6 雑音
飛行船の中は快適だった。空調も快適、客席の硬軟も快適、まさに空のホテルといった様子だ。
どうせならこういう所は、女…それもケツと乳が過度に出っ張ったような女と来たかった。
タカダ・オルゲイラ33歳独身は強く静かに思った。
彼が中央に座る横3列シートは左右を男に支配されていた。
左手通路側にはメガネの男リンデンがいた。リンデンは会話もそこそこに離陸からずっと竜脳コンピューターを操作していた。
指一本ずつを恐る恐る動かさないと、キーボードを叩けないタカダからすると、
高速でタイピングするリンデンの指は人間のものに見えなかったが、そんな事よりタイピングの音がうるさくてたまらない。
「空の上でもお仕事とは大変だな」少し皮肉を混ぜた言葉をリンデンには与えたが
「いやー!この資料作っておかないとまずいんすよね!」という快活な回答がきたので注意しずらくなってしまった。
「うるせえな…あと30分カタカタうるさかったら殴ろうかな…」タカダの心の中で暴力が産声をあげようとしていた。
タカダの右手側には大男が大きな口を開けて眠っていた。首の筋肉が声帯を圧迫でもしているのか不気味なイビキが聞こえる。
生存者ことアオキ隊長である。
集合場所での出会いからタカダは熱心にアオキの話を聞いていた。森岳地域へ潜入するにあたって経験者の声は必聴である。
それ以上にタカダにはアオキへの尊敬があり、純粋に話を聞いてみたいという思いがあった。
実に有益な情報をアオキはタカダへ提供したが、話の隅にどうも自慢の気があり
タカダは少し辟易していた。離陸から30分経過した頃には長い話と、そこに散りばめられた自慢の輝きに
尊敬の念は離陸直前に比べて1/10ほどになっていた。
その上、散々話して眠ったと思ったら今度は不快なイビキ…
「眠ってもうるせえな…あと30分グーグーうるさかった殴ろうかな…」タカダの心の中で狂気が産声をあげようとしていた。
「タカダさん」ふと名を呼ばれ、タカダは驚いた。「やべえ…殴ろうかな…って声出てたか?」少し驚いたがそれは杞憂だった。
名を呼んだのは隣のリンデンだった。
「タカダさんは、その30mとかの竜とやった事あるの?」リンデンは聞けば年齢20代後半であったが、年齢不相応な少年ぽさがあった。
「…無い。一番でかくて19mだ。」ぶっきらぼうに答えるタカダ
「じゃあ今回やばいっすね!!」リンデンの快活な声が逆に癇に障った…が、表情に出さない冷静さがタカダにはある。
「竜はでかいし、やばいし…まあ竜脳の性能はすごいっすよね!ただハイリスクハイリターンっていうか…竜脳はこれから先細りだと思うんですよね…危ないっすよ、やっぱ。」
「先細り」その言葉にタカダは反応した。気づく人には気付くであろう怒りがタカダから、うっすら漏洩していた。
「…どういう意味だ?」しかしそれでもタカダは冷静だった。一流の竜とりに冷静さは欠かせない。
「比較的に狩猟しやすい竜って、もうほとんどいなくて、そうなると今回みたいに大型の竜を目標にしなくちゃだけど…やっぱ危ないじゃないですか?
15年前の救助隊だって、そこそこの装備で行ったのにほぼ全滅っすよ!」
「アオキさんが寝てるからって…おまえ!」鈍感なリンデンの一言に、さすがのタカダもさすがに怒気をわずかにあらわした。
「この100年間、竜の脳で電子産業は発展してきたけど、そろそろ限界だと思うんすよね。竜の脳に代わる脳を作り出さなきゃいけない
危険な目に合わなくても竜脳に匹敵したパフォーマンスを得られる物が必要なんすよね!」
タカダの刺すような怒気を知ってか知らずか、リンデンは早口でまくしたてると…
「俺は今回の計画にその糸口が掴めそうな気がするんですよね。」と結び、満足そうな顔をタカダにむけた。いわゆる「どや顔」という表情だろうか。
思わず手が出そうになったが、リンデンから視線を外すとゆっくり口を開いた。
「俺は…俺ら竜とりはあくまで狩るのが専門だ。でけえ獲物だろうがなんだろうが、狩るだけだ。今回だってそうだ、森岳地域だろうと関係ない!お前の夢はお前が勝手に組み立ててろ。」
タカダは最後にリンデンを睨み、口をつぐんだ。
さすがにタカダの怒りに気が付いたのか、少し間を置いてからリンデンが口を開いた。
「俺の夢が叶ったら、遠回しだけどタカダさんを守れると思うんです。」
「噛み合わねえ…」そう言うとタカダは目を閉じた。イビキとタイピング音だけはまだまだ聞こえていた。