「空」 第1話
「はい、不動探偵事務所です」
「儲かってるか? 探偵!!」
(この酒焼けのしゃがれ声・・・あいつか)
折角の悪くない思い出が、三尺玉花火のように散って消え失せた。
「聞こえてんのか!! 探偵!! 俺だ!! 石神だ!!」
「わかってるよ、お巡り!」
石神哲二 52歳 新宿西署第四課通称マル暴勤務 通り名[マムシの哲]
一回噛みつかれたら最後、命を落とすまで離れないところからきているらしい。
それは鼈だろうと突っ込みたくもなるが・・・。
「てめぇ!! 人を制服みてぇに呼ぶな!!」
「確かに。 制服着て真面目にやっている人に悪いな」
「こっ!!」
「そんな事はどうでもいい。 で、どうしたんだ石神さんよ。 別に、俺のご機嫌伺いにかけてきた訳でもあるまい」
「おっと、そうだった」
電話の向こうで舌打ちしながらも、椅子に座り直す感じが聞いて取れた。
「昨日の晩に、一人の婦人が半ベソ掻いて署に怒鳴り込んで来た」
「何かやらかしたのか?」
「探偵!! 茶化さずに聞け!! それが如何やら捜索願いを出しに来たらしいんだが・・・」
「どうして人探しにマル暴が出てくる?」
「うっせーなぁ! 人の話は最後まで聞けって! で、話を聞いてみたら、如何やら中学ぐらいの息子を探して欲しいって言うんだ。 でも、そんな事なら俺達は関係ねぇ」
「冷たいね」
「ケッ! 但し内容がほっとけねぇ。 その婦人は、その息子が暴力団に攫われたって言うんだ」
「暴力団?」
「で、攫われたのを見たのか? 何処の組の者か解るか? 脅迫は? って聞いたら、攫われたのも見てないし、脅迫もないって言うんだ・・・でも間違いないって・・・」
「じゃ、なんで解る?」
「そんなの俺が聞きてぇよ! だからいつもの如く、警察では、実害や証拠が無ければ動けません・・・捜索願いは受け取っておきます・・・って言って、追い返した」
「事務的だな・・・税金で喰ってるとは思えない」
「ヘッ! だけどちょっと俺も気になってな。 だってそうだろう! ズブの素人が暴力団に攫われた・・・何て言うか? で、後を追って、お前の名刺を渡したんだ。 きっと力になってくれると言ってな」
「はぁ? 何で俺が・・・」
「馬鹿だなぁ・・・俺がもう一度聞いたところで、さっきの受付の制服と同じ事しか言えんだろうが・・・それに歌舞伎町で何年も探偵やってて生きてるのは、犬猫探しや不倫捜査しかしやがらないへっぽこ探偵か、お前ぐらいしかいない」
「どういう意味だよ!」
「で、お前んとこへ婦人が行ったかと思って電話してみたんだけどよ・・・その様子じゃ行ってねぇみてぇだな」
「あぁ、誰も来ていない・・・」
「じゃあ、何でも無かったのかもしんねぇな・・・もし、婦人が行ったら力になってやってくれや。 じゃっ・・・」
「ちょっと待て! 俺は税金で喰ってる訳じゃない! 俺が動くには金が掛かる」
「金なら心配いらねぇと思うぞ。 なんせその婦人の身形ときたら、キンピカバリバリって感じで・・・そうだな、有名人でいったら塩沢〇き・・・って感じだったな。 顔半分ぐらいある紫のサングラスなんかしちゃってな」
(・・・塩沢〇き!)
一回花火のように散っていた悪くない思い出が、ハイヴィジョンテレビの如く鮮明に頭に甦った。
「宇宙〈そら〉・・・」
「なんだって? 聞こえねぇぞ!」
「・・・いや、何でも無い」
「じゃっ、そういう事だからよろしくな! 不死身の探偵さん・・・」
ガチャン!! ツーッ ツーッ ツーッ
受話器を置きながら、頭の中は思考回路が悲鳴をあげていた。
(虫の知らせ・・・まさかな・・・そんな事ある訳がない・・・)
と、考えを振り払うが、到底消えるものでも無かった。
・・・つづく