「空」 第31話
私は何も知りませんっていう話し方に、少し疲れた。
「は~い! ありがとうございます~っ! じゃっ、システムとかは御存じですね!」
「はい。 聞きました」
「では、どの娘をご指名ですか?」
「すみません。 麗香さんを・・・」
「おっ!! お目が高い!! 今、うちで売り出し中の麗香さんですね!!」
「・・・はい」
(今、売り出し中がどのくらいレベルが高いのか、明日拝ませてもらおう)
ちょっとした意地悪を思い浮かべていると、携帯の向こうからカエルを踏み潰したような声が聞こえた。
「あちゃ~、お客さんごめんなさい。 今日はお休みですわ~」
(知っている)
「そうですか・・・。 明日はどうです?」
「おぉ~! 明日は出勤しています。 17時からですが、お客さんのご予定は?」
「17時でお願いします」
「わっかりました~!! お客さんのお名前は?」
「竹内です」
偽名を名乗った。
「承知いたしました~。 では、竹内様! 明日お待ちしております~」
通話が一方的に切られた。
(ふ~っ、疲れた。 あの変なテンションと話すのが、一番疲れる)
と、思いながら、今日の仕事を全て終えた。
まだ時間は宵の口。
ちょっと行ってみるかと、明治通りからタクシーに乗り、高円寺へと向かった。
高田馬場から小滝橋、早稲田通りを真っ直ぐ。
環六を越え、中野を通り越して環七まで。
環七までも通り越して200mぐらい、庚申通りの入り口で降りる。
ここら辺は、流石にベッドタウンだけあって、歌舞伎町に比べれば閑散としていた。
人にぶつかる事も無く、2分ほど歩いて左側の雑居ビルの階段を登る。
《龍の隠れ家》 この店は、前は歌舞伎町のうちの事務所の近くで営業していたが、とある事件があり、ここへ移転してきた。
その事件とは・・・、長くなる、また今度話そう。
要は、歌舞伎町時代の馴染みの店で、たまに顔を出しに来る。
店内は、赤黒を基調にシックにまとめてあり、12人でいっぱいになる店内は、狭さの中にも落ち着きを醸し出していた。
日本のハードロック流れ、マスターの後ろに飾ってある龍は、本物の彫師さんが書いた龍らしい。
全部マスターの趣味らしいが・・・・・、俺はこんな店がお気に入りだった。
「まだオープン前ですが・・・!? おっ!! 不動!!」
「いいかな?」
「どうぞ。 親友に閉ざす扉は無いね」
「ありがとう」
「いつものでいい?」
「あぁ」
いつものバーボンをロックで飲むのが、俺の習慣だ。
アルコール度数の高い酒が、喉元を過ぎる時の引っかかる喉越しと、鼻から抜ける甘味の香りがたまらなく、なかなか辞められないでいる。
「・・・どうした? 不動。 また事件?」
「いや、・・・なんでもない」
「そっかぁ。 不動は、仕事の事は話したがらないもんな。 まっそれも良かろう。 あっこ、俺、店開けするから、不動を頼む」
「はい、初めまして、あっこです」
「不動、この娘、いい奴だぞ。 あっこ、不動には昔、歌舞伎町時代に世話になってね。 外見、俺と一緒で怖そうだけど、プロレスラーだ!! ハッハッハッ」
「それじゃ、マスターと一緒じゃないですか・・・」
「フッ」
「フフフっ」
それから話しに花が咲き、プロレスの話から世間の話、人生相談まで様々だった。
ただ1つ腑に落ちないのは、恋愛相談をされた時、“恋愛に成功していない俺に、話を聞いても為にならんが・・・”と、思っていても、その問いに答える自分がいる事だった。
何時間たったのか解らない。
ボトルが半分ぐらい無くなった時、“御馳走様”と言って、勘定をした。
やはりこの店は、自分にとって無くてはならない店だった。
・・・つづく




