「空」 第36話
(悠長な事は言ってられなくなった。 哲さんには悪いが、ちょっと荒っぽい手を使わせてもらう・・・)
「何か心当たりがあるのか? 探偵・・・」
「・・・黒岩に頼みたい事がある・・・」
「何じゃね?」
黒岩の顔に少し笑みが戻った感じがした。
「1人・・・探して貰いたい奴がいる」
黒岩の和服の袖から、何らかのスイッチを取り出して押した。
すると、屋敷から先程の黒服が走ってきて、やはり黒岩の斜め後ろに屈んだ。
「お呼びで・・・」
「探偵、話してみよ」
「・・・新宿の2丁目に“アイドル”というソープランドがある。 知ってるか?」
「うむ」
「そこで働いている“麗香”という女を探して貰いたい・・・」
「・・・誰だね?」
「平井が入れあげている女だそうだ・・・」
黒岩は、自分の後ろで控えている黒服に目を落とし“行け”と一言告げた。
「はっ!」
黒服はダッシュで屋敷に戻って行った。
「・・・では、俺も別のところを探そう」
俺は踵を返し、立ち去ろうとした時に呼び止められた。
「・・・探偵。 他に心当たりでもあるのか?」
「・・・いや、無い」
正直な気持ちだった。
他に情報は無く、もしやるとすれば、楠木家へ行き全員の所在を確かめるか、吉野組に殴り込むかぐらいしか思いつかなかった。
「・・・まぁ、待て。 直に連絡が入る」
(!? そんなに早くか? 確かに黒岩は宇宙〈そら〉の捜索に全力を挙げているようだ・・・)
俺は徐に携帯を取り出し、自分の事務所に電話をかけた。
暫く呼び出して留守電にすると、留守電に向かって話し出した。
「・・・茜さん、居るかい?」
ガチャ
「はい、茜です・・・」
「ちゃんと、お留守番しているようだね」
「子供扱いしないで下さい!」
茜の膨れっ面が想像できた。
「それよりも、旦那様からお話は聞きました。 どうしたら良いのか迷ってしまって・・・」
「・・・茜さん。 1つ頼みたい事がある」
「!! はい! 何でしょう???」
水を得た魚のように食いついてきた。
居ても立っても居られなかったのだろう。
「茜さん、そこに居て、今現在楠木の人達が何処に居るのか所在把握できるかい?」
「・・・はい! できると思います」
「ホッ、素晴らしい。 では、頼まれてくれるかい?」
「はい!!」
「解ったら連絡をくれ」
電話を切ると同時ぐらいに、黒服が走って来た。
「・・・捕えました」
「うむ。 探偵、その女、捕えたぞ」
「!? 手荒な真似はしてないだろうな?」
「お前に何か考えがあるのじゃろう? 心配するな。 まだ泳がせておる・・・」
「では、女の元へ連れて行ってくれ」
黒岩は黒服に顎で合図をした。
黒服は携帯で誰かと話し、誰かを呼び出したようだった。
「・・・屋敷の前に車を用意した。 行ってこい」
黒岩は顎を杓った。
「・・・すまん。 借りる」
俺は、走って中庭を抜け、正面の門を目指した。
門は開いていて、その前に1台の乗用車が停めてあった。
エンジンはかけっ放しで、運転席には誰か居るようだった。
「不動さ~ん」
運転席から顔を出したのは大門寺だった。
俺は急いで助手席に飛び乗り、“場所は?”と問いたげな目で大門寺を見た。
大門寺は正面を向いたままハンドルを握りながら、“任せといてくだせぃ”と言わんばかりの笑みを浮かべアクセルを踏んだ。
「不動さん、話は聞いてまっせ! 東中野へ向かいまっさぁ」
・・・つづく




