ああ、大好きな女神様
5月24日、23時15分。
たくさんの星が瞬く中、僕とフレアは家の屋根の上にいる。
今は、24時になるのをフレアと一緒に待っている。フレアが言うには、毎日、下界と天界がつながる時間があるらしく、それが新たな一日が始まった瞬間だそうだ。
僕たちは何も話さないで、ただ空にある星を眺めている。
僕は初めて、こんなに夜空がきれいだと感じた。こんなにもきれいな空なのに、なぜか心がむなしい気がする。
僕が夜空を見ていると、沈黙を破るかのようにフレアが声をかけてきた。
「ご、ご主人様・・・・・・あと10分ですけど・・・・・・本当によろしいのですか?」
僕は左手首に着けた、安物の腕時計を見る。時計の針は23時50分を指していた。
「ああ、大丈夫。だから心配するな」
そう言って、僕はフレアの頭に手を置き、ポンポンと二回軽くたたく。
「ご主人様・・・・・・」
時は一瞬にして訪れた。
僕は時計を見る。
「あと十秒・・・・・九・・・・・八・・・・・七」
だんだんと、時が刻まれていくごとに鼓動が高くなっていく。
「六・・・・・五・・・・・四・・・・・三・・・・・二・・・・・いちぃ!?」
ラスト一秒の時に、僕の頬に何かやわらかい感触が生まれた。見ると、フレアの桜色の唇が僕の頬についていた。
「フレ・・・・・」
その瞬間、数々の星のうち、一番光っていた星がより光を増し、僕の視界を真っ白にした。
・・・・・・・・・。
しばらくすると、徐々に視界が開けていく。見知らぬ間に、僕はフレアの手を握っていた。
「ご主人様、ここが天界です」
視界が完全に戻ると、そには僕の想像とは違う世界だった。建物は石造りで、古代ギリシャのような建物が並んでるものとはかけ離れている。
「ここは・・・・・地球・・・・・いや、地球よりも技術が発達している」
360度、どこを見わたしてもビルだらけ。これぞ真の大都会と言えよう。
僕が唖然としていると、向こうのほうから一人の女の人がやってきた。だが、それはただの人ではない。
「て、天使?」
そう、背中の翼を広げ羽ばたきながら、こっちに向かってくる。
「フレア、あれは?」
「ああ、彼女は天界の門番です。しかも門番の幹部クラスですね」
・・・・・門番に幹部ってあったんだ。
一人の女の天使は僕たちの前に現れると、質問をしてきた。
「君たち、一体どこから来たの?あと名前も教えてちょうだい」
「え~っと僕た・・・・」
僕が『下界から来た』と言おうとしたときに、フレアが遮った。
「私の名前は『フレア』、あなたならこれだけでわかるわよね?」
一風変わったフレアに僕は驚かされた。いつもなら、フワフワしているフレアだが、今回はキリッとしていて、大人びている。
フレアが自分の名前を言った途端、天使は目を丸くし、態度が急変した。
「フレアってあのフレア様!?これは失礼なことをしました!・・・・ですが、本人か確かめるためにこの鏡を覗いてください」
「ええ、いいわ」
そう言って、フレアは天使が出した鏡に自分の顔を映した。もちろんいつもと変わらないフレアの顔が映る。
「これでいいかしら?」
そうしてフレアは鏡を天使に返す。
「大変失礼しました!フレア様!今から使いを呼びますので少々お待ちください!」
「いいえ、今は急いでいるの。だからタクシーを呼んで天空城まで連れていってちょうだい」
「か、かしこまりました!」
そう言って、天使は慌ててタクシーを呼ぶ。
「フレア、今の鏡は何だ?あと、天空城って?」
「ああ、あれはですね。『真実の鏡』っていうもので、真実しか映さないんです。要するに、嘘がつけないってことです。天空城は神様がいる城・・・・・というか、今ではビルです」
「なるほど・・・・。あと、お前いつもと違うな。こう・・・・・いつもよりも大人に見える」
「あはは・・・・・。それはですね。私、天界では、女神なのできっちりするように言われていまして・・・・・。本当は私もこんな風には言いたくないんです。あと、もう私は大人ですよ!いつでもご主人様と一緒にベットで寝ることを狙っていますから!」
「いや・・・・・それは結構です」
「ご主人様のケチー!」
口を尖らせて言った後、にこっとフレアは笑った。その笑顔に少しドキッとしてしまう。
だが、その笑顔もすぐに消えてしまう。
門番の天使がタクシーを呼んで戻ってきたのだ。
「お待たせいたしました!フレア様!」
「ええ、御苦労さま」
フレアと天使は何も問題がないように話しているが、僕は今、すごく驚いている。
理由は簡単。人間が使っているようなタクシーが来るのかと思っていたが、全然別のものだった。
車ではなく馬車。馬車ということには問題はない。一番の問題は次。その馬車の馬にあたる部分、それがただの馬ではないのだ。
まるで雪のような白い姿、その背中にはその体よりも白い翼がついている。そう、童話の中でしか出てくることがない動物。
「ペガサス・・・・・・!」
僕が肝をぬかれていると、フレアが呼んでくる。
「早く乗ってください!」
「あっ、ああ」
僕は慌ててフレアと一緒に馬車に乗る。なぜこれだけ技術が発展してないのだろう、と思いながら。
僕たちを乗せた馬車は、空高く(既に空の上だが)舞い上がった。そして一直線に、天界で一番高いビルにへと向かう。たぶんそのビルがフレアの言っていた、天空城なのだろう。
ビルに近づいて行くにつれ、屋上に人影が見えてきた。
その人影は徐々に、一人のスーツを着た30代くらいの男に変わっていった。
馬車はその男の前に止まり、僕たちを降ろした後、天使を乗せてどこかへ飛んで行ってしまった。
フレアを見ると険しい顔をしている。
すると男が口を開けた。
「久しぶりだね、フレア」
男の呼び掛けにすぐに、フレアは応答する。
「ええ、ご無沙汰してます、神様」
・・・・・っえ、神・・・・・。
僕の想像上は、長い白いひげを生やして、右手には杖を持った老人のイメージだったのだが・・・・・。
そんな僕を置いて、フレアと神は話を続ける。
「やっとつまらないメイドごっこをやめてここで働く気になったか」
神がそう言うと、フレアは首を強く横に振った。
「いいえ!今回私はきっぱりと断りに来たのです!」
フレアがそう言うと、一瞬、神の眉がピクリと動いた。
「何を言っている?君がもっと働いてくれないと天界のシステムが大変なことになるんだぞ?」
神が言った言葉に、フレアもピクリと眉を動かす。
「あなたこそ何を言っているんですか!?あなたは女神や天使たちを物としてしか扱っていない!私たちは操り人形じゃないんです!」
「何を言っている。お前たちは皆、私の物。私の言いなりになっていればいいのだ!」
話の内容は大体わかった。
要するに、このカスみたいな神が・・・・・。
僕の大切な!
僕の大好きな!
メイドを!
女神を!
フレアを!
・・・・・僕から奪おうとしたんだな!
怒りがこみ上げてくる・・・・・。
だんだんと、周りの音も聴こえなくなってくる・・・・・。
気がつくと僕は、左足を一歩前に出して、右手に力を入れ、神の顔にめがけて拳を突き出していた。
「ふざけるんじゃねえぇぇ!!」
しかし神はひらりと僕の攻撃を避した。
「死人が!神に逆らうな!」
そう言うと、神は片手を広げ、前に手を伸ばした。
僕の体には触れなかったが、これが神の力というものだろうか、僕は後方へ吹っ飛ばされた。
「グハッ・・・!」
腹部に尋常じゃないくらいの痛みが走る。手と足が全く動かない。
「ハッ、ただの死人が神に逆らうからこんなことになるのだ!」
神がそう言うと、フレアがゆっくりと口を開けた。
「ねぇ、神様?いいえ・・・・・元神様?」
「何を言っている!?私は今でも神だ!」
「いいえ、あの人はまだ生きています」
フレアがそう言うと、神の顔色が急に青ざめた。
「な、何を言っている・・・・・?わ、私は何も・・・・・何もしてない!」
すると、どこからか豪華な馬車が走ってきた。
その馬車は神の前に止まり、馬車の扉が開いた。
中からは長い白いひげを生やした老人が出てきた。
「か、神様!」
そう言って、フレアは片膝を床につけ、頭を下げた。
か、神・・・・?神ってここにいる男じゃないのか?
「ち、父上!?わ、私は何もしておりません」
神は妙に焦っている。
すると老人はひげの中に隠れていた口を開いた。
「息子よ。わしはお前を高く評価していた。だがわしの目も腐っていたようじゃ・・・・・。お前は神の座にふさわしくない。お前は生きた者を傷つけた。これは天界では重罪。よってお前を地獄へ連行する」
「そんな・・・・・父上・・・・」
神の顔は崩れていた。そう、何もかも失ったかのように・・・・・。
神から目線を外した老人は、ゆっくりと僕のところへ近づいてきた。
そして、右手を僕の胸へ当てる。
「!?」
すると、痛みが和らいで、手や足も動かせるようになった。
「ウグッ」
僕は何とか自力で体を起こす。
「大丈夫ですか!?ご主人様!?」
フレアが駆け寄って、僕の体を支えてくれる。
「ありがとう、フレア」
「いえ、私こそすみません・・・・・グスっ」
「ははは・・・もう泣くのは止めようよ。別に無事だったからいいじゃないか」
「でも・・・・でも!」
「はは・・・・・よしよし」
僕はフレアの頭をそっと撫でる。
「大丈夫かい?」
次は老人が声をかけてきた。
「ええ、大丈夫です。それに、治してくださり、ありがとうございます」
「いやいや、治すことは簡単じゃ。じゃが、いろいろ迷惑をかけた。それに天界の者たちにも、わしの息子がひどいことをしたそうじゃ・・・・。だからわしも、地獄へ行く」
「そんな!神様は別に・・・・・!」
フレアが慌てて振り返る。だが、老人はフレアの言葉を遮った。
「いいんじゃ、フレア。わしが息子にちゃんと教育をしなかったのも原因じゃ」
すると老人は、天使を呼んだ。
「次の神が決まるまで、天界のことは大天使ミカエルに任せる。そう伝えといてくれ」
「はい!」
そう言って、天使は飛び立とうとする。だが、老人が「それと・・・・」と続ける。
「この生人、藤崎遼は、両親をもうすでに失っておる」
老人がそう言うと、フレアがこっちに振り返り「そうだったのですか?」と言ってるかのような表情で僕を見てきた。
だが僕は何も言わず、ただ首を縦に振った。
ところが老人の話は終わっていなかった。
「じゃから、女神である、このフレアをこの藤崎遼と一緒に暮らしてもらう」
そう言った老人はこっちを向き、二カっと笑った。
「ご主人様!」
そう叫びながら、フレアは僕に飛びついてきた。
「フレアよ」
老人はフレアに呼び掛ける。
「はい!」
フレアはすぐに姿勢をただした。
「女神としての仕事も忘れるのではないぞ?」
「はい!」
「それではお前たちは、下界に戻ってよい・・・・・。また、天界に遊びに来てもよいぞ」
『はい!!』
僕とフレアは同時に返事をした。
「うむ。ではさらば!」
老人がそう言うと、また目の前が真っ白になっていった。
老人も・・・・・いや、神様もあんな風に笑うんだ。
気がつくと、僕の部屋にいた。
「フレア・・・・・」
「はい・・・・・?」
「大好きだよ・・・・・」
「私も大好きです・・・・・」
・・・・・・・。
意識が戻る。
「フレア、僕さっき何か言った?」
「はい、私のことが大好きだと」
「・・・・・僕は何を言っているんだ!」
考え直すと、すげー恥ずかしい!
「いいじゃないですか!私も大好きですから!思い切ってキスしましょう!」
「いやだ・・・・ってもう8時じゃねぇか!天界だったら時間が経たないとか、そういう設定ないのかよ!?」
「天界でもそりゃ時間が過ぎますよー」
僕は慌てて着替え、学校に走っていく。
「待って下さい、ご主人様ー!!」
僕を追いかけ、フレアも走ってくる。
すぐに僕はフレアに捕まり、腕を組まれる。
「一日くらいいいじゃないですか!一緒に行きましょうよ!」
「・・・・・っま、いいっか」
一日くらいゆっくり歩いても神様は許してくれるだろう。
僕とメイドの生活は、まだまだ続く・・・・・。
これにて女神メイドは終わります。いつも読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。
今は『女神メイド2』を書くかどうか検討中です。