満面の笑み
入り口で受付を済ませ。やって来たスタジオのドアの前。
防音のためだろうか、やたら頑丈そうなドアが5人の前に立っている。
「なんや、潜水艦にでもついてそうなドアやなあ。」
吉田君がつぶやく。
初めてのスタジオ入りに、少し緊張の面持ちの面々。
中に入ってみると、正面にこじんまりとしたドラムセット。
左右にはギターとベース用のアンプがある。
スタジオ独特の臭いが少し鼻につく。
「とにかくやってようやないか。
今俺たちができることはなんや?」
吉田君が皆に問う。
「私、、、8ビートしかたたけません、、、」
有がはずかしそうに言う。
「僕はみっつコードを覚えた、、、まだちょっと怪しいけど」
与える男が情けない声でつぶやく。
「みんな、上出来やないか!
俺なんか、やっと指で押さえて音が鳴るようになったとこや。
そこでや、師匠に習った練習方法を、ここで試す時が来たんやないか?
与える男よ」
与える男の表情がぱっと輝く。
「あ!あれか!
とにかくコードをひとつ決めて、みんな一緒に音を鳴らしてみるんだね!」
「そう、、、ジャムをやるんや!」
3人は話し合った。
有はとにかく8ビートを叩き続ける。それに合わせて2人は音を出す。
コードはEにした。理由は与える男が最も得意な押さえ方で、吉田君は開放弦で良いからだ。
有のカウントに合わせて一斉に皆が音を出し始めた。
有のハイハットに合わせて、吉田君がベースでリズムを刻む。
同じく与える男も、スネアに合わせてコードをかき鳴らす。
与える男は興奮した。
自分は今バンドの一員として楽器を鳴らしていることを実感できたからだ。
コードが一つしかない、やたら単調な演奏。
そして有のリズムも初心者丸出しの不安定なものだった。
しかし、与える男は今確かに、ライブに向かって一歩前進したのを感じ取った。
「おお!みんなで一緒に音を出すのって気持ちええなあ!」
「本当ですう!!」
吉田君と有も同じ思いのようだ。
「どうだった梓!少しはうまくなっただろ?」
与える男は梓に興奮した面持ちで聞く。
すると梓は、にこりと笑いこういった。
「へたくそ、、、」
「なにー!」
与える男が怒るのを無視して梓は話を続ける。
「でもみんな、楽しそうだったわよ。
バンドできて良かったね!有ちゃん」
「はい!!」
満面の笑みで有が答える。
その笑顔は狭いスタジオには収まりきらないほど
大きな笑顔だった。
だって僕は与える男じゃありませんから!