「空」 第21話
「うちの社の連絡ミスとはいえ、一括返済の事が私の耳に入ったのが、返済されてから半年後だった・・・」
一括返済なんておかしいと思い調べてみたが、その時には既に遅く、闇金の取り立てを苦に知人と奥さんは自殺。
その自殺から3年後、知人の娘である葉子夫人が遺書を持って一郎氏を訪ねてきた。
遺書には“愚かな友を許してくれ”と、書いてあった。
別に一郎氏に非がある訳ではないが、一郎氏は“後、もう少し・・・”と、悔いている。
「その時、葉子は30才ぐらいであったか・・・。 この私に“恨んでいません。 ありがとうございました”と、泣きながら頭を下げたのだよ」
一郎氏の目が少し潤んだように感じられた。
葉子の近況や、父親である知人の事を聞こうと、葉子を屋敷に上げた。
その時、葉子の腕や首筋に痣があるのを一郎氏は見つけ問い質したところ、暴力団員と付き合っていると葉子は答えた。
「・・・暴力団員の名は・・・確か、平井と言ったか・・・」
(!? 平井・・・)
付き合う時は知らなかった。
体に入れ墨も無かった。
気付いたのはつい最近・・・、“別れたい”と言っても許してくれないと、泣きながら話した。
「私は、何とかせねばと思った・・・。 友の忘れ形見が事もあろうか、両親の命を奪った暴力団に蹂躙されているなんて耐えられなかった。 うちへ来ないかと誘ったよ・・・、君を助けたいと・・・」
その日から、葉子は楠木家の一員となった。
共に生活をしているせいでもあるが、後に守氏と付き合い始め結婚。
守氏も真面目になっていたし、2人とも幸せな生活を送っていた。
「・・・ある1つを除いては・・・」
「? それは?」
一郎氏は瞼を閉じ眉間に皺を寄せた。
腕を組み暫く黙っていたが、踏ん切りをつけるように目を見開き、俺を睨んだ。
「ある夜、守と葉子が付き合い始めて2、3ヶ月といったところだったか、葉子は帰宅するなり自分の部屋に閉じ籠ってしまった日があった。 ハツが気がついたのだが、何か様子がおかしいと・・・。 そこで私は葉子の部屋へ行き、襖越しに話しを聞いてみたのだよ・・・」
いくら聞いても葉子は泣くばかりで、会話にならなかったそうだ。
葉子の承諾は得られなかったが、ただ事では無いと感じハツに襖を開けてもらうと、白いセーターと白いスカートに、泥絵の具で書いたような真っ赤な血がべっとりと付いていた。
それを見た時、頭の中が真っ白になった・・・が、ハッと我にかえり葉子に駆け寄り肩を抱えて“どうしたのだ!!”と強い口調で言った。
葉子は泣きじゃくりながらも一言“・・・殺してしまった・・・”と、蚊の鳴く声で答えた。
葉子が言うには、この日の午前中に楠木家に1本の電話が入ったという。
葉子が出ると、受話器の向こうから、葉子が逃げ出してきた平井の声がした。
平井は、楠木家の人達と旦那の会社に昔の事を話すぞと言う・・・“社長の息子の奥さんは、ちょっと前まで暴力団員と付き合っていた”と、嫌なら今出て来いと言ってきた。
ここで誰かに相談すれば良かったが、葉子は誰にも告げずに出かけた。
平井は金を要求し、葉子の身体も求めた。
自由になるお金が無かった葉子は、平井に身体を許しベッドを共にした。
「隣で寝ている男を見て、葉子は思ったらしい。 この男に一生食い物にされるのだと・・・」
・・・つづく




