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 第三章「覇王行軍後編」

ここからは書き溜めがないので少しずつ更新してきます。



 おかしい。

 異変をいち早く感じ取ったユーフォニアは思考を巡らせる。

 敵将の首を討ち取り、後退を命じた後、ユーフォニアを殿に兵たちは森の中へと逃げていった。が、それを追う覇王軍が明らかに消極的であった。

 敗走する兵を追撃する行為は戦場で最も安全に手柄を取る好機だ。本来ならば我先にと追いかける兵士がいても不思議ではない。

 しかしどうだ。

 確かに追撃してはいる。

 だが決して深追いすることはなく、冷静に戦線を押し上げるように進んでいる。

 確かにユーフォニアが指揮官を討ち取ったことで敵の足並みは大いに崩れたに違いない。それを鑑みれば不思議ではないとも思えるが。けれども、己の勘を信じて痛い目にあった試しは実のところあまりない。それが戦場であるならば尚更である。

「もう少しでメリアの仕掛けた罠の領域まで逃げ切れる。少し兵士の足を速めるよう全員に伝えてくれ」

 ユーフォニアはたまたま近くにいた兵士にそう伝える。

「了解です」

「私は今から少しの間、一人で動く。この先はアリスかメリアに指示を仰げ」

「ええっ、団長はどちらへっ?」

「……ちょっとね、気になることがあるんだ」

 そう言い残して彼とは真逆の方向に飛ぶ。

 この森は幼い頃シオンとよく遊んだが故に地形もよく把握している。

 自分一人ならば気配を消し、誰にも悟られることなく覇王軍の情報を得る自信があった。

 彼女は器用に樹の上に飛び移ると、そのまま樹の枝から枝へと飛び移っていく。

 その姿はまるで忍者のようである。

 暫く進むと、徐々に敵兵の姿が見え始めた。

 やはり追撃する兵士には覇気がない。まるで不用意に追撃を行うな、と指示を受けているかのようだ。

 気付かれぬように最大限に気を配りつつ、音一つ立てずに逃げた道を逆走していく。

 そんな中、仲間とはぐれ、一人若干違う方向に進んでいる兵士を見つけた。

 伝令かとも思ったが、不安そうな動きと仲間を探すような素振りにそれはないと確信する。

 敵兵が潜むかも知れない森の中、仲間とはぐれ彷徨っていればそれは確かに不安だろう。

 心の片隅で可哀想だなとは思いつつ、ユーフォニアは好都合な獲物だと冷酷に判断した。

 飛び降りる。

 着地と同時、地を蹴って間合いを詰めた。

 瞬きする間の出来事だ。

 兵士の背後を取り、喉元に短く持った槍先を突きつけ、空いた片方の手でその口を塞いだ。

「抵抗するな、大声を上げるな、霊魔器を起動するな。どれか一つでも破れば殺す」

 静かに、呟く。

 一切の容赦のない冷徹の声で。

「了承したなら一度だけ、ゆっくりと首を縦に触れ」

 男は瞳の端に涙を溜めながら、震えながら頷く。

「質問がある、協力してくれれば殺しはしない」

 と、口では言いつつ聞くことを聞いた後で殺すかどうかはまだ決めていなかった。

「追撃で深追いするなと命令されているのか?」

 男は再び頷いた。

 嘘を吐いている雰囲気はない。

「お前はこの戦における自軍の策を知っているのか?」

 今度は横に振った。

 それもそうだろう。どう見ても末端の一兵士だ。

「現在指揮官は誰だ?」

 また、横に振る。

 これ以上引き出せる情報はなさそうだった。

「助かった、恩に着る」

 敵兵にかける言葉としては実に不適切な言葉を残し、ユーフォニアは彼を槍で突いた。

 命は奪わない。

 突いたのは、刃先とは反対側の柄の部分である。

 それでも男の意識を奪うには十分すぎる威力があった。

 ユーフォニアは倒れた男の体を生い茂る草に隠すと、再び飛んで樹の上に身を隠した。

「……森に入る前はあれ程強引に攻めていたのにこの豹変ぶり。森に入られれば強引に攻めないと最初から決めていた? もしくは新しい指揮官が慎重なのか? あるいは、全ての行動に意味がある?」

 最後の考えは是非とも当たって欲しくはないが、人生当たって欲しくない読みや予感ほど的中するものだ。

 阿呆のように考えなしに突っ込むことで覇王軍は得をするのだろうか。地龍を含む前線の貴重な戦力を捨ててまで、愚かな突撃を行う意図はなんなのだろう。

 考えても栓のないことだ。

 敵の追撃が弱いのは本来好都合な話なのだ。

 メリアの罠を活用してさらに時間を稼ぐ、それがユーフォニアに出来る今の仕事だ。

 その時、彼女に馴染みのある声が届く。

『ユフィ、聞こえるっ?』

 それは泣く寸前のようで、あまりにも必死な声だった。

 彼女に似つかわしくない。

 が、故にそれだけ切羽詰まった連絡であると悟る。

 嫌な予感が痛いほど脳裏の警鐘を鳴らしているのだ。

『シオンを助けてっ』

 それはユーフォニアには聞き捨てならない言葉だった。


   1


 時は少し遡る。

 乗り物の奥で瞳を閉じたエルレイシアは集中力を高めていた。

 メリアとの言い合いの後、それでも自分に出来ることがあると思いついた彼女は、彼女愛用の霊魔器を使うことにしたのだ。

 彼女の霊魔器は指輪型だ。

 指輪の宝石部分。これがそのまま精霊石になっており、込められた魔法の名前はガーデンと言う。

 エルレイシアは人工精霊と心を通わし、思いを重ねた。

「ガーデン起動。……、同調発動」

 これで彼女はガーデンに込められた魔法を発動する資格を得た。

 しかし、それでは足りない。

 さらに集中力を高めて、徐々に人工精霊と意識を同一化していく。

 音が消え、思考に雑味が消え、純粋な自分だけが静かに世界に溶けていく感覚。

「――共振、発動」

 指輪が淡く輝き。

 核である精霊石を中心に魔法陣が展開される。

 と、ほぼ同時。彼女の魔法は完成し、眩い閃光が一瞬だけ迸る。

 瞳を開けば、馴染みある姿がそこにはあった。

 エルレイシアを囲うように飛びまわる七柱の妖精たち。

 彼女の眼となり耳となり、感覚を共有する魔法擬似生命体。

 それを具現するのが霊魔器ガーデンの魔法なのだ。

「お願い、アリスとシオンとユフィのもとへ。残りの子は周囲の探索を」

 了承した妖精たちは勢いよく飛び出していった。

 妖精は発動者であるエルレイシア以外には認識出来ない為、喩えどこにいようと気付かれることはない。さらに妖精が見聞きした情報は彼女に集まる仕組みになっており、更には妖精を経由して仲間との会話をすることも可能なのだ。

 探査、連絡の魔法ではかなり優秀な部類で、シオンもよく重宝していた。

「アリスは……、良かった。無事みたいね、戦況も押しているみたいだし、こっちは心配なさそう」

 次々と妖精から情報が入ってくる。が、シオンとユーフォニアがなかなか見つからない。

 鋭敏な感覚を持ち、素早く飛び回れる妖精とはいえ、しらみ潰しに探すのだから遠ければ当然時間は掛かる訳だ。

 ユーフォニアはその理由で納得できる。

 実際遠くにいるのだろうから。

 シオンが遠くにいる。それは腑に落ちない。

 とある事情から戦闘能力がゼロに等しいシオンが、一人で戦場を歩き回るのはあまりにも現実的ではないだろう。

 が、実際彼は遠くにいた。

 遂に妖精からシオンが見つかったとの報告があった。

 そして洒落にならない事態になっていた。

 目の前に魔女騎士と魔女という覇王軍最強の二人組がいたのである。

『……見せてやろうじゃねぇか、雑魚の雑魚なりの戦い方ってやつをよ』

 なんて、無茶苦茶なことまで言ってのけていた。

 無謀である。

 どう考えてもシオンは死ぬ。もしくは拘束される。戦いになる訳がない。虐殺だ。赤子とユーフォニアの戦いの方がまだ可能性がある気がする程に絶望的な戦力差だ。

 その数秒後、ユーフォニアを見つけた妖精を通じてエルレイシアは言葉を届ける。

 つまり。

「ユフィ、聞こえるっ?」

 続いて。

「シオンを助けてっ」

 と。

 悲鳴のような叫びで。


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