「空」 第8話
「茜さん・・・、君の話し方、あのーってよく言うけど、その話し方・・・、作ってるね」
俺は、ずっと勘違いをしていた。
茜の話し方は、きっと対人恐怖症かなにかで“あのー”って言う事によって、俺との間合いを計っているんだと、勝手に思い込んでいた。
彼女に言われた訳ではない・・・勝手にだ!!
失態だった。
自分のペースに嵌めたつもりが、まんまと相手のペースに嵌っていた。
普通、対人恐怖症の人は、話し方に特徴があると同時に、行動にも特徴がある。
座っていても落ち着きが無かったり、人の眼を見れなかったり・・・。
彼女は、品良く座っている・・・、視線も、俯き加減の時は眼鏡の反射で見辛いが、訴えてる時は俺の眼をじっと見ている。
でも、そういう人もいるかと思っていた・・・。
だが、彼女は違う・・・。
「その眼鏡も伊達だね。 視線を読まれない為にか? 君は、何故初対面の俺に繕う? 何かあるのか?」
茜は、下を向いている。
「・・・何かあるなら話してくれないか・・・」
茜は眼鏡を外しながら、正面を向いた。
意外と言っては失礼になるが、眼鏡を取った茜は、幼さが残っているものの、可愛さと綺麗さが上手く交わっていた。
その茜の顔を、先程の泣き跡が薄いピンクに飾っていた。
「・・・何処で気付かれました? 不動さん・・・」
「不甲斐無い事に、たった今だ」
「たった今・・・?」
「そっ、たった今。 君の返事を聞いた時・・・」
「返事・・・・・」
茜は悩んでいるようだった。
何処にミスがあったのか・・・、探っているのかもしれなかった。
「“あのー、はい・・・”さ。 君は俺と話していて、2回“はい”と言っている。 1回は今・・・、もう1回は、電話の最後さ。 俺は最初、君を警戒していた・・・、公衆電話だ」
俺は、公衆電話の推理を話して聞かせた。
茜はニコリともせず聞いていた。
「そして俺は試す事にした・・・。 この事務所までの道筋を、丁寧にそしてなるだけ捲し立てるように説明した。 君は、その説明を1回で覚えた。 頭の良さが見てとれる。 その君が、“あのー”を使わずに喋った言葉がこの後さ・・・、君は何と言った?」
茜は、あの時の事を思い出そうと、テーブルの角を見つめながらロボットが喋るように感情無く話し出した。
「・・・はい。 わかりました。 黒岩ビルですね。 名刺にも書いてありますね。 今から向かいます・・・」
「そっ、その通り。 流石に記憶力抜群だね。 その時思ったんだ・・・、“・・・あれ?”っとね。 恐らく君は、道筋を覚えるのに精一杯だったのだろう・・・、言葉までは気が回らなかった。 でも俺の思考も、“名刺”にいってしまった。 ただこれは偶然だが、人間の脳とは面白いもので、何かをやりながらしている会話って、その動作を繰り返す時、会話も甦ってくるものなんだ。 君には覚えが無いかな? 例えば旅行に行った時、前に来た時と同じシチュエーションにバッタリ会うと、前に来た時は誰々とこんな会話をしてたっけなぁ・・・なんてね。 今回は、たまたまそれが俺の“煙草を消す動作”だったって事」
「・・・じゃ、眼鏡は・・・?」
「そこから推理しただけさ。 君は目の使い方をよく知っている・・・、どういう目をしたら相手に訴えられるか・・・を。 訴えている時の目は、俺も見ている。 じゃ、他の時の目は・・・? レンズが反射してよく見えない。 もし会話が嘘であれば、その動揺を悟られない為に掛けている眼鏡は“伊達眼鏡”と、いう事になる。 但し、これは勘だな・・・、本当に目の悪い人もいるからね」
「・・・・・嘘はつけませんね、不動さん。 ・・・全てをお話しします。 不動さんならと、期待を込めて・・・・・」
・・・つづく