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「空」 第11話

「ただ?」




茜の眉間に皺がよった。


何かを必死に思い出しているようだった。


こういう時は慌ててもしょうがない。


灰がフィルターギリギリまできた煙草を消し、暫く待った。



「ただ一度・・・、去年の暮頃、会長の独り言なのですが“私に秘書なぞいらんのに、全くあいつは・・・”と、怒鳴り気味に言っていたのを覚えています・・・。 あっ!! あいつとは誰の事を指しているのかは解りません・・・」



多分聞かれると思ったのだろう・・・茜の方から答えてくれた。


本当に頭の回転の速い娘だ。


彼女と情報処理で勝負したら、俺なんか足元にも及ばない。


俺を見ていた茜が怪訝そうな顔をした。


恐らく俺の口元が緩んでたからだろう。



「・・・? 私・・・、何か変な事言いました?」


「いや、気にしないでくれ」


「???」


怪訝そうな顔は続いている・・・。



(後は・・・)



茜からの話は大体聞いた。


宇宙〈そら〉の学校の名前やら場所、屋敷の住所など、書けば済む事は書いて貰った。



(全ては、明日からだな・・・)



この部屋には、依頼主から見える時計は無い。


時間を気にして会話しても、要点を得ない事が多いからだ。


依頼主には、落ち着いて話をしてもらう・・・これが俺のやり方である。


茜に俺の考える素振りを見せながらソファーを立ち、自分のデスクの後ろにある窓まで行って、残り3本しか無い煙草の1本に火をつけた。


外はまだ明るかったが、下の通りを歩いている人達は、バーテンの制服だったりちょっと着飾ったおばちゃんが目立った。



(・・・御出勤か・・・)



デスクの上にある時計を見ると、16時を指そうとしていた。



「茜さん・・・、もうすぐ4時になるが時間は大丈夫か?」


「えっ!! もうそんな時間ですか? 帰って晩御飯の支度しなくっちゃ。 ハルさん一人じゃ大変!」



彼女は慌てて身支度を整えると、携帯電話の番号を交換して、よろしくお願いしますと頭を下げた。


彼女が扉へ2、3歩近づいた時、どうしても聞いてみたかった事を聞いてみた。



「あっ! そうだ、茜さん! 1つ聞いてもいいかな?」


「はい?」



茜は、話し終えたと思っていたので、呼び止められた事にちょっとびっくりしながらも振り返ってくれた。



「・・・君は化粧をしているのかい?」



最初、何を言っているのか解らないみたいだったが、ちょっと笑みを見せて“内緒です”と、答えて踵を返し、扉から出て行った。


上手くかわされたが、百点の答えだった。


やられた・・・と、煙草を挟んだ右手をおでこに当て、鼻で笑った。


最後の一服を口に含み、深呼吸するように煙をゆっくり吐き出し、デスクの灰皿に煙草を押し当てた。



(しかし気にかかる・・・。 茜の話には、暴力団の事は何一つ出てこなかった。 唯一出てきたとすれば借金取り。 親の借金の回収にその娘を風俗に売り飛ばすなど、暴力団ぐらいしか考えつかないと思うが、会長が茜を買い取った時点で、返済済みという事になる。 宇宙の行方不明の件に、その暴力団が関係あるとは思えない。 では、葉子夫人が哲さんに言った事は、なんだったんだ・・・。 それから、葉子夫人だ。 学校から宇宙が帰って来るのが15時だとして、17時には宇宙がいないと騒いでいる・・・。 そして、その晩に捜索願い・・・。 いくら過保護だとしても、ちょっと早過ぎるのではないか・・・。 何か思い当たる事でも・・・)



窓の硝子越しに外を見ながら、俺の思考回路は今日の出来事の整理に入っていた。


外はネオンがちらほらと点き、俺の住む歌舞伎町は昼の顔から夜の顔へと変わり始めていた。




                    ・・・つづく

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