


 ロッサの駐車場に着くとすぐに荷馬車から離れていたレスターが戻ってきた。出かける前よりも上機嫌だ。


 「随分と長かったな」

 「いやぁ、すまんすまん! 一緒に山越えした隊商に挨拶をして、それから知り合いの倉庫屋と話をしてたんだよ」

 「荷物のことについてか」


 レスター達は荷物を運んで生計を立てているんだから当然ともいえる。


 「それもある。でもよ、ついでにお前達がデモニアまで行けるように話を通しておいてやったぜ」


 その話を聞いて俺達四人は驚いた。レスターの隊商とはここで別れるから、デモニアまでどうするかはこれから全員で話をするところだったからだ。


 「話を通したって、一体どうなるんだよ?」

 「数は少ないが、ここからデモニアへ直行する隊商もいるんだ。そんな隊商がいるんならお前達を乗せてやってくれって掛けあうように、倉庫屋へ頼んだんだよ」

 「そういうことか。ありがとう、助かるよ」

 「いいってことよ! 道中助けてもらったしな! それに、ライオンズの家名を出したら一発だったぜ!」


 デモニアまでの移動手段を手配してくれるのは嬉しいが、最後の一言が妙に引っかかった。アリーは微妙な表情になっている。


 「どうしてライオンズの家名を出したら一発なんだ?」

 「そりゃ有名な一族だからな。そこの出の嬢ちゃんがいるってぇなると、誰だって安心するだろ。どこの馬の骨ともわからん奴を乗せるよりはよ」


 確かに、俺達だけなら魔界じゃ出所不明の人間だもんな。ここじゃペイリン家やホーリーランド家の家名がどれだけ当てになるかなんてわからないし。


 そしてなぜか、アリーが肩の力を抜いて安心した。なんだろう、何か家名以外に問題でもあるんだろうか。


 「ということは、俺達は明日その倉庫屋に行けばいいのか?」

 「いつ見つかるかはわかんねぇよ。隊商の方にも都合があるだろうからな。俺はここに一週間くらいいるから、その間だけでも探してもらおうって考えてんだ」


 なるほど、悪くない。俺達四人で探し回るよりかはずっと良い結果になりそうだ。


 「ということで、レスターの話に乗ろうと思うんだが、みんなはどうだろう?」

 「どうだろうって、うちらに選択肢なんてあらへんやん」

 「そうですよ。そもそも魔界で、どうやって移動手段を手に入れたらいいのかなんて知らないですし」

 「知らないという意味では私も同じです。ですから、ここはレスター殿の提案を受け入れるべきでしょう」


 右も左もわからない状態じゃ、詳しい人に頼るのが一番だ。三人もそれがよくわかっているから誰も反対しなかった。


 「よし、なら決まりだな! 今夜は俺達がいつも使っている宿に泊まろうぜ!」


 荷馬車は知り合いの倉庫屋のところで預かってもらうらしく、ロッサにいる間のレスター達は全員が宿に泊まるのだそうだ。


 「宿を探す手間も省けたな」

 「そうだろう! 宿屋の親父は客が増えて喜び、そして俺達は一杯のただ酒にありつけるってわけだ! だから人には優しくしておくべきだぜ!」


 俺の肩を叩きながらレスターが喜ぶ。なるほど、さすが商売人、うまく世の中を渡っている。俺も見習いたい。




 レスターに従って俺達は数日間ロッサに滞在した。その間に倉庫屋の主は、デモニア行きの隊商で俺達を乗せてもいいという商人を探してくれた。


 初めて倉庫屋の主と対面したとき、アリーがペイリン魔法学園の卒業証書を見せて本人だと証明すると主は安心していた。やはり身元を証明するというのは魔界でも重要なようだ。


 こうなると、俺達を乗せてくれる隊商が見つかるまでの間は、何もすることがない。魔界の情勢などを調べようとも考えたが、驚いたことにロッサには冒険者ギルドがなかったので、ほとんど何もできなかった。


 実は魔界には冒険者という職業はない。一番近い存在が傭兵になる。ただし、これは戦い専門の職業だ。冒険する仕事をしたいなら探検家、日銭を稼ぎたいなら便利屋という職業になるそうだ。道理で冒険者ギルドがないはずだ。ちなみに、ロッサにいた魔族の冒険者というのは、当地の冒険者ギルドに所属しているらしい。


 「そうなると、マイルズ達は傭兵になるのか」

 「そうだ。レスターの専属になるが、傭兵ギルドにも所属している」


 俺は荷物の積み卸しを手伝う合間に、魔界についてレスターや隊商の隊員、マイルズやその仲間、そして倉庫屋の主とその従業員から色々と魔界の常識を教えてもらっていた。


 倉庫屋での作業を手伝っているのは、乗せていってくれる隊商が見つかるまで手持ちぶさただからだ。アリーも一緒に運んでいる。一方、スカリーとクレアは雑用係だ。体力がないというのもあるが、何より魔族語が使えないという理由の方が大きい。


 「しもたな。うち魔族語をしゃべれへんこと忘れてたわ」

 「わたしも。アリーと当たり前のように話をしていたから、全然気づかなかったわ」


 そう、俺達が倉庫屋の主に手伝いを申し出たときに気づいたんだけど、スカリーとクレアは人間語しか使えないんだった。アリーは留学するために人間語を覚えたそうだが、母国語は魔族語だ。そして俺は、かつて叩き込まれたので第二外国語として魔族語を自在に使える。


 「せめて言葉が通じたら、わたしとスカリーで色々聞き回ることもできるんだろうけど、これじゃぁね」

 「うちら人間が話を聞きに行っても、ちゃんと答えてくれるかなんてわからへんもんな。アリーが一緒やったら話が変わってくるかもしれんけど」


 こんな状態だから、スカリーとクレアにできることはほとんどなかった。せめで炊事洗濯掃除ができたらまだよかったんだけど、二人とも良いところのお嬢様だから、こういうときは無力だ。今は俺とアリーの指示に従って右へ左へと動き回っていた。


 そうやってひたすら待っていたが、ようやく目当てとなる隊商が見つかった。レスター達がノースタウンへと向かおうとする時期だったので、少し不安に思っていた頃合いである。


 「おい、ついにデモニア行きの隊商が見つかったらしいな!」


 俺達四人が作業の合間に休憩をしていると、倉庫屋にやって来たレスターが声をかけてきた。


 「レスターか。うん、やっとだよ。二日後に出発するらしい。今日の夕方に一回会いに行くことになってる」

 「デクスターのおっさんだろ! 商売以外だと気の良い奴だから安心だぜ!」

 「商売だとどうなるのん?」

 「はは、えげつないぜぇ」


 スカリーが質問をしたとたん、さっきまでの勢いが嘘みたいにレスターがおとなしくなる。顔が引きつっているのは気のせいじゃないだろう。もしかしたら、かつて商売上でやりあったのかもしれない。


 「俺達は食料と水の提供を受ける代わりに、護衛をすることにもなっているけどな」

 「何でも、いつも護衛を頼んでいる傭兵のうち二人が亡くなったそうなの」

 「それも聞いた。ツイてなかったそうだな」


 護衛中に魔物に襲われたらしい。ロッサまであと二日というところだったそうだ。


 「その傭兵隊は欠員をデモニアで募るそうですから、今回の私達はその穴埋めということです」

 「他人の不幸を利用するみたいで、あんまり気分のいいものじゃないけどな」

 「そんなこたぁ気にしなくてもいいって。こんな商売してりゃよくあることさ。遠慮したって死んだ奴は生き返らねぇ」


 何となく気後れしていた俺の背中をばんばんと叩きながら、レスターが励ましてくれた。


 「そんなことより、デクスターのおっさんをしっかり守ってやんな! そうすりゃ誰も文句は言わねぇよ!」

 「そうだな。ありがとう」


 俺に元気が出てきたことが嬉しいらしく、レスターは更に強く背中を叩いてきた。いや、それ痛いって!


 そうして二日後、俺達はデクスターという魔族の商人の隊商に加わって、一路デモニアを目指すことになった。


 出発前日、同じ日にクロスタウンへと旅立つレスターとマイルズに別れを告げた。もちろん、前日なのは飲み明かすためだ。ただし、俺はそんなに飲めるわけではないので、アリーが代わりに飲んでいたが。


 倉庫屋の主にも挨拶を済ませると、いよいよ出発だ。


 スキンヘッドのおっさん、デクスターはレスターのいう通り気の良い魔族だ。レスターを豪快というならば、デクスターは騒がしい。移動中、しゃべったり歌ったりと黙っていることがあまりなかった。


 いつもなら隊商の隊員や護衛の傭兵相手にしゃべり続けて軽く受け流されるのが常らしいが、俺達という珍客がやって来てデクスターが見逃すはずがない。旅の間、ずっと相手をすることになった。


 では迷惑だったかというとそんなことはない。何しろ俺達は魔界の常識からして知らないのだから、ここぞとばかり色々と質問をしていく。一般人の暮らしに疎いのはアリーも同じだったので、俺達に混ざって知らないことを次々と尋ねていった。


 それが嬉しかったのだろう、デクスターは俺達が聞かないことまで色々と教えてくれた。例えば、魔界の情勢、地方による違い、魔族の気質、平均的な魔族の生活、交渉の基本などだ。逆にこっちは人間界の話をした。


 最初は俺達に何となく壁を作っていた他の魔族も、日が経つにつれて打ち解けていった。しかしそのきっかけが、デクスターの話し相手になってくれたからというのが面白い。何しろ、旅の間ずっとしゃべり続けるものだから、さすがに同じ隊商の隊員でも辟易してしまうそうだ。ついには、荷馬車の御者台にデクスターと一緒に座る当番というものが作られ、半日ごとに隊員が交代していると聞いたときは笑ってしまった。


 このように、困り者扱いされているデクスターだが、商売になると一転して優秀な商人となる。旅の途中、魔界西部の中心都市に寄ったときのことだ。ここで三日ほど滞在したときに、レスターが顔を引きつらせた理由を知る。


 たまたまデクスターが荷馬車の隣で他の商人と商談の話をしているところを見たのだが、実にあっさりと相手を丸め込んで商談を成立させていた。なんといっても普段からしゃべり続けているものだから、実になめらかに言葉が出てくる。相手の商人は最後に「やっぱりお前にゃ勝てねぇな」と肩を落としていたのが印象的だった。


 そうそう、デクスターと一緒に旅をしていてもうひとつ驚いたことがある。それは、なんと人間語でしゃべることができるということだ。種明かしをするとたまに人間の商人と商売をするから勉強したそうだが、それでも大したものである。


 ただ、魔族語の発音を結構引きずっているので、かなり癖のある人間語を聞かされることになる。俺やアリーの場合はどちらの言葉も知っているので大した支障にはならない。スカリーも人間語の方言と標準語の違いを認識して使い分けることができるので、まだ何とかなる。しかしクレアは、聞き取るのがつらそうだった。


 良くも悪くもデモニアへの旅はデクスター中心だった。色々と面白い話を聞けたので俺は満足したが、正直なところ、二度は勘弁してほしいとも思う。


 そうして約一ヵ月の旅の後、ついに魔界の中心であるデモニアへと到着した。かつて魔王の居城があった場所だ。オフィーリア先生はここにいるらしい。


 若干の緊張を覚えつつも、俺はみんなと一緒にデモニアへと入っていった。

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