「空」 第28話
「あるという事は、掴んでおりますが・・・」
「ちょっと待って! おかしいじゃない! 内容も解らないのに、何でそれが原因でうちが揉めてるって解るのよ!!」
チリリリリリーン
何かハンドベルらしきものが鳴った。
葉子夫人は急に黙った。
暗黙の了解なのか、沈黙の中マスターが入って来て、アイスコーヒーとオレンジジュースを置いていった。
(なるほど!! ハンドベルは合図か。 やはりここは密会の場所だ。 そこへ俺を連れて来たという事は・・・)
俺は何食わぬ顔をして、中断していた会話を始めた。
「情報です。 実際の遺言書の存在は知っていますが、内容を知っている人からの情報を得ています」
嘘とは言えない言い回しをした。
遺言書は本物を見ているから“見ていない”とは言えないし、情報は会長本人から聞いたものだ。
少し汚いやり方だが、今、葉子夫人を疑心暗鬼にかけるには、この手段しか無かった。
「内容を知っているって・・・、お父様の他に内容を知っている人がいるっていうの? ・・・居るはずがないわ!!」
(はまったな・・・。 一郎氏を自ら外してきた。 一郎氏しか知らない内容を俺は知っている。 “一郎氏は言う訳が無い”と思った時、“じゃっ誰!?”と疑心暗鬼にかかる。 これで葉子夫人は、本当に信頼している人以外、相談できなくなった。 はたして、その相談相手は誰なのか?)
「本当に居ませんか? 会長は遺言書を1人で書いたのでしょうか? 立会人は? 遺言書をしまってある場所は、本当に誰も知らなかったのでしょうか・・・」
「・・・・・・・」
葉子夫人は黙ってしまった。
どうやら、他に知っている人物に思い当たるようだった。
「・・・・・」
俺も黙った。
疑心暗鬼にかかった人は、考えれば考える程ドツボにはまる。
「貴方・・・、茜に雇われたと言ったわね・・・。 幾らで雇われたの?」
「言えません・・・。 それも守秘義務の1つでして・・・」
「!? 金額は幾らでもいいわ! その値段の倍出すから、私と組まない?」
(やはりここに連れて来たのは、俺を抱き込むのが目的か・・・。 でも甘く見てもらっては困る。 外見はともかく、俺はそんなにいい加減では無い。 ・・・だがこの申し出は使える。 利用させてもらおう)
「悪くない話ですが、依頼の途中で乗り換える訳にはいきません。 まずはその為に、茜さんのご依頼を終わらせなくては・・・。 宇宙〈そら〉君は、今、どちらにいらっしゃいますか?」
聞いている事を、元に戻した。
(宇宙の居場所は知っている。 でも、葉子夫人には“俺が知りたいのは、あくまでこの情報だ”と、思わせておく。 言っている事がブレたりすると、葉子夫人に“この男は何が知りたいの? 気をつけないと”と、要らぬ警戒心を持たれてしまう可能性もある・・・)
「・・・・・黒岩組よ・・・」
「えっ!!!」
わざと驚いた見せた。
「あのヤクザの黒岩組よ・・・。 お父様が知り合いで、何かの理由で預けたらしいの。 私はヤクザは嫌いだけど、 お父様は“あいつは信用できる”って言うから、しょうがなく預けたわ」
「・・・そうだったのですか」
「クスッ、どうやって確認するの? 相手はヤクザよ。 簡単にはいかないわ・・・」
葉子夫人は少し意地悪な笑い方をした。
塩沢〇きの影の部分を見たような気がした。
・・・つづく




