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「空」 第20話

「どうぞ、こちらへ・・・」




声の方を見ると、畳4畳分ぐらいありそうな、光沢のある年輪のテーブルの奥に楠木 一郎がいた。


俺は、誘われるがまま、楠木 一郎の前に座った。



「すみません。 膝が悪いので、足を崩させて下さい」


「どうぞ・・・」



全く表情を変えず、手で促してくれた。


俺は胡坐で腰を落ち着けた。



「お呼びたてして申し訳ない。 昨日の晩に茜から話を聞いて、不動さんには話しておかなければと思ったもので・・・」



一郎氏は正座をしたまま、背筋をピンと伸ばし頭を軽く下げた。


茜の言った通り、礼儀正しく温かみのありそうな人物に感じられた。



「・・・失礼します。 茜、ハツ参りました」



後ろの襖の向こうで、ハツの声がした。



「入りなさい」



襖がスーッと開き、廊下にハツと茜が正座していた。



「今からする話はハツも茜も知っている事ですので、同席させてもよろしいかな?」


「はい」



(茜が知っている事で、俺の知らない事があると・・・)



「では早速本題に入るが・・・」


「ちょっと待って頂こう」


「・・・何かな?」



一郎氏はいきなり話を止められて、多少驚いていた。



「会長は、俺の素性も聞かずに話し出すのか? 何処の誰とも解らないこの俺に・・・」



一郎氏はニコリとして答えた。



「これはすまなかった。 不動さん・・・、貴方の事は調べさせてもらったよ。 今まで解決してきた依頼の事、所轄の刑事に知り合いがいる事、大体解っているつもりです・・・」


「・・・それで、俺が信用できると・・・?」



俺は少しだけ唖然としていた。


たった一晩で調べられるとは、楠木家の情報網はどんだけなんだと。



「・・・いや、信用したのは茜が言ったからだ。 茜は、不動さん、貴方の事を信用すると私に言ったのだよ・・・。 で、あれば、私もと思ったまでだ。 それに貴方は良い目をしている・・・」



(!? 男に・・・、それも、70過ぎの爺さんに褒められるとは・・・、背中が痒い)



「解りました。 本題に入って下さい」


「うむ・・・」



二人とも納得したかのように頷き、多少沈黙があったものの、一郎氏から話し始めた。



「・・・不動さんは、この楠木家と茜の繋がりを大半聞いていると思う」


「あぁ」


「先程、茜には話した事なのだが、宇宙〈そら〉にも茜みたいな事情があるのだ・・・」


「事情?」


「一般の家庭では、こんな事があるのかどうか解らぬが、宇宙はどうやら守の子では無いらしいのだよ・・・」


「何!?」



開いた口が塞がらなかった。



(茜は葉子夫人の子では無く・・・、宇宙は守氏の子では無いと・・・)



「葉子はやはり茜と同じ、借金で首が回らなくなった私の知人の子なのだよ・・・」



一郎氏の話はこうだった。


その昔、一郎氏の知人は、この歌舞伎町で飲食店を何店舗も経営していた・・・、バブルの時代である。


そのバブルが弾け、店の経営が破綻をきたした。


店舗は1件、また1件と姿を消し、これではまずいと一郎氏に融資を願い出た。


その額は、融資を重ねる事により、どんどん膨らんでいった。



「・・・額が2億を超えた時、私は彼の融資の申し出を断ったのだよ。 その店に拘るのはよせと・・・。 一旦ゼロに戻して、新たに出発した方が良いと・・・」



その時から、知人は一郎氏の前に姿を現さなくなった。


返済をきちんとしていたのもあったが、催促は一切しなかった。


が、ある時、その借金が残り1億になった時、一括で全額返済されていた。


風の噂に聞けば、どうやら闇金に手を出したらしい。



「うちの社の連絡ミスとはいえ、一括返済の事が私の耳に入ったのが、返済されてから半年後だった・・・」




                    ・・・つづく

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