学生との対話1
学園の創立者であるメリッサ・ペイリンは、それまであった魔法の体系を更に洗練させた。その結果、それまでは八系統または八属性と呼ばれていた魔法が、四系統七属性に分類される。系統は大分類、属性は小分類だと思ってくれたらいい。
系統は四大系統、二極系統、精霊系統、無系統の四種類だ。
四大系統とは、物理的に存在するものに干渉する、あるいは作り出す魔法で、火、水、風、土の属性から成る。
二極系統とは、この世の外にいるという神か魔と呼ばれる存在から力を借りて発動させる魔法で、光、闇の属性から成る。
精霊系統とは、この世の外に存在する精霊を召喚して使役する魔法で、火、水、風、土の属性から成る。
無系統とは、上記以外の魔法で、属性の色がついていない。無属性とも呼ぶ。
メリッサはこれらを、魔王討伐後に『メリッサ・ペイリン魔法大全』として編纂し、広く普及させることに努めたそうだ。そのおかげで、俺もその断片を手に入れつつ学び直すことができた。メリッサの英断に感謝だな。
そんなわけだから、メリッサ・ペイリンという人物は魔王を討伐したという以外にも、魔法史に大きな足跡を残している。魔王討伐隊の中で、その後に最も活躍したと言っていいだろう。
これほどの偉大な先祖を持つものだから、スカーレット・ペイリンという女の子は、それはもう大した自信家だ。もちろんメリッサのことも尊敬しており、馬鹿にされると大変怒ると聞いている。
これだけだと家柄を自慢する貴族とあまり変わらないのだが、もちろんそれだけではない。
スカリーは、メリッサと同じように四大系統と無系統の全てを扱えるのだ。三属性使えれば優秀、四属性なら天才、五属性以上だと歴史に名を残すと昔から言われるが、スカリーは二系統五属性を操れた。そのため、メリッサの再来と周囲から期待されている。本人もそれに応えようと奮闘しているところだ。
今のところ、俺とスカリーの接点は戦闘訓練の授業だけだ。そのため、他はどうしているかあまり知らない。座学の単位は既に取得していると本人が言ってたけど。
そんなある日、いつものようにモーリスから雑用を頼まれて、俺は教員館から倉庫へと向かっていた。とある先生が座学で使うための道具を取ってくるためだ。五十イトゥネック程度の車輪なんだけど、一体何に使うんだろう?
結構広い倉庫の中を探し回ってようやく車輪を見つけた。倉庫へはよく来るので最近はどこに何があるのかわかってきたけど、やっぱりまだ時間はかかる。
その帰り道、とある集団が楽しそうに話をしているのを見かけた。魔法学園の敷地と同じように広い庭の一角で、スカリーを中心として何人かが一緒にいる。友達なんだろう。
俺としては特に避ける理由もないので、近道である庭園の小道を歩いて行く。すると、俺を見つけたスカリーがこちらに声をかけてきた。
「あ、先生やん! 車輪なんか持って何すんの?」
その声と共に友達の学生が一斉にこちらへと視線を向けてきた。知った顔がひとつもない。
「座学をする先生に頼まれて、倉庫から持ってきたんだ。今から教員館へ戻るところ」
「あぁ、マーシャル先生かいな。何年か前にうちもその授業受けたわ」
おお、さすが早熟児。座学の内容は把握済みか。
「さすが、スカーレットさん! 博識ですね!」
「何年か前ってゆーたら、十歳くらいの時ですやん! すごいなぁ! 僕なんてまだほとんど何もできひんかったのに!」
スカリーが俺に言葉を返すと、それに対して何倍もの賞賛の言葉が周囲から聞こえてきた。スカリーもまんざらそうではない。なんだこれ。
「えっと、周りにいるのは友達なんだよな?」
「そやで。みんな今年入学してきた同期生ばっかりや」
そこからスカリーがひとりずつ俺に簡単な紹介をしてくれる。貴族の子弟と平民が半々くらいだ。俺も自己紹介を返すと全員微妙な表情になった。え、どうして?
「今ここで何をしてたんだ? おしゃべり?」
「うん。授業のないのんだけ集めてな。ここにおらん友達も合わせると、三倍くらいになるかなぁ」
そうなると二十人くらいか。入学して一ヵ月半くらいだから、結構いるんじゃないだろうか。
「授業を休まずに出ているのか。スカリーの友達は偉いな」
「当然やん! 魔法学園に来たんは魔法を学ぶためやからな。うちの友達からは落第生なんて出さへんで!」
スカリーがそう宣言すると、周囲の学生が拍手をしながら賞賛した。
なんだか、友達と太鼓持ちが合わさったような感じの集団だなぁ。
「こういった友達のグループって、他にもあるのか? こう、十人とか二十人が集まっている集団のことなんだが」
「あるで。大抵は貴族と平民で別れてるけどな。そやから、うちのグループみたいに、両方おるんは珍しいみたいやね」
「そうなると、上級生のグループもあるのか」
「もちろんや。大抵の新入生はその上級生のグループに入っていくんやけど、大体面倒な決まりやしきたりなんかがあるから、これがなかなか鬱陶しいねん。うちのところに集まってきたのは、そんなんが嫌な学生ばっかりなんや」
上下関係を嫌がっている割にスカリーの太鼓持ちみたいなことをしているのはどうなんだと思うが、まだこっちの方がましなんだろうな。
「スカリーは上級生のグループに誘われなかったのか?」
「ぎょうさん誘われたで。ただ、小さいグループばっかりで、大きいグループはほとんどなかったなぁ」
「そりゃそうだろう。新入生だからグループ内の序列は一番下のはずなのに、魔法学園の創業者一族だから、他の新入生と同列に扱って機嫌を損ねるわけにはいかない。扱いが面倒なんだ、スカリーは」
グループ内の秩序を乱されると困るのは上級生だ。大きなグループほどその影響力も大きいだろうし、ちょっとした権力や利権もどきもあるだろう。それを失う原因となるような学生を取り込みたいなんて思う奴は普通いない。
それじゃ小さいグループはどうしてスカリーを誘ったのかというと、その創業者一族という威光が欲しかったんだろうな。仮に迎え入れたスカリーがグループリーダーとなっても、失うものなんて大してない。それどころか、その威光を利用できるのなら神輿として担いだ方がむしろいいだろう。うまくいけば大きなグループとも互してゆける。
まぁ、本当にそうなのかはわからないが、大体こんなものじゃないかなと思う。
そういったことを説明すると、スカリーは感心したように頷いた。
「確かにそうゆわれてみると、いくつか思い当たる節はあるなぁ」
「面倒なことが嫌なら、ひとりでふらふらしているのが一番だけどな」
「あはは! そうやな! でも、うちの周りにはもうぎょうさん友達がおるし」
スカリーの周囲にいる友達が全員頷く。
「下級生だけで結構な人数が集まっていると、それだけで上級生のグループから目を付けられかねないから、気をつけるんだぞ」
「あーそやね。それは気をつけとくわ」
俺は手にした車輪をまだ届けていないことを思い出し、その場の会話を切り上げた。
こういった学生グループ同士の付き合いって、実際のところどうなんだろうな。
翌日の夕方、俺は学園内の図書館にいた。アハーン先生から頼まれている調べ物をしているところだ。調べるのは難しくないが、ちょっとしたことをいくつもまとめて頼まれたので時間がかかる。今日は昼から図書館に入ってもう何時間過ぎたんだろう。気づけば西日が強くなってきた。
「はぁ、やっと終わったぁ」
最後の調べ物が終わって本を閉じた俺は、大きなため息をゆっくりとはき出しながら静かに呟いた。ネットでキーワード検索できるわけじゃないから、いちいち面倒なんだよな。しかしそれも終わりだ。後は調査結果をアハーン先生に渡して任務完了である。
俺はできるだけ音を立てないように立ち上がると、本を棚に返すべく重い書籍を片手に歩き始めた。そして、特に何も考えずに歩いていると、見知った姿を本棚の一角で見つけた。
「あれ、クレア?」
「あ、ユージ先生」
ちょうど本棚に本を返した直後のクレアは、俺に声をかけられてこちらに振り返った。
採光のための窓から差し込んでくる赤みがかった光は、室内に漂う極小の埃を際立たせて、幻想的なスポットライトとなっている。そんな、ほんのりと赤みがかっている光に溶け込むように佇んでいるクレアは、驚くほど儚く見えた。
クレアはライナスとローラの子孫だと聞いているが、実際のところはあまりその面影はない。性格はメリッサの生き写しのようなスカリーとは全然違う。ただ、聖女という印象はローラよりもずっと強い。
一番違うのは性格だろうな。ローラはしっかりとしていたし、必要なことはきちんと主張していた。クレアと同じ年頃には既に精神的に自立していたと記憶している。それに対して、クレアは気が弱い。これは育った環境のせいなのかなぁ。
「ユージ先生?」
「ああごめん。ぼさっとしてたな。俺は調べ物が終わって本を返すところなんだけど、クレアも?」
「わたしは調べ物じゃなくて、気になった本を読んでいたんですよ。この魔法学園には、ノースフォート教会の図書館にない本がたくさんありますから」
「読書好きってことか」
「……ええ、まぁ。先生は何の調べ物をしていたんですか?」
返事が微妙なのは気になったが、特に問うこともなく質問に答えた。
しばらくの対話でわかったことだが、クレアはこの図書館によく通っているそうだ。読んでいる本にこれといった偏りはないようで、歴史、地理、詩、文学、哲学など、俺からすると目眩がするようなラインナップだ。日本人だった頃の人生を合わせても、手に取ろうとしたことすらない分野ばかりだな。
もちろん魔法に関する本にも手を出しているようだ。この図書館にはメリッサ・ペイリン魔法大全の完全版とその注釈が全て揃っている。そのため、基礎から勉強するには最適な環境といえよう。もっとも、それを理解してこの環境を活用している学生はほとんどいないそうだ。クレアはその数少ない学生というわけである。
ちなみに、クレアが扱える魔法は、四大系統の水と土属性、二極系統の光属性、そして無系統を扱えるらしい。四属性だから天才の部類だな。学習姿勢といい、本当に優等生な子だ。
「そういえば、クレアはこの学校に入ってから友達はできたのか?」
「え、友達ですか?」
「ああ。昨日、スカリーが友達と雑談しているところを思い出したんだ」
何気なく発した質問だったが、クレアは黙って返事をしてこない。あれ、もしかして地雷を踏み抜いた? うそ、話を繋げる軽い質問だったのに。
「あ、せ、先生。勘違いしないでくださいよ!? さすがに何人かはいます!」
「そ、そうか。そうだよな。だったら、今の間は?」
体全体を使ってぼっち説を否定するクレアに合わせて、その大きな胸も激しく揺れて自己主張してくるが、何とか次の質問をして気を紛らわせる。
「えっとですね。自己紹介のときにも言いましたけど、わたし、よくご先祖様と比較されたり過剰に期待されたりするんですよ。そして、この学校でもそれはあんまり変わらなくて、思ったほど普通に接してくれる友達が少なくて」
そう言うとクレアは悲しそうな表情のまま顔を俯かせた。上から西日が降り注いでいるため、顔に影が差すどころか、顔全体が暗くなってしまう。
「あー、さすがにご先祖様のご威光は強すぎたか」
「みたいです。この学校の創立者と仲が良かったって聞いていますから、当然なのかもしれませんけどね」
「でも、俺の授業だとアリーやカイルは普通に接しているみたいに見えるぞ?」
「そうなんです! あの二人はスカリーみたいに私と接してくれるんで嬉しいです」
悲しそうな表情が一転して嬉しそうな表情へと変化した。なかなか感情の起伏に富んだ子のようだ。この辺りはスカリーと似てるなぁ。
「そうなると、とりあえず二人は友達ができたのか。他には?」
「アリーやカイル見たいな友達はまだいないです。ただ、知り合いという形でしたら、結構いますよ」
そうだろうなぁ。この世界だと先祖が有名人というだけで拠り所になる場合もあるから、相手から寄ってくることもあるはずだ。何とも利害関係の強い絆だけど、ないよりもましと言えるかもしれない。
「今の時点で思うような友達が二人いるんだったら問題ないよ。焦ることはないと思う」
「そうなんですか? よかった」
「まぁ、長く生きていると、長い付き合いができるのなんて数人もいたら大成功だ。一人や二人なんてことも珍しくない。クレアには既にスカリーがいるし、他にもアリーとカイルも同じようになる可能性がある。俺からしたら充分成功していると思えるんだけどな」
社会に出て働き始めると、学校の友達とは疎遠になることが大半だ。俺もそうだった。人付き合いのうまい奴は、環境が変わる度にその場にいる人と仲良くなる。そうなると、一生の友達を確保しつつあるクレアに必要なのは、むしろその場で周囲と仲良くなる能力だろう。
「そっか、わたし、欲張りだったのかもしれませんね」
「欲張りかどうかはわからないけど、スカリー達以外とももっと積極的に交流をもったらどうかな。せっかく向こうから接してくるんだったら、むしろそれを活用するくらいの気を持って」
「まるでご先祖様を利用するみたいですね」
「うん、利用しても文句を言わないよ」
あの二人ならな。むしろ喜んでくれるだろう。
「ふふふ、まるで私のご先祖様を知っているみたいですね」
まぁ、実際知ってるんだけどな。さすがにそれは言えないので曖昧に笑ってごまかす。
日差しの朱い色が更に強くなってきた。俺は図書館が閉館するのも近いことに気づく。
「もうそろそろ閉館だな。俺はこの本を返してくるよ」
「そうですか。今日は私の相談に乗ってくださってありがとうございます。おかげで気分が楽になりました」
「また何かあったら相談しに来てくれ」
「はい。それでは、失礼しました」
既に本をしまい終えていたクレアは、図書館の出入り口へと向かって歩き始めた。
「さて、俺もこれを片付けて飯に……あ、アハーン先生に資料をわたさないと!」
調査結果は机の上に置いたままだった。クレアと話をしていてすっかり忘れていたな。
俺は足早に目的の本棚へと向かいながら、アハーン先生に報告する簡単な内容を頭の中でまとめた。