俺は生徒と……
予感はしていた。
提出されたノートに挟まれた手紙を読んだ時から。
放課後、夜の教室で待ってますという手紙を貰った時から予感はしたんだ。
セミロングの髪が教室から入る月明かりに照らされて妙に艶めかしい。
「先生……」
好きですと言葉を奏でた唇。
潤んだ瞳は不安と期待が混じったものを感じた。
俺は教師だ。
好きだと言われて、ありがとうと言える立場じゃない。
だが何故だか、彼女の思いが真剣だと思える言葉がどうしても振り切れないものになっている。
教師と生徒の恋愛はご法度だ。
ましては彼女は未成年だ。
倫理的にも褒められるものではない。
だから彼女に確かめなければならないのだ。
覚悟があるのか。
「気持ちは分かった。俺もその気持ちに応えたいと思う」
「それじゃあ!」
歓喜に表情が明るくなるが、俺は手で制した。
「条件がある。これから告げる条件が飲めるなら俺は君の思いに応えたいと思う」
決して軽くないという雰囲気で告げると彼女はとても不安そうに手を自分の胸の前で強く握る。
不安だろう。
空気が固いんだ。決して安心出来るわけがない。
「な、何ですか?」
「一つ確認だ。なんでも耐えられる覚悟はあるか?」
「な、何でもですか?」
一体何を言うつもりなの?
期待と不安から、不安一色になっていく彼女の瞳は怯えの色を相していた。
俺が何を言うのか?
もしかしたら体を要求されるのか?
それともお金なのか?
酷く怯えた表情だ。
可哀想な事をしていると思う。
だが決して彼女を苛めたいわけではない。
本当に大事なことだ。
「俺が教師だと言うことはわかっているな?」
「は、はい」
当然の事を確認する。
「もし付き合って周りに知られれば俺は懲戒免職。つまりクビになる。そして君は良くて停学。悪くて退学だ。その可能性を考えたことはあるか?」
「あ……」
思いが先行してしまったという雰囲気を感じた。
顔を伏せてしまい、少し長めの髪で表情が見えなくなる。
「俺は君の思いが本気だというのが分かった。勇気もいる事だ。断られる可能性もあると思うだろうけど、それでも君は告白してれた……」
最後の方は優しい声音でいう。
わずかに見えた希望に少し顔を上げてやや期待が込められた視線が注がれた。
「卒業まで待てるか? 今から約一年。俺と教師との関係のままで、誰かから告白されても絶対に心を揺るがさない事が出来るか? 出来るというなら俺は今から君の卒業まで彼女を作らずにいようと約束しよう」
真剣に彼女の目を見る。
決意が彼女に出来るのなら。そこまで覚悟が出来るならこっちも覚悟を決めようと思う。
揺れる瞳、彼女の心が揺れているのが分かった。
わずかの間、静寂が教室を支配する。
そして。
「分かりました。一年間待ちます」
「俺とは教師との関係でしかないが耐えられるか? 誰にも相談出来ないぞ?」
「大丈夫です! 絶対に耐え切ります。弱音も吐きません!」
強い決意だった。
俺は感心して感動した。
ここまで俺を想ってくれると言うことに。
下手したら俺の歳で彼女と同じ年の娘がいてもおかしくないのだ。
そんな歳の差も超えてここまで言ってくれるなら俺も覚悟を決めるしかない。
「分かった。一年だ。それ以上は待たせない」
「はい!」
本当に綺麗だと表現出来る笑顔を彼女は浮かべる。
全く、若い心の勢いには負ける。
暗い教室の中で、俺は生徒からの告白を受けてしまった。
一年後。
俺は花束を貰っていた。
「いやー、まさか先生が辞められてしまうとは思いませんでしたよ」
「良い先生だったんですけどね」
職員室では俺のお別れ会が行われていたのだ。
実は彼女から告白を受けてから、密かに起業の準備を進めていた。
元々ウェブサイト作成会社でサイト制作を請け負っていた経験と趣味でやっていたハーブティの知識からハーブセラピストになり生計を立てる事にしたのだ。
いくら彼女と付き合うことになると言っても、やはり教師のままでいる事はやや問題があった。
別に卒業してしまえば倫理的には何ら問題ない。
だがいつ告白を受けたのかとなれば口が滑ってしまう可能性だって否定出来ない。
なら彼女にいらぬ心配をさせないために別の道を進むのもありだと思ったのだ。
教師生活わずかに五年。これからだったのだが、彼女の決意に応えるには新たな生活を得るのがいいと思った。
潮風の気持ちのいい港の公園で俺は彼女と会っていた。
「先生、本当に辞めて良かったんですか?」
「おいおい。もう先生はよせって」
「あ、でもまだ慣れなくて」
恥ずかしそうに顔を赤くする彼女が愛しいなと思う。
俺はそんな彼女の肩を抱き寄せた。
「全く、いつまで俺の生徒で居る気だ?」
「だって、やっぱり先生だったから……」
寄り掛かる彼女の温もり感じながら俺は優しく頭を撫でながら言う。
「俺は先生を辞めたんだ。新しい道を君と歩くためにな。
だから俺の事をもう先生ではなく、一人の……君が好きなった一人の男性として見てくれ」
「あ……、はい! 先生!」
「また先生って言ったぞ」
俺の指摘にまた恥ずかしそうにごめんなさいと謝る。
先生を辞めるまで頑張った彼女のために、俺はたくさん時間が作れるようにしたかった。
それは次の機会にでも彼女に話そうと思う。
今はただ彼女を守れるように再度、新たな仕事に精を出したい。
この先の明るい未来を築くためにも。
この作品はあくまでフィクションです。
新しい生活のための起業は決して簡単な事ではありません。
そして生活を得るために軌道に乗らずして仕事を辞めるにはそれ相応の蓄えがある必要があります。
そう、あくまでフィクションです。