「空」 第3話
(結構彼女は、頭の切れる用心深い人物かもしれない・・・。 でも、うちは黒電話だけどな・・・)
「わかった。 目の前の広い通り、靖国通りというんだが、その通りを四谷方面に歩いてくれ。 そうすると、すぐセンター街通りがある。 今も聞こえてると思うが、角にドン・テホーテがある通りだ。 それを越えて、居酒屋ビルが角にある細い通り、“さくら通り”と書いてあると思うが、そこを入ってくれ。 入って100mぐらい歩くと右手に薬局屋がある。 薬局屋を曲がってちょっと進んだ右側に、黒岩ビルと書いてある。 そのビルの2階だ」
捲し立てるように言った。
ちょっと彼女に警戒している自分がいた。
さっきの公衆電話の話しで、俺の取り越し苦労なら良い。
だが、もしそこまで考えていたのなら、これから面と向かって話す間、気を張らなければならない。
朧気な感じだが、少しでも疑う余地があるのなら、疑っておかなければこっちの身がもたない。
まず第1歩に、記憶力を試そうというのだ。
「はい。 わかりました。 黒岩ビルですね。 名刺にも書いてありますね。 今から向かいます」
ガチャン!! ツーッ ツーッ
(名刺? 俺の名刺を持っているのか・・・)
煙草を灰皿に押し付けながら考えていた。
名刺には地図は載せていない。
住所と電話番号のみ・・・、携帯の番号すら載せていない。
まずここへ来る前に、電話をさせるのが目的だからだ。
電話をさせ、相手の雰囲気を掴む。
そして相手と会った時、どういう応対をするか決めておくのである。
それこそ“来る前にまずお電話を”なんて、エステの広告みたいな事を載せたら、相手に役作りをさせる時間を与えてしまい、嘘の雰囲気を掴まされる恐れがある。
(“考え過ぎだよ。 だから儲からないんだ・・・”と、いう人もいるが、ほっといてくれ。 俺はこうやって、この歌舞伎町を喰ってきたんだ)
そんな事を考えつつ、まだ寝起きだった格好を整えていると、階段を登る足音が聞こえた。
ビル自体は鉄筋で出来ているのだが、もうボロいのと階段の幅が狭くトンネル状になっている為よく響く。
(・・・足音は、コツコツと鳴ってはいるがやや鈍い。 かなり低めのパンプスを履いているようだ・・・。 それでも、ドタドタではなくリズム良く登ってくるので、中肉中背かやや細見だろう・・・)
何も無かったかの様に装い、寝室を出た部屋の窓際にあるデスクに座った。
そう・・・ここが事務所兼居住区である。
コン! コン!
扉を叩く音がした。
「どうぞ・・・」
「あのー、失礼します」
扉から入って来た女性は、年の頃25、6、丈は155㎝ぐらい。
(体重は45㎏といったところか・・・)
紺のリクルートスーツに身を包み、髪はお下げ。
黒縁の質素な眼鏡をかけ、靴はやはり低めの黒いパンプス。
如何にも就職活動ですと、云わんばかりの出で立ちだった。
部屋に入るとペコリと頭を下げ、どこで靴を脱いだら良いかとキョロキョロしだした。
「土足のままで結構。 そんな所ではなんなので、どうぞ中へ・・・」
窓際のデスクの前には、大きめの黒いソファーセットが置いてあり、テーブルも木製の頑丈なテーブルで、天板には1枚の硝子板がのっている。
要するに、市長や区長の応接セットである。
床にはグレーの絨毯が敷いてあり・・・とはいっても安物だが・・・
(それで彼女は、靴を脱ごうとしたのだろう)
「どうぞ、こちらへ・・・」
動こうとしない彼女をもう1度促しソファーに座らせ、自分も彼女の正面のソファーに座った。
「では、お話しを伺いましょう」
・・・つづく