梓の憂鬱
体にもギターがなじんできた5月。
始めてから一か月。
指先の皮が少し厚くなってきた。
誓いを立てた桜は散って、青々とした葉が生い茂る。
花は散ってしまったが、誓いを立てた対象は
まだここにいて、部屋の隅でマンガを読んでいる。
窓辺に座り、強くなってきた日差しに照らされながら
マンガを読む梓を見ていると
夏の日差しの下、初めて出合った時のことを
思い出した。少しだけ、、、
窓辺に座る梓は沈黙している。
与える男もまた押し黙り、ギターを練習している。
部屋の中は静寂が流れる。
読んでいたマンガを脇に置いた彼女は
髪の毛をいじりながら与える男に言葉を発した。
「ねえ?」
「、、、、」
気がつかないのだろうか、与える男は
なおも練習に夢中だ。
すこしむっとした梓は
下を向いて練習する与える男の顔を覗き込む。
至近距離にある、与える男と梓の顔。
「ちょっと!私がいるのを忘れてんじゃないの?
少しはかまってよ!」
梓は与える男の首に手をまわして、お願いをしているが
与える男はギターを放さない。
「ごめん!もうちょっとで今までできなかった所が
できそうだったもんで、、、
もう少し練習してもいい?」
なおもギターを弾こうとする与える男を見て
梓はキレた。
突然梓はギターをひったくる。
あわてる与える男を制した梓は
ギターを床に置き
自分はその隣に正座をして座る。
なぜか着ていたワンピースのファスナーを
少し降ろし後ろ向きに座る。
与える男の向って右側にはギター。
左には背中を見せて正座する梓。
「さあ!!あなたはどっちを選ぶ?
ギター?それとも大好きな私?
あなたは、私とギターどっちが好きなの!!!」
「あ、、Fが、、、」
ギターを取ろうとする与える男に梓は
横っ飛びで抱きつく。
「もちろん私よねえ!!当然よねえ!!」
半分脅しが入ったような口調の梓。
「そりゃあ、、、梓だけど、、、
Fが、、、」
しゃべっている与える男の首を絞める梓。
気道に空気が行かなくなり、与える男の言葉が途切れる。
ため息をつく梓。うざったい口調でつぶやく。
「夢中になりすぎ、、、何で私がギターに焼かなきゃなんないの、、、」
いまだにギターに未練がありそうな与える男に
心の晴れない梓だった。
私、没頭すると他が見えなくなるもんで、、、