「空」 第34話
「暴力は無しでな・・・大門寺。 言えば解るよ」
「ウスッ」
軽く挨拶を交わし、大門寺が入ってきた木戸から中へ入った。
良く手入れされた植木。
緑が青々として少し眩しいぐらいに見える。
俺は正面玄関には向かわず、植木の脇から中庭に抜けた。
そこには瓢箪型をした池があり、その畔に1人の老人が鯉に餌をあげていた。
「・・・黒岩」
「・・・来たか探偵。 随分と若い女子を捕まえたのう・・・」
「・・・茜の事か? 勘違いするな。 茜は俺の女などでは無い。 あんたが楠木会長から預かっている宇宙〈そら〉の家の女中だ・・・」
「・・・ほう。 楠木のところの・・・。 その女中が、なんであんなに朝早くにおみぁさんの事務所の前にいる?」
「命が危険に曝されている可能性が出てきて、楠木会長に“俺に護ってもらえ”って、朝、屋敷を追い出されたらしい・・・」
「まぁ、あそこであれば安全じゃろうて。 なんせあそこはわしの事務所だったところじゃからな」
「まっ、そう言う事だ」
「・・・で、相手は誰だか掴んでおるのか?」
「・・・相手とは???」
「惚けんでえぇ。 白いベンツは誰のか知っておるのかと聞いておる・・・」
「流石黒岩。 黒岩組組長だけの事はある。 俺が白いベンツに襲われた事を、もう知っているとは・・・」
「辞めんか、おべんちゃらは。 年寄りは気が短いでのう・・・、本題に入りはせんか?」
「・・・いいだろう」
2人の会話は、まず駆け引きから始まる。
相手がどれくらい知っているのかを、探る為である。
相手が、自分より情報を知っていれば聞き出す・・・、そうじゃ無い時は、会話を打ち切る。
俺達は会う回数が増えていくうちに、情報すら聞き出す事が出来なくなった為に、本題に入るまでは売り言葉に買い言葉になって、何も意味を持たない会話になってしまった。
それだけ2人は気が合ってるという人も少なくない。
「白いベンツは永成会か・・・?」
「・・・当たらずとも遠からずじゃな。 今回の件に永成会は絡んではおらんよ。 動いておるのは下部組織じゃ」
「・・・吉野組」
「!? ・・・ほぅ。 そこまで知っておったか。 だが、どうやら吉野組も組長以下、幹部達は知らんようじゃ。 チンピラの単独かのぅ・・・」
「・・・単独にしては、ちょっと額がデカ過ぎないか? 金だけが目的なら、組長に話をつけて組全員で動いた方が、より確実に金が取れる・・・」
「・・・平井が他に企んでおると・・・?」
俺はニヤリとした。
(流石は黒岩。 平井まで辿り着いていたか・・・)
「俺はそう睨んでいる・・・」
「例えばどんな事かのう・・・」
「俺は怨恨と考えている。 まだ裏は取れていないが、 今回の平井と何年か前にホテルで事故で死んだ平井は、何か関係があるのではと考えている・・・」
「ホッ、楠木め、話しおったな・・・。 どうやら己に、惚れ込んだらしいのう。 ・・・裏は取らんでも良い。 そうじゃ、その事故・・・、いや、殺人を揉み消したのはわしじゃ・・・」
「・・・やはり」
「色々あってのう。 警察が気付く前に消したんじゃ・・・」
「いくら相手がチンピラとはいえ、1人の人間が死んだんだ。 よく消せたな・・・」
「・・・そこのホテルはわしのじゃよ。 それにここを何処だと思っておる? 歌舞伎町じゃよ・・・探偵」
「・・・なるほど」
「・・・ただその当時、1人だけ納得せなんだ輩がおった。 ・・・そうじゃ、平井の弟じゃ・・・」
・・・つづく




