「空」 第49話
「哲さん!」
「!? あれ!? 誰もいねぇの? 平井は・・・?」
「誰も上がって来てないよ」
「何~!? 奴が11階で降りたのは間違いねぇ。 エレベーター、ノンストップだったからな。 ・・・と、いう事は?」
「そっ。 何処かの部屋に入った事になる・・・」
「・・・そこに楠木夫人もいるってぇと・・・・・!? やばいじゃねぇか!! 部屋で殺られちまったら・・・」
「哲さん、それは無いと思うよ」
「!? なんで言い切れる・・・。 部屋に入れて、そこで殺っちまえば邪魔は入らねぇ。 またおめぇの勘か?」
「違うと言えば嘘になる。 ただ、平井が屋上に上がって来なかった事で、確信に変わった」
「どういう事だかさっぱりわからねぇ」
「俺が思うに、葉子夫人は迷っている・・・・・、違うな。 助けを求めているんだと思う。 人目の付く所に置いた遺書、鍵の開いていた屋上の扉、全ては俺へのメッセージだと思うんだ・・・」
「遺書だって、誰かがしまっちまえばおめぇには渡らねぇ。 屋上の鍵だって、誰かの閉め忘れかもしんねぇ・・・」
「確かにそうだ。 ただ、現に俺は遺書を見て此処にいる。 葉子夫人は賭けたんじゃないかと思う。 ここに俺がいれば犯行は中止、いなければ実行とね。 俺がここにいる可能性は低いんだ。 色々な事が重ならないと、俺は此処にいない。 その点では、二重人格の厄介な方が今は強いんだろうな。 その状況を打開するために、二重人格のもう片方は博打に出た・・・、勝率の低い博打にね。 だから、犯行を行うなら屋上に来ようとする・・・、いや、来るよ・・・必ず・・・・・」
「二重人格ってなんだ!? 楠木夫人が、二重人格者だってぇのか? ・・・信じらんねぇ・・・・・」
「今に解る・・・」
「そういうもんかねぇ~」
「そういうもんさ」
俺は、哲さんに笑顔を見せ、池袋の夜景に唇に咥えた煙草を突き刺し先端に火を灯した。
どれくらい経っただろう。
1時間は経っていないと思うが、煙草の3本目を消した時、屋上の扉が開く音がした。
物陰に身を隠していた俺達は、その物陰から様子を伺うように扉の方を覗き込んだ。
扉から2つの影。
1つは、かなり揺らいでいた。
「・・・・・・・・・・不動さん、居ますか? ・・・不動さん・・・・・」
もう1つの影から発せられた言葉。
その言葉は、悲しく響く甲高い声だった。
俺は、物陰から徐に出た。
「!? ・・・・・やっぱり・・・、貴方なら来てくれると思ってました・・・」
「葉子夫人・・・、俺は今解りました・・・・・」
「何をです?」
「貴女は、喫茶店で俺に“協力しろ”と言って来た・・・。 でもそれは、協力では無く、助けて欲しかったのですね・・・・・」
「・・・・・私にはわかりません。 2つの人格があるようで・・・。 でも、両方とも私なのですよね・・・・・」
「・・・そのようです。 で、貴女は今、どちらですか?」
葉子夫人は項垂れた。
悩む気配は無かった。
「宇宙〈そら〉を憎む私と、愛する私・・・・・、賭けをしました。 ・・・不動さん、貴方です・・・・・」
「・・・知ってます」
フフッと夫人は笑い、セレブで派手な外見からは想像出来ないような幼い顔をした。
横で揺れていた平井が、膝から崩れ落ちた。
「・・・薬を飲ませたのは私です。 貴女が居なければ、ここから落としていたでしょうね・・・・・そして私も・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「本当は、この人の兄を殺した時に、そうしなければいけなかった。 不幸な運命を背負う前の宇宙と共に・・・・・」
「葉子夫人、それは違うと思います。 この場所を、教えてくれたのは宇宙でした。 お母さんの思い出の場所・・・・・。 そしてこうとも、“お母さんは間違えたんだ。 間違えたら謝って、やり直したら良いんだ”とね。 我々大人は、年月を重ねる度に、素直に謝るという大事な気持ちを少しずつ無くしているのかもしれない・・・・・」
「・・・・・宇宙・・・・・・・」
「・・・宇宙は立派な男になりました」
・・・つづく




