「空」 第13話
(・・・まずは、宇宙〈そら〉の足取りからだな・・・)
事務所を出た時、午前7時を10分程経過していた。
火を点けるでもない煙草を1本出し・・・咥えた。
(変な世の中だな。 煙草は売っても吸っちゃいけない・・・、盗聴器は売っても使っちゃいけない・・・。 買ったら普通使うだろ!)
そんな青臭いパンクロックの歌詞みたいな事を思いながら、足は四谷方面へと向いていた。
事務所を右に出て、区役所通りをまた右・・・、100m程歩いて、靖国通りを左に折れて暫く歩く。
明治通りを2本越え、アップダウンの激しい道を10分程真っ直ぐ行くと、新宿厚生年金会館が見えてくる。
新宿厚生年金会館の1ブロック手前の道を、左に入ると宇宙の家・・・、楠木家の屋敷がある。
同じ新宿でもここは閑静な住宅街で、番地を確認するまでもなく屋敷は一目では解った。
正門に着いた時、まだ時間はあったので、屋敷の周りを1周する事にした。
(しかし、この塀はどこまで続くんだろう・・・。 きっと渋谷にある総理大臣の屋敷も、こんな事になってるんだろうな・・・)
と、不毛な思いを頭に過らせながら、塀沿いに歩いた。
裏口が一か所あっただけ・・・、当然の事だが、後は塀だけだった。
正面に帰って来る頃には、止せばよかったと息を切らせながら考えるようになっていた。
正門から見て少し陰になる電柱によっかかり、咥えていた煙草に火を点ける。
(暫く咥えていると、フィルターが湿って吸い辛いな・・・)
時間は7時55分。
携帯の時計で確認をし、これからの行動に備えた。
(8時にスタート)
そう、一昨日の8時に宇宙はこの門を出た・・・、曜日は違えど、全く同じ足取りを辿ってみようというのだ。
午前8時!
飲んでいた煙草を携帯灰皿に入れ、宇宙の学校に向かってスタートした。
宇宙の学校は知っていた。
楠木の社長は、金持ちなのに珍しく、宇宙を私立ではなく区立の中学校に通わせていた。
“新宿区立戸和田中学校”
その中学校まで、大人の足で7、8分・・・、俺は10分かけて歩いた。
流石に登校時間だけあって、中学生が蟻の行列みたいに同じ方向へぞろぞろと歩いていた。
何人かの女性は“何!? この人・・・”と、言いたげな眼差しで俺を見た。
怪しまれないように、なるだけ普通に歩いて中学校の校門に辿り着いた。
ここに着くまでに、変わった所は何も無かった。
大道りを通らない裏道ではあったが、人通りもあるし朝だけに明るい。
(ここで暴力団が子供を1人攫ったら、目立ってしょうがないな・・・)
校門の陰から茜に電話した。
「もしもし、不動さん?」
「おはよう」
「おはようございます」
「今、話しても大丈夫か?」
「朝食の後片づけをしていたところなので、大丈夫です。 私からも、もう少し遅くに連絡しようと思っていました」
「言葉は作らなくていいのか? 誰かに聞かれたら・・・」
「今、ハツさんが横で洗い物をしていますが大丈夫です。 その事も含めてお話したいのですが・・・」
解ったと言い、俺からもお願いしたい事があると告げ、9時に厚生年金の前にある喫茶店で会う事にした。
先に行ってお茶でもしてようと思い、校門を離れ喫茶店へ向かった。
待ち合わせ場所の喫茶店に入り、ジンジャーエールを頼んで一服していると、程無くして眼鏡をかけた茜がやって来た。
「!? 早いな・・・」
「はい。 こんな朝に時間に余裕なく待ち合わせをして、待ち合わせ場所がうちの側の喫茶店だなんて、きっと近くに来てるんだと思い早めに来ました」
(・・・やっぱり鋭い・・・)
・・・つづく




