女神への思い
「おはようございます。ご主人様」
少しだけ暑くなってきた春。僕はいつも通りに、フレアの声で目が覚める。
だが、今日はいつもと何かが違う。
「おはよう、フレア」
「・・・・・・・」
「おーい!フレアー!」
「あっ、おはようございます!ご主人様!」
やっと僕の声が聞こえたのか少しビクッとしながら応答する。フレアは笑っているが、いつもと何かが違う気がする。
「何かあったのか?」
「いえ、何も・・・・・。いきなりどうしたのですか?」
「いや、何でもない」
なぜ僕は『何でもない』と言っただろう・・・・・。『少し様子がおかしいから』とか言えばよかったのに・・・・。
僕は制服に着替えて、リビングに行く。いつも通り食卓には豪華な朝食が用意されていた。
「いただきます」
そう言って僕はフレアの作った朝食を一口食べる。
「んー、やっぱりおいしいな!」
「・・・・・・」
ん?いつもなら、『いえいえ、そんなことないですよー』などと恥ずかしがるのだが、今日は何の反応もない。それどころか一口もご飯を食べていない。
「フレア、食べないのか?」
「えっ、あーすみません!いただきます!」
僕が声をかけてから、フレアは食べ始めた。『ご主人様、おいしいですかー?』などと、にっこり笑いながら問いかけてくるが、その目は・・・・・・・笑っていない。いつもならきれいな赤い瞳なのだが、今日はまるで黒い絵の具で薄く塗ったように輝いていない。
「いってきます」
僕は結局、フレアに何も聞かないまま学校へ登校した。
僕とフレアがこの前演奏していたのを見て、付き合っていると勘違いされたので、僕とフレアは登校時間をずらしている。
そして、僕が登校してから数分後にフレアがいつも通りの時間に教室に入ってきた。僕の横の自分の席に座ると、荷物を整理してじっと動かなくなった。
だがよく見ると、スカートを両手で強く握っていた。強く握っているその手は小刻みに震えていた。
「フレ・・・・・」
僕がフレアに呼び掛けるのを邪魔するかのようにチャイムが鳴り、それと同時に先生が入ってきた。
「はいはーい、みなさん!自分の席に戻ってくださーい!」
まただ!どうして僕はフレアに何があったのか訊けない!チャイムが鳴っていてもフレアに声をかけることくらい出来たのに!僕は何かを恐れているのか!?
フレアは授業中も元気がなく、ボーっとしたままだ。だから先生に当てたれた時も、答えることができず、ちゃんと話を聞くようにと注意をされていた。
下校のチャイムが鳴り、クラスのみんなが自分のカバンを持ち、帰る準備をする。僕もすぐに帰る準備をして、フレアに声をかける。
「なぁ、フレア・・・・・」
声をかけたが、すでにフレアはいなかった。その時僕は、自分の心臓が縄で絞めつけらるような感覚に襲われた。心臓が痛く、大切な人がいないと感じた瞬間に襲われる孤独感、どんどん周りの色が薄くなっていく。そして僕は・・・・・・この感覚を感じたことがある。
家に帰り、フレアの部屋のドアを開けると、フレアの背中が見えた。フレアは正座をして、床を見つめていた。
「フレア・・・・・」
僕の声に気付いたのか、フレアが顔だけこっちに振り向く。
「!?」
フレアの顔は涙でグシャグシャになっていて、可愛い顔が台無しになっていた。
なぜフレアは泣いている?僕が何かをしたのか?フレアはなぜ僕に相談してくれない?下界が嫌になったのか?わからない。わからない。答えが見つからない。だけど、一つだけわかる。僕は・・・・・『フレアが離れてほしくない』。
離れるかどうかはまだ分からない。ただそんな気がしただけ。これが僕が恐れていたことだろう。フレアの口から、僕から離れるようなことを聞きたくなかったから、フレアに訊くことができなかった。だけど今は、フレアが僕から離れてしまうことの方が怖い。だから僕は訊く。
「フレア、何かあったのか?」
僕が問いかけると、フレアは首を横に振った。
「いいえ、何も・・・・ありません」
「それなら、なぜ泣いているんだ?」
「目にゴミが入っただけです」
「じゃあなぜ、フレアは・・・・・・・・悲しい顔をしているんだ?」
「!?」
その時、フレアは肩はビクッとなり、震えだした。だが、フレアは答えない。
「フレア、大丈夫。僕は何を言われても受け止めてあげる。だから心配しないで。フレアが黙ったままだと僕はさびしいんだ。お前もさびしいだろ?」
そう言って、フレアを後ろから抱きしめる。強く、今の僕の気持ちがフレアに伝わるように。
するとフレアの手が、僕の手に触れ、ギュッと掴んできた。その手は小刻みに震えていて、その掴んだ僕の手に大粒の涙が落ちてきた。
「わ・・・・私もさびしいです・・・・・。ご主人様の一緒に話したり、楽しくお食事をしたいです・・・・・。でも・・・・・・神様がそんな私を見て、『はしゃぎすぎだ!そんな余裕があるのなら天界へ戻ってこい!』と言われまして・・・・・・それで、私・・・・・・・ご主人様から離されるのが怖くて・・・・・・だから何も言えなくて・・・・・す・・・・・すみません」
すると、フレアが僕の胸に飛びついてきた。
「ありがとう。話すのは怖かっただろ?僕も一緒なんだ。フレアから、僕から離れるって言われるのが怖くて、だから何があったのか訊けなくて・・・・・でも、気づいたんだ。そんなこと言われるよりも、何も言わないままフレアがいなくなる方がさ。だから謝るのは僕の方だ。ごめん」
そして僕は、少し間をおいて
「だから・・・・僕はその神と喧嘩してくる」
僕がそう言うとフレアはバッと顔をあげた。
「ダメです!私が原因でこんなことになっているんです!しかも神様に逆らうと、何をされるかわかりません!だから・・・・・」
フレアが言っている途中で、僕はフレアの口を押さえて、首を横に振る。
「大丈夫。神から罰を受けることより、フレアを失うほうが怖いよ。フレアはありのままの僕を受け入れてくれた。だからもう、僕を受け入れてくれた人を失いたくないんだ」
「ご主人様・・・・・それってどういう・・・・」
「後でわかるよ。だから今は僕を天界へ、連れて行ってくれないか?」
そう言うと、フレアは少し戸惑ったものの、黙って首肯した。