眠れない夜
翌朝6時のバスに乗ることを考えて、起床は4時。それを考慮すると21時半には完全に寝ておきたかった。床についてから3時間。一向に瞼が重たくならない。無理やりに瞼を閉じてみるも、ありとあらゆる想像や妄想が次から次へと浮かんできて、それだけでなくどんどん深まってゆく。普通ならこれが夢の世界への入口となるはずなのだが、僕にとっては逆効果。どんどん脳が活性化してゆく。前日や前々日に早めの時間に寝られるよう訓練しておけばよかった。大事があるときほど修学旅行前の小学生のように興奮状態に陥ってしまうものである。まるで哲学者にでもなったように脳内で議論は白熱し、辞書の海に飛び込んだように活字が目の前を通り過ぎて行く。ダメだ。今日は絶対に寝られない。
そもそもとしてこの寝苦しい蒸し暑さが元凶なのではないだろうか。北枕だろうがなんだろうが向きを変えてもそのどんよりと生ぬるい空気が重くのしかかるように充満していて、風は無い。エアコンはリモコンの電池が切れ、扇風機は押入れの中でくすぶっている。というより出すのが面倒なだけだが。余るほどの保冷剤はみんな昨日ゴミに出したし、窓を開けても風が通り抜けていくことはない。
この状況を打開しようとスマホで“眠れない”と検索してみる。すると検索結果がどっと目の前に現れた。真面目に見てしまうと画面を記憶して目を閉じても浮かび上がってきてしまうので、さらさらと小川を流れる笹舟をイメージしてスクロールしてゆく。炊くようなアロマは生まれてこの方買ったことなど無い。ホットミルクはこのクソ蒸し暑い中で飲みたくなんか無い。呼吸法は試してみるも、まじめにカウントして目が覚める。どれもこれも5分で寝られると謳っているが、もう既に2時間は経過している。検索した際に出てきた“入眠障害”という言葉が、自分には当てはまるのではないかと思いはじめた。
深夜3時半。床についてからもう既に6時間経過している。だんだんイライラが募り始める。頭を掻きむしって解消しようとするも、どうにもならずに更にイライラしてくる。蒸し暑さは一向に変わらず、作りおきの氷をそのままおでこに乗せて朝を待った。すると急激な温度差のせいなのか頭痛がしだし、しかも溶けて顔面を伝って床まで滴り落ちていくと、更に湿気を誘っているような気がして、氷が溶けてびしゃびしゃになっているのか汗でそうなっているのかもわからず、不快感は増すばかり。さっさと寝てしまいたいのに、そう思えば思うほど頭が冴えてくる。早く寝たい。早く寝たい。眠たいではなく寝たいと本気で思ったのは初めてだ。30分でいいから。眠ったという実感と事実がほしい。もうどうせ起床してからの頭痛はひどいものだというのはわかっているのだから。心の満足のためにも、寝たい。
僕のことを馬鹿にするように、タイムアップの鐘が鳴った。目覚まし時計を蹴り飛ばして、部屋の電気をつけた。