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第一章

 今日も、いい朝を迎えられた。

 朝を優雅に過ごせるかどうかは、朝食にかかっている。

 今日の朝食のメニューは、香り高い、焼きたての全粒粉パン。つけ合わせには、知り合いの牧場から直接取り寄せた、農家手作りの上質なバターとマーマレード。

おかずには、これもやはり知り合いの牧場で生産された卵で作った卵料理。これはその日の気分次第でメニューを変えるのだが、今日は塩だけでシンプルに味付けした目玉焼きを二個作った。

飲み物は、もちろん紅茶。当然のことながら、茶葉、温度、抽出時間、カップへの注ぎ方など、全てにこだわりをつめ込み、妥協はしない。


 さあ、これで朝食の用意ができた。


 まずはパン。パンを少しちぎり、最初は何もつけずにそのまま口へ運ぶ。うん、小麦のいい香りが口の中にいっぱいに広がる。

 次は、バターを付けて食べてみよう。ふむ、バターの塩気がちょうどいいアクセントとなって、小麦のおいしさを引き立たせている。

 最後に、マーマレードを付けてみる。う~ん、柑橘の甘酸っぱさがパンを包み込み、まるでケーキの様だ。

 パンを楽しんだところで、今度は目玉焼きを楽しもう。まず中心にナイフを突き立て、さながらピザを切り分けるようにカットする。しかし、黄身はあふれない。全てカットできたところで、口に入れよう。おお、白身はプリプリ、黄身は液の部分がないほど固まっているが、それほどガチガチでもなく、むしろやわらかい。この絶妙な硬さに焼き上げるのが、僕のこだわり。

 シメは紅茶。砂糖やミルクは一切入れず、紅茶そのものの香りと味を楽しむ。この時の紅茶の温度は、他のメニューを食べている間にちょうどいい温度になっている。まさに計算されたこだわり。

 一口飲めば、洗練された香りが身体中を駆け巡り、今日一日を乗り切る気力がチャージされていくようだ。




 優雅な朝食を終えると、ちょうど出勤の時間になった。


 そうそう、僕の事をまだ全然紹介していなかった。


 僕の名はフレデリック・アームストロング。親しい友人からは『フレディ』と呼ばれている。

 年齢は一八歳だが、職業はオックスフォード大学准教授。僕としては学生時代、普通に学生生活を送っていたはずだが、なぜか飛び級に飛び級を重ね、大学卒業と同時に博士号を取り、さらにそのまま准教授に就任してしまったのだ。

 専門は食品科学。冒頭の文で大体察しはついただろうが、僕は食に関しては結構うるさい。だから、食品に関する専門家になったことは、とても自然な事と言えよう。

 住まいはオックスフォード郊外の一軒家。大学へは自転車で行ける距離だ。




 さて、自己紹介も終わったところで、大学が見えてきた。

 駐輪場に自転車を置き、そのままオフィスへ。そこで資料を取り、講義室へ授業に行った。

 午前中の講義を一通り終えると、ゼミ生がやってきた。

「先生、お客様がお見えです」

「ああ、あいつか。今どこに?」

「先生のオフィスです」

「わかった。すぐ行く」

 自分のオフィスに戻ると、二十代中盤の男が来客用のソファに座っていた。

 僕は、その男に声をかけた。

「待った? ゲイリー」

「いえ、それほどでもないですよ、フレディ」

 僕がゲイリーと呼んだその男は、ゲイリー・レストン。国の衛生局に勤めている。

 ちなみに最近、ゲイリーは頻繁に僕を訪問している。なぜならば、今この国はかなり深刻な衛生問題を抱えているためだ。

「ではフレディ、私が今日あなたを訪問したのはいつもと同じことです。これが、問題のブツです」

 そう言うとゲイリーは、持ってきたトランクを開けた。その中身は、はっ水加工を施した紙に包まれた物が二つ。

 それらの包み紙を開けると、肉の塊が二つ出てきた。

「これは……ハムか?」

「そうです。一つは普通のハム、もう一つは燻製にした骨付きのハムです。製造元は『ミルトン精肉』ですね」

「ミルトン精肉……貧困者救済をうたい、信じられないほど安く肉を販売している精肉業者か」

 ここで、僕はある違和感を覚えた。

「ゲイリー、この骨付きのやつは燻製だと言ったな?」

「そうですが」

「なのに、なんで燻製の香りがしないんだ?」

 通常、燻製された食材はなんであれ木の香りが付いているものだ。しかし、持ちこまれた骨付き燻製ハムは、いくら鼻を近づけても全く香りを感じ取れないのだ。

「さすがですね、フレディ。確かに、燻製独特の香りがしないのも不審点の一つですが、それ以上に深刻な事態、つまり実害が出ています」

「実害?」

「なんでも、これらのハムを食べた人が相次いで内臓疾患を発症しているそうです」

 ここまで情報が出れば、考えられるのはただ一つ。

「偽装か」

 この国が抱えている深刻な衛生問題。それは、食品偽装だ。その偽装が後を絶たないため、こうしてゲイリーは連日のように僕と会っているのだ。

「その可能性があります。しかし、現状では明確な証拠がないため、検挙できません。そこで、これらの科学分析をあなたにお願いしたいのです。確たる証拠をつかむために」

 僕は食品偽装に対して、ものすごくムカついている。なぜかというと、食品偽装は食品、ひいては生命への重大な冒涜だからだ。

 だから、僕は即答した。

「喜んで」




 ゲイリーが帰った後、さっそく実験室に行き、件のハムを調べることにした。最初は普通のハムだ。

 まずルーペで全体をよく観察する。すると、すぐに異変が見つかった。


 ハムの表面に、針で刺したような小さい穴があった。


 おそらく、何かを注射器の様なもので注入したのだろう。だとすれば、中身を検める必要がある。

 針の穴を写真に収めた後、包丁で真っ二つに切ってみた。

「うっ」

 思わず声を漏らしてしまうほど、強い刺激を感じた。

 なんと、包丁で切った直後、すっぱい臭いが鼻をつんざき、さらに目から涙がにじみ出てきた。

 この特徴は、明らかに酸が入っている。

 それを確かめるため、蒸留水で濡らした青色リトマス紙をハムにくっつけてみた。


 くっつけてから数秒とたたないうちに、リトマス紙が赤に変わった。


 これで、ハムに酸を注入したことがはっきりした。傷んだハムを新鮮なものに見せかけるものだ。

しかし、疑問が残った。

 ――なぜ、ハムを切るまで臭いに気付かなかったのだろう?

 そう思っていると、自分の手がヌメヌメしていることに気が付いた。

 もしやと思い、濡らした赤色リトマス紙をハムの表面に接触させた。


 思った通り、青色リトマス紙と同じようなスピードで、色が赤から青に変色した。


 つまり、酸を注入したことを隠すため、苛性ソーダなどのアルカリ性・ナトリウム系化学物質で表面を洗い、酸の臭いを消したのだ。

 ――ヒドい、ヒドすぎる――。

 いや、まだ分析は途中だ。ここは冷静になり、骨付きの方を調べてみよう。




 骨付きの方も、やはり注射器の跡が見つかり、表面もアルカリ性物質で洗われたことがわかった。

 しかし、一つ目のハムとは違う部分が気になった。

骨がガタガタするのである。

 試しに引っ張ってみると、簡単に取れた。

 そして、骨が刺さっていた部分をのぞいてみると、驚くべき光景が広がっていた。


 加熱された後が発見されたのである。


 おそらく、一度骨を抜いた後、加熱した鉄の棒を差し込んだものと思われる。

 この工作は、肉の傷む場所が骨に近い場所に多いことを利用した、とってもずるがしこい方法だ。

 もう、我慢の限界だ。衛生局へはキツイ言葉で報告書を書いて、お前らを叩きまくってやる!


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